112話 高月まことは、ゴブリンキングと出会う

「助けてくれ! 私の娘が! ゴブリン共に連れ去られたんだ!」

 その年配の男性は、俺のほうに鬼気迫る形相で駆け寄ってきた。


「あの……話を聞かせてもらえますか?」

「おお……あんたがゴブリン退治の名人かっ! ワシの娘がっ! 娘が……」

 興奮のあまり掴みかかる勢いの、彼から話を聞いたところ、


・男性と娘は隣街の商人である

・昨夜、ゴブリンの群れに娘が攫われた

・ゴブリンの群れは統率されており、ゴブリンのおさがいるらしい

・娘さんは、『鉄壁の結界』という魔法アイテムを所持している

・結界の発動中は、ゴブリンが手出しできない

・結界の発動期間は半日ほど

・あと一時間ほどで、結界が切れる。そのあとは……


「ううっ……、結界が切れてしまえば娘がゴブリン共の餌食に……ああああっ!」

「おじさん、あなたは隣街からやってきたんですよね? どうして自分の街の冒険者ギルドを頼らなかったのですか?」

 マリーさんがやってきて、男をなだめつつ一緒に話を聞いてくれた。

 よかった、さすがギルド職員。手馴れてる。

 というか、昨晩あれだけ飲んでおいてけろっとしてますね。


「それが……時間も遅くて出動できる冒険者たちが居なくて……。ギルドの職員いわくマッカレンにゴブリン退治の名人がいるからそっちに頼んだほうが確実だと……」

「はぁ……なるほど、それでまことくんに」 

 マリーさんが納得したように頷く。


「では、まことくんは勇者なので指名料金がプラス100万Gかかりますが……」

「「ひゃくまん!?」」

 俺と依頼人の男が同時に、驚きの声を上げる。


「え……というか、ゴブリン退治の名人と聞いたのですが……ゆ、勇者様?」

「えーと、実は最近勇者になりまして……」

「な、なんと……これは、御無礼を……」

「いえいえ、それより娘さんが攫われているなら、急がないと」

 急に態度が丁寧になった依頼人さん。


「……しかし、まさか勇者様とは。そんな高額はとても……払えません」

 依頼人さんは泣きそうな表情でがっくりとうなだれる。

 隣街までわざわざきたのに、これではあんまりだろう。


「マリーさん、安くならないんですか?」

「うーん、シルバーランク以上の冒険者を指名するとランクに応じた指名料金が発生するの。これは、腕のいい冒険者に依頼が集中しないように、あとは高ランク冒険者に良い装備や宿でしっかり準備をしてもらうための制度なのだけど……」

「マリーさん~」

「わかったわよ、まことくん。ねえ、依頼人さん。指名料金の支払いは、分割払いでよいわ」

 えー、それでも分割ですか。

 まあでも、ギルドのルールを無視もできないか。


「おじさんの娘さんが、攫われた場所を教えてくれ」

「あ、ああ……ここから西の方角にある洞窟で……」

 説明を受けるが、かなり慌ててゴブリンから逃げてきたのか、場所がはっきりしない。

「そんな曖昧な情報じゃ……」

 マリーさんの表情が曇る。

 うーん、でもこのあたりの洞窟の位置なら全部頭に入っている。


「おじさん、洞窟の形は天井が低かった? それとも二つ穴が並んでた? それか近くに大木があった?」

「確か……入り口は一つで、高さが低い洞窟だったような」

「わかった」

 あそこだな。


「ま、まことくん。これだけの情報で場所がわかるの?」

「マッカレン近くのゴブリンの出現場所は全て把握してるんで」

 でも、数ヶ月前はあの洞窟にゴブリンの巣は無かった。

 魔の森から流れてきたんだろうか?


「マリーさん、行ってきますね。ルーシーとさーさんに場所を伝えておいてもらえますか?」

「わかったわ!」

 俺は地図に印をつけてマリーさんに手渡し、ギルドを飛び出した。



「ねぇ、私の騎士。どこにいくの?」

 ギルドを出てすぐに、誰かに呼ばれた。

「姫?」

 フリアエさんが歩いてきていた。


「ルーシーとさーさんは?」

「飲みすぎて頭痛いって」

 可愛く首をかしげながら答えるフリアエさん。

「はぁー、そっかぁ」

 一緒にいてくれれば、話が早かったんだけど。


「昨夜は楽しかったわよ。同世代の女の子と恋愛話をするのって初めてだったの」

 フリアエさんのテンションが高い。

「悪い。今、急いでるんだ。ギルドでマリーさんと居るか、宿でルーシーたちと待っててくれ」

 俺は走りながら伝えると、

「何言ってるのよ。あなたは私の守護騎士でしょ? だったら一緒に行くわよ」

「え?」

 何言ってるのこの人!

 

「これからゴブリンの巣に行くんだって! 攫われた人を助けにいくから、危険だから待っててくれ!」

「冒険? 冒険ね! 興味あるわ!」

 なんでウキウキした顔してるの。

 ええいっ! じゃあ、ダッシュで置いて行くからな。


「ねぇ、私の騎士。もっと速く走れないの?」

 ……普通に追い抜かれた。

 フリアエさん、俺より走るのはやい!?

 そーいえば、太陽の国の墓地じゃ駆けっこで負けましたね……俺。

 この調子じゃ、ずっとついて来そうだ。


「ええいっ! もういいよ。一緒に行こう」

「きゃっ!」

 俺はフリアエさんの手を掴み、水路に飛び込んだ。


 ――水魔法・水面歩行&水流


「わ、面白い魔法ね」

「飛ばすから。舌噛まないように」

 一気に水上を加速した。



 ◇


 

 水路から続く川を辿って大森林近くにたどり着いた。

 木々が生い茂っており、やや薄暗い。

 ここからは徒歩だ。


「姫、隠密は使える?」

「問題ないわ。太陽の国で指名手配されて、ずっと逃げ続けた女よ?」

 頼りになる返事だね。

 巫女っぽくないけど。

 俺とフリアエさんは、そろそろと森の中を進んだ。

 会話は小声で。


(ねぇ、相手はゴブリンでしょ? 別にコソコソしなくても平気じゃないの?)

(俺は慎重プレイ派だから)

(ふぅん。ところで昨日、魔法使いさんと戦士さんから聞いたんだけど……)

 フリアエさんは、昨日の女子会が楽しかったのか会話が止まらない。

 緊張感が無いなぁ……。


(でも、あの二人って普段は仲良いけど、好きな男の話になると……)

 ん?

(あ、これ言っちゃいけないやつだった)

 思わず振り向いた。

 てへぺろ☆するフリアエさんが居た。 

 ちょっと待って! 

 そこで話を止めないでくれ。


(その話詳しく……)

(ほらほら前向いて。洞窟見てきたわよ)

 この野郎。

 気になるじゃないか!

『明鏡止水』スキルをMAXにして先に進む。

 洞窟の手前で木の影に隠れながら観察した。

 

(洞窟前に、見張りのゴブリンが5匹か)

(さっさと倒せば?)

 簡単に言ってくれる。

 

(巣は危ないんだよ)

(そうなの?)

 昔、ソロプレイでやっているとき何度か試みたのだが。

 巣のゴブリンをまとめて倒したほうが効率がいいかと思ったけど、うかつに手を出すと集団に反撃を食らう。

 巣の中に、上位種のゴブリンがいる可能性だってある。

 結果、霧の深い魔の森近くで暗殺者もどきの立ち回りが一番安全とわかった。


(ルーシーみたいな遠距離砲台か、さーさんみたいな圧倒的な近接攻撃力があれば別だけど)

 俺にはどっちも無い。

 一体づつ倒していくしかない。

 ただ、攫われた娘さんの結界がいつまで持つか……。

 できれば時間をかけたくない。

 うーん、どうする?

 勢いで一人で来たけど、ルーシーとさーさんと合流してから行くべきだったか?

 待てよ、そーいえば……。


(姫、呪い魔法の専門だよね?)

(ええ。そうだけど……何?)

 いいことを思いついた。

 


 ◇



「……これって冒険なのかしら?」

「冒険です。反論は認めない」

 現在、辺り一面に深い霧が立ち込めている。


 ――月魔法・睡魔の呪い


「便利な魔法だな」

 俺はフリアエさんの手を握り、同調シンクロした。

 水魔法で霧を作り、睡魔の呪いを混ぜる。

 睡魔の呪いのおかげで、見張りのゴブリンたちは全て眠りこけている。


「ゴブリンが、突然目を覚ましたりしない?」

「多分、丸一日は眠ったままじゃないかしら」

 さらりと、言うフリアエ姫。

 ……これ、使えるな。


「じゃあ、洞窟の中に捕らわれている女の子を探してくるんで。姫は、その辺に隠れてて」

「つまんないの」

 フリアエさんは、俺が回りくどい手を使っているのがお気に召さないらしい。

 俺、魔法使い見習いですよ?

 ゴブリン相手複数相手に近接戦闘だと、普通に負けますからね?


 念のため『索敵』スキルを使いながら、洞窟に入る。

 洞窟の中にも、霧を使った睡魔の呪いが効いている。

 眠りこけているゴブリンたちの横を『隠密』スキルで起さないよう慎重に進む。


 洞窟の中で寝ているのは、十体ほどのゴブリン。

(思ったより少ないな)

 

 そして……

(いた)


 洞窟の奥。檻の中で、倒れている女の子がいた。

 女の子の周りを、ぼんやりと光る卵の形をした結界が覆っている。

 どうやら結界ごと、運び込まれたらしい。

 近づいて、様子を確認する。

 顔は涙でぐちゃぐちゃになっているが、外傷はなさそうだ。


 結界をコンコンと叩く。

 女の子は起きない。


(しまったな……フリアエさんの呪いがこの子にも効いてる)

 結界があっては、一人じゃ運び出せない。

 結界破りの魔法なんて使えないし……。

 

 ダメもとで、女神様の短剣で結界を切ってみた。

 するりと、刃が通り結界がバターのように切れた。


(おいおい、すごいな)

 ノア様の短剣、結界も切れるのか!

(当たり前でしょー。そんなちゃちな結界、紙みたいなもんよ。『神撃』の切れ味なんだから)

 失礼しました。

 やっぱり初期チート武器は、頼りになるね。


 切り裂いた結界から女の子を抱きかかえる。

 音を立てないように、頬を軽くたたいて起こす。

「大丈夫か?」

「……あ、あれ? 私寝ちゃって……あ、なたは?」

「あんたの父親に救助を依頼された冒険者だ」

 女の子の名前を確かめ、間違いないことを確認する。

 よし、ミッションクリアか。

 よかった、結界の継続中に助け出せて。

 ゴブリンに襲われてたら、女の子は悲惨だからな……。

 が、女の子の次の言葉で俺は凍りついた。


「あ、あの……ゴブリンは、ここに居るのが全部じゃありません。ゴブリンキングが部下を率いて、出かけていきました」

 その言葉を聞いたとき、

 

『敵感知』スキルの警告音が頭の中で鳴り響いた。


 危険度は、さほど高くない。

 問題は、数と場所だ。

 洞窟の外に多くのゴブリンが集まってきている。


(しまった! フリアエさんを外に残したままだ)


『索敵』スキルを使ったところ、

 洞窟の外に数十の魔物の気配がする!

 まずい、フリアエさんは丸腰だった。


(くそっ!)

 女の子の手を引き、洞窟の外に急ぐ。

 間に合ってくれ!


 そこで俺が見たのは――ゴブリンキング率いるゴブリンの群れだった。


 ……キングをこんな近くで見るのは初めてだ。

 体長は、通常のゴブリンの数倍。

 身体が大きいだけでなく、知能も高い。

 それを裏付けるように、冒険者たちから奪ったであろう全身鎧を身につけ、両手に武器を持っている。

 ゴブリンキングの居る群れは、規模の大きいものなら『災害指定』だ。


 その危険な魔物がフリアエさんを取り囲み――



「汚らわしいケダモノ共ね。私に触れようとするなんて」


 金色に輝かせるフリアエさんと、這いつくばっているゴブリンたちがいた。

 ゴブリンキングに至っては、フリアエさんに頭を踏まれている。


(ええ~……)


 まともに戦うと危なかった規模の魔物の群れなんですが。


「おーい、姫。これって……なに?」

「見ればわかるでしょ?」

「全部、『魅了』した?」

「ふふ、そうよ」

 まじかよ!

 すげーな、月の巫女。


「素敵……お姫様」

 捕らわれていた女の子の目にハートマークがついている。

 魔物だろうが、女性だろうがお構いなしに魅了するのか……。



「まこと無事!?」

「高月くん、ゴブリンの群れが……ってあれ?」

 ルーシーとさーさんも駆けつけてくれた。



 ゴブリンは巣もろとも、ルーシーの魔法で処理してもらい。

 女の子は、さーさんに抱っこしてもらうことにした。

 女の子は、緊張が解けて安心したのか再び眠ってしまった。


 なんか、うちのパーティーって女性陣だけで完結してません?



 ―帰り道。



「なー、姫。俺に魅了魔法を教えてくれない?」

 さっきのゴブリンたちをあっさり操った裏技っぽい魔法。

 覚えてみたい。

 月の巫女の守護騎士として、『ギフト』スキルを貰ったわけだし。

 ただ、フリアエさんの反応は微妙だった。


「私の騎士……魅了魔法を使って女の子を落とすの?」

「そんなことしないよ!」

 と反論したけど、確かにそういう使い道もあるのか。


「まこと?」「高月くん?」

 ルーシーとさーさんが、同時に不審な目を向けてきた。

 いえいえ、しませんよ?


「魔物と戦うには、手は多いほうがいいだろ?」

「まあ、いいけど」

 よしよし、ついでに月魔法とかも教えてもらおう。


 ギルドに戻ったら、依頼人には神様のごとく感謝された。

 ……どちらかというと、フリアエさんのほうが活躍してたけど。



 ◇



 それからしばらくは、フリアエさんに魅了魔法を教わった。

 今まで水魔法一本でやってきたので、ここに来て新しい魔法。

 楽しいのだけど、なかなか難しい。


 効力も相当弱くて、試しにさーさんやルーシーに使ってみたのだが、

「今、何かした?」「何も感じないけど……」

 効果ゼロだった。

 人間に使うには、長い修行が必要らしい。

 

(精霊さん、精霊さん)

 水の精霊に使ってみるも、反応が悪い。

 大精霊ウンディーネは、ハイランド以来、まったく現れようとしない。


 かろうじて動物には効くようで、近所の猫や犬が集まってくるようになった。

 いや、可愛いんだけどさぁ。

 ……これ、戦いに使えるの?

 また、ハズレ引いた?


 

 フリアエさんは、冒険者の真似事がしたいというので、さーさんやルーシーと一緒に近場で魔物の狩りをした。

 最近は、魔物が増えているのでそういう地道な活動も冒険者の仕事だ。

 なにより、フリアエさんも楽しそうである。

 

 そんな感じで、数日が過ぎた。

 ふじやんは、領主の後継者会議に向けて準備が忙しいらしく、会えていない。



(……今日は、何か騒がしいな)

 朝起きると、冒険者ギルドのエントランスに沢山人が集まっていた。


「おい、見ろよ」「美しい……」「こんなお近くで拝見するのは初めてだ……」「氷の彫刻の姫君」「なんだって、こんな田舎街に?」


(んー、人ごみでよく見えないなー)

 俺がひょこひょこと、人垣に近づいて行くと、


「勇者殿!」

 聞き覚えのある声。

 おっさん? 守護騎士のおっさんじゃないか。

 え? ってことは


「勇者まこと」

 そこに立っていたのは、薄く微笑むソフィア王女だった。

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