117話 マッカレンの冒険者たちは、魔物と戦う

「魔物だー!」「家に隠れろー!」

 街がざわついている。

 

(マッカレン冒険者ギルドの掟、その三。街に魔物が現れた場合は、衛兵、神殿騎士と協力して、街の防衛にあたるべし……)


 水の国ローゼスは、兵士の数が不足している。

 特にマッカレンは、大陸有数の巨大ダンジョン『魔の森』が近い。

 そのため有事の際は、冒険者ギルドのメンバーが駆りだされることが多い。

 と、新人の頃ギルド職員のマリーさんに教わった。


(そう言っても魔物の群れが街に来るなんて、数年に一回くらいだってマリーさんが言ってたけど……)


 これが、魔物の活発化の影響か。

 俺は魔物が出ているらしい西門に向かって走った。

 他にも冒険者の姿が、ちらほら見える。

 

「まこと!」

「ジャン!」

 知り合いのパーティーと出会った。

 エミリーと、格闘家の男、魔法使いの女の子の4人組だ。


「ルーシーは? まことくん」

「今日は別行動。エミリーと会うって聞いたけど」

「うん、午前中は一緒に居たけど、午後は出かけて行ったわよ」

 エミリーに聞かれ、ちょっと不安になる。

 一人で、大森林のほうに行ってたりしないよな……。

 魔物の群れは、大森林からこちらへ向かっている。

 さーさんは、ニナさんと一緒だっけ?

 ニナさんなら、冒険者のルールは把握しているはずだ。

 どこかで、合流できるといいんだけど。


 そうこうするうちに、西門にたどり着いた。

 すでに数十人の冒険者やマッカレンの衛兵、神殿騎士が集まっている。


「お! 勇者が来たぞ!」

「おーい、まこと。魔物の数は、約五百体だってよ」

「ゴブリン、オークやオーガの寄せ集め集団だ」

「まことー、早く指示くれー」

「仕切りよろしくなー」


(え?)

 集まった冒険者たちが、こっちを見ている。

 いや、冒険者だけじゃない。

 街の衛兵や神殿騎士もだ。 


「ちょ、ちょっと待って!」

 何で俺が仕切る事に!? 


「まこと。こういう緊急事態では、一番地位が高い者が仕切る決まりルールだ。この中に勇者のまことより高い役職のやつはいない」

 おろおろしていると、ジャンに説明された。

 そ、そうだった!

 マッカレン冒険者ギルドの掟、その八だ!

 昔は、俺に関係ないと思って気にしてなかったけど。

 え、マジで?

 俺が指揮をしなきゃ、いけないの?


 じぃっと、沢山の視線が俺に集中する。

 そういうの、めちゃ苦手なんだけど!

「る、ルーカスさんは!?」

 あのベテランなら、上手く仕切ってくれるはず!


「ルーカスさんは、隣街にドラゴンが出たとかで、助っ人に行ったわ」 

 エミリーに残念そうに言われた。

 そ、そんな……。


「まこと先輩! 勇者らしいところを、ビシッとお願いします! 俺は何でも言う事聞きますよ!」

 ジャンの仲間の格闘家は、熱血な性格らしく熱く言ってきたが。


(む、無理なんですけど……)

 大勢を仕切るなんて一番苦手とするところなわけで……。

 皆の視線がさらに強まる。

 さっさとやれよ、という重圧感プレッシャーが伝わってくる。

 に、逃げたい……。


「ハイハーイ、みなさーん。高月様は、そーいうの慣れておりませんから。代理で、私が仕切りマスー」

 大きな声が、皆の注目を集めた。

「ニナさん?」

 ウサギ耳の女格闘家が、手を上げていた。


「ニナさんだ」「ゴールドランクになったんだっけ?」「今は、フジワラ商会の会長の奥さんだろ」「引退したんじゃ?」

 ざわざわとした声が、聞こえる。


「高月くん!」「さーさん!」

 さーさんだ!

 よかった、パーティーメンバーが見つかった!


「高月くん! ニナさんに任せるのでいいよね!?」

「う、うん……ニナさん、お願いします」

「ハーイ! 任されましタ!」

 ニナさんが、テキパキとみんなの役割を決めている。

 普段、たくさんの部下がいる商会を取りまとめているだけあって仕切りがうまい。


「さーさん、助かったよ……」

「ニナさんに教えてもらったの。冒険者ギルドのルールについて。高月くん苦手でしょ? そーいうの」

 ああ、さーさんが居てよかった。

 俺のこと、わかってくれてる……。


「魔物が来たぞー!」

 冒険者の一人が指差す方向から、砂埃を巻き上げ魔物の群れが姿を現した。

 ゴブリンやらオーク、オーガ。

 ちらほら人食い巨人の姿が見える。

 太陽の国で見た五千体以上の魔物の群れ程の迫力ではない。

 だが、こっちの兵力は太陽の国ハイランドと比べ圧倒的に少ない。

 つまりマッカレンには、相当な脅威だ。


「魔法使いさん! 撃って下サイー!」

 ニナさんの声で、魔法使いたちが一斉射撃を開始する。

 最初に遠距離攻撃。

 これは、太陽の騎士団の戦術と一緒か。


 その時、 

流星群メテオ・レイン!」

 聞き慣れた声と共に、巨大な大岩が魔物の大群に突き刺さった。

 巨大な土ぼこりが上がり、地面が揺るがされる。

 数十体の魔物たちが、悲鳴を上げながら吹き飛んでいった。

 いつ見ても、とんでもない威力……。


「まこと! あや! 無事?」「ルーシーさん!」

 ルーシーが、息を切らせてやってきた。

 よかった、無事だったか。

 ほっとしつつ、魔物の集団のほうを向く。

「まだ、結構残ってるな」

 魔法使いたちの遠距離攻撃で、百体くらいは減らせた。

 が、まだ魔物の群れの大半は健在だ。


「盾部隊、隊列を整えてくだサイ!」

 盾を構えているのは、神殿騎士団と衛兵の人たちだ。

 盾部隊の数は五十人くらいか。

 遠距離していた魔法使いは二十人くらい。

 近接の戦士たちが、約三十人かな。

 全部合わせて約百人ほど。

 マッカレンの戦力、少ない……。

 予算が無いのかなぁ。

 

 迫ってくる、魔物は約三百体以上。

 数で言えば、こちらの三倍以上。

 そして集団戦で怖いのは、数の多いほうが勢いに乗って押し切られることだ。

 マッカレン兵士の表情は硬い。

 敵の勢いを止められるのか、不安なんだろう。

 よし、太陽の国の時と同じように魔法で壁を作って時間稼ぎしよう。

 そして精霊魔法については、前回より良い点がある。


(精霊さん、精霊さん)

(なにー?)(呼んだー?)(遊ぼうー)

 俺はマッカレンの精霊とは仲がいい。

 一番、付き合いが長いから。

 大精霊はまだ呼べないが、精霊魔法を使うならマッカレンが一番だ。


(精霊さん、困ってるんだ。頼むよ)

 フリアエさんに習った魅了魔法を使いながら、精霊に


(((((オッケー!)))))

 精霊たちの心地よい合唱のような返答が返ってきた。

 みるみる精霊の魔力マナが、俺の周りに集まってくる。


「まこと、ヤバっ……」

「高月くんの周りがビリビリしてる……」

 ルーシーとさーさんのつぶやきが聞こえてきた。

 マッカレンの魔法使いたちの、ぎょっとした視線が向けられる。

 今日の精霊魔法は――いい感じだ。

 右手を上げ、叫ぶ。



「水魔法・氷の世界アイスワールド!」



 一瞬、青白く巨大な魔力マナが、光となって魔物たちに振り降りた。

 氷の壁を作るのでなく、魔物そのものを凍らせて壁にする!

 魔物の数も減らせて、一石二鳥! 


 ……と思ったんだけど

 あ、あれ?



「「「「「「……」」」」」」


 こっちに向かっていた前列の魔物は氷の彫刻になっている。

 それは、狙い通りなんだけど……。

 みんなの視線がこっちに集まる。

 うん、言いたい事はわかります。

 

「高月様、魔物全部凍っちゃいましたネ……」

 ニナさんが、困った顔で笑われた。

 そう、三百体の魔物が全て氷付けになっていた。


 ここからが俺たちの出番だ! と意気込んでいた近距離専門の剣士や格闘家たちが、微妙な表情をしている。

 す、すんません。

 出番を取ってしまって。

 

「まあ、いいんじゃない? まことの魔法でみんな無事だったんだし」

「そーそー、私は出番なかったけど、怪我しないのが一番だよ。……寒いっ」

 ルーシーとさーさんにフォローされた。

 精霊魔法が強すぎて、さーさんは寒いらしい。


「はぁ、ルーシーさん暖かいー」

 さーさんがルーシーに抱きついている。

「魔法使った後で火照ってるから、あやの肌がひんやりして気持ちいいかも」

 ルーシーがさーさんの身体をぺたぺた触っている。

 なんか、百合百合しい光景だ。


「なんだ、終わっちゃったのか」

「これってギルドから報酬出るのか?」

「さぁ?」

 周りの冒険者たちは、緊張感が解けて雑談を始める。


「まこと、凄い魔法だな!」

「まこと先輩、ハンパないっす!」

 ジャンと後輩冒険者には褒められた。


「にしても、こいつら急にどうして街に現れたんだろうな?」

「今回は、数が多いよな」

「何かに追われているみたいだったな」

「あー、確かに」

 追われてる?

 ちょっと気になる会話が聞こえてきた時、


 ――ォォオオオオオオオオ!


 空気を震わせる低い鳴き声が、上空から聞こえてきた。

 見上げると、全身が深緑の巨大な翼を持つ魔物がこちらを見下ろしていた。

 


緑竜グリーンドラゴン!」

 羽ばたき音と共に、ドラゴンの巨体が浮かんでいる。

 大森林の主と呼ばれる魔物が、現れやがった!


「皆さん! 散開してくだサイ! 集まっていると標的にされます!」

 ニナさんの声に、冒険者たちが一斉に散らばった。

 中には、移動しつつ魔法を唱えている者もいる。しかし、


「届いてないね」

 さーさんの言う通り、ドラゴンの飛行している位置が高く魔法が届いていない。

「ルーシー、隕石落としメテオはどう?」

「届くと思うけど、外すとこっちに落ちてきちゃうから……」

「駄目か」

 外した時の被害が、大きすぎる。


 ――ォォオオオオオオ!


 緑竜の鳴き声と共に、緑竜の翼から何かが発射された。


「攻撃してきた!」「避けろ!」

 誰かの声に見上げると、何百本の木の槍みたいなのが、振ってきた!?

「高月くん、ルーシーさん、危ない!」

 さーさんが、何本か俺たちに当たりそうな槍を、蹴り飛ばしてくれた。

 あっぶね。


 周りをみわたすと、怪我人がちらほらいる。

 死人は……まだ、居ない。

 マズイな、こっちが攻撃が届かず、相手が一方的に攻撃してくる。


「あいつ……太陽を背にしてる」

 悔しげにルーシーが言った。

 確かにほぼ真上にいるドラゴンは、太陽と重なるように飛んでいる。

 狙ってやってるのか……?

 知能も高い。

 おかげで、ルーシー以外の魔法使いも狙いが定めづらいようだ。

 引き続き、剣士たちは出番が無い。

 ニナさんも、困った顔をしている。


 次の手は……、どうする?

 誰か知恵者はいないか、周りを見渡す。

 本来ならルーカスさん以外にも、マッカレンはベテラン冒険者が何人か居るのだが、今日に限っては皆別のところに出払っているようだ。

 運が悪い。

 

(駄目元で、水魔法・水龍を使ってみるか?)


 木属性の緑竜グリーンドラゴンに、水魔法は効きづらい。

 昔、水の神殿でそう習った。

 でも、俺の使える魔法だと、他に手が無い。

 精霊魔法を使おうと、精霊に呼びかけようとした時、


 カッ、と目がくらむような光に一面覆われた。

 薄目で見ると、十字に輝く光の闘気オーラが見える。


 ――ギャャァアア!!


 緑竜グリーンドラゴンが断末魔を上げ、

 その姿が、光の中にかき消える。


(あの光は……?)

 見覚えがある。

 大迷宮の外、忌まわしき竜を倒した時のやつだ。

 つまり使い手は、光の勇者。


 しゅたっと、何者かが華麗に地面に着地した。

 高級そうな刺繍の入った白い旅人服。

 淡い茶髪が、太陽の光を浴びてオレンジに輝いている。


「やぁ、高月くん。倒しちゃったけど、よかったかな?」


 爽やかな声で話しかけてくる色男は、今日も決まっている。

 女冒険者たちから、黄色い悲鳴が上がった。


 つい先日、太陽の国で会ったばかりなので久しぶりな感じはしない。

 クラスメイト桜井くんだった。


 ……何してるん?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る