116話 高月まことは、女神様に契約について教わる
「おはよう、モテ勇者くん」
俺は、なぜか地面に寝転んでおり、目を開くとノア様に覗き込まれていた。
ノア様の長い銀髪が、キラキラと滝のように間近に迫っている。
「おはようございます、ノア様」
俺は起き上がり、ひざまずく。
「ふふっ、やっと勇者らしくなってきたんじゃない?」
「ルーシーとさーさんに迫られると、勇者らしいんですか……?」
それは違う気がする。
しかし、ノア様は不思議な生き物を見る目を向けてきた。
「まことって、なんでそんなストイックなの? あなたに好意を持っている可愛い女の子が近くにいるのに、全然手をださないのね。もしかしてホモなの?」
「俺の心が読めるんだから、違うってわかってますよね?」
なんつーことを言うのだ、女神様。
「でも、まことって謎なのよねー。女の子は好きで、エッチな事にも興味があるのに、行動は全然起さないし。ねぇ、まことの好みの女の子ってどんな子なの?」
ノア様があざとい上目づかいで覗きこんでくる。
その胸元をチラ見せしてくるのやめてもらえますか?
はぁー、とため息をつく。
好みの子ねぇ。
昔、さーさんに言ったら引かれたんだよなあー。
なんと説明しようかと、迷っていたらノア様が変な顔をしていた。
「ええ~、
「心、先読みしないでくださいよ!」
ここファンタジー異世界だよね!?
別にいいじゃん!
間違ってないだろ!
「まこと。あなたに必要なのは一緒に戦ってくれる強い仲間や、権力を持った人間よ。ルーシーちゃんも、あやちゃんも、ソフィアちゃんも大事にしなさい」
「それは、まあ……わかってますが」
「大体ねー、捕らわれの姫なんて攻略において、何の役にも立たないじゃない。配管工が主人公のゲームの桃色の姫なんて、ただの飾りでしょう?」
「……そっすね」
目の前の海底神殿に捕らわれている女神様を冷たい目で見てしまう。
「な、なによ……その目は」
ブーメラン刺さってますよ。
あと、発言が危ない。
「そもそも俺は勇者なのに、まだろくに魔王的なのと戦ってもないんですよ? そーいうのは、エンディングでやることでしょ」
「……骨の髄までゲーマーなのね」
俺の言葉に、「あーやだやだ」と肩をすくめるノア様。
なんすか、何か文句でも?
「あんまり女の子を待たせるのは、感心しないわねぇ。そのうち寝取られても知らないわよ」
「嫌な事、言わないでください」
そう言われると……怖い気がする。
俺がヘタレ過ぎる?
「まあ、いいわ。ところで、私に聞きたいことがあるんでしょう?」
話題が変わった。
確かに聞きたいことが沢山ある。
まずは――
「
毎日のように呼びかけているのに。
まったく反応が無い。
ハイランドでの、あれは何だったのか。
「言ったでしょ? 本来ウンディーネちゃんを呼び出すには、水魔法の熟練度が『1000』必要なの。この前のは、まことが困ってたからウンディーネちゃんが特別に手を貸してくれたのよ」
「ラッキーだったってことですか?」
「一言で言えばね。そうは言っても、まことは精霊に好かれてるし、まことがピンチになればまた助けてくれると思うわよ。でも、毎回助けてくれるとか甘いこと考えてると、失敗するわよ。精霊は気まぐれだからね」
うーむ、戦略には組み込めないか。
魅了魔法を覚えたからって、いつでも
「それじゃあ、この前……火の精霊が視えたのは何でですか?」
口に出すと、ルーシーの顔が頭によぎった。
「あー、ルーシーちゃんとキスしてた時の話ね。あれは無いわー、まこと」
「……デスヨネー」
火の精霊が視えてテンションが上がっちゃったんです。
今は、反省している。
「火の精霊が視えたのは、『契約』のチカラよ」
「契約?」
ルーシーと契約なんてしてないけど?
フリアエさんとの、守護騎士契約ならともかく。
「別に契約って、一種類だけじゃないのよ?」
そう言いながら、ノア様がパチンと指を鳴らすと空中にホワイトボードが出てきた。
久しぶりの、女子教師モードか。
あ、服装まで変わった。
「まず一つ目に、私とまことは『神と信者』の契約を結んでるわ。私は信者を得て、まことは神器と『精霊使い』スキルを得た」
「勿論、覚えてますよ。邪神様」
「天罰!」
はたかれた。
あなた天界にいないでしょ。
ノア様が、『神と信者の契約』とホワイトボードに書き込んでいく。
「次は、あなたが国家認定勇者になった。これは『雇用契約』ね。まことは
「……なんか前の世界のサラリーマンを思い出しますね」
「まことは、学生だったでしょう。大人になれば、会社勤めしてたかもだけど」
結局、異世界で
「いちいちツッコまないからね。三番目は、まこととフリアエちゃんの『守護騎士契約』。あなたは月の巫女を守る義務を負い、『魅了魔法』スキルを得た」
「現状は、猫が寄ってくる程度の効果ですけど」
「……まあ、頑張って修行しなさい」
ノア様が、投げやりだ!
そのうちグリフォンを操れたりしないかなぁ。
フリアエさんに頼んだほうが、手っ取り早そう。
「で、四番目。まこととルーシーちゃんの『恋愛契約』ね」
「んん?」
いきなり変なワードが出てきたぞ。
恋愛契約?
「何言ってるのよ。キスすることは恋人同士の証でしょう? まことの前の世界だって、結婚式では『誓いのキス』を交わすでしょ?」
ノア様は、さも当然のように言ってくるが。
「結婚式なんて出た事無いんですが」
「ドラマとかで見るでしょ!」
あー、確かに見た事があるような無いような。
って、あれ? ということは――
「俺とルーシーは恋人同士だと?」
「キスしている間は、そうみなされて精霊が祝福してくれたのよ」
そ、そーだったのか!?
「ちなみに『恋人→婚約→結婚』で契約のチカラは強くなるわよ」
ニヤリとして、ノア様がワザとらしい笑みを浮かべる。
「ルーシーちゃんと結婚すると、もれなく火の精霊使いのスキルが使い放題!」
「言い方が酷い!」
なんか、身体とか財産目当てみたいで凄い駄目なやつだ!
「でも、今の状態だと火の精霊を視るために、毎回ルーシーちゃんにキスしないといけないわよ?」
可愛い表情で、鬼のようなことを言うノア様。
その状況を想像してみる。
――なぁ、ルーシー。今日は火魔法の練習したいから、唇を貸してくれ。なぁに、半日くらいでいいよ。
「あかん!」
自分に全力でツッコんだ。
なんだ、このクズ(俺)は!
とりあえず、さーさんには確定でぶっ飛ばされる!
あと、ゴミを見る眼を向けてくるフリアエさんの顔が脳裏に浮かんだ。
「……駄目だ。火の精霊はあきらめよう」
「ルーシーちゃんと、結婚しちゃう手もあるわよ?」
「まだ、正式に付き合ってませんよ。ノア様は、バカですか?」
「ひどっ!」
いや、バカは俺だな。
やはり、何事にも美味い話はないのだ。
これまで通り、こつこついこう。
……最近、熟練度がさっぱり上がらないんだよなぁ。
ふわりと、頭にノア様の手が置かれた。
「よくやってるわ、まこと。偉い偉い」
「……えっと、ありがとうございます」
何を褒められた?
「次はソフィアちゃんね。迫られてもヘタレるんじゃないわよ」
「そっちですか!?」
よくやったって、
「じゃーねー」
にこやかにノア様が消えていった。
(……どーしよ)
ノア様に相談したら、悩みが増えた気がする。
◇
「……」
目が覚めると、一人だった。
ルーシーとさーさんは、先に起きたのか。
そーいえば、昨夜は怒ったフリアエさんに睡魔の呪いをかけられたっけ?
顔でも洗おうと、外へ向かった。
(……フリアエさん、怒ってそうだなぁ)
途中にリビングがあるので、起きていたら居るはずだ。
リビングには、フリアエさんだけでなく、ルーシーとさーさんも居た。
「おはようー」
「「!?」」
声をかけると、ルーシーとさーさんが過剰な反応で振り向いた。
「ま、ままま、まこと!? お、おは、おはよう! わ、私今日はエミリーと約束があるからっ!」
「た、たた高月くん! おはよっ! き、今日は私ニナさんのところに行くねっ!」
言うやいなや、二人ともあっと言う間に去ってしまった。
(ええ~~)
何? 何ですか?
嫌われた?
ノア様の言う、俺がヘタレだからですか?
俺が、ぼさっとつっ立っていると。
「食べないの? 私の騎士」
「あの二人。どうしたのかな……?」
不安になった俺は、不機嫌そうにサラダをつついているフリアエさんに相談してみた。
「さっきまで、昨夜はやり過ぎたって二人して頭を抱えてたわよ。まともにあなたの顔が見れないんですって。二人とも可愛いわね」
「俺が嫌われたわけでは……?」
「あなたバカなの? 寝ぼけてるなら、顔洗ってきなさい」
心底呆れた声で返された。
よかった、嫌われてなかった。
「さっさと二人と付き合いなさいよ。面倒な男ね」
朝から罵倒気味にディスられた。
「……鋭意、検討中です」
「まどろっこしい男。まあ、婚約者が20人も居ても嫌だけど」
「……」
誰のこと、とは言うまい。
フリアエさんの恋は多難だ。
「ところで、私の騎士。あなた『魅了魔法』を常に使ってるの?」
「え?」
変な事を言われた。
「使ってないけど?」
「鏡見てみなさいよ」
首を捻りながら、鏡を見て。
瞳の色が淡いオレンジに光っているのを確認した。
「え? あ、あれ?」
全然、意識してなかった。
これ、まずくない?
「まあ、その程度の魅了魔法なら小動物くらいにしか影響ないでしょうけど」
まずくなかった。
「でも、自分に好意を持っている人間や、月魔法が強くなる夜の時間なら効くかもしれないから気をつけてね」
「駄目じゃん!」
それ、もしかして昨夜のルーシーとさーさんに効いちゃった?
「なんてことを……ルーシーとさーさんに土下座しないと」
「別にいいんじゃない? 二人とも恥ずかしがってたけど、嬉しそうだったわよ? もともと好かれてるのを後押ししただけなんだから、悪い事じゃないわよ」
う……でも、魅了魔法でってのは、抵抗感が……。
「あんたたち、じれったいからさっさとくっ付けばいいのよ」
フリアエさんは、にべも無い。
「でも、昨晩邪魔しなかった?」
「もっと、静かにしなさいよ! 全部、聞こえてくるのよ!」
あっ、はい。
そうですね、聞こえてくるとイライラしますよね。
「私は今日は街を散策するわ。じゃーね、私の騎士」
フリアエさんは、朝食を食べ終えてそう言ってきた。
「え? ちょっと待って、ついていくよ」
守護騎士としての発言だったが。
「一人で大丈夫よ。街の外には出ないわ」
「でも、姫を狙ってる男が多いって話しだし……」
最近、マッカレンにやってきた異国の貴族の令嬢。
恐ろしい美貌で、マッカレンの男共のハートを鷲掴みとの噂だ。
女性一人で、うろうろするのは……。
「へーきへーき。
「……さいですか」
フリアエさんの過去話は、いちいち重い。
軽い足取りで、去って行った。
残った俺は、さーさんが用意してくれたであろう朝食を食べ。
食器を水魔法で洗った。
ちなみに、食器洗剤は『フジワラ商会』の製品だ。
商品名は、『モキュット』。
……ネーミングセンスは、何も言うまい。
家に一人取り残されたので、俺も外に出かけた。
(今日は修行するか……それとも、ルーシー、さーさんに会いに行くか)
考えながら街をブラブラ歩いて、ふと気付く。
(見慣れないやつらが多い……?)
マッカレンでの生活は一年以上。
そこそこ規模が大きい街とはいえ、近所の住人の顔は把握している。
マッカレンは、冒険者の多い街なので新顔は多い。
しかし、今いる連中はちょっと違う。
冒険者じゃない。
(ただの住人ぽいけど、昔からいた住人じゃない……)
単に引越してきた人かもしれない。
にしても、人数が多い。
それにちらちらとこちらへの視線を感じる。
もしかして、蛇の教団の連中とか……?
一度、ふじやんに相談してみるか。
そんなことを考えていると、
――カンカンカンカンカンカン
ハイランドの王都シンフォニアの時のような鐘の音が響いた
街に緊張感が走る。
あれ? この前まで、こんなの無かったよな?
「魔物が出たぞー!」
見張りの兵士の声が響いてきた。
その声に、住人たちはそそくさと家に隠れる。
若干「またか、やれやれ」みたいな表情も読み取れた。
なんてこった。
平和な水の街マッカレンが物騒になってしまった……。
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