111話 高月まことは、マッカレンの冒険者たちと騒ぐ

「ま、まことくん!」

 冒険者ギルドに入るなり、金髪の美人さんが飛びついてきた。

 おうふ。

 胸が……顔に当たってます。


「ただいま、帰りました。マリーさん」

「おかえり!」

 ぎゅーっと、抱きしめられた。

 とても気持ちよいのだけど、背中を視線がチクチクする。

(((ちっ!)))

 舌打ちが聞こえる。

 久しぶりに、冒険者の皆さんの視線が痛いですねー。


「ねぇ、私の騎士を抱きしめてるあの人は誰?」

「マリーさんっていう冒険者ギルドの受付け嬢だよ、ふーちゃん」

「そのふーちゃん、っていうのは……」

「ルーシー! 戻ってきたの!」

「エミリー! 久しぶりね!」

 後ろから女性陣の声が聞こえる。

 

「よお、まこと! ちょっと会わねぇ間にまさか勇者になるとはな!」

「痛っ!」

 背中をばしっと叩かれた。

 叩かれたほうを見ると、マッカレンのベテラン冒険者が立っていた。

「ルーカスさん、ご無沙汰してます」

「さすがは異世界人だな」

 少し寂しげに笑うルーカスさんの表情は、初めて見るものだった。

 

「まこと、まさか勇者になるなんてな! おめでとう、この野郎!」

 肩を叩かれて振り向いた先には、

「ジャン、久しぶりだな」

 新人時代からの同期の冒険者が立っていた。

 胸には、銀バッチが輝いている。

「シルバーランクになったんだな」

「やっと、追いついたと思ったんだけどなぁ」

 ジャンが苦笑いで応えた。 


「俺も冒険者ランクは、シルバーのままだよ」

「まことくん、それは違うわよ。『勇者』っていうのは、その国の戦士の代表なの。冒険者も国に仕える騎士も全て含めて、彼らの代表よ」

 マリーさんが、真面目な顔で訂正してきた。

 ……そう言われると、なかなかの重圧プレッシャーが。


「ねぇ、まことくん。色々話を聞かせて聞かせて」

 マリーさんが大きなテーブルに俺たちを案内した。

「マリーさん、ギルドの仕事はいいんですか?」

「いいのいいの。勇者様を接待するのは、ギルド職員の仕事だからね」

 ウィンクして微笑むマリーさん。

 勇者おれにかこつけて、昼間っから飲もうとしてません?


(まあ、いっか)

 久しぶりのマッカレンの冒険者ギルド。

 積もる話もあるし。



 ◇



「「「「かんぱーい!」」」」

 なんやかんや、マッカレンの冒険者ギルドにいた面々が集まってきて、大宴会になった。

 テーブルの上には、色んな料理が並んでいる。

 どれもこれも、久しぶりなマッカレンの料理だ。


「あのまことが勇者か……」「はぁー、もっと媚び売っとけばよかったー」「おまえ、まことは頼りないっていってたじゃねーか」「だってぇ、魔法使い見習いよ?」「だよなぁ」


(全部、聞こえてるんですけど。君たち)

 自然と『聞き耳』スキルを使ってしまうのは悪い癖だなぁ。

 でも、他人の目って気になるからさ!


「ねーねー、ルーシーとあやちゃんは、二人とも勇者まことくんの恋人なの? どこまで進んでるの?」

「はぁ?」「ええぇっ?」

(おい!)

 不穏な会話が聞こえてきたぞ!

 

「ま、まだよ! 私たちそーいうんじゃないから!」

「エミリーさん! 彼女が二人って変だから!」

 エミリーの質問に、ルーシーとさーさんがあわあわしている。


「えー、でも勇者様ってハーレムパーティーが普通なんでしょ?」

「う、うーん。確かに……」

「桜井くんは婚約者が20人いたっけ……」

 あっちの席に行くのはやめておこう。


「なぁ、まこと。王都じゃ美味いもんいっぱい食べたんだろ。今さら角うさぎの串焼きでいいのか?」

「大将、俺はこれが食べたかったんだよ」

 目の前に、程よく焦げ目がついたモモ肉の串焼きが並ぶ。

 ひゃっほう、久しぶりの串焼き(タレ)だ!

 俺は、熱々でジューシーな肉にかぶりついた。

 ああ、この濃い目のジャンクな味。

 そうそう、こういうのでいいんだよ。


「ねぇ、これって何?」

 フリアエさんが、興味深そうに串焼きを指差した。

「角うさぎの串焼き。食べてみなよ」

「う、うさぎ……。初めて食べるわ……」

 恐る恐る手に取り、かぷりと被りついた。

「あ、美味し」

「だろ」

 フリアエさんもお気に召したらしい。


「ねぇーねぇー、まことくん。そのすっごい美人な子はどなた?」

「あ、マリーさん。彼女は……」

「はじめまして、私は商業の国キャメロンから参りましたフーリと申します。訳あって今は勇者まことに護衛を頼んでおります。とある貴族の血筋のものなのですが、姓を名乗れない無礼をお許しください」

 優雅に微笑むフリアエさん。

「は、はい。私は冒険者ギルド職員のマリー・ゴールドです……」

 フリアエさんの完璧な猫かぶりに、マリーさんが緊張気味に返事した。


 水の国ローゼスから遠く離れた商業の国キャメロンからやってきた。

 貴族だけど、訳ありのため苗字を名乗れない――という設定だ。

 そう言っておけば、跡継ぎ問題とか、妾の子かしら、とか色々忖度してくれる……はず。

 実際は、真っ赤な嘘なわけだが。


「へぇー、商業の国キャメロンの貴族様かぁー」

 酔ったマリーさんはチョロイので良いね。

 まったく疑ってないみたいだ。


「おう、まこと。飲んでるか?」

「ルーカスさん、やっぱり落ち着きますね。マッカレンは」

「勇者なら王都に住むもんだろ、普通は」

 ぐびっと、火酒を飲み干しながら次のお酒を注文するルーカスさん。

 飲みすぎでは? いつにも増して。


「ははっ、ルーカス。まことが勇者になったからって妬むなよ」

「うるせぇ! どうせ俺は勇者になれなかった男だよ!」 

「「えっ?」」

 大将とルーカスさんの会話に、俺とジャンがびっくりして顔を見合わせた。


「ルーカスのやつはな、昔は勇者を目指してたんだ。結局、冒険者としての最高ランクはミスリルランクまでだったけどな」

「……昔の話だ。今はゴールドランクに落ちた隠居冒険者だ」

 知らなかった。

 そんな過去が。

「まあ、ルーカスだけじゃない。俺や同世代の冒険者は全員、勇者を目指したな」

 大将が懐かしそうに語った。

 何かぽっと出の俺があっさり勇者になってしまったのは申し訳ない気分に……。

 

「まあ、胸を張れ。お前は水の国の王都を救った功績で勇者になったんだ。誰にでもできることじゃない」

 ルーカスさんに肩を叩かれた。

「たまたま……うまくいっただけですよ。ところで、最近のマッカレンはどうですか?」

 何となく話題を変えた。


「最近、『魔の森』から出てくる魔物がどんどん増えてるんだ。ハグレ魔物の討伐依頼がこない日がないくらいだ」

 ジャンが真剣な顔をして言う。

「魔の森か……」

 木の国スプリングローグの大部分を占める大森林。

 その奥深くにあるダンジョン。

 推奨ランクは、『大迷宮』ラビュリントスと同じアイアンランク以上。


「最近、魔の森に調査に行ったシルバーランクの冒険者が戻ってこなかったらしい」

「それ、まずいんじゃないですか……?」

 ルーカスさんの話にぎょっとする。

 シルバーランクの冒険者が行方不明って。


「ダンジョン『魔の森』は、木の国スプリングローグの管轄だからな。水の国ローゼスの冒険者ギルドが大げさに介入するのも変な話になる。国境にあるマッカレンとしては、頭が痛いところだけどな」

 大将が説明してくれた。

 ちょっと離れている間に、古巣がこんな状況だったとは。


「これって大魔王の復活の影響ですかね……?」

「そうだなぁ……魔の森の中心には『魔王の墓』があるからな。関係してるかもな」


 ――『魔王の墓』


 それは魔の森の存在するらしい。

 千年前に救世主アベルに倒された、西の大陸を支配していた九魔将の一人。

『不死の王』ビフロンス。

 その死体が封印されている場所だとか。


「不死王の身体は永遠に滅びず、伝説の魔法使いジョニィと大賢者様によって封印されている……でしたっけ?」

「俺も昔探してみたんだが、『魔王の墓』は見つけられなかったな」

「ルーカスさん、魔の森の奥に行ったんですか?」

「昔な。魔物が活発化する前だ。昼間でも覆いかぶさる魔樹に光が遮られて真っ暗な上に、迷いの森と同じく方向感覚を常に狂わされる。しかも魔物の危険度が。弱っちいゴースト共と一緒に『災害指定』ドラゴンゾンビがのしのし歩いてやがるんだ」

 うわぁ、嫌な場所だなぁ。

 

「正直、俺は大迷宮の下層より魔の森のほうが苦手だったな」

「……なぁ、まことは大迷宮どこまで行ったんだ?」

「中層で死にかけたよ」

 はぁー、とジャンと一緒にため息を吐いた。

 俺たちの手に負えそうにないな、魔の森は。


「なんで、そんな場所に行ったんです?」

「知らないのか? 『魔王の墓』には、救世主アベルの使った宝具が眠ってると言われている。まあ、伝説の通りなら『不死王の呪い』で使えないはずだけどな。売れば一財産だと思ったんだよ」

「はぁー、なるほど」

 呪われた伝説の武器か。

 呪われてるだけなら、うちのフリアエさんが解いてくれそうだけど。


 ちらっと、呪いのプロのほうを見ると

「これ他にないのかしら?」

「お嬢ちゃん、いい食べっぷりだねぇ」

 大将の串焼きをパクパク食べているフリアエさんがいた。

 こっちの視線に気付いたのか、「これ気に入ったわ」と言いながら指についたタレを舐めている。

 ちょっと下品な行為だが、白磁のような指をフリアエさんの赤い舌が舐める様子が、少しいやらしい感じがする。

 ってか、エロい。


(((……)))

 気がつくとマッカレンの男冒険者たちも、それを凝視している。

 フリアエさんも複数の視線に気付いたのか、ニコっと笑って手を振っている。


「はうっ!」「なんて可憐な人だ」「誰だ、あれ」「フーリさんって名前らしいぞ」「声かけろよ」「まことの仲間だってよ」「くそう、ルーシーちゃんやあやちゃんに飽き足らずあんな美女を……」

 男冒険者たちが、フリアエさんの色気にやられている。

 そして、 女冒険者たちが、面白くなさそうな目をしてる。


(ちょっと、ナチュラルに魅了し過ぎですねぇ……)

 後で注意しておこう。


「まこと。一緒に飲みましょう!」

「高月くん! グラス注ぐね!」

 ルーシーとさーさんがやってきた。

 エミリーの質問攻めから逃げてきたらしい。


「あの、狭い……んだけど」

 両側からルーシーとさーさんに挟まれた。

 体温の高いルーシーの肌と、ヒヤリとするさーさんの肌がぴとっと重ねられる。

 ……落ち着かない。


「あらー、両手に花?」

 マリーさんが後ろから抱きついてきた。

 もういいや。

 飲もう。 


 その日は、夜遅くまで飲み明かした。



 ◇



 ――夜が明けて。


(久しぶりだなぁ、この感じ)


 薄汚れた冒険者ギルドの休憩所で俺は目を覚ました。

 そこら中に、雑魚寝の冒険者(男)がいびきをかいている。

 俺は共用の薄い毛布を、畳んで部屋の端に置いた。


 ちなみに、さーさんとフリアエさんはルーシーと同じ宿屋に泊まってもらった。

 フリアエさんは、冒険者ではないのでギルドの休憩室に泊まるわけにはいかない。

 さーさんは、どっちでも良いらしいが二人と一緒に宿屋に泊まってもらった。

 三人が仲良くなってくれるといいんだけど。


 俺は眠い目をこすりながら、ギルドの裏手の井戸で顔を洗い、水魔法を使って身体と服を洗った。

 短剣を両手で握り、ノア様に祈りを捧げる。

 朝日がマッカレンの水路に反射して眩しい。


(昨日は飲みすぎたな……)

 二日酔いを覚ますために水を飲んでいたところ、


「助けてくれ! マッカレンでゴブリン退治の名人の冒険者はどこだ!」

 朝早いため、閑散としている冒険者ギルドのエントランスで大声が響いた。

 ……ゴブリン退治の名人?


 気がつくと、冒険者ギルド中の視線が俺に集まっていた。


 ――マッカレン冒険者ギルドのゴブリンの掃除屋ゴブリン・クリーナー


 そういえば、そんな二つ名がありましたね。

 忘れてたよ!

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