119話 高月まことは、魔法剣を知る

 結局、桜井くんは酔い潰れて起きなかったので、俺の家に運ぶことにした。


 ……まあ、桜井くんを運んでいるのは、さーさんなわけですが。

 いや、最初は俺が背負おうと思いましたよ?

 俺の非力じゃ、全然無理でした!

 ギルドの宴会を切り上げ、俺たちは家に向かった。


「おお! タッキー殿。お待ちしてましたぞ!」

 家に帰ると待っていたのはふじやんたちだった。

 ニナさんと、クリスさん、あと女騎士がいる。

 ちなみに、今の物件を探してくれたのはふじやんであり、ついでに家主もふじやんである。

 合鍵は、渡している。

 てか、勝手に入ってどうぞと言ってある。


「あ! サキちゃんだ」

「アヤちゃん! 元気? あーあ、りょうすけったら飲み過ぎたの?」

 美人な女騎士がいると思ったら、横山さんか。

 ……って、え?

 思わず、フリアエさんのほうを見ると。

 横山さんと冷たい視線が、交差した。

 ほ、本妻VS愛人!?

 修羅場ダー!

 

「こんにちは、月の巫女フリアエ」

「お久しぶりね、聖剣士さん」

「りょうすけとは、ゆっくり話せた?」

「ふん、別にあなたに関係ないでしょ?」

「関係あるわ。私は妻だもの」

 ヒヤヒヤと見ていたが、思いのほか冷静なような……。

 

「まぁまぁ、サキちゃん。こっちこっち」

 さーさんが、桜井くんをリビングのソファーに寝かして、横山さんを引っ張った。

「フーリ、こっちに行くわよ」

 ルーシーが、フリアエさんを反対側のテーブルのほうに連れて行った。

 ナイスだ、二人とも!


 テーブルには、沢山のご馳走が並んでいる。

 あと、お酒と。

「ふじやん、これは?」

「高月様! 我々が領主になる道が、一歩近づいたお祝いデス!」

 ニナさんが、満面の笑みで教えてくれた。

 クリスさんの話では、最大のライバルと思われていたお姉さんに優位に立てたらしい。

 それは朗報。

 

 とりあえず、フリアエさんと横山さんの席を一番遠くにして、宴会がスタートした。

 といってもギルドでもご飯食べたから、そこそこお腹は膨れていたんだけど。

 ふじやんとニナさんの話では、クリスさんが次期領主になることはほぼ確定だそうだ。

 いやー、よかったよ。

 けど、結局俺は何もしなかったけどよかったのかな?

 ふじやんは、「良いのです、タッキー殿は気にせずとも」としか言わない。

 うーむ。


 そして、もう一つ気になることは。


「ねぇ、聖剣士さん。りょうすけはちゃんと休めてる? 随分、疲れているみたいだけど」

「休むようにいつも言ってるわ。けど、全然言う事を聞かないのよ」

「それを無理に聞かせるのが、あなたの役目でしょ?」

「だったら、あなたフリアエからも言ってよ」

 言葉こそ、ややトゲトゲしいものの。

 奥さんと愛人が、普通に会話している。


「「……」」

 ルーシーとさーさんが、それをじぃっと見ている。

(ねぇ、あや。異世界の人って心が広いのね)

(違うから! サキちゃんって、昔は結構嫉妬深かった気がするんだけど……)

 ひそひそ声が、『聞き耳』スキルから聞こえてきた。


「どうかした、私の騎士?」

「そーいえば、高月くんって月の巫女の守護騎士になったんだっけ?」

「う、うん……」

 横山さんとフリアエさんが、こちらを向いた。

 おっと、凝視し過ぎたか。

 フリアエさんが、ニヤリと笑う。


「私が聖剣士さんと仲良く話しているのが不思議なんでしょ? 彼女とは、私が月の国で太陽の国の騎士団に捕らえられた時に、知り合ったのよ」

「へ、へぇ……」

 仲良くなる要素、皆無では?


「……あの時は、……悪かったわ」

 横山さんの表情が、暗く沈む。

「別にいいわよ。あなたもりょうすけも、何も知らなかったんだから。悪いのは太陽の国ハイランドの神殿騎士のクソ野郎共とそれを命じた教皇よ」

「……」

 

 話が見えないが。

 訳あり……なんだろうか。


「知りたい? 私の騎士。楽しい話じゃないけど」

「いや、今はやめておくよ」

 隣の暗い表情の横山さんを見る限り、言ってほしくなさそうだ。

 場を改めよう。

 何か、別の話題を。


「そう言えば、ふじやん。最近、マッカレンで見たことが無い住人を沢山見るんだけど、何か知ってる?」

「ああ、それはタッキー殿が居るからですぞ」

「??」

 どーいう意味?


「ローゼスの勇者である高月様がいるマッカレンへの移住希望者が次々に現れているんです」

「仕事が無いものは、フジワラ商会が仕事を斡旋してますヨー」

 クリスさん、ニナさんが付け加えた。


「へぇー、すごいじゃない、まこと」

「たまに、街を歩いていると高月くんのこと聞かれるよ」

 ルーシーとさーさんには、嬉しそうに言われるけど。

(マジかー……)

 まさかの自分が原因だった。

 

 しばらくは、クリスさんのマッカレンの発展計画や。

 ふじやんの商人としての、今後の商売計画やらで盛り上がった。


 ふと、周りを見渡す。

 ふじやん、さーさん、桜井くん、横山さん、俺。

 ルーシー、フリアエさん、ニナさん、クリスさん。


(異世界人のほうが多い?)

 一年A組に戻ってきたような、錯覚を覚えた。

 なんだかんだ、みんな元気にやってるってか。


 宴会は、夜遅くまで続いたが、桜井くんは寝たままだった。



 ◇



 ――その日の深夜。


 みんなは寝付いたが、俺は眠れなくて家の裏庭で、一人修行していた。


「なーう、なーう」

 いつもの黒猫が寄ってきた。

 水魔法で、魚を獲って与える。

 黒猫が、モグモグそれを貪っている。

 その猫の毛並みを愛でながら、昼間のこと反芻はんすうした。


(……緑竜グリーンドラゴンとの戦闘、桜井くんが居なかったら危なかった)


 正直、被害が無かったのは、ただのラッキーだ。


 ふじやんの話では、マッカレンに移住する人は増えている。

 勇者が居るから。

 街に危機が迫った時、先頭に立って立ち向かうのは勇者の役目だ。

 街の衛兵や神殿騎士、冒険者や義勇兵にいたるまで、全て勇者の指揮下になる。

 

(はぁ、……勇者の役目ねぇ)


 ……気が重い。

 昔、生まれて初めてプレイしたロールプレイングゲーム。

 主人公の勇者は、たった一人でドラゴンに攫われた姫を助けて、魔王を倒した。

(俺は、あーいうのがよかったなー)

 実際のところ、仲間がいないのは容量の問題らしいけど。

 ルーシーやさーさんはいいんだけど、見知らぬ人たちのことまで責任を持つというのが、中々のプレッシャーで気乗りしない。

 我がままなのかなぁ。

 月が見えない曇天を見上げながら、ぼんやりと考えていたら、


「やぁ、高月くん」

 後ろから声をかけてきたのは桜井くんだった。

 知らない人にびっくりしたのか、黒猫は逃げてしまった。

「目が覚めた? 桜井くん」

「ごめん、途中で寝ちゃって」

「飲めないんだから、断ればいいのに」

 前回は、俺が潰してしまったけど。

 あえて棚に上げた。

 ははっ……、と桜井くんが軽く笑う。


「高月くんは、魔法の修行中?」

「うーん、修行というか、反省会というか」

 俺は、昼の緑竜グリーンドラゴンとの戦闘のことや、俺の魔法の弱さや精霊魔法の扱い辛さを説明した。


「そっか、水が無いと本領が発揮できない……。それに精霊の有無で、威力が全然変わってくるのか」

「まあね。困った魔法使い見習いでさ」

 俺は冗談めかしたが、桜井くんの表情は真剣だ。


「その情報は、参謀本部に共有しておいたほうがいいな」

「なにそれ?」

「北の大陸の魔王討伐の計画を立案している人たちだよ。僕が各国を回っているのは、その計画の念押しのためでもあるんだ」

「へぇ……、やっぱり魔王を倒すのは桜井くんの役目?」

 伝説の救世主の生まれ変わり(扱い)なわけだし。

 が、桜井くんは首を横にふった。


「魔王に挑むのは、六国の勇者の合同チームだよ。ただし、水の国の勇者だけは、幼すぎるということで、主力部隊ではない予定だったんだ」

「だった?」

 過去形?


「先日のいにしえの魔物五千匹を、一人で倒してしまった勇者が現れたからね」

「げ」

 俺か。

「僕も詳細な作戦までは知らされていないんだけど、高月くんは魔王戦の主力の一人になるだろう、参謀本部の人たちが噂してたよ」

「まじかぁ……」

 正直、野良ドラゴン一匹に悩んでいるんですけど。


「でも、そういう理由なら『獣の王』ザガンと戦うよりも、別の魔王のほうが相性がいいかもね」

 ……別の魔王って。

「確か……『古竜の王』アシュタロトと『海魔の王』フォルネウスだっけ?」


 魔大陸の大地を支配する『獣の王』ザガン。

 魔大陸周辺の海を支配する『海魔の王』フォルネウス。

 魔大陸の空を支配する『古竜の王』アシュタロト。

 陸、海、空軍のように魔大陸を守護している三魔王。 


「でも、今回の北征計画の目的は、『獣の王』ザガンの討伐って聞いたよ?」

 太陽の国ハイランドで、騎士団長の人に教えてもらった。

 三魔王の全員を相手にするのは、こちらの被害予測が大きすぎる。

 それに大魔王が復活した時、西の大陸を支配しようと攻めてくるのは『獣の王』であると言われている。

『海魔の王』は、魔大陸周辺の海を管理している。

『古竜の王』は魔大陸の守護者なので、自分の領地をほとんど離れないらしい。


「うん、だから主力部隊が『獣の王』と戦い、別部隊は『海魔の王』と『古竜の王』が援軍に来ないよう、足止めをする必要があるんだ」

「なるほどねー、確かに各個撃破を黙って見ててはくれないか」

 だったら、『海魔の王』は戦場が海だから、俺はそっちの配置がいいなぁ。

「参謀本部に伝えておくよ」と桜井くんが、請け負ってくれた。

 持つべきは、昔馴染みの友人かね。

 しばらく雑談をしていたら、


「僕も高月くんを見習って、修行しようかな」

 そう言って腰にさしてある剣を、スラリと引き抜いた。

 ヒュン、ヒュンと素振りを始める。


 藍黒色の刀身が、ぼやっと光を放ち綺麗な弧を描いている。

 桜井くんの剣は、何度か目にするけど、あんな色だっけ?

 それに、あの魔力マナの光は――


「桜井くん、それって魔法剣?」

「うん、ハイランド王家に借りた『宝剣アロンダイト』。決して刃こぼれしないと言われる魔法剣」

「へぇ! それが伝説の救世主の剣か。ちょっと、触っていい?」

 きっと大陸一の聖剣だ!

 見たい!


「いや……残念だけど救世主アベルの剣ではないんだ。千年前の勇者の持ち物ではあるんだけど。持ってみる?」

 桜井くんから、剣を受け取った。

「うっ……、重っ」

 予想はしてたけど、やっぱり持てないかぁ。

 しかし、桜井くんは軽そうに振るってるのになー。


「返すよ、ありがと。でも、こんな色してたっけ?」

 大迷宮や昼間の戦闘では、もっと明るい色だった記憶がある。

「太陽の光を魔力マナに変えて、『宝剣アロンダイト』に吸わせてるんだ。『光の剣』スキルは、剣に溜まった魔力マナを一気に解放してるんだよ。その時は、剣が太陽の色に輝くんだ」

「なるほどねー」

 魔法剣に魔力マナを吸わせるか。

 そういう使い方もあるんだな。


「試してみようかな」

「え?」

 俺は短剣を引き抜き、


(精霊さん、精霊さん)

 女神様の短剣を、夜空に向かって掲げた。

 水の精霊の魔力マナが、短剣に集まるように意識を集中――


「あれ? 精霊自体が短剣に……吸い込まれた?」

 ほんの数匹の精霊が、女神の短剣の刀身と一体化して


 ――刃が眩しい位の、青い光を放ち始めた


 同時に、「ドクン」と短剣が命を持ったように、脈打つのを感じる。

 

「高月くん!」

 桜井くんの、少し焦ったような声で我に返る。

 女神様の短剣が「ジジジジッ……」と嫌な音を立てている。

 ああ……、魔法制御が少し甘かった。

 これは、魔法が暴発する前の音だ。

『明鏡止水』スキルで、コントロールする。

 無秩序に暴れようとする魔力マナを、渦巻くように流れを整えてあげると、短剣が発する音が、


 ――シャンシャン、と鈴のような音に変わった。


「せ、制御した……のか?」

「ごめん、ごめん。思ったより、精霊の魔力マナが多かったんだ」

「王級クラスの魔力量が、その短剣に宿ってるようだけど……」

「いいね、これ。一度武器に魔力を溜めたほうが、使い勝手がよさそう」

 魔法使い自身に魔力を集めると、魔力酔いを起したり、暴走するけど。

 これは、いいな! 

 今後に活用させてもらおう。


「……魔法熟練度200オーバーか。大賢者様が言ってたよ。高月くんよりも魔法発動速度が速い魔法使いは、ハイランドに居ないって」

「流石に、買いかぶりでは?」

 話半分に受け取っておこう。 


 俺は、短剣を空に向かって振るった。


 ――月を隠していた雲が切り裂かれた。


「おおー!」

 いい威力!

 でも、コントロールは課題だな。

 それを、呆れた顔で見ていた桜井くんが言った。


「ところで僕は、今日の朝にはマッカレンを出発するよ」

「え! もう?」

 昨日来たばっかりじゃないか。

「もう二、三日ゆっくりしていけば?」

 フリアエさんが寂しがるよ。


「ソフィア王女が、明日には戻るらしいんだ。一言挨拶をして、次の国に向かわないと。スケジュールがギリギリだから、あんまり長居はできなくて」

「そっかぁ、残念」

 できれば、もう少し魔法剣について教えてもらいたかった。


 俺と桜井くんは、朝まで魔法剣についてや北征計画について語り合った。



 ◇


 ――日が昇り始めた頃。


 教会前に、立派な馬車が停まっている。

 馬車から下りてきたのは、ソフィア王女。

 桜井くんが、ひざまづき何かしゃべっている。

 あ、会話終わったのかな?


 桜井くんは立ち上がり、近くにいる巨大な白い飛竜に跨った。

 つーか、他の騎士団員は普通の飛竜や天馬ペガサスなのに、桜井くんの乗り物だけちょっと違わない?


「あれが、ハイランド王家の守護する白竜ホワイトドラゴンね。初めて見たわ」

 ルーシーのつぶやきが聞こえた。

 へぇ……、光の勇者専用ってことかな?


「いいなー、桜井くんの竜。後ろ乗せてくれないかなぁ」

 俺がぼそっと言うと、さーさんとフリアエさんがこっちを振り返った。


「たぶん、高月くんが言えば普通に乗せてくれると思うよ?」

 さーさんに苦笑される。

「ちょっと、私の騎士。わたしも乗った事無いんだけど?」

「冗談だよ、冗談」

 ……今度、フリアエさんに内緒でこっそり頼んでみよう。 


 桜井くんと横山さん、太陽の騎士団のひとたちがこっちに手を振って飛び立っていった。

 俺たちもそれに手を振り返す。

 次は火の国に行くって言ってたっけ?

 大変だなぁ、光の勇者様は。


 あ、ソフィア王女がこっちに歩いてきた。

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