114話 高月まこととルーシーの話

◇ルーシーの視点◇


 ――私がまだ幼い頃


「ねぇ、お母さんはお父さんと、どうやって恋人になったの?」


 世界中を放浪していて、一年に一回くらいしか会えない母に私は質問した。

 父がどこかに遠い場所にいる、上級魔族の貴族だという話は聞いた。

 凄く強い魔族なんだそう。

 エルフの魔法使いである母は、なんで魔族と結婚したのか?

 私は、知りたかった。

 母さんは、笑って答えてくれた。


「ふふ、懐かしいわね。旅の途中であなたのお父さんと運命的な出会いをしたの」

 うっとりとした目で、私に語ってくれた。

「燃えるような髪に鋼のように鍛えた身体。綺麗な男だったわ。出会った時、一目でこの人だと思ったの。だからすぐにアタックしたわ!」

「お母さん、情熱的!」

「でしょう! でもね、あなたのお父さんは素敵な人だったし、地位の高い魔族だったからライバルが沢山いたの」

 私の父は、モテる魔族だったらしい。


「魔族の恋愛はシンプルよ。強いほうが勝つの!」

「え?」

 変な方向に話が飛んだ。


「ほら、母さんって強い魔法使いじゃない?」

「う、うん……」

 確かに木の国スプリングローグで、母さんより強い魔法使いはいない。

 木の国の勇者より、木の巫女よりも母さんは強い。

 でも、それって恋愛に必要なのかしら?


「ライバルたちは全て、蹴散らしてやったわ。でもね、最後に残った上級魔族の女は強かったわ」

「ど、どうしたの?」

「ん? 戦ったわよ。でも、百回決闘しても勝敗つかなくてねー」

「……ひ、ひゃく?」

「その女、2,3回は消し炭にしてやったんだけど。上級魔族って命を何個も持ってるから、結局生き返っちゃうのよねー。まあ、私も何回か殺されたけどさ。自動蘇生魔法でどうせ生き返るし」

「………………」

 ドン引きだった。

 軽い気持ちで質問をしたのを後悔するレベル。

 結婚するのって、そんなに大変なの!?


「で、私もその魔族女も気付いたの。決着がつかないなら、二人とも嫁にしてもらえばいいんじゃないかなって」

「え?」

「だから二人で結託して、彼に迫ったの。力づくでね」

 可愛くウィンクする母の話は、まったく可愛くない。


「ち、ちなみにもう一人の奥さんはどんな魔族だったの?」

「えっと、たしかサキュバスの女王だったかしら。確かに女の私から見ても、色気のあるやつだったわ」

「へ、へぇ……」

 サキュバスの女王?

 それって魔界にいると言われる女魔王リリト?

 いやいや、それは無いでしょ……。

 母は、話を大げさに言うことが多いし。

 

「ところでお父さんはどこにいるの?」

 これは何十回もした質問だ。

「うーん、ルーシーのお父さんは遠い遠いちょっと危険なところにいるの。ルーシーが強くなったら、そのうち連れて行ってあげるね」

 回答は、いつもこれだ。

 もう! 子ども扱いして!


「知ってるよ! 北の大陸。魔大陸にいるんでしょ!」

 魔族は魔大陸にいる。

 学校で習ったんだから。


「ルーシー、魔大陸にいる魔族なんて野蛮なやつらばっかりよ。あなたの父さんがそんなところに居るわけないでしょう」

 母さんが、心底嫌そうな顔をして。

 すぐ、キラキラした表情に戻った。

「ふふ、ルーシーもあと十年くらいしたら立派な魔法使いになるかしら。そしたらお父さんに会いに行きましょうね」

 十年後かぁ。


「私もその頃には、好きな人ができてるかなー」 

「きっと素敵な男の子と出会ってるわ。だって私の娘ですもの」

 母は私の頭に手を置いて、力強く言った。


「恋は戦争よ! 好きになったら全力で攻めるのよ! 具体的には、人気の無いところに連れ出してなるべく身体を密着させるの。出来ればその時の服装は、露出が多いほうがよくて……」

 母は、実に楽しそうに語っていた。

 


 ――そんな昔の母娘の会話を思い出した。



(……あのあと、おじいちゃんが孫になんて話をするんだって、母さんを怒鳴ってたっけ)

 懐かしい。

 当時はわからなかったが、今ならわかる。

 私の母は、クレイジーだ。

 

 でも、正しいと思う所もある。

 好きな人が出来たなら、自分から行動する。

 待っていては駄目だ。


「最近、冒険者ギルドで知らないひとが話しかけてくるんだよねー……つらい」

 この前、まことが面倒そうに家のソファーに寝転がって文句を言っていた。

 人見知りなので、知らない人との会話が弾まなくてしんどいらしい。


(それって、狙われてるんだからね! わかってるの?)

 全然、わかってなさそう……



 ある時、ギルドでこんな会話が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、まことさんって恋人いないんだって」

「え、同じパーティーのルーシーとあやは?」

「恋人じゃ、無いらしいよ」

「へぇー、じゃあ、私たちもワンチャンあるかな?」

 何言ってるの!

 あんたら、昔はまことをゴブリンの掃除屋ってバカにしてたじゃない!


「今度、飲み会しようよ! まことさん誘って」

「彼、お酒弱いらしいよ」

「じゃあ、お酒に酔わせてあとは……」

 マズイ。

 女冒険者は、非常に積極的だ。

 彼女たちは生涯冒険者を続ける気は無くて、将来有望な旦那を見つけてさっさと引退するパターンが多い。

 新人勇者で、恋人が居ないまことなど垂涎の的だ。

 あやに教えてもらった言葉で言う、カモネギだ。



 だから、私は家の庭で猫と戯れているまことに声をかけた。



 ◇高月まことの視点に戻る◇



「こっちこっち」

 ルーシーに誘われて、やって来たのは懐かしの大森林だった。

 奥へどんどん進んでいく。


「おーい、あんまり進むと危険だよ」

「大丈夫。私の『聞き耳』スキルなら1キロ先の敵でも把握できるから」

 ルーシーが振り返らずに、応える。

 じゃあ、問題ないかな。

 にしても、二人で出かけたいって大森林?

 まあ、庭みたいなもんだけどさ。


(お、何かいるな)


『索敵』スキルが反応する。

 ルーシーも当然気付いているのだろう。

 立ち止まり、杖を構えている。 


 ――ドスドスと、重い足音で地面が揺れ、

 ぬっと、大きな姿を現したのは三体のオーガ


「ルーシー!」

 俺は、油断なく短剣を構え精霊魔法を打つ準備をしたが、

「大丈夫、まこと。任せて」

 ルーシーが杖を掲げ

「火魔法・炎の嵐ファイアストーム

 無詠唱で、上級魔法を三体の鬼へ叩き込んだ。

 

 ――ギャアアアアアー!

 オーガたちは、断末魔を上げて息絶える。

 あ、あっさり終わったなー。

 俺は、ぼけーっと黒こげになった元・鬼の残骸を眺めた。


 また、出番なかったかぁ。

 はぁ……。

 心の中でため息をつき、俺は短剣を腰の鞘にしまった。

「ルーシーお疲れ」と言って振り返ると――えらく真剣な顔をしたルーシーがこちらを見つめていた。


「ねぇ、まこと覚えてる? ここって私が大鬼ビッグオーガに襲われた場所なの」

「え? そうだっけ?」

「うん、まことに助けてもらった場所。忘れないよ」

 大森林は似たような景色ばかりなので、まったく記憶に無い。

 ルーシーは森で生まれ育ったエルフ族なので、その辺の認識力が違うらしい。


「あの時はね。正直、前のパーティーでうまく馴染めなかったから人の良さそうなまことに、つい声かけちゃったんだけど……」

「まあ、会ったばかりだしね」

 しゃーないだろう。


「その後、パーティーで冒険したけどちっともうまくいかなくて。でも、見捨てずに付き合ってくれた」

「まあ……」

 ルーシー以外にあてがなかったからなぁ。


「そのあと、まことがグリフォンを火魔法で倒して大火傷した時、言ってくれたよね。『私が必要なんだ』って」

「あー、うん」

 落ち込んでるルーシーを励ます時に言った気がする。


(えー、覚えてないのー?)

(ノア様、……覚えてますよ。うっすら)

(悪い男ね~)

 そう言われましても。


「でもね、本当は気付いてたの。まことは優しいから、そう言ってくれたけど。本当はまことは一人でもなんとかしてたよね?」

 そうかな?


「ルーシーの魔法無しじゃ、危なかったよ」

「ううん、大迷宮で忌竜を倒した時も、王都ホルンで忌まわしき巨人を倒した時も、シンフォニアでも。きっとまことはなんとかしてたわ。私がいなくても勇者になっていた気がする」

「……それはどうかなー?」

 超火力の後衛がいるといないじゃ、全然違う。

 今さらソロには、戻りたくないんだけど。


「私は、まことに追いつきたかった。大賢者様のところで修行して、本当にまことに必要って言ってもらいたかった」

 その結果として、最近はパーティーで一番出番が無いのが俺なんだよなぁ……。

 そんなことを考えていると、ぐいっとルーシーが目前に迫ってきた。

 

「まこと」

「は、はい。何でしょう? ルーシーさん」

「私強くなったよ。勇者の仲間として胸をはれるかわからないけど、昔みたいに足を引っ張ってばかりじゃなくなったの」

「ああ、オーガをあっさり倒したし」

 比べて俺には、無理だ。

 きっと水辺に誘い出すか、暴走リスクに気をつけながら精霊魔法を使うしかない。

 効率も燃費も悪い。

 ……シンプルに強いルーシーや、さーさんが正直羨ましい。


「まこと。最近、元気ないよね」

「そう?」

『明鏡止水』スキルを使っているからいつも通りのはずだけど。


「うん、見ればわかるわ」

「……」

 わかっちゃうのか。

 確かに、最近はちょっとブルーな気分だった。

 同期冒険者とかクラスメイトが、みんなリア充してたからね!


「ね。私、頼りないかもしれないけど、まことの力になりたいの」

「頼りなく……ないよ?」

 ルーシーがぐいぐい距離を詰めてくる。

 足のつま先同士が、少しぶつかる。


「好きな人が元気が無い時は、こうしろって母に教わったの」

 そう言った瞬間、ルーシーがかかとを上げ、

 

 ――唇を押し当てられた。


(……!?)

 柔らかい感触と熱い息が、顔に伝わる。

 思考が、一瞬、止まった。

 呼吸を忘れて、金縛りにあったように身体が強張る。


(ルーシーにキスされてる……?)

 鼻先に、眼を閉じたルーシーの顔がある。


(……こういう時は、眼を閉じるんだったか?)

 初めてのことで、視線が泳いでしまう。


 視線の端で、ぽわっと赤い何かが横切った。


(今のは?)

 ルーシーの唇が離れる。

 赤い何かが、消えた。

 あれは……。

 

「ま、まこと……元気でた?」

 ゆでタコのようになったルーシーが、潤んだ瞳で見つめてくる。


「なぁ、ルーシー」

「う、うん……」

「悪い、もう一回」

「へ?」

 今度は、こちらからキスをする。

『RPGプレイヤー』の視点切替で、360度見渡す。


(いた! やっぱり、火の精霊だ!)


 見慣れた水の精霊とは違う赤い光。

 数は少ないが、周りを漂っている。

 

(操れるか?)


 精霊語を話そうと思って気付く。

 口が塞がってた。

 仕方ない、無詠唱で。


(火魔法・火弾ファイアボール

 発動した!

 無詠唱で、火魔法が使える。

 でも、何でだ?


 ……もしかして、ルーシーと同調シンクロできた?

 あ、消えた。


「……ねぇ、いったい何をやってるの?」

 冷え冷えとする声で、こちらを睨むルーシーがいた。


「えっと……いや、違うんだこれは」

「まこと! 私、初めてファーストキスだったんだけど!」

「大丈夫、俺も初めてだから」

「そ、そうなんだ……へぇ」

 あやとは、まだだったのね……とか、小声が聞こえた。

 何を疑っているんだ。 


「って、違うわよ! なんで、私とキスしながら火魔法使ってるの! てか、何で火魔法使えるの? スキル持ってないわよね……?」

「うーん、ルーシーにキスされると火の精霊が見えたんだよね」

「火の精霊?」

「うん、で火魔法を使ってみたら、使えた」


 やっべぇ、テンション上がる!

 攻撃力の低い水魔法とは違う。

 シンプルに強い火魔法。

 ついに俺も……


(はっ!)

 ルーシーのじとっとした視線が刺さっていた。

「……楽しそうねー」

 

(あれ? 俺って結構、クズなような……)


 火の精霊が見えてはしゃいでたけど。

 ルーシーが勇気を振り絞って言ってくれた行為を完全にスルーしてないか。

 

「あの……ルーシーさん?」

「もういいわー。あーあ、なんでこんな男に惚れちゃったんだろ」

 ルーシーが呆れた声を出して、さらりと言った。


「まこと、好きよ」


「あ、ああ……」

「帰ろ、まこと。元気出たみたいだし」

「……え?」

 ニカっと笑い。

 俺に背を向けてルーシーが言った。


「あとで、返事聞かせてね」

「はい……」

 それ以上、何も言えず。

 俺たちはマッカレンへ戻った。



 ◇



(……なんちゅうことをしたんだ)


 家に帰って、一人部屋の中に篭ってさっきの行動を振り返った。


 死にたくなった。


(あれは、無いわー……)

 人生で初めて、女の子に告白された。

 初めてキスされた。

 にもかかわらず、俺は――


(火の精霊が見えたことにはしゃいで……)


 何やってるんだマジで。

 バカバカバカ、俺の大バカ。

 ばたばたと、足でベッドを蹴った。


 食欲が無くて、夕食はパスした。


(返事……どうしよう)

 ルーシーは好きだ。

 初めてできた仲間だし、何度も助けてもらっている。

 過去の冒険でも、精神的にも。


(でもなぁ、さーさんは……ソフィア王女は……)

 自意識過剰だろうか。

 でも、一度気になりだすと、思考がまとまらない。

 浮かれるような、高揚感と。

 重石を載せられたような、鬱々とした気分がぐちゃぐちゃになった。


(そういえば、ルーシーにキスをされたら火の精霊が見えた……)

 これはどんな理屈なんだろう。

 あとで、ノア様に聞いてみよう。


 でも、これを理由に付き合うのは、スキル目当てみたいでなんか違う……。

 だが、しかし。

 無視するのは、悩まし過ぎる。


 悩めど悩めど、結論は出ず。 

 俺は修行もせずに、気がつくと寝てしまっていた。



 ◇



(くすぐったい)


 顔に何かが触れた。

 払いのけようとして、薄目を開き。


 ――月明かりと淡いランプの光の中。


 間近に、俺を見つめる二つの眼があった。


 俺の真上に、さーさんが居た。

 さーさんの髪が俺の頬をくすぐっている。


 周りを見渡す。

 荷物がまったくない俺の部屋だ。

 そして、ここはベッドの上。


「あ、あの……さーさん。何やってるの?」

「遊びに来たよ、高月くん」

「……え?」

 イタズラっぽいその表情は。

 中学から何度も見ている、友人の笑顔だった。


 というか、悪い事考えている顔だ!

 ちょっと、さーさん?

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