115話 高月まことと佐々木あやの話

◇佐々木あやの回想◇


 ――中学三年の頃。


「高月くんー」

「ん?」

 私が呼ぶと、高月くんが参考書から視線を外してこちらを向いた。

 放っておくと、何時間でも続く集中力。

(よく持つなぁ)

 とあるハンバーガー屋で、私たちは受験勉強をしていた。


「どうかした? さーさん」

「ちょっと、休憩しよ~」

 私は、随分前から集中力を切らしていた。

 けど、邪魔しちゃ悪いかなと思って付き合っていたけど。


(2時間、会話無しって……)


 これが女友達だったら、10分と持たずにしゃべり始めるのに。

 高月くんは甘いものが欲しいのか、マッ○シェイク(バニラ)を買ってきた。

 私も欲しいかも。


「ねー、一口頂戴」

「え?」

 高月くんからシェイクのコップを奪って、ストローに口をつけた。

 あー、甘い。美味しい。

 高月くんが、ちょっと赤くなっている。


 あ、間接キスか……。

 まあ、いっか。

 いつものことだし。

 あとで、何かしょっぱいものでも買ってお返ししようかな。

 私は勉強に飽きていたので、高月くんへ話しかけた。

 しばらくは、とりとめのない雑談をした。


「ねぇ、高月くんは、なんであの高校に行きたいの?」

 ふと、気になって聞いてみた。

「だって、さーさんも同じ高校だろ?」

「え?」

 私と同じ高校がいいってこと?


「……友達がいる学校がいいじゃん?」

 ぷいっと、横を向いて照れたように高月くんが言った。

「あ……うん」

 そ、そっかー。

 へ、へー、私と一緒がいいんだ……。


 そう言われると、嬉しい。

 彼を好きになったタイミングは、覚えてないけど。

 多分、この受験勉強している時期が、一番彼を意識をしていた気がする。

「勉強って本当にツマラナイよね」と頬杖をつきながら、何時間でも参考書を眺めている彼を見るのが好きだった。


 ――私と高月くんは、無事同じ高校に合格して。

 同じクラスになれた。


 そこで、藤原くんが高月くんと仲良くなって、ちょっとヤキモチ焼いたけど。

 いつも一人だった高月くんに、私以外の友達ができたのはよかった気もした。

 三人でもちょくちょく遊ぶようになり。

 勿論、二人でも相変わらず遊んでいて。

 そろそろクリスマスだし告白しなきゃなー、って思っていた時。




 ――私は死んで、異世界でラミアに転生した。




 私が生まれたのは、暗く湿った迷宮ダンジョン内。

 冷たい石の床には、不気味な蟲が這っている。

 そこが寝床だ。

 着るものは無い。

 食べ物も少なく、生き残るために何でも食べるしかなかった。

 日本育ちの私には、あまりに辛い環境だった。

 苦しくて、寂しくて、情けなくて。

 最初は、ずっとしくしく泣いていた。


(ああ、神様。私は何か悪い事をしましたか……)


 どこに行っても、居るのは魔物ばかり。

 たまに人間も見る。

 彼らは、この世界では冒険者と呼ばれている。

 人間は魔物の敵であり、餌だ。

 私はラミア族。

 人間を食べる魔物だった。

 化け物だった。


 唯一の救いは、一人じゃなかったこと。

 沢山の姉妹たちと、大母様がいた。

 最初は怖かった狩りも、だんだん慣れてきて。

 家族のことが好きになって。

 ……でも、みんな死んでしまった。


 ああ、もう最悪、最悪、最悪、最悪、最悪、最悪!

 何で何で何で何で何で何で何で何で、私はこんな目に?

 せめて、前世の記憶が無ければよかったのに。

 人間だった頃の記憶なんて要らない!

 最初から魔物として生きさせてよ!

 何百回、思っただろう。

 辛いよ!

 昔を思い出すと。

 楽しかった頃を覚えているせいで、迷宮の惨めな生活と比較してしまう。

 これは悪夢だと思い、目が覚めると日本に戻っていることを願った。

 眼を覚ますたびに、絶望感が押し寄せてきた。

 あの時、自殺せずに済んだのは家族のかたきを討ちたかったから。

 それだけ。

 あのまま大迷宮に居たら私は正気を保てなかった。

 きっと、狂っていた。

 家族のかたきを討って、その後に独りで生きようという気力は無かった。

 ひっそりと死のうと思っていた。

 でも、



 ――高月くんに再会できた。



 助けてくれた。

 私が魔物でも、怖がらなかった。

 冒険者生活で、ちょっとだけ落ち着いた雰囲気を身につけていて。

 でも、いつもの高月くんだ!

 私が好きな彼だ!

 私は、高月くんに救われた。

 私に「一緒に帰ろう」と誘ってくれた。


 たった独りダンジョンで過ごした地獄のような孤独な日々と比べれば。

 マッカレンに来てからはキラキラしていた。

 高月くんと、一緒に居られたら幸せだった。

 それだけでいい。

 他は何もいらない。

 私が欲しいのは、高月くんだけ。


 だから、彼を盗らないで。

 私は――

 



 ……もう、独りは嫌。




 ◇高月まことの視点に戻る◇



「さ、さーさん……」

 見上げた先には、うちの前衛最強戦士にして、中学からの付き合いの女友達の顔があった。

 その表情は、何かを面白がっているようで。

 でも、暗い部屋のせいだろうか。

 瞳に光が無い。


「やぁ、どうしたの? こんな時間に」

「夜這いに来たよ、高月くん」

 火の玉ストレート!

 急にこんなことを言ってくるってことは。

 こりゃ、ルーシーに何か言われたな……。


「こんな体勢じゃなんだし。起き上がっていいかな?」

 現在、俺はさーさんが手をついた両手に顔を挟まれ、上に覆いかぶさっているため身動きが取れない。

「ルーシーさんとキスしたんでしょ? しかも高月くんからしたって、ルーシーさんが言ってた」

 さーさんは、どこうとしない。

 ルーシーのやつ、説明を随分はしょってるな。


「いや、あれはだね……」

 俺は昼間のことを説明した。

 俺からのやつは、火の精霊を見たくてなんだよなぁ。

 それを聞いて、さーさんの表情が微妙なものに変わった。


「……ルーシーさん、初めてファーストキスだって言ってたけど」

「う……」

 心が痛む。

 ま、まぁ、俺も初めてだったし?


「じゅあ、高月くんとルーシーさんはまだ恋人同士じゃないってこと?」

「えーと、返事を待ってるとは言われたなー」

 ルーシーどんな説明をしたんだ? 

「ふーん、そういうことか」

 さーさんのつぶやきが聞こえた。


 さーさんが、真剣な表情で「ねぇ、高月くん」と言ってきた。


「私、中学三年の時から高月くんのことが好きなの……」

「……」

 告白された。


「まあ、高月くんは私のことなんてなんとも思ってないだろうけど……」

 悲しげな表情をされた。

「え?」

 おいおい、何を言ってるんださーさん。

 それは違いますよ。

 とんでもない勘違いだ。


「さーさんのことは、中学一年の秋頃から好きなんだけど?」

 俺が好きな期間のほうがずっと長いんだよなぁ。

「…………………………え?」

 さーさんが、飛び切り間の抜けた顔をした。


「ち、中学一年の秋って、私と高月くんが仲良くなってすぐの頃だよね?」

「正確には、さーさんが初めて俺の家に来た日から」

 初めて出来た女友達。

 それが、家に遊びに来てくれて。

 意識しないわけないだろ!

 あの時は、ドキドキしたなぁ。


「そ、それだけ? 高月くん、単純過ぎない?」

 中学生の男なんて単純なんです!

「親が不在の男の家に、一人で遊びに来るさーさんも、大概だと思うけどね」

 しかもこの子、人のベッドにすぐ寝転がるし。

 普通に下着見えてたし。

 その日は、そのベッドで寝れなかった。

 さーさんの匂いがして。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てたように、さーさんが顔を寄せてきた。

 ち、近い。


「もしかして、中学三年からずっと私たちって両思いだったの?」

「どうやら、そうみたいだね」

 さーさんに、中学から好かれてたとは知らなかった。

 クラスの男子には、割と人気があったし。

 諦めてたんだよなぁ。


「う、うそ……。ねぇ、今は?」

「えっと……」

 見慣れた少し丸顔の、友人を見つめる。

 やや童顔で、人懐っこい小動物のような雰囲気。

 中学の頃は、変に意識し過ぎない様に気を使ってた記憶が蘇る。

 今は『明鏡止水』スキルで、態度だけは冷静を保ててるけど。


「今も特に気持ちには変わりないかな」

「……はぁ~~」

 さーさんが、こてんとベッドの隣に寝転んでしまった。


「物凄い緊張して部屋にきた私の気持ちは一体……」

「緊張してた?」

「してたよ!」

 がばっと、起き上がりきーっと怒りの態度を見せてきた。


「高月くんは、ルーシーさんと恋人になったと思ってたし。そしたら私は一緒に居られないかなって……ところで、ルーシーさんのことはどう思ってるの?」

「……」

 それなんだよなぁ。

 正直に言うと。

 二人とも好きなんだけど。

 それは、許されるのだろうか。


「どっちも好きかぁ。せめて高校一年で告白しておけばなぁ」

「何も言って無いデスヨ?」

 さーさんは、俺の答えを聞くまでも無いようにぼやいた。

 そんなに顔に出てる?


「ね、高月くん。私のお願い聞いてくれないかな」

「ん? 俺でできることなら」

 この流れだと、付き合いたいってことだよな。

 ルーシーとさーさん。

 それぞれに、どう応えるか……。


「高月くん。私、家族が欲しい」

「家族?」

 さーさんの言ってきたことが、一瞬意味がわからなかった。

 俺が聞き返すとさーさんは、はにかみながら顔を近づいてきた。

 耳元に口を寄せて、息がかかる距離で。

「高月くんの子供が欲しいなぁ」

 と囁いた。


(え、えええええええええっ!!!)


「さ、さーさん……ちょ、ちょっと待って」

「駄目。待たない」

 頬にひんやりした手があたり、さーさんの顔が迫りそのままゼロ距離まで近づく。

 唇を寄せられ……


「さーさん、いきなり舌を入れるのは順序が変じゃない?」

「なんで? ルーシーさんともしたんでしょ? それに、どうせセッ■■するんだし」

「……」

 なんだろうか。

 中学時代から、密かに好意を持っていた女の子が。

 そんな言葉を口にすると背徳感が凄まじい。

 いや、もう興奮がヤバイんですけど!?

 主に下半身の!

 

「あれ? 高月くん、目が怖いよ?」

 ベッドに横顔を埋めて、挑発するような流し目を送ってくる。

「さーさんのせいだろ……」

 流れに身を任せそうになって、



 ――あとで、返事聞かせてね。



 ルーシーの言葉が、蘇った。

『明鏡止水』スキルのせいか、思考が冷静になる。

 このまま流されていいのか……?


「あ、今ルーシーさんのこと考えているでしょ?」

「え……」

「誤魔化さなくてもいーよ。顔見ればわかるし」

 バレバレらしい。

 ルーシーには、元気ないのを指摘されたし。

 そんなに顔に出てる?

『明鏡止水』スキルのおかげで、クールキャラを保っているはずなのだが。



「まぁ、高月くんが躊躇しているなら、私がリードしてあげないとね」

「さ、さーさん……」

 若干、乱暴な手つきで服のボタンを一瞬で外された。


「大丈夫、私が全部してあげるから……」

 と言いながら、さーさんの長い舌が首筋を這ってきて、


「ちょ、ちょっと! あや! ちょっと待って!」

 ノックもせずに、ルーシーが飛び込んできた。

 

「ルーシーさん邪魔しないでよ」

 少し不機嫌な声でさーさんが言い放つ。

「る、ルーシー? 聞こえてた?」

「窓が空いてるし、私の耳なら全部聞こえてくるのよ!」

 確かに窓は、全開だった。

 が、さーさんはマイペースだった。


「高月くん、続きしよ?」

「あ、あや! 何をするつもり!」

「子作り」

「こっ……、今日は、告白するだけじゃなかったの!?」

 そういう話になってたらしい。


「ならルーシーさんも一緒にする?」

「え、ええええ!」

 ルーシーが顔を真っ赤にして……ベッドに上がってきた!?

「わ、私……三人で、とか全然わからないんだけど」

「大丈夫大丈夫。何とかなるよ」

 ちょっと、待って!

 俺の意思は!?


「さーさん! ルーシー! 冷静になって」

「無理」

「駄目」

 イタズラっぽい表情のさーさんと、暗闇でも赤面しているのがわかるルーシー。

 その二人が、近づいてきて……



「うるさいわね! 深夜に騒がしいのよ!」

 フリアエさんが怒鳴り込んできた。

 やべ、遠距離恋愛中の人をイラつかせてしまった。


「朝まで寝てなさい! 睡魔の呪い!」

 この声を最後に、俺は耐えられない睡眠欲に襲われた。

 眼を閉じる直前、左右に眠りこけているさーさんとルーシーの横顔が見えた。


(すげぇな、この二人にも呪いの効果があるのか……)


 何となく強キャラには、状態異常魔法は効かないイメージがあるけど。

 流石は、月の巫女の呪いか。

 そんなことを考えつつ、

 

 ――俺は、意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る