第五章 『水の街マッカレン』編

110話 高月まことは、水の街へ帰る

 ――シンフォニア上空、飛空船にて。



「フリアエ……、水の国ローゼスに行くのか」

「私たちもう会わないほうがいいわ……りょうすけ」

「そんなこと言うな……」

「私のことは忘れて」

「嫌だ」

「でも……」

「会いに行くよ」

「……ばか」

 船の舳先で昼ドラをやっている桜井くんとフリアエさん。


 それを少し離れた位置で見ている俺とルーシーとさーさん。

「ねぇねぇ、まこと。あなたが守護する姫様と光の勇者様は別れ話をしてるの?」

「あれは遠距離恋愛じゃないかな?」

「ふーん」

「桜井くんはいつもモテるねぇー」

 ルーシーとさーさんは呆れた風に眺めている。


 ちなみにソフィア王女はまだやることが残っているとかで王都に残るそうだ。

 レオナード王子も同じ。


「タッキー殿。そろそろ出発したいのですが……」

 ふじやんが困った顔でやってきた。

 チラリと見る方向には、光の勇者と月の巫女のバカップルがいる。


「おーい、桜井くん! そろそろ出発するってさー」

「「!?」」

 ぱっと驚いたように、離れる二人。

 え、今さら?


「高月くん! すまない、色々と助けてくれて。フリアエのことを頼む」

 照れた顔の桜井くんがやってきた。

「いいって。俺たちはマッカレンって街にいるから、たまに遊びに来てよ」

 フリアエさんは、引き続き守護騎士契約をしているので一緒に行動している。

 太陽の国ハイランドで月の巫女は住めないので、水の国に亡命することになった。


「桜井殿、お元気で」

「藤原くん、君も」

 爽やかに笑う桜井くんは、いつもの彼だ。

 その時ノエル王女から聞いた話を思い出した。


「桜井くん、あんまり無理しないようにね。マッカレンに来たら、美味い飯屋連れてくからさ(ふじやんが)。あと温泉もあるからゆっくり休めるよ」

 救世主扱いされて、ずっと根を詰めてるようだから。

 真面目もいいけど、ほどほどにしないと。


「ああ……、ありがとう」

 桜井くんの返事は、少し疲れたような声だった。

 大丈夫かねぇ……。



 ◇



 王都シンフォニアが遠ざかっていく。

 距離が離れても、巨大なハイランド城はその雄大な姿を晒している。

「まじでっかいな、あの城」

 それをぼーっと眺めていると。

「ほんと、忌々しい城ね」

 隣にきたのは、色ボケから解けたフリアエさんだった。

 ハイランド城は、お嫌いらしい。

 それとも太陽の国ハイランド自体が嫌いなのか。

 

「桜井くんと離れちゃったね。寂しい?」

「う、うるさいわね。もう会わないから! で、これから行くマッカレンってどんな街なの?」

「えっと、普通の田舎街だけど……」

 何から説明しようかなーと、考えていると


「まこと!」「高月くん!」

 ルーシーとさーさんの緊張した声が聞こえた。


 同時に、頭上を大きな影が通り過ぎる。

 巨大な翼の影だ。

(何だ? 飛竜?)

 シュタと。

 何者かが、飛空船に飛び降りた。

 

 輝く金髪に、ギラギラとした黄金の鎧。

 群青の瞳に、鋭い眼つき。

「おい、ローゼスの勇者。なんでそんなに急いで帰る?」

 稲妻の勇者ジェラルドさんだった。

 飛空船の上を、立派な飛竜が旋回している。


「仕事が終わったんで、家に帰るだけだよ」

 ひくっと、ジェラさんの眉にしわが寄った。

「勝ち逃げか……、おい、火の国の武道会か、御前試合で再試合だ。次は俺が勝つ!」

「……」

 ええ~。

 この人、再戦する気満々なんですが。

 嫌だなぁ。

 何とか再戦を回避できないだろうか。


「どうせなら、来年の北征計画で魔王を沢山倒せたほうが勝ちにしましょう」

「……あ?」

 凄い顔で睨まれた。

 が、何か思い至ったのか、納得した顔に変わった。

「わかった。それでいい」

 そう言って、飛竜に飛び乗り帰っていった。

 よかった、説得できたらしい。


「まこと、あんなこと言ってよかったの?」

「高月くん、魔王って一人で倒せるの?」

 ルーシーとさーさんが、心配げに聞いてきた。

「いいんだよ、ジェラルドと戦いたくないから適当に言っただけなんだから」

 もう痛いのはこりごりです。

 そんなことより、折角の大精霊『ウンディーネ』さんの扱いを修行したい。

 だけどあれ以来、一回も呼べてないんだよなぁ……。

 女神様に相談しようかな。


「高月様、稲妻の勇者様と親しいのですカ……?」

「わざわざ追ってきたのでしょうか?」

 ニナさんとクリスさんは、突然やってきてすぐに去って行ったジェラさんが去った方向を不思議そうに見ていた。


「多分、見送りに来たのですよ……」

 ふじやんが、ぼそっと言った。

「そうなの?」

 あれってツンデレ?

 えー、キャラ変わってるよ、ジェラルドさん。


 

 ◇



 ――それからしばらくは、平穏な空の旅が続いた。


「これが飛空船の景色……」

 フリアエさんが、長い髪をたなびかせながら外を眺めている。

「飛空船は初めて?」

 俺は隣に並んだ。


「ずっと月の国の跡地で生まれ育ったから……。国の外に出たのは、太陽の国に無理やり連れて来られたのが初めてよ」

 その横顔は憂いを帯びている。

 やっぱり自分の居た国に帰りたいんだろうか?

 でも、月の国の跡地は治安が最悪らしいので、帰ってどうぞ、とはいかない。


 そんなことを考えていたら、聞き返された。

「ねぇ、私の騎士。あなたの生まれた国はどんなところだったの?」

「俺?」

 東京のことを説明するのか。

 こっちの世界の人に説明するのは、難しいな。


「ハイランド城の3倍くらい高い建物がぼこぼこ建ってて、でっかい鉄の塊がそこら中を走り回ってるよ。あとは、地上を走る何百人も乗れる馬車に死んだ目をした大人が、毎日通勤してるかな」

「……りょうすけから聞いた話と大分違うわね」

 フリアエさんは難しい顔をしている。


「桜井くんは、何て?」

「魔物が居なくて、平和で、種族差別で殺される事が無いって」

「……」

 まあ、そうだけどさ。

 魔法が無くて、冒険ができなくて、割と退屈でしたよ。俺的には。


「違うよ高月くん! 東京は甘いスイーツがいっぱいある場所だよ」

 さーさんが会話に割り込んできた。

 さーさん的には、こっちの世界の甘味は物足りないらしい。


「そういえば、あなたも異世界出身なのよね? 戦士さん」

「そ! よろしくね、姫様!」

 さーさんがにこやかに返事をする。

「あなたは、姫って呼ばなくてもいいわよ。守護騎士の契約をしたのは、まことだけだから」

「そーいうもんなの?」と首をかしげるさーさん。

 そーなの? そういう規則があるんだろうか。


「じゃあ、何て呼ぼうか? フリアエさんかな?」

「みなさん! ちょっと、お待ちを。マッカレンでフリアエ殿の名前をそのまま呼ぶのは危険でしょう。月の巫女のお名前は有名です。念のため偽名を名乗っておいたほうが無難と思われますぞ」

 ふじやんがやってきて、忠告してきた。

 なるほど、確かに。

 

「そんなに私の名前って知られているの?」

 フリアエさんが、嫌そうな顔をする。

「その外見と名前を聞けば、ほとんどの人が月の巫女を連想するでショウ」

 ニナさんもやってきた。


 確かに10人がすれ違ったら、10人全員が振り返りそうな美貌。

 そこそこ名前が知られている月の巫女フリアエ。

 一発でバレるか。


「何かいい偽名あるかな?」

「急に言われても……」


 ――色々考えたのち。


「じゃあ、『フーリ』って名前にするわ」

「わかったー、ふーちゃんね」

 さーさんが、速攻で呼び名を崩した。

 そのあだ名だと、偽名の意味が無いんだが?


「なになにー、何の話してるの?」

「ルーシー、今日からフリアエ姫はフーリ姫になったんで」

「? 何それ?」

「あと、俺が守護しているどこぞの国の偉い貴族ってことになったから」

 そういう設定にしてみた。

 姫呼ばわりするなら、それがいいだろうということで。

 ルーシーに背景を説明する。


「わかったわ! よろしくね、フーリ!」

「ええ、よろしく、魔法使いさん」

 この姫さん、仲間を名前で呼ばないなぁ。

 あえて壁を作ってるんだろうか?


(まあ、徐々に打ち解けていけばいいか)


 俺は、飛空船から外の景色を見た。

 どこまでも、続く田園風景。

 広大で肥沃な大地。

 太陽の国が豊かなのが頷ける。

 森と湖だけのローゼスとは違うなぁ、やっぱり。

 

 まあ、でも。

 俺が好きなのは水の国ローゼスだな。

 やっと帰れる。


 

 ◇



「困った事になりました……」

 飛空船の食堂で夕食をとっている時、ふじやんの声が響いた。

 手には魔法の通信機。

 その隣には青い顔のクリスさんがいる。

「どうしたの? ふじやん」

「タッキー殿。どうやらマッカレンの次期領主を決める会議が近々開かれるそうなのです」

「急だね」


 マッカレン領主には、3人の子供がいる。

 全て女性だ。

 クリスティアナさんは、次女にあたる。


「おそらく姉と妹が結託したのだと思われます。旦那様が、街を長く離れていたのを好機と考えたのでしょう」

 悔しげな顔をするクリスさん。

「早くマッカレンに帰りまショウ」

 ニナさんがクリスさんの袖を引く。


「タッキー殿。申し訳ありませぬが、全速力でマッカレンへ戻り拙者たちは、領主選定会議の準備をせねばなりません。もしかすると水の国の勇者であるタッキー殿のお力を借りるかもしれず……」

「水くさいこと言うなよ、ふじやん。言ってもらえれば何でもするからさ」

「高月サマ……」「勇者様」

 ニナさん、クリスさんにまで感謝の目を向けられたけど、俺の返事は当然のものだ。

 ふじやんには、邪神の使徒であっても味方でいてくれた恩がある。

 恩は全力で返さねば。


 しかし、貴族の後継者を巡る争いとは大変そうだ。

 俺で力になれることがあればいいけど。


 ――飛空船を全速力で飛ばした結果、行きの半分くらいの時間でマッカレンに到着した。


「では、拙者たちはこれにて」

 ふじやんたちは、颯爽と去っていった。


「俺たちは、冒険者ギルドに顔を出そうか」

 俺は仲間の3人のほうを向いて、提案した。

「そうね、マリーやエミリーにも久しぶりに会いたいし」

「屋台の焼き鳥食べたいなー」

「私は付いていくわ」

 異論は無いようだ。

 それにしても、久しぶりのマッカレン!

 久しぶりの面々に会いに行こう。



 ◇フリアエ・ナイア・ラフィロイグの視点◇



(……綺麗な街)

 マッカレンという街に着いて、私が最初に思った感想はそんな月並みなものだった。


 整備された道。

 その脇を流れる水路。

 レンガ造りの家々が、綺麗に並んでいる。

 道行く人々は、人族も獣人族も様々な種族が仲良く歩いている。

 走り回る子供たちの顔は、みな笑顔だ。


(……不公平。こんなの月の国と全然違う)


 荒れ果てた廃墟――月の国ラフィロイグ跡地。

 下水もゴミ捨て場も管理されておらず、女子供は一人で歩くことができない。

 一番安全なのは、地下街だ。

 私は、物心ついた時からずっと地下の薄汚れた住居で過ごしてきた。

 私を世話してくれたのは、細々と月の女神を信仰している連中だった。

 自分の親が誰なのかは、わからない。

 特に楽しいことがあるわけでなく、淡々と生きているだけの日々。


 水の街と呼ばれるマッカレンの街並みは、私には眩しすぎた。

 ふらふらと、歩いていると。


(こんな街で過ごせたら私も……)


「危ないって」

 急に手を捉まれた。

「え?」

 まことに引き寄せられる。

「あ」

 どうやら、私は気付かないうちに水路に落ちかけていたらしい。

 何やってんだ? って目でまことに見られた。


「ありがとう……私の騎士」

「気をつけろよ、姫」

 すぐに手を離された。

 彼は私に背を向けて、先に進んでいく。


(躊躇なく、触れてくるのね……)


 月の国では、呪いの巫女と呼ばれる私に近づいてくるものは居なかった。

 恐れ多いと言われていたけど、実際は怯えられていたのだろう。

 太陽の国の連中も同様だった。 

 こちらは呪いを恐れて、誰も近づいてこなかった。

 だから、魅了魔法でみんな操ってやった。


 私の騎士は違う。

 私の魔法が効かない。

 私に触れるのに躊躇しない。 


「まことー、マッカレン久しぶりね!」

「高月くん! 一緒に温泉行こうよ!」

 両側からルーシーとあやが、抱きついている。

「ちょっ!? 腕が重いから!」

 それに少し赤くなりながら、逃げようとする私の騎士。


 私の魅了魔法は効かないのに。

 仲間の女の子たちには、動揺するらしい。

 私の守護騎士だというのに、後ろを振り向かず先へ進んでしまう。

 あ、立ち止まった。


「おーい、姫。この先がマッカレンの冒険者ギルドだから」

 首だけで振り向いて、私のほうの目を見て言った。

 試しに魅了魔法の魔眼で見つめてみるが、気付くことなく視線を戻された。

 まるで興味が無いみたいに。


(なんか新鮮……)


 街中にある大きな建物に、まことたちは入っていった。

「早くー、ふーちゃん」「フーリ、来なさいよ」

 ルーシーとあやが呼ぶ声が聞こえる。


(……こういうのは初めてかも)


 私は大きく息を吸って、水の街の冒険者ギルドに足を踏み入れた。

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