113話 マッカレンに王女様がやって来た
◇クリスティアナ・マッカレンの視点◇
マッカレン領主の館の執務室。
そこで対峙しているのは、私――クリスティアナと妹のコンスタンス・マッカレン。
「クリスお姉さま。無駄なあがきは、もうお止めになったら? マッカレンの有力者は、ほとんど私とヴィオレットお姉さまが抑えてますのよ」
「く……」
余裕の笑みを浮かべる私の妹。
悔しいが、その通りだ。
しばらくマッカレンを離れている間に、藤原様の味方をしていた人たちが、皆寝返ってしまった。
より利益が得られるのは、今勢いがある藤原商会につくことだ。
しかし、長くマッカレン領で商売をやってきた者には、付き合いがある。
それに、場合によっては弱みを握っていることも。
姉のヴィオレットと妹のコンスタンスは、短期間の間に勢力を逆転されてしまった。
「それに私の後ろ盾について下さったのは、
妹のコンスタンスの後ろに立って居る男は、ベンリアック家の使者だろう。
根回しの良いことだ。
だけど、私は知っている。
コンスタンスが領主になりたいのは、今より贅沢がしたいから。
領主になって、私財を増やしたいだけだ。
領地を発展させる気などない。
あくまで、父の気を引くために今は猫を被っているのだ。
コンスタンスが領主になっては、マッカレンの民は幸せになれない。
(でも、現状の立場は私が一番不利だ……)
本来なら、藤原様と一緒に飛空船の事業を華々しく展開して。
王都ホルンとの強いパイプも出来たのに。
まさか、地元の地盤を揺るがされるとは……。
コンコン、とドアがノックされた。
「失礼しますぞ。お取り込み中と思いますが」
遠慮気味に入ってきたのは、私の未来の旦那様だった。
「どうされましたか? 藤原様」
「なんですか、今は重要な会議中です」
妹の物言いにむっとする。
彼は私の婚約者ですよ。
しかし、藤原様は気にすることなく単刀直入に要件を告げた。
「ソフィア・ローゼス王女が、マッカレンにいらっしゃいました」
「「え?」」
私が驚きの声を上げ。
それ以上にぽかんと、大口を開けた妹が居た。
が、すぐに表情を引き締める。
「すぐにお迎えに上がります!」
ローゼス王家の第一王女が、このような辺境の領地にくるなど稀だ。
領主の娘として、妹の対応は当然のものなのだが、
「それには及びません、コンスタンス様」
「何を言うのですか、藤原卿! あなたは引っ込んでいなさい!」
声高に命令する妹を、さすがに嗜めようと口を開きかけ。
「ソフィア王女より、藤原商会が案内を命じられました」
変わらず低姿勢で藤原様が言った。
「そ、そんなバカなことが! マッカレンの街で、領主でなく新参貴族のあなたに連絡が来たですって! ありえません!」
妹はヒステリーに騒いでいるが、私には心当たりがある。
「もしや、まこと様にお会いに来たのでしょうか?」
「ええ……さっそく冒険者ギルドに向かわれました」
藤原様が苦笑しながら答えた。
……なんと、ソフィア王女はそれほどに彼を。
「ど、どういうことですか? まことというのは、つい最近に国家認定された新人勇者でしょう? まだ、大した実績も上げていない」
ああ、マッカレンではそういうことになっているのか。
王都ホルンでの騒動は、表向きレオナード王子の功績になっている。
太陽の国の王都シンフォニアでの出来事は、まだ情報が回ってきていないのだろう。
「コンスタンス、私はソフィア王女をお迎えに行きます。この続きは、今度話しましょう」
「……そんな」
先ほどの余裕の態度は崩れ、間の抜けた表情のコンスタンス。
後ろにいるベンリアック大公爵の使者は、おろおろしている。
私は、藤原様と一緒に冒険者ギルドへ急いだ。
◇高月まことの視点◇
「ソフィア王女?」
「勇者まこと、久しぶりですね」
微笑む王女様。
いや、久しぶりってほどでは……。
つい最近まで一緒にいましたよ。
「すげぇ、ソフィア様と普通に会話してるぞ」「やっぱり勇者なんだな……」「くそぅ、いいなぁ」「水聖騎士団の団長とも面識あるみたいだぞ」「はぁー、マッカレンの出世頭かぁ……」
周りの声がうるさいですね。
ちなみに水聖騎士団ってのは、守護騎士のおっさんの騎士団らしい。
カッコいい!
「こ、これはソフィア王女殿下。このような辺境の冒険者ギルドへ、どのようなご用件でしょうか?」
片目に大きな傷がある強面のおっさんが、ソフィア王女にひざまづいている。
あれって……ギルド長だっけ?
昔ちらっとしか見たこと無いけど。
「勇者まことが拠点にしている街を視察にきました。大げさな出迎えは不要です。まずは、彼の家へ案内してもらえますか?」
「え?」
家?
ギルド長を含めて、マッカレンの冒険者たちがこっちを見る。
俺は頬を指で掻きながら答えた。
「無い、ですけど……」
「どういうことですか?」
「ギルドの休憩室で寝泊りしてます」
正直に答えた。
ソフィア王女の目つきが鋭くなる。
ん?
別に、冒険者なら普通では?
「勇者まことの担当者は誰ですか?」
「いや、担当なんて居ない……」
「は、はい! 私です。ソフィア王女様」
マリーさんが、慌ててやってきた。
(え? マリーさんって俺の担当だったんですか?)
(一応、そういうことにしておかないとギルド長の責任になっちゃうの。話合わせて)
(はぁ……)
マリーさんがぴとっとくっついてきて、俺の耳元でささやく。
息が、かかってくすぐったい。
ソフィア王女の目つきがさらに鋭くなった。
「勇者の衣食住は、全て王家が支援する決まりです。なのに勇者まことが冒険者ギルドで寝泊りしているという。勇者は最恵国待遇との
ソフィア王女の詰問の声が、しんと静まったギルドエントランス内に響く。
ギルド長、マリーさん含め職員さんたちが気まずそうに目を逸らす。
先日の、指名料金100万Gといい。
勇者って、どこまでも特別扱いだな。
「マッカレンの冒険者ギルドは、規律の守り方を知らないようですね」
ソフィア王女の冷たい声に、ギルド長やマリーさん、なぜか冒険者のみんなまで青ざめている。
ローゼス王家から処罰が下るのでは、とか思ってるんだろうか。
(ソフィア王女……言い方がキツイから怖いよねー)
うんうん、わかるわかる。
王都ホルン、王都シンフォニアで一緒に行動して、ソフィア王女の人となりは理解できた。
この人、真面目なだけだ。
俺も最初に会った水の神殿では、誤解してたけど。
「ソフィア王女、俺が勇者になったってことでみんなが連日祝ってくれてたんですよ。家を見に行く暇がなかったんです」
嘘じゃない。
まあ、マッカレンの冒険者ギルドが宴会なのは俺に関係なく、日常なだけだが。
「……そうなのですか?」
ソフィア王女が周りを見ると、ギルド職員全員が慌てて、こくこく頷いた。
「勇者まことが、そう言うなら良いでしょう」
納得してくれたようだ。
ギルド長とマリーさんが、露骨にほっとした顔をした。
ちょうどその時、見知った顔がギルドに入ってきた。
「ソフィア王女、ご機嫌麗しゅうございますぞ」
やってきたのは元クラスメイトとその婚約者。
「ふじやんとクリスさん?」
珍しいな、冒険者ギルドに来るなんて。
「タッキー殿の家でしたら、良い物件がございます。王族のかたでも泊まれる客室付きの屋敷です」
「そうですか……それは良いですね」
ソフィア王女が、大きく頷いた。
んん?
俺の家だよね?
普通のワンルームで良いんですけど。
屋敷ってどういうこと?
ふじやんのほうを見ると
(任せてくだされ!)
という顔を向けられた。
何か考えがあるのだろう。
じゃー、いいや。任せよう。
あれよあれよ、という間に街の中心近くにある大きな庭付きの屋敷が用意された。
家賃はローゼス王家持ち。
なので金額は、知らない。知るのが怖い。
え? こんな大きな家なの?
「わー、大きな屋敷」「すごーい、高月くん」「贅沢ねー、勇者って」
ルーシー、さーさん、フリアエさんには事後報告になってしまったけど、広い屋敷自体は気に入ってくれたみたいだ。
それぞれ、好きな個室を選んでいる。
俺は、出入りが楽な一番エントランスに近い部屋を選んだ。
「勇者まこと。できればもう少し話をしたいのですが……」
家が決まった後、名残惜しそうにソフィア王女が告げてきた。
てっきりマッカレンにしばらく居るのかと思ったけど。
これから近隣の街を視察するらしい。
最近の魔物の活発化。
特に、この辺は魔の森が近いので魔物被害が多い。
先日のゴブリンに攫われた女の子の例といい。
そのため街々の様子を見て回るそうだ。
ハードワーカーだなぁ。
「気をつけてくださいね」
「一通り視察して、戻ってきます。勝手に旅に出てはいけませんよ」
釘を刺された。
俺は、国家認定勇者。
雇われ勇者である。
雇い主は、水の国でありローゼス王家。
ソフィア王女は、雇い主であり上司。つまり、
(これは、上司命令か……)
実は、そろそろどこかに遠出しようと思ってたんだけど。
「マッカレンで待ってますね」
「約束ですよ」
手をぎゅっと、握られた。
「は、はい」
ちょっと、ドキドキしながらうなずく。
ソフィア王女とおっさん率いる水聖騎士団は、視察へ向かっていった。
◇
その夜、ふじやんたちに夕食に誘われた。
なんでも、クリスさんと妹さんとの後継者争いで優位に立てそうだとか。
「タッキー殿のおかげですぞ!」
「高月様、どうぞどうぞ」
「お好きなだけ食べてくだサイ」
ふじやん、クリスさん、ニナさんに異様に感謝されるんだけど。
何もしてないっすよ?
「ソフィア王女を呼んでくれたではないですか」
「いや、俺は呼んでないんだけど……」
急に来て、俺もびっくりしたんだよ。
「まあまあ、細かい事は気になさらず」
腑に落ちないが、その夜は大いに接待された。
――翌日から。
ソフィア王女が戻るまで暇なので、街の近くで魔物討伐をしていた。
ソロだったり。
パーティーだったり。
今日は、ソロの日。
帰り道にジャンとエミリーのパーティーと出くわした。
「よ、ジャン」
「おう、まこと」
「まことくん、お疲れ様。ジャン、私先にギルドに戻ってるね」
二人は近場でオーガを狩っていたらしい。
エミリーは、たたたっと走っていった。
俺とジャンは、近況を共有がてら、だらだら世間話をした。
「なぁ、まこと」
「ん?」
急にジャンが真剣な顔をする。
「実は俺……エミリーと結婚することにしたんだ」
「え?」
軽く衝撃を受けた。
つい最近、付き合ったばっかりだろ?
でもまあ、こいつら幼馴染みだしなぁ。
にしても、急じゃない?
「まことのおかげだ。俺たちの育った孤児院を助けてくれたんだろ?」
熱い眼差しで語られた。
いや、あれは……なりゆきというか。
「今まで冒険で稼いだ金は、ほとんど孤児院に仕送りしてたんだ。でも、まことのおかげで孤児院は大丈夫だってシスターから連絡があった。おかげで、俺たちも自分のためにお金が使える。本当に、ありがとう!」
「んー……そっか」
たまたまカストール家に恩が売れたから、ピーターにお願いしただけで。
さーさんが、孤児院の子供の心配をしてたから、ただの思い付きだ。
「まこと、お前は俺たちの恩人だ」
「どういたしまして」
俺は苦笑しながら答えたが、ジャンには本気で、えらく感謝された。
その後、ギルドの屋台でエミリーとルーシーが夕食を食べているところで合流した。
エミリーもルーシーに結婚の報告をしたらしい。
その夜は、仲間内で、二人の結婚を祝った。
そっか、ジャンとエミリーは結婚するのか。
……みんな身を固めてるなー。
ふじやんも、桜井くんも。
なんだろう。
別に人ごとなんだけど……もやもやする。
俺は、いまだに独り身だ。
◇
最近、冒険者ギルドに行くと、独身の女冒険者が次々話しかけてくる。
モテているということだろうけど。
……人見知りには、少々ツライ。
おかげで、だんだん冒険者ギルドへの足が遠のいてしまった。
今は、自宅の裏を流れている水路で修行をしている。
――なーう、なーう
とてとてと、一匹の黒猫が寄ってきた。
「また、おまえか」
魅了魔法の練習中。
人や精霊には、全然効かなかったけど、猫や犬が集まってきた。
魅了魔法を解除しても、一匹だけずっと懐いてくる。
――なーう、なーう
子猫と親猫の中間くらい。
やや痩せ細った黒猫だ。
頭をぐりぐりすり寄せてくる。
「ちょっと、待ってろって」
俺は水路に手を突っ込んで
(水魔法・水流)
水魔法を使って、魚を捕まえる。
それを黒猫の前に放り投げてやった。
「ニャ! ニャ! ニャ!」
焦った声をあげて、キョロキョロと辺りを見渡し、がつがつと魚を食べ始める。
別にゆっくり食えばよかろうに。
魚を食べ終わって「けふっ」と満足気な息をして、俺の近くにくると
すー、すー……
黒猫は、丸くなって寝てしまった。
まさに、食っちゃ寝生活。
いい身分やな。
俺は、黒猫の背中をさすりながら、ぼーと考えた。
(これからどうするかなー……)
一応、勇者になってそこそこ名前が売れた。
マッカレンじゃ、それなりの扱いである。
さーさんは最初から強いし、ルーシーも大賢者様のところで修行して魔法が上手くなった。
心配してたフリアエさんも、先日のゴブリンキングをあっさり操ってるあたり、問題なさそうだ。
(順調だよな……?)
少なくともたった一人、水の神殿に取り残された頃とは比べ物にならない。
ごろごろ、と黒猫が喉を鳴らすのが聞こえた。
平和だ。
(ノア様の使徒としての任務は、進捗がイマイチか……?)
でも、大魔王が復活するまでは、強くなれと言われてる。
あとは、勇者や巫女と親しくなっておけという言葉。
一応、クリアしてる。
(次のイベント発生待ちか……)
とか言うと、またさーさんに『ゲーム脳』扱いされて呆れられそうだけど。
最近、気分が乗らない。
なんとなく思い当たるのは、ふじやんの嫁が領主になるために頑張ってたり、同期の冒険者のジャンが結婚する話を聞いたからだろうか。
友達がみんな結婚したから焦ってる?
つまり俺も婚活すればいいのか?
(なんか違う気がする)
もしくは、ゴブリンの群れ退治であんまり役に立てなかったから?
でも、結果的には女の子を助けられたし。
別に、ゴブリン狩りのために冒険者をやってるわけじゃない。
「なぁ、俺はどーすればいいかね?」
「なう?」
黒猫は、眠そうな目でこっちを見てくる。
折角の異世界だし、しゃべってくれてもいいんですよ?
黒猫の昼寝を邪魔していると、
「まこと、何してるの?」
「お、おう。ルーシー」
ピンクのワンピースに赤いカーディガンを羽織ったルーシーが立っていた。
最近は魔力の扱いにも慣れて暑がり体質が改善されたのか、服装が大人しい。
前は『明鏡止水』スキルを使わないと、ドキドキして直視できなかったのに。
今は問題なくなった。
……ちょっと寂しいっす、ルーシーさん。
「修行中かな」
「猫と遊ぶのが?」
「猫と遊びながらも修行してるの」
「最近、その黒猫ずっと家の庭に居るわよね? 飼うの?」
「飼わないよ、ただの野良猫だし。で、何か用?」
ルーシーはうーん、と少し考える仕草をして。
ずいっと、上目遣いで覗き込んできた。
そして、ずっと前から考えていた台詞のように言った。
「ねぇ、まこと。これから二人で出かけない?」
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