121話 高月まことは、修羅場を知る
「「「……」」」
沈黙が部屋を支配している。
……気まずい。
ムスっとして、頬杖をついているルーシー。
なぜか微笑んで、黒猫を撫でているさーさん。
黒猫。おまえ、いつの間に家の中に入ってきた?
そして、初めて会った時より、さらに無表情なソフィア王女。
あれは、緊張している顔だな。
三人の美少女が、俺のほうを見ている。
胃が、キリキリ痛む。
興味深そうに「修羅場? 修羅場なの?」とワクワク見ているフリアエさん。
ちょっと、助けてくれませんか!?
――ほんの五分ほど前。
「ソフィア王女の婚約者になった……んだけど」
と言った瞬間、部屋の空気が凍りついた。
いつもの四人加えて、なぜか一緒に食事の席についたソフィア王女について、「どうしてソフィア王女がここに居るの?」とルーシーに尋ねられたので、答えたわけだが。
うん、言ったらこうなるとわかってましたよ?
「まこと、どーいうこと? 私の
「はぁ……中学から両想いだったって聞いたのに……」
火の玉ストレートが、二球続けて飛んできたんですけど!?
お、落ち着け俺。
『明鏡止水』スキルは、正常か?
ダメだ! よくわからん!
(の、ノア様! ヘルプ! ヘルプ!)
(まこと、ガンバッ☆)
女神様が、導いてくれない!
「……勇者まこと、お二人はあなたの恋人なのですか?」
ソフィア王女の表情は、変わらない。
だけど、若干声が震えている。
「そうよ!
「「え?」」
俺とさーさんが、驚いてルーシーのほうを見る。
「そうですか……、やはり勇者パーティーのお仲間は、勇者の恋人なのですね……」
シュンとなるソフィア王女。
「ま、まぁ……正確には私もあやも返事待ちなんだけど」
ルーシーがあっさり、自白した。
それを聞いて、今度はソフィア王女が眉をひそめる。
「勇者まこと……。あなたは、恋人でない女性とキスをしたり、両想いになったりするのですか?」
おおっと、婚約者が女にだらしないクズ野郎疑惑入りましたね。
「大丈夫ですよー、ソフィア王女。高月くんは、童貞ですからー。今まで彼女いたことないですよ?」
「さーさん!?」
何を言ってくれてるんです!?
「えー、だって早く彼女欲しいって、いつも言ってたじゃん。高月くん」
「中学の時だろ! しかも、あれはさーさんに言ってたんだよ!」
「え……、そ、そうなの。なんだ~、私ならいつでもOKだよ」
さーさんが、腕を頭の後ろに回し、顔を近づけてくる。
……え、ちょっと、何を。
「あや、ソフィア王女が固まってるから後にしなさい」
ルーシーがさーさんの後ろ襟を引っ張って止めてくれた。
「それで、どうしていきなり婚約者なの?」
ルーシーが、俺に尋ねてくる。
それに答えたのは、ソフィア王女だった。
「私が勇者まことの婚約者になったのは『神託』があったからです」
「え? 女神様の命令だから婚約者になるんですか?」
驚きの声をあげるルーシー。
「なんだ、じゃあ、二人は付き合ってもいないんだね!」
安堵した声のさーさん。
ピクっと、ソフィア王女の眉が動いた。
「じゃあ、まこと。これも勇者の仕事ってこと?」
「サキちゃんが言ってたよ。国民を安心させるために、勇者と巫女の婚約の発表をして、千年前の救世主と聖女のイメージを広めるんだって」
「仕事じゃ、仕方ないかぁ」
「よかったね、るーちゃん」
なぜかさーさんの、ルーシーへの呼び方が変わってる。
「あやだって、ほっとしてるくせに」
どうやら、俺とソフィア王女の婚約は、国の政策という方向で納得してくれたらしい。
「…………………………違います」
ソフィア王女がぼそっと言った。
「「え?」」
「わ、私は勇者まことを愛しています!」
「「!?」」
ぎょっとした顔で、ルーシーとさーさんがソフィア王女のほうを凝視する。
が、きりっとして言い返す。
「わ、私は二人きりで冒険している時から、ずっとまことのこと好きだから!」
「甘いよ、るーちゃん。私は中学の時から、高月くんのこと好きだし」
むー、と三人が若干照れ隠しを交えながらにらみ合う。
フリアエさんが、「私の騎士はモテるわねー」なんて声が聞こえてきた。
くそっ、ただの観客か!
フリアエさんは、一人で夕食を食べている。
いや、剣呑な空気を察してか黒猫が、さーさんからフリアエさんのほうに移動した。
「なう、なう」
「あら? 私の焼魚が欲しいの? 卑しい猫ね」
とか言いながら、おかずを分けてあげている。
くそぅ、そっちだけ平和だな!
「で、私の騎士。あなたは誰が一番好きなの?」
「ちょっと、フリアエさん!?」
三人の視線がこちらに集まる。
そして、冒頭の三人からの視線につながる。
「まこと……」「高月くん……」「勇者まこと……」
三人の視線がどんどん強くなる。
というか、だんだん近づいてきている。
気が付くと壁に追い詰められた。
ルーシー、さーさん、ソフィア王女の顔をぐるぐる見渡して……。
無理だって。
ここから一人を選べとか!
「ちょっと、時間をください!」
その日、二度目の土下座を敢行した。
……な、情けない。
恐る恐る見上げると、ルーシー、さーさん、ソフィア王女が顔を見合わせていた。
「……どうしようかしら?」
「困らせてしまいましたね……」
「あの……、ソフィア王女様。それで、婚約者になったら高月くんは、王都に連れて行かれちゃうんですか?」
「いえ、勇者まことには木の国と、火の国へレオと一緒に訪問してもらいたいと思っています。婚約者といっても、ずっと一緒に居るわけでは……。むしろ、ほとんど一緒には居られないかもしれませんね……」
「そうなんだ……大変」
ソフィア王女の言葉に、ルーシーとさーさんの表情が同情的なものになった。
「ねぇ、そうしたら王女様も一緒にこの家で過ごしてもらったらどうかしら?」
「あ、いいね、るーちゃん」
「……あの、お二人はよいのですか? 急に婚約者と言ってきた私のことが疎ましいのでは?」
おずおずとソフィア王女が尋ねる。
「まあ、婚約者が女神様のお願いってことなら仕方ないし。ねぇ、あや」
「そーだね、ちなみにソフィア王女様は、高月くんとは何もしてないんですよね?」
「馬鹿ねー、あや。こちらは王女様よ? そんなわけ……」
「……」
ソフィア王女が、顔を赤らめてつっと横を向く。
「「え?」」
(マズイ!)
……ぎぎぎっ、とルーシーとさーさんが、こちらを見下ろしてきた。
「ねぇ、まこと。あなた、ソフィア王女に何したの?」
「あぁ……、やっぱり高月くんも桜井くんと一緒だね。第二小出身の男は、みんな手が早いって噂……」
待って!
あれは、事故なんだ!?
あと、そんな噂あったの!?
「お待ちなさい! あれは私からなのです! ……勇者まことに……したのは」
顔を真っ赤にして、反論しようとしてくれるソフィア王女。
後半は、言葉にできてませんが。
「ま、まこと。一体どうしたら氷の彫刻の姫様がこんなことになるの……?」
「高月くんのことが大好きな姫……これはマズイよ、るーちゃん」
ルーシーとさーさんが、両手を握り合ってこちらをじとっと、見てくる。
「と、とりあえず、これからもやることは変わらないから。しばらくは、勇者業に専念する方向で」
俺は、なんとか話を終わらせようと無理やりまとめた。
ふーん、とパーティーメンバー女性二人の視線はまだ冷たい。
こほん、とソフィア王女が冷静さを取り戻す。
「勇者まこと、私はレオが来るまでしばらく一緒に過ごします。よろしいですね!」
「……はい」
――こうして、奇妙な共同生活が始まった。
◇ソフィアの視点◇
私は、勇者まことの家に通うようになりました。
女神様の『神託』で、勇者まことと婚約者になったことは、通話魔法で、父上と母上に伝えた。
国王である父上ですら、『神託』には逆らえない。
とはいえ「どんな男だ! 今度城に連れてこい!」と偉い剣幕で言われましたが。
父上……、勇者認定式で一度会っているのに……。
まあ、ほとんど会話もしていないので、覚えていないのも仕方ないでしょう。
それと同時に、レオにマッカレンへ来るようにも伝えた。
勇者まことと一緒に、外国へ行くよう伝えると喜んでいた。
おそらく、数日以内にはこの街に到着するでしょう。
そうすれば、また勇者まこととは離れ離れだ。
それに、私は
ずっと家に居るわけにはいかない。
昼は教会で仕事をして。
夕方になると、家に向かう。
家財道具はフジワラ商会が手配してくれた。
家の周りは、水聖騎士団に警護してもらっている。
最低限の兵士でよいと伝えていますが、……全員が警護にあたっているようですね。
あとで、全員に声をかけて回らないと。
フジワラ商会が、兵士たちに食べ物や簡易な住居も手配してくれているようで。
あの商会の人間は、本当に優秀ですね。
流石は、勇者まことの友人の経営する商会でしょうか。
「ソフィア」
勇者まことが、肩に黒猫を乗せて歩いてきた。
家の中だけでは、気軽に接してくれる。
「勇者まこと、今日も修行お疲れさまでした」
「最近、友達に魔法剣を教えてもらって、もう少しでマスターできそうなんで」
いつもクールな勇者まことが、嬉しそうに話している。
「でも、もう少し休んだほうが……」
一緒に、過ごして一番驚いたこと。
勇者まことの生活は、朝誰よりも早く起きて女神様に祈りを捧げ、修行を開始する。
そして誰よりも遅くまで修行している。
見ていて身体を壊さないか、心配になるほど。
(……もしかして、私が昔もっと修行をしたほうが、と言った影響でしょうか?)
そのように気に病んでいたら、ルーシーさんとあやさんに笑われた。
ちなみに、二人にも私に気軽に話すようにお願いをしている。
「ソフィア王女、まことの修行馬鹿は生粋だから気にしないほうがいいわよ」
「ソフィアちゃん。高月くんはね、修行が楽しいだけだよー」
「そう……なのですか?」
お二人曰く、勇者まことの修行好きは自発的なものらしい。
(私は、婚約者のことを何もわかっていませんね)
一緒に居られる期間は、短い。
少しでも勇者まことのことを理解しよう。
◇
「る、ルーシーさん? なんてはしたない恰好を!」
「え?」
風呂上りで、バスタオル一枚でウロウロしているルーシーさんに私は悲鳴をあげた。
「ねぇ、まこと。ソフィア王女は、どうして驚いてるの?」
「ルーシーの常識の無さにだよ」
勇者まことが、横目で呆れた表情で修行を続けながら告げている。
「でも、風呂上りって暑くて汗かいちゃうから。すぐに服を着たくないもの」
「下着くらいは、着ろって。ほらっ」
「ちょっとぉ! 私の下着を手渡してくるのはヤメテ!」
「その辺に、普通に干してるじゃん」
「触られるのは、恥ずかしいの!」
「そういうもん?」
勇者まこと!?
なぜ、そんなに冷静なのです?
それと洗濯後とはいえ、女性の下着を手渡しはあり得ないと思いますよ!
それとルーシーさんは、タオルの下は裸なのですよね!?
「い、いけません! 男性の前で、肌を見せ過ぎです」
「そう? 男性って言っても、まことだけよ? ソフィア王女」
「そーいう問題ではありません! ルーシーさん!」
「ほらほら、さっさと着替えろって」
「きゃっ、タオルがはだけちゃうから。……見たいの?」
「少し」
「勇者まこと!」
「冗談ですよ」
なぜ、顔色ひとつ変えないのですか!
……眩暈がしてきました。
いつも、こんな調子なのでしょうか。
◇
「あ、あやさん! なぜ、勇者まことの部屋に入ろうとするのです!?」
「遊びに?」
「もう深夜ですよ! 婚姻前の男女がいけません!」
「んー、でもいつも行ってるよ?」
「え、でも……」
言っているうちに、するりと勇者まことの部屋に入っていったあやさん。
私は、一瞬躊躇して中に入った。
部屋の中では、
「水魔法の蝶?」
部屋中を青い蝶が、何百匹とふわふわと飛び回っている。
こ、この数の水魔法を操っている?
私が動揺しつつ、部屋の主のほうを見ると
「あ、居ないと思ったらここに居たんだね。ツイー、おいでー」
「さーさん、黒猫に名前つけたの?」
なーう、と鳴く黒猫を勇者が撫でていた。
「うん、可愛いでしょ?」
「なんで、名前が『ツイ』?」
「なうなう、って無くから『ツイ・ッター』って名前にしたよ。略してツイだよ!」
「……名前の変更を希望する」
「えー、もう呼んでるし」
「さーさんしか、呼んでないから」
(二人は何を言っているんでしょう……? 異世界の言葉でしょうか?)
あやさんと談笑している。
何百匹の水魔法の蝶を操りながら。
無詠唱で、視線すら向けずに。
昔、レオが言っていたことがよく理解できました。
勇者まことの、魔法制御力は常人とかけ離れている。
これが、おかしいことは私でもわかります。
「ソフィア、どうしたの?」
「修行中のところ、すいません。 あやさん、修行の邪魔をしては……」
そう言いながらあやさんのほうを見ると……
って、あやさん!
「どうして、勇者まことのベッドに寝てるんですか!?」
「あー、高月くんのにおいがするー」
ぐっ、それは一体どんな……。
何を言ってるんですか! 私は。
「はぁ……、今日は自分の部屋で寝てよ。さーさん」
「はーい、努力しますー」
「ちょっと、待ってください。今のはどういう意味ですか?」
婚約者としては、聞き捨てならない。
「さーさんは、俺のベッドに寝転がってそのまま寝落ちすることが多いんですよ」
「そ、それは勇者まことも一緒に寝ると……」
そ、そんな!
それじゃあ、二人は実質恋人同士……。
「俺は、一人で床で寝てますよ」
「一緒に寝ればいいじゃん」
「できるか!」
(そこは、照れるのですね……)
これが、勇者まことの日常。
――女神エイル様の言葉を思い出す。
「まこくんは、真面目で鈍感系だからねー。ガンガン行かなきゃだめよ」
「ガンガンとは一体……」
「うーん、ルーシーちゃんやあやちゃんを真似するのがいいかも。あれだけ攻めても、その反応!? って感じだから。ノアの誘惑すら防ぐだけあるわねー」
「は、はぁ……」
誘惑と言われましても、エイル様。
「汝、勇者まことと力を合わせ、
エイル様は、最後だけ真面目な口調で去っていった。
確かに、私は恋愛の経験はありません。
何もしないと、始まらない。
せっかく、女神様の導きで婚約者になれたのです。
――私は、行動することにしました。
◇高月まことの視点に戻る◇
「……勇者まこと」
ソフィア王女が部屋に入ってきた。
俺はベッドに腰かけ、修行していた。
その表情は、いつにもましてクールだ。
「ああ、ソフィア。そろそろ夕食の時間か……」
呼びに来てくれたようだ。
食堂に向かおうかな、と思っていたら、
――ガチャン、と何かが閉まる音がした。
「ソフィア……?」
「……隣、いいですか?」
答える前に、ソフィア王女が隣に腰かけた。
右手に、ソフィア王女の左手が重ねられた。
ドキリ、とする。
無表情ながら少しほほを染めたソフィア王女の肩が、少し俺の肩に触れた。
「勇者まこと……」「ソフィア……」
同時に何かを言いかけた時、
「マッカレンに居る全冒険者、兵士に告げます! 至急、西門へ集合してください! 魔物の
冒険者ギルドから、風の拡声魔法による、緊急放送が街中に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます