118話 マッカレンに光の勇者がやって来た

◇クリスティアナ・マッカレンの視点◇


 マッカレン領主の館の執務室。

 そこで対峙しているのは、私――クリスティアナと姉のヴァイオレット・マッカレン。


「クリス、領主になることは諦めなさい。私は、太陽の国のローランド家の支援を得たのですよ」

 優雅に微笑むヴァイオレットお姉様。

 私はぐっ、と歯軋りをする。

 

 太陽の国の五聖貴族・ローランド家。

 その地位は、ローゼス王家を上回る。

 とはいえ、外国の貴族だ。

 本来なら、他国の貴族がそこまで影響は無い。

 だが、太陽の国と水の国は長らく同盟関係にあり、その上下関係が明確である。

 ローランド家の意向は、ローゼス王家ですら無視できない。


「ふふっ、姉に勝る妹など存在しないのですよ」

「ま、まだです、ヴァイオレットお姉様! 私は諦めたわけでは!」

 姉様は、ローランド家の支援を取り付けるために、莫大な資金を失っている。

 ただでさえ、魔物が活発化して兵力の増強や、兵糧を貯めないといけない時期なのに。

 いくら領主になるためとはいえ、マッカレンの財政が悪化しては意味が無いのに!


「勝負あったようですね……」

 ヴァイオレットお姉様が、勝利宣言をしようとした時、


「クリス殿、少々お話が」

「藤原様?」

 旦那様が扉を開け入ってきた。


「光の勇者、桜井殿がマッカレンに来たそうですぞ」

「「え?」」

 なんて唐突な。

 このタイミングで?


「光の勇者……ハイランドの次期副国王が?」

 ヴァイオレットお姉様が呆然とつぶやく。

 そう、光の勇者様は大魔王を倒したのち、ハイランド第一王位継承者ノエル王女の夫として、副国王になることが確定している。

「な、なぜそのようなお人がっ!」

 先ほどの余裕な態度が消え去り、うろたえる姉様。


(ローゼスの勇者まこと様に会いに……? それとも何か別の目的が?)

 旦那様のお話では、まこと様は光の勇者様と親交が深いらしい。


「拙者は、桜井殿を迎えに行きますが、クリス殿はどうしますか?」

「わ、私もご一緒します! お姉様、お話はのちほど」

「……」

 ヴァイオレット姉様から返事は返ってこなかった。


 

◇まことの視点◇



「マッカレンに偉大なる救世主様の生まれ変わり光の勇者様がいらっしゃったぞー!」

「「「「「かんぱーい!」」」」

 マッカレン冒険者ギルドのエントランスがお祭り騒ぎになっている。

 

 ――つまり、平常運転だ。


「ははっ……」

 困った顔で笑っている桜井くん。

「騒がしい連中ね、りょうすけ」

 ちょっといつもよりお洒落な服のフリアエさんが、隣を陣取っている。

 

 桜井くんは太陽の騎士団長になった後、大陸六国の王族・主要貴族へ挨拶回りをしているらしい。

 普通は、王都に行って終わりらしいけど。


(フリアエさんが心配で、マッカレンに寄っちゃったと)

 愛だねぇ。

 ただ、名目上はマッカレンに居るソフィア王女に挨拶に来ることになっている。

 あまり目立ちたくないようで、大声で名前を連呼されて困っている桜井くんと。

 隣で嬉しそうにしているフリアエさんを見ると、ほっこりした。


 ちなみに、お付きの太陽の騎士団は宿を取って休んでいるらしい。

 桜井くんが、全力で移動するのについて来た結果、全員疲れ果ててるとか。

 勇者の付き添いも楽じゃないねぇ。


「桜井くん、楽しそうだね」

「フーリって、あんな顔するのね。いつも機嫌悪そうなのに」

 さーさん、ルーシーは二人を邪魔しないようにしている。

 ちなみに、桜井くんにもフリアエさんの偽名(フーリ)のことは伝えている。

 俺たちは、身内で魔物の群れの危機を脱した祝杯を上げていた。


「まこと先輩! 今日はお疲れしたっ! お酒注ぎますね!」

 ジャンのパーティーの格闘家の男が話しかけてきた。

 新人冒険者だが、ムキムキの筋肉から、相当鍛え上げている様子が伺える。

 名前をトニーというらしい。

「ああ、ありがとう、トニー」

 でかいグラスにエールをなみなみ注がれた。

 ……そんなに一気に飲めないんですけど。


「まこと。トニーはまことと話したがってたんだ。仲良くしてやってくれ」

 お、ジャンのやつ。

 先輩冒険者してますなー。

「まことさん! 凄い魔法でしたね! いったい、どうやってあんな魔法を。ちょっと、筋肉を見させてもらっていいですか?」

「いや、魔法に筋肉は関係無……」

「うおぉ、これが勇者の筋肉。さすがの肌触りっすね!」

 おい! ちょっと、触りすぎだぞ!

 少し寒気がして、距離をとる。

 

「まことさん! 今度一緒に冒険にイキませんか!?」

 すぐ距離を詰められた。

「あー、うん。今度ね」

「冒険の後は、温泉にイキましょう! お背流しますよ!」

「……」

 なぜか、お尻がむずむずする。


 

『トニーと一緒に冒険(等)にイキますか?』

 はい

 いいえ ←



『RPGプレイヤー』スキルさん?

 誤字があるよ。

 ……誤字だよな?


「ジャン先輩も一緒にイキますよね!」

「ああ、今度みんなで行こう」

 ジャンの後輩冒険者は、少しクセが強いっぽい。

 学生時代は、部活に入った事が無いので、後輩って初めてだけど。

 慕ってこられるのは、悪い気がしない。

 ちょっと、気になってエミリーとルーシー、さーさんが飲んでいるほうを見てみる。



「ルーシーおねーさま! 流星群メテオレイン凄かったです!」

 ジャンのパーティーにいる魔法使いの女の子が、ルーシーに絡んでいる。

 赤っぽい茶髪に、くりっとした目が可愛い。

 名前は、モニカって言ったっけ?


「えっと、モニカ。そんなにくっつかれると暑いんだけど……」

 珍しくルーシーがたじたじしている。

「ルーシーおねーさまって、凄くお強いんですよね! 今度、一緒に冒険に行きませんか?」

「う、うん。エミリーたちと一緒にね」

 あっちも誘われてるな。

 そのうち、合同で冒険に行ってもいいかもなぁ。


「はぁはぁ……、ルーシーおねーさまの肌って凄く綺麗。それにとても熱いんですね。この腕に抱かれたい……」

「ちょ、ちょっと! エミリー! この子、酔っ払ってない?」

 焦り気味に、ルーシーが友人に助けを求める。


「そう? 良い子よ? ルーシーは勇者パーティーの一員なんだし、自分を慕ってくれる魔法使いの後輩は大事にしなさい。ねぇ、あや。あなたって、大迷宮に詳しいって聞いたけど本当?」

「まあ、多少はわかるかな」

 エミリーはルーシーの相手をせず、さーさんに話かけている。

 さーさんが、とぼけた返事をしている。

 多少じゃないだろう?


「今度私たちのパーティーも大迷宮を目指そうと思っているの。少しレクチャーしてくれないかな? 報酬は、マッカレンの隠れスイーツのお店」

「任せといて!」

 エミリーとさーさんの間で、取引が成立したらしい。


「ルーシーおねーさま。私、酔っちゃったみたいです~。部屋に連れて行ってもらえませんか?」

「落ち着きなさい、モニカ。まずは、水を飲んで」

 ルーシー、頑張れ!

 俺は俺で、トニーからのお誘いが激しかったので、ジャンに任せて俺は席を移動した。



「あら、まことくん。今日はお疲れ様」

「マリーさん、お疲れ様です。今日は大変でしたよ」

 ギルドの仕事上がりのマリーさんの隣に座った。

「最近、魔物が街に来る事が多いんですか?」

「そうなの、今月入って3回目かな……。このままじゃ、少しまずいかも」

 いつも飲んでいる時は、底抜けに明るいマリーさんの表情が暗い。

 今日みたいなのは、怖いよな。

 運よく今日は桜井くんが居合わせたけど、いつもはルーカスさんやベテラン冒険者がなんとかしていたらしい。

 でも、そのベテランも最近は、呼び出しが多く不在にしている。

 マリーさんの話だと「怪我人が増えてきて……困るわ」とテンションが低い。


「何か俺にできることありませんかね?」

 俺が聞くと、きょとんとされた。

 そして、ふっと、微笑まれる。

「あーあ、あの頼りないまことくんがカッコよくなっちゃったなー。もっと、早く唾つけとけばよかったぁー」

 頭をぐりぐりされた。

「痛いですって」

 そうそう、マリーさんはこうじゃないと。

「よし、飲もう! まことくんの勇者祝いに!」

「もう十回以上祝ってもらってますよ」

 マリーさんの調子が戻ってきた。


「ねね、ところで、あれって光の勇者様なんでしょ? 噂の貴族令嬢のフーリちゃんとは、どんな関係なの?」

 マリーさんが、興味深げに耳打ちしてきた。

「恋人ですかね」

「!? えっ! でも、光の勇者様ってハイランドの王女様と……」

「あー、今のうそです。忘れてください」

「気になる! こっそり教えてっ!」

 肩をゆさゆさされながら、ちらりと桜井くんとフリアエさんのほうに視線を向けると。



「ねぇ、りょうすけ。この前、私ゴブリンキングに襲われちゃったの」

「え!? ど、どうなったの!?」

「私の『魅了』で操って、魔法使いさんに倒してもらったわ。もしかして、私冒険者の才能があるんじゃないかしら」

「……あんまり、危ないことするなよ」

 苦笑する桜井くん。


 フリアエさんは、テンション高く桜井くんに近況を語っている。

 それをにこやかに聞いている桜井くんも楽しそうだ。

 爽やかイケメンの桜井くんと、黒髪ロング清楚系のフリアエさんは実に絵になる。

 桜井くんに話しかけたい女冒険者と、フリアエさんを狙っていた男冒険者は近づけないみたいだ。

 平和だなぁ。



 ――俺は、緑竜グリーンドラゴンを倒したあと桜井くんと会話した内容を思い出した。



 ◇



 緑竜は、音も無く砕け散った。

 さすが、伝説の救世主のスキル『光の剣』。


「桜井くん、助かったよ。どうしてマッカレンに?」

 お礼を言いつつ、駆け寄った。

「太陽の騎士団長になったから、各国の王族に挨拶回りをしているんだ。水の国ローゼスに寄ったから、マッカレンに顔を出そうと思って」

 爽やかに、返事してきた。

 俺はそれに、ニヤリと返す。


「フリアエさんに会いに来たんだろ?」

「……ま、まあ。それもあるかな」

 またまたぁ、それがメインだろぉー?


「でも、いいの? 太陽の国には、奥さんとか子供も居るんでしょ?」

 20人の美人な婚約者を、毎日とっかえひっかえ! 

 さらに、美人のフリアエさんもか! 羨ましいね!

 軽い意地悪のつもりで聞いてみた。

 が、桜井くんの表情がふっと暗くなった。


「実は……僕は、自分の子供の顔を見た事が無いんだ……」

「は?」

 ちょっと、待ってくれ。

 自分の子供を見た事が無い。

 どーいうこと?


 聞くところによると。

 桜井くんの子供は『光の勇者の子』ではあるが、『王族の子』

 だが、やっかいなことに桜井くんはノエル王女の夫なので、将来はハイランド副国王となる。


 王族の血を引かない副国王の子。

 将来の世継ぎ争いの火種になりかねない。

 そのため、桜井くんは、子供がいる母子との面談は禁止されているらしい。

 ハイランドの次々代の王は、ハイランド王族の子でなければならない。

 しかし、太陽の巫女であるノエル王女は、未だ子供が授かれない。

 ノエル王女が子供を作れるのは、大魔王を倒し、世界に平和が訪れたあとだ。


 王族の血を引かない子に、副国王の情が湧いてはいけない。

 桜井くんの子供は、あくまでである。

 桜井くんの知らぬところで、戦士として育てられるそうだ。

 そういう規則ルールらしい。

 無茶苦茶だな……。


「で、でも。もし、ノエル王女に子供ができなければ……?」

「その場合は、第一王子か第二王子の子供が、王位継承することになるんだってさ。その際、妻になるのは僕の娘らしいよ」

 チカラなく桜井くんが、笑った。 

 俺は笑えなかった。

 何があろうとハイランド王族へ光の勇者の血筋を取り入れる執念か。

 ハイランドの闇が深い……。

 一瞬見せる桜井くんの表情が、疲れている。

 ちょっと、病んでないか……?


「桜井くん、言っちゃなんだけど……」

 そんな国出て行ってマッカレンで一緒に冒険しようぜ、と言いたかった。

 でも、言えなかった。


「異世界に来て、身寄りの無い僕らに最恵国待遇で迎え入れてくれたからね。僕だけじゃなく、一緒に来たクラスメイトたち全員。僕にできることは、やらないと」

 いつもの爽やかな表情に戻り、桜井くんは力強く言った。


「……そっか」

 本当に、昔から変わってない。

 いいやつ過ぎて、頼られて、責任感が強すぎて……損な役回りを断れない。

 俺みたいに、苦手なことから逃げて、好きなことゲームばっかりして生きてきたのと真逆で。

 だから、昔から苦手だったんだよ、桜井くん。

 眩し過ぎて。


「よし! 酒場に行こう! 美味い串焼き屋があるんだ!」

 俺は桜井くんの肩を組み、努めて明るい声を出した。


「た、高月くん? マッカレンにソフィア様が居ると聞いたんだけど。挨拶に行かないと」

「ソフィア王女なら、別の街に出かけてるよ。そのうち戻ってくるって。先にフリアエさんに会いに行こうぜ!」

「う、うん……」

 戸惑う桜井くんを、強制的に連れて行って。

 さーさんとルーシーに、フリアエさんを呼びに行ってもらった。

 とりあえず、この真面目過ぎる男に息抜きさせよう。



 ◇



 フリアエさんと会話する、桜井くんは心底楽しそうだ。

 よかった。


「ねねっ、りょうすけ。このお酒美味しいの。飲んでみて」

「へぇ、ああ、飲みやすいね……」

 あ、フリアエさん! 桜井くんにそんなにお酒を勧めたら……。


「あ、あれ? りょうすけ?」

 あーあ、寝ちゃった。

 机につっぷしてしまった桜井くんを見て、フリアエさんがおろおろしている。

 しまった。

 フリアエさんに、桜井くんが下戸のこと伝えてなかった。

 まあ、しばらくすれば起きるかな。

 お休み、桜井くん。


 どうせ、まだまだ夜は長い。

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