120話 高月まこととソフィアの話
――
俺はソフィア王女に呼ばれ、フカフカの椅子に座っていた。
結構長くマッカレンに住んでいるが、教会に入るのは、実は初めてだ。
部屋に居るのは、俺とソフィア王女の二人きり。
「~♪」
ソフィア王女が、機嫌よさそうに紅茶を淹れている。
なんだか、随分手際が良くなったなぁ。
(眠い……)
徹夜で桜井くんと語り合っていたので、睡魔が半端ない。
最初は、勇者の心構えやら、北の魔王ってどんなやつだろうとか、仕事の話をしていたんだけど。
だんだん昔の話になって、後半は小学校の時に流行ったいたずらとか、遊び場を巡って争っていた隣の学区の生徒たちとの抗争の日々の思い出とかで盛り上がって、気が付くと夜が明けていた。
あれはなかなか楽しい時間だった。
しかし桜井くんは、俺の黒歴史をなんであんなに明確に覚えているんかねぇ。
「勇者まこと。お待たせしました」
ふわりと果物の香りがする紅茶が、目の前に置かれた。
隣には、チョコチップの混ざったクッキーが添えられている。
「ありがとうございます」
お礼を言って、紅茶を一口飲んだ。
美味しい。
ついでに、クッキーをつまんだ。
「あれ?」
「どうしました? 勇者まこと」
そのクッキーはしっとりとしていて、口の中でほろほろと崩れた。
この食感……どこかで?
「このクッキーはどちらで手に入れたんですか?」
「最近、
ふじやんかよ! ってことは日本産だよな?
「ちなみに商品名は?」
「ええっと、カントリーマーマという名前ですね」
やっぱり!
いやぁ、凄い再現性だなぁ。
思わず、二、三個一気に食べてしまった。
「気に入ったようですね」
微笑まれた。おっと、しまった、王女様の前で。
「失礼しました、ソフィア王女」
そう言うと、悲しそうな顔をされた。
「……どうしました? ソフィア王女様」
「あの……その堅苦しい呼び方は、やめませんか?」
「え?」
「太陽の国の時のように、ソフィアと呼んでください」
(!?)
お、俺がソフィア王女を呼び捨てに?
(してたわよー、蛇の教団が襲ってきた時)
(え、マジですか? ノア様)
(ひどい男~、ソフィアちゃんはずっと覚えていたのに)
ダメだ、思い出せない。
……あの時は、色々あり過ぎたからなぁ。
目の前には、不安げな顔のソフィア王女……いや、違う。
「ソフィア」
「はい! まこと」
微笑むソフィア王女と見つめ合う。
「「……」」
同時に目を逸らした。
照れる。
「二人の時は、呼び捨てでかまいません」
「は、はい」
呼び捨てする許可をもらった!
いいのかな。
「ところで、光の勇者様と北征計画について話をしたそうですね」
「ええ、どうやら俺は勇者連合チームとやらに入らないといけないとか」
「……その件なのですが」
申し訳なさそうな顔のソフィア王女が語るには。
太陽の国からは、水の国の勇者は俺、もしくはレオナード王子のどちらか一人を魔王討伐に参加させればよいと言われたそうだ。
というか、太陽の騎士団長さんからは、俺を参加させるよう要望が上がっているらしい。
ついでに言うと、北天騎士団長(ジェラルド・バランタイン)からは、「高月まことは、絶対に参加させろ! 絶対だからな!」と熱いオファーがあったそうだ。
う、うーむ……ジェラさんったら。
「まぁ、俺が参加しますよ」
桜井くんとのコネで、俺は海側の配置になるはず!
抜かりはない!(人任せ)
「……いえ、レオも参加します」
「一人でいいんですよね? レオナード王子は、まだ幼いですし留守番でいいじゃないですか」
ソフィアお姉さん、スパルタ?
「ローゼス王家は、水の国の平和の象徴。いくら異世界からの勇者が強いからと言って、頼りきりになって甘えるわけにはいきません。それに、この戦いに負ければ私たちは魔族に支配されることになる。逃げ場などないのですから」
ソフィア王女の言葉は力強い。
ただなぁ……。
「正直、太陽の国で魔物の群れと戦った時も、かなり怯えていましたが……」
九歳だから、それが普通だと思うけど。
無理に連れて行っても、戦力としては怪しいんじゃないだろうか。
「ですから、レオをあなたに同行させて欲しいのです。正直、
「……俺、冒険者ですよ?」
王子のやる仕事じゃないと思うんだけど。
「あなたは、我が国の勇者です。勇者まことには、光の勇者と同じく他国の勇者との顔合わせをして欲しいと思っています。特に、太陽の国以外の隣国である、
「外交官ってことですか」
それなら理解できる。
むしろ、他国のマナーなんてわからないからレオナード王子が居てくれると助かるかも。
(にしてもなぁ……)
まだ、九歳のレオナード王子が他国への大使をしつつ、世界を救う勇者の一員か。
勇者稼業、ブラックだった。
「ここ数日、近隣の街を視察しました。どこも魔物被害が増えています。我が国の戦力に余裕など無い……」
窓から外を眺めながら言うソフィア王女の口調は重い。
レオナード王子に重責を課すことを、実際のところは心苦しいのかもしれない。
なんとも言えず、俺も窓の外を見たとき――――――『危険感知』スキルに反応があった。
魔物? 街中で?
「勇者まこと! あちらを見てください!」
「あれは……ワイバーン?」
ソフィア王女の指さす方向には、街の上空高くを飛行している一匹のワイバーンの姿があった。
大森林からやってきたハグレ魔物だろうか?
マッカレンの見張りの兵士は、まだ気付いていないようだ。
「いけませんね、もし子供が魔物に襲われでもしたら大変です。すぐ衛兵に伝えなければ」
「ちょっと、お待ちを。今追い払ってしまいましょう」
焦るソフィア王女を呼び止めた。
「少し魔力をお借りしていいですか? ソフィア」
「……また、ですか? あなたならよいですけど」
少し顔を赤らめて頷くソフィア王女。
何で赤らめるん?
まあ、いいか。
眠いし、手早く終わらせよう。
俺は、ソフィア王女の手を握った。
――思えば、この時の俺は考えが足りていなかった。
睡眠不足もあって、短絡的だった。
『ソフィア王女と、
はい ←
いいえ
『RPGプレイヤー』スキルさんだって、忠告してくれたじゃないか。
本当にいいのか? って。
それがあんな事態を招くとは……。
「水魔法・百本の
「んんっ!」
俺はソフィア王女と
隣から、小さく喘ぐ声が聞こえる。
ギャァァアア!
悲鳴を上げながら、街の外に落ちていった。
効果は抜群だ!
いつもながらソフィア王女の『氷魔法・王級』スキルとの相性はよい。
「ソフィア、ありがとう」
「ええ、お見事です。まこ……」
俺は隣を振り向く。
そこには、ほうけた表情のソフィア王女がいた。
「? どうかし……っ!」
俺はソフィア王女に押し倒されて、絡まるように床に倒れた。
床の絨毯は、ふかふかで痛くはなかったが、その上にソフィア王女が乗ってきた。
「ソフィア! 何をっ!?」
「まことっ……んっ!」
熱烈なキスをされた。
(え?)
首に両腕を回され、離れることができない。
な、なんだこれ?
唐突すぎる!
何が起きて……
(まこと! ソフィアちゃんを『魅了』してる! 魔法を解きなさい!)
ノア様!? しまった!
(り、
慌てて目を閉じ、魔法を止める。
寝ぼけて、『魅了』が発動してた!?
はっとした、顔のソフィア王女と目があった。
起き上り、身体をぱっと離す。
そして、すぐに真っ青になった。
「わ、わたしは、……いったい何を……」
俺から離れ、信じられないという顔で自分の手のひらを見つめるソフィア王女。
「そ、ソフィア王女……?」
「……そんな、
ふらふらと、彼女はその場にひざまづく。
「お許しください……
両手を組み、天に向かってぶつぶつと祈り始めた。
(とんでもないことになった……)
俺が元凶なのだが、もはや取り返しがつかない状況な気がする。
女神様に、祈り続けるソフィア王女と呆然と立ち尽くす俺。
無限に続きそうな、重苦しい空気が過ぎ。
急に、ソフィア王女が静かになった。
祈りの声が聞こえなくなる。
大気中の
いつの間にか、水の精霊が居ない。
代わりに、部屋中に聖なる
「……はぁ~、なにやってるの? まこくん」
砕けた口調で話しかけてきたのは、ソフィア王女だった。
ソフィア王女の声だ。
でも、違う。
ソフィア王女じゃない。
振り向いた表情は、呆れたような笑顔。
瞳は黄金色に輝いている。
「……え、
「はーい、来ちゃった☆」
ぶいっと、ピースしながらウインクするソフィア王女(エイル様)。
違和感しかない。
「にしても、ソフィアちゃんを『魅了』するとは許せないわねー」
「スイマセンデシタ!」
土下座した。
「あ、あの……もしかして、ソフィア王女が巫女の資格を失ったりします?」
もし、そうなら俺は処刑モノの罪を犯したのでは?
が、返ってきたのは、予想外の返事だった。
「うーん、別に巫女って清らかじゃなくてもいいのよ?」
「ええ! そうなんですか?」
ノエル王女が、巫女は清らかじゃないとって言ってたじゃん!
「それって人族が勝手に決めたルールだもの」
「なんでそんなルールを?」
俺の問いに、
「そりゃ、巫女に恋人なんてできたら、女神教会としては厄介事が増えるだけでしょ? そいつが変な男だった日には、教会の面子にもかかわるからね。人族って大変よねー」
まるで他人事のように言う
いや、実際、他人事か。
神様にはまったく関係ない、人間社会の都合だ。
「ま、そーいうわけだから。まこくんは、ソフィアちゃんとガンガン仲良くなりなさい! 私が許す!」
「……」
「そうそう、まこくん。一個注意ね。あなたの水魔法の熟練度で、水魔法使いと本気で
「副作用?」
「
「……以後、気を付けます」
マジかぁー。
結構、気軽にソフィア王女とは
次からは、控えめに。
「でも、それだけじゃあ、可愛いソフィアちゃんを泣かせた罪の償いにはならないわねぇー」
にやりと、まるでノア様のような悪いことを企んでいる笑顔を向けられた。
(失礼ね!)
「あら、ノア。見てたの?」
(ちょっとぉ、私のまことに何する気?)
「うーん、ソフィアちゃんの婚約者になってもらおうかなーって。ほら、ソフィアちゃん奥手だから」
(あら、いいわね? まこと、よかったじゃない。水の国の最高権力者の一人と婚約者になれたわよ)
「ちょ、ちょっと、女神様!?」
凄い勢いで、話が進んでるんですけど!
「まさか断る気? 巫女を魅了した罪で『天罰する』わよ?」
(まこと、男でしょ。責任とりなさい)
「あ、あの……ソフィア王女のお気持ちは?」
本人不在ですよ?
「あー、大丈夫大丈夫。私が『神託』しておくから」
軽い!
『神託』って、そんなんでいいの?
「じゃ、ちょっと、夢の中でソフィアちゃんと話してくるねー」
と言うや、ソフィア王女がふらっと倒れそうになった。
慌てて、ソフィア王女を支える。
ずっと、抱きかかえているわけにもいかないので、近くのソファに寝かせた。
◇
ソフィア王女が起きるのを待っていた時間は、約15分くらいだっただろうか?
ぱちっと、開いた瞳の色は青かった。
ソフィア王女だ。
ゆっくりと……、こちらへ視線を向けてきた。
「「……」」
見つめ合う時間が過ぎる。
俺は、恐る恐る声をかけた。
「ソフィア……気分はどうかな?」
「……よろしくお願いしますね、婚約者まこと」
どうやら
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