122話 マッカレンの危機 前編
「マッカレンに居る全冒険者、兵士に告げます! 至急、西門へ集合してください! 魔物の
そのアナウンスに、俺とソフィア王女の表情が変わった。
「ソフィア! 俺は西門に向かいます」
「私は教会に向かい、神官、僧侶たちを指揮します」
「フリアエのことをお願いして、いいですか?」
「わかりました。お気をつけて、勇者まこと」
俺は、ソフィア王女と短いやり取りをすると、部屋の外に飛び出した。
「姫! ソフィア王女と一緒に行動してくれ!」
「………………わかったわ」
廊下にいたフリアエさんが、一瞬何か言いたそうな顔をしたが素直に頷いてくれた。
「まこと、行きましょう!」「高月くん、行こう!」
ルーシー、さーさんと合流し、マッカレン西門へ向かう。
その途中、冒険者ギルドからの緊急放送は続いている。
『災害指定・街』。
大迷宮の深層以下ならともかく、グリフォンすら珍しいマッカレンでは、ただ事じゃない。
マッカレンの住人も、いつもと違う雰囲気に不安げな様子を隠せていない。
家に籠る人、教会へ向かう人、様々だ。
俺たちは人々の間を駆け抜け、西門へ走った。
「まこと! 来たか!」
「ルーカスさん!」
よかった!
マッカレン冒険者ギルド一番のベテランが、今日は居てくれた。
他にも『鬼切りのブラッド』『豪槍のクラーク』『巨人殺しのイアン』『大酒飲みのジャスティン』の二つ名を持つ、ベテラン冒険者の皆様も揃っている。
「よし、勝ったな」
「高月くん、それフラグだから」
せやね、さーさん。やめとこう。
「た、高月様! 今回の魔物の群れは前回の比では、ありまセン!」
ウサギ耳が、ぴんっと立てたニナさんが、険しい表情でやってきた。
「ニナさん、魔物の数はどれくらいですか?」
前回は、五百だった。
それより多いとなると、千か二千か。
「い、一万匹の魔物の群れデス」
「………………は?」
「そ、そんな……」
俺の間の抜けた声と、ルーシーの悲痛な声が響く。
さーさんの表情は険しい。
集まっている冒険者も表情もほぼ同じだ。
若い冒険者は青ざめ、平静を保てていない。
一万? 何かの間違いだろ?
そこらの街の人口より、多い数じゃないか!
「まぁ、そう悲観するなって、まこと」
頭を叩かれて振り返ると、ルーカスさんだった。
「ルーカスさん! マッカレンの冒険者と兵士全員を合わせると何人ですか?」
「三百人くらいだな」
「えぇ……」
む、無理ゲーだ!
こんなん、負けイベントだ!
「若いやつは、初めてだろ。魔物の
「「「うーい」」」
ベテラン冒険者さんが、若い冒険者魔法使いに指示を出している。
「まこと。俺らが仕切ってるけど、よかったか?」
「もちろん、お任せします」
俺を含め、若い冒険者はおろおろするだけだ。
ベテランの経験に任せるしかない。
「よーし、
ルーカスさんが、大声で人を集める。
若い冒険者や街の衛兵、神殿騎士までもが集まってきた。
その中に、ジャンやエミリーの姿も見えたが、軽口をたたく余裕はなかった。
全員、表情が強張っている。
「いいか! 集団暴走している魔物は、いかにやり過ごすかが大事だ。幸いマッカレンの城壁は、かなり頑丈にできてる。それを、土魔法でさらに補強する。遠距離攻撃ができる魔法使いと弓士は、城壁の上で待機だ」
ルーシーは、それに従って城壁に上るようだ。
あ、俺も魔法使い(見習い)だ。
「おーい、まこと。お前の魔法で、敵は倒せるか?」
「ルーカスさん。俺は精霊魔法を使って遠距離攻撃手段を手に入れたんですよ」
「ほう、そうか、じゃあ頼むぞ」
「ねぇ、高月くん、私は?」
そーいえば、さーさんだけが取り残されてしまうか。
困ったな。
「あや嬢ちゃんは、門前で待機だ。できれば、出番が無いほうがいいが、城門が破られたら俺たち近接戦闘組が、最後の砦になるからな」
「はーい、でも高月くんが心配だからそばに居てもいいですか?」
「そうだな……。勇者のまことに誰も付かないのも変だからな。よし! あや嬢ちゃんなら任せて
ルーカスさんは、さーさんが戦う姿を見たことが無いだろうに、その強さを疑ってないみたいだ。
強者は強者を知るってやつなのかねぇ。
くそぅ、なんか羨ましい。
「まこと、あや嬢ちゃん。城壁に上がるぞ。俺は全体に指示を出す」
俺たちはルーカスさんに続いた。
城壁は、数メートルの高さがあり、上には人が歩ける程度の道が通っている。
魔法使いたちは、既に詠唱を始めているようだ。
ルーシーの魔法は時間がかかるし、間に合うといいんだけど……。
俺はちらりと、城壁の外を睨むルーカスさんのほうを見た。
「ルーカスさん、流石、落ち着いてますね」
「バカ言うな。『災害指定』の
確かにこんな真剣な顔は、初めて見るかもしれない。
「ルーカス、魔物が見えたぞ!」
飛行魔法が使える偵察の人が戻ってきた。
ほどなくして、一万を超えるという魔物の群れが、姿を現す。
正確には、群れの一部だ。
森林の陰に隠れ、群れの全体が見えない。
ゴブリン、コボルト、オーク、鬼、巨人……千年前の魔物は居ないか?
「魔法使いのみんな! 準備できてるな!」
城壁の上に並ぶ魔法使いたちの詠唱がそろそろ終わりそうだ。
その中で、ひときわ目を引くのが、
「ルーシー、本当に王級魔法を……」
「るーちゃん、すごーい」
大賢者様に譲ってもらったルーシーの曾おじいさん――英雄ジョニィ・ウォーカーの杖を掲げ。
ルーシーの魔力に反応するように、髪と瞳が紅く輝いている。
杖に集まる魔力が、竜巻のように渦巻き立ち上る。
――火の王級魔法・
ルーシーの杖から、巨大な火の鳥が姿を現す。
若干、不安定ながらもゆっくりと大きさを増してゆく
「ルーシーの王級魔法か。流石は、紅蓮の魔女の娘だな」
ルーカスさんのつぶやきが聞こえてきた。
そろそろ、俺も準備するか。
「精霊さん、精霊さん」
ノア様の短剣をかかげ、水の精霊に呼びかける。
精霊と一体化した短剣の刀身が、青く輝く。
同時に、圧縮された
ノア様の短剣に、
桜井くん曰く――王級魔法並みの魔力らしいが、
(ルーシーの
ちらりと、どこまでも大きくなる炎の不死鳥を眺める。
魔法使いたちの詠唱が終わった。
魔物の群れの先頭集団は、50メートル近くまで迫っている。
「打て!」
ルーカスさんの合図で、みんなが一斉に魔法を放った。
――魔法剣技・水龍の爪!
俺は、ノア様の短剣に溜まった魔力を一気に解放して、巨大な刃として放った。
ルーシーの巨大な火の鳥を筆頭に、凄まじい威力の魔法の数々が魔物の群れに襲いかかる。
――ッッッッ!!!!!!!
爆音と共に、目の前が爆発で見えなくなる。
鼓膜がやられたのではないかと思うほどの、轟音。
地面が、盛大に揺さぶられる。
これ戦争?
戦争だな。
土埃が晴れた後に現れたのは、数百の魔物死体。
焼かれ、潰され、切り刻まれている。
開戦の先制攻撃としては、成功だろう。
だが、
「千体は倒せていないか……」
ルーカスさんの声は苦々しい。
すぐに魔物の死体を乗り越えて、次々に新しい魔物がやってくる。
「次の魔法を打て! 飛行系の魔物は優先的に倒せ!」
見るとグリフォンや飛竜の姿もちらほら、見える。
魔法使いたちが、そいつらを倒していく。
――
――
――
――大岩落とし
――水龍の爪
魔法使いたちは、絶え間なく魔法を打ち続ける。
さらに数百の魔物の死体の山が出来上がった。
それでも、向かってくる勢いは変わらない。
なんだよ、こいつら!
無限沸きかよ!
「ルーカス、……様子が変だ」
「ああ、そろそろ勢いが衰える頃だと思うんだが……」
「まずいぞ……魔力切れを起こした魔法使いがではじめた」
「魔力回復アイテムで、魔力を補充しろ! 代金は、あとでギルドが払ってくれる!」
ベテランさんたちは、高価な魔力回復アイテムの使用を躊躇している若い冒険者に指示を出している。
俺の場合は……魔力回復アイテムは必要ないんだが。
数回、精霊魔法を使ったらどんどん威力が落ちていった。
(多分、この戦場のせいだ……)
水の精霊は、平穏を好む。
こんな血と砂埃の激しい場所が、好きなわけがない。
魔法を打ち続けている魔法使いは……ルーシーだけか。
他の魔法使いは、全員魔力切れだ。
「魔法で、倒せたのは、二千体ほどか……」
「普段なら十分なんだが」
魔物の群れは、まだ八千匹近く残っている。
マッカレン近くの森は、最初の魔法によって吹き飛ばされている。
魔物が出てくるのは遠くに見える大森林からだ。
そこから、湧き出るように魔物が姿を現す。
(あれ? なんか変だぞ)
何か違和感がある。
「高月くん! さっきの飛竜は、高月くんが翼を切ったやつだよ!」
さーさんの声に続いて、誰かが叫ぶ。
「あの巨人は、俺の魔法で倒したはずだぞ!」
「あの鬼もだ! 俺の魔法が直撃したはず!」
「魔物が復活してる……?」
「そんな馬鹿な……」
そんな声が聞こえて来た時、
――ォォォオオオ!
低い唸り声によって、大気と魔力が震えた。
大森林の上に、何かが姿を現す。
ここからの距離は遠い。
――『千里眼』スキル。
見えたその姿は、
(黒い鱗の竜……?)
その黒竜の周りには、高密度の魔力によって空間が蜃気楼のように揺れている。
「
「馬鹿言うな! ここは
「ルーカス! お前は昔、古竜と戦ったんだろう。あれは本当に古竜か?」
ベテラン冒険者たちが、焦った声をあげている。
彼らが、ここまで余裕無い様子を初めて見た。
「俺が古竜と戦ったのは、大迷宮の深層。地の古竜だが……あれは、空の古竜。俺も初めて見る」
「古竜なのは、間違いないんだな……?」
「おそらくな……」
「くそっ、じゃあ、この
「わからん、だが奴を倒さない限りこの戦いが終わらないみたいだな……」
「冗談だろ……? 古竜なんざ、オリハルコン級の冒険者じゃないと……」
冒険者の間に、不穏な空気が広がる。
魔法使いたちは、魔力切れをおこしているものがほとんどだ。
――
ルーシーが、何十回目かになる魔法を放つ。
肩で息をして、相当に疲弊している。
あいつ、一人で頑張りすぎだろ!
「ルーシー! 一度休めって。みんな魔力回復アイテムを使って回復しているから!」
「……はぁ、はぁ、はぁ。……大丈夫、よ。まこと。まだ、魔力には余裕があるから」
ちらっと、城壁の外みると魔物の群れは相変わらずこちらに迫っている。
しかし、魔法使いの攻撃はほとんどできていない。
ルーカスさんの、表情は険しい。
西門に辿りつかれるのも、時間の問題か……。
その時、
上空から一匹のグリフォンが、ルーシーに襲い掛かってきた。
しまった!
「さーさん!」
「この! るーちゃんに何するの!」
さーさんが、グリフォンを『鬼神の大槌』で吹っ飛ばすのと、
グリフォンのカギ爪が、ルーシーを襲うのはほぼ同時だった。
「きゃっ!」
ルーシーが、
『ルーシーを助けに飛び降りま……
は ←
「ルーシー!」
一瞬、何かがちらりと目端に映ったが、俺はそれを無視して城壁から飛び降りた。
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