108話 高月まことは、王都をめぐる

「なんじゃ、気持ちよく食事をしている時に無粋なやつらめ」

 大賢者様が、不機嫌そうに俺から離れた。


「しょ、食事。ああ……そういうことですか」

「せ、先生……。驚かせないでください。心臓が止まるかと思いました」

 桜井くんとノエル王女は、どうやら勘違いに気付いたらしい。


「あの……? 一体、何があったのですか?」

 ソフィア王女は、よくわかってないみたいだ。

 マジ清楚!

「勇者まこと? 何かおかしなことを考えてませんか?」

「気のせいですよ」

 

「で、何をしに来た?」

 じろり、と勇者、巫女たちを睨む大賢者様。

 さっきの頭を撫でてた人と同じ人と思えない。


「来年の北征計画について、ご意見をいただけないでしょうか。本日『蛇の教団』が千年前の魔物の大群を操っていたことで、魔大陸の『獣の王』ザガンの関与が濃厚になりました。ハイランド軍部からは、北征計画の予定を繰り上げるべき、という意見が出ております」

 真剣な表情で語るノエル王女。

 対する大賢者様の顔はつまらなそうだ。


「六カ国同盟の軍備増強の状況は?」

「現在、計画の八割ほどというところでしょうか」

「話にならんな。準備も出来ておらんのに、焦ってどうする?」

「しかし、魔族側に先手を打たれる可能性があります!」

「仕方あるまい、と言いたいところだが我は戦略は素人だ。大陸一の魔法使いの自負はあるがな。参謀本部が予定を早める結論を出すのであれば、我は反対せん」

「よいのですか……?」

「好きにしろ。ただ、我は『勝てると思った時だけ戦う』べきだと思うがな」

 そう言ったときの大賢者様は、少し何かを懐かしむような目をした。


「それは救世主アベル様の御言葉ですか?」

 ソフィア王女が尋ねた。

「ああ、ヤツの口癖は『勝つための準備は事前に完了させろ』と『攻める時は奇襲で』だったな。勇者のくせに、慎重なやつだった。まあ仕方ないがな。大魔王イヴリースとの決戦の時、勇者はアベル一人だけだった」

「ほかの勇者は……?」

 俺が聞くと、大賢者様は意味ありげな視線をよこした。


「ほかの勇者たちは、魔王共や使に倒され全滅しておったよ」

(げっ)

 ソフィア王女までこちらを見つめてきた。

 ノア様め……。


「わかりました、大賢者様。北征計画は予定通りのスケジュールで進めます」

 ノエル王女が静かに言った。

「ほう、よいのか?」

「救世主様の御言葉には従います」

 どうやら方針は決まったらしい。

 俺としては、なるべく『魔王討伐』みたいなイベントまでは修行しておきたいから、先のほうが助かる。


「それにしても」 

 ここでノエル王女は、表情と口調を崩してきた。

「ずいぶんと、ローゼスの勇者様と仲がよろしいじゃありませんか、大賢者様。ソフィアさんに叱られますよ」

「の、ノエル様!?」

 急に話を振られてソフィア王女が慌てている。


「久しいな、ローゼスの巫女」

「は、はい。大賢者様もお変わりなく」

 二人は顔見知りなのか。


「私とソフィアさんは、同じ学院で巫女になるための講義を受けたんです。大賢者様は、魔法学の先生をしてくださいました」

 ノエル王女が小声で教えてくれた。

 大賢者様と話すソフィア王女は緊張しているように見える。

 やっぱり、大賢者様が立場が上だからかな。


「ところで、まこと様の血を飲むのはほどほどにしてください。女神教会のシスターの生娘の血をお渡ししているじゃないですか」

「ノエル……しかし、我のところに届く血のうち生娘のものは半分ほどじゃぞ?」

「「え?」」

 ノエル王女とソフィア王女が同時に驚きの声をあげた。

 俺と桜井くんは、意味がわからず顔を見合わせた。


「そ、そんな……。女神教会のシスターの半分が生娘ではない……?」

「ありえません! 修行の身で外部との異性との接触は一切ないはずです!」

「だったら、内部の異性だろう」

「「……」」

 大賢者様の言葉に、二人の王女はうつむいて黙ってしまった。


 これは、あれか。

 女神教会の内部の性が乱れていたと。

 世も末だねぇ。

 ああ実際、終末が噂されてる世界か。


「俺はそろそろ帰りますね。ソフィア王女はどうされます?」

「なんじゃ、もう帰るのか。ゆっくりして行ってもよいぞ」

 これ以上は、血を吸われたくないんですよ。

 すこしふらふらする。


「大丈夫ですか? 勇者まこと」

 ソフィア王女に心配な顔をされた。

 俺は苦笑で返した。

「じゃあな、桜井くん」

「ああ、また今度。高月くん」

 俺はノエル王女にお辞儀して、ソフィア王女と一緒に大賢者様の部屋を出た。


 その後、パーティー会場で酔っ払って火魔法を暴発させたルーシーと、太陽の騎士の男にセクハラされて城の外に、その男をぶっ飛ばしてしまったさーさんを回収して宿に帰った。

 ……いかん、ちゃんと見ておくんだったなぁ。



 ◇



 ――翌日。


「よく来てくれた。ローゼスの勇者殿にお嬢ちゃんと魔法使いのエルフくん」

 ここは『グランド・ハイランド・カジノ』の最上階にあるVIPルーム。


「は、はい」

「お招きありがとう。おじさん!」

「は、はじめまして。ルーシーです……」

 なぜか俺とさーさんとルーシーは、再びカストール一家ファミリーの皆さんに囲まれている。

 突然ピーターに招待されたわけだけど。

 

「来てくれてありがとうな、兄弟ブラザー! 忙しいところ悪いな」

 ピーターは相変わらず、元気だ。

「いや、別に俺は暇だったから」

 実際、騒乱が終わるとあとの残処理は偉い人たちがやっているので、俺やさーさんみたいな現場の人間は暇をしている。

 ソフィア王女は忙しそうだ。

 ふじやんも、色々仕事が多いらしく今日は付き添いに来てない。


「親父がどうしても直接お礼が言いたいって聞かなくてさ」

 爽やかに笑う長兄のジャック・カストールさん。

「うちの一家には、獣人族が多い。『蛇の教団』にかけられた呪いってのを、解除してもらえなかったら大変な事になるところだった」

 重い口調で語るのは一家の首領――顔に大きな傷があるジェノバ・カストールさん。

 

「あれを解いたのは、うちのフリアエ姫ですよ。伝えておきますね」

 ちなみにフリアエさんも誘ったのだが、来なかった。

 マフィアに会いに行こうってのは、普通断るか。


「兄弟……月の巫女の守護騎士になったんだってな」

「呪いの姫の騎士とは……」

 ピーターとジャックさんは、やや引きつった顔をしている。

 やっぱり月の巫女の騎士は、こっちの世界じゃいい顔はされないか。


「おい。無礼なことを言うんじゃねぇ!」

 ジェノバさんが一喝する。

「すまねぇな。伝説の厄災の魔女の生まれ変わりといわれてる月の巫女フリアエって名前だけで、びびりやがって。カストール家にとっちゃ恩人だ。今日来れないのは残念だが、またいつでも来てくれれば歓迎すると伝えてくれ」

「は、はい……」

 伝えるだけは、伝えておこう。


「ローゼスの勇者まこと殿。何か困ってることは無いか? 大したことはできねぇが、できる限りのことはやろう」

「えっと……」

 困ったなぁ。

 別に裏はなさそうだけど、マフィアの人に素直にお願いをするってのは。

 かといって何も言わないのもあれだし。


 ちらっと、隣のテーブルのさーさんとルーシーを見ると。

「あや様、こちらが土の国カリラーンでとれた珍しい宝石ですよ」

「ルーシー様、このドレスは、今ハイランドで流行っているんです」

「わぁー、綺麗ー」「素敵!」

 周りにいるのはカジノの女性スタッフだろうか?

 色々な商品を見せてもらって、さーさんとルーシーは楽しそうだ。

 

「これは全部差し上げますよ」

「え!? こ、こんな高価なものを?」

「えーと、どうしようあや……」

 高価そうな貴金属やドレスをくれると言って、さーさんとルーシーが引いている。

 まあ、今回のは呪いを解いたお礼らしいし。

 お言葉に甘えてもいいんじゃないかな。

 フリアエさんへの土産くらいは貰っておこうかな。


(にしても、カストール一家か……。王都の裏の首領……)


 大陸でも有数の名の通ったマフィア。

 ノエル王女やソフィア王女とは、また違った権力者だ。

 俺の脳裏に、ちらっと気になっていたことが思い浮かんだ。


「……一個、お願いを言っていいですか?」

 俺は、それを口にした。



 ◇



「「「「「「……」」」」」」

 目の前で、ぽかんと口を開けているのは九区街スラムの教会のシスターと孤児たち。


「よお、俺はカストール家のピーターだ! 今日から俺のことをブラザーと呼んでくれ!」

 大声で自己紹介をするピーター。

 

「あ、あの……まことさん。これは一体……」

 シスターがおずおずと尋ねてくる。

「突然ですいません。もし困った事があったらカストール家が助けてくれるそうです。余計な真似だったかもしれませんが……」

 九区街スラムの中でも弱者の集まりだったこの教会。

 ここをカストール一家の縄張りということで、面倒見てほしいと頼んでみたのだ。

 勿論、孤児の子供たちをマフィアに誘ったりはしない約束で。


「……ありがとうございます、勇者様」

「ジャンとエミリーの育った孤児院って聞いたんで。これくらいしかできないですが」

「十分です。この子たちは魔族の血を引いているというだけで、差別を受け続けています。今のままの環境では、きっと世の中を恨んでしまっていたでしょう……。本当に助かります」

 シスターに涙目でお礼を言われた。

 よかった。余計なお世話にはならなかったみたいで。


「にーちゃん、ありがとう!」

「まことにーちゃん。俺も勇者目指すよ」

「ばかねー、勇者様のステータスやスキルなんて私達みたいな下民とは違うのよ」

「そうそう、俺なんて『格闘家・中級』と『土魔法・初級』しかないんだ……」

「俺なんて『火魔法・中級』だけだよ。アイアンランクの冒険者にだってなれるかどうか……」



 ……は? 


 こいつら、そんな持ってるの?



「おいおい、きみたち。俺の『魂書ソウルブック』見て驚けよ?」

 俺は自分の『魂書ソウルブック』を子供たちに見せつけた。


「「「「「「えええええええっ!」」」」」」


「何このステータス!」「俺より弱いよ!」「ま、魔力:4?」「職業が魔法使い見習い!」「う、うそだ!」「でも、魔法スキルが『水魔法・初級』だけだ……」「戦士系のスキルが無い……?」「にーちゃん、本当に勇者なの……?」


 お、おお……。 

 驚愕 → 同情 → 疑いの流れるような視線の変化。

 水の神殿時代を思い出すね!


「おめーら、兄弟はな。稲妻の勇者のジェラ兄をタイマンで倒して、千年前の魔物、5千の大群を追い払った正真正銘の勇者だぞ」

 ピーターがフォローしてくれた。

「「「「「まことにーちゃん、すげーーー!」」」」」

 再び、羨望の眼差しに戻った。よかった。


「まあ、こんなステータスとスキルでも勇者になれるから。みんなも大丈夫だよ」

「わ、わかったよ!」「にーちゃん、俺頑張るから!」「勇者目指すよ!」

 ふっ、やったぜ。みんな元気になったな。


「まこと……あなたを基準に考えるのはどうかと思うの」

 ルーシーに耳元で囁かれた。

 隣で、さーさんがうんうん頷いている。

「そう?」

「みんなー、ここにいるローゼスの勇者は、寝てる時以外はずっと修行しているような変人だからねー」

 さーさんが子供たちに呼びかけた。


「そ、そーなの? にーちゃん」

「寝てる時以外ずっと……?」

「おい、ルーシー。適当な事言うなよ」

 俺は即座に、つっこんだ。


「よ、よかった。さすがに……」

「寝てたって修行はできるだろ」

「「「……」」」

「……寝ながら修行してるの?」「高月くんって……知ってたけど」

 子供たちだけじゃなくルーシーとさーさんまで、変人を見る眼を向けてきた。


『明鏡止水』スキルを99%にして、水弾を自分の頭の上に作って浮かべておく。

 コントロールをミスると水が頭にかかって起きてしまう。

 適度な緊張感を持って、寝ながら修行ができるのでおススメだ。


 ――という説明をしたのだが、


「……てな感じで、まことは変人だから。みんなは自分のペースでやるのよー」

「「「「「はーい」」」」」

 最後はルーシーの言う事を聞いている。

 誰が変人だ、失礼な。


 さーさんは「子供たちと一日遊ぶんだ!」って教会に残った。



 ◇



 ――教会からの帰り道。四区街にて、


「よお、高月」

「や、やあ、武田くん」

 元クラスメイトから声をかけられた。

『視点切替』で居るのは気付いてたのだが。

 多分話さないと思ってスルーしてた。


「おまえの魔法凄かったなぁ! 俺、太陽の騎士団の第一師団にいたんだ。お前の居た場所とは離れてたけど」

「へ、へぇ」

 そうだったのか。

 全然、気付かなかった。


「実際、危なかったよ。千年前の魔物って普段戦っている魔物と別物だったな」

 そこで、武田は少し申し訳なさそうな顔をして

「この前は、変なこと言って悪かったな。お前は凄いよ。勇者、大変だと思うけど頑張れよ」

「あ、ああ……。そっちも頑張って」

 武田くんは、片手を振りながら去っていった。

「今度、クラスメイトの連中と集まって同窓会するときは呼ぶよー!」

 遠くから声が聞こえてきた。

 俺は曖昧な笑みで、返した。


(多分、行かないけど)

 そーいうのは、苦手なんだよなぁ。


「なんか、まこと嬉しそうね」

「え?」

 ルーシーが隣でニマニマしていた。

「よかったね! クラスメイトの人と仲直りできて」

 いや、別にケンカしてたわけでは……。

 

(まあ、でも。水の神殿の時に比べるとよくなったか)

 何だかんだ太陽の国の貴族に褒められるより、昔のクラスメイトに褒められるほうが嬉しいのかもしれない。

 帰り道の足取りが、少し軽くなった。



 ◇

 


 ――騒乱が終わって3日後。


「ソフィア王女、レオナード王子。俺たちはそろそろマッカレンに戻ろうと思います」

「えっ! もうですか? ハイランドの貴族の皆さん、まことさんに会いたがってますよ?」

 

 そうなのだ。

 俺が大賢者様と親しいという噂が広まったらしく、貴族の人たちが次々に会いにくるようになった。

 何かしらの贈り物ワイロを持って。

 いや、俺に送ってどうする?


「人脈を広げる良い機会ですのに。欲が無いのですね」

 ソフィア王女が苦笑している。


「単に知らない人と話すのが苦手なんですよ」

「相変わらず繊細だねぇ、高月くん」

「ヤバイ魔物には、平気で突っ込んで行くのにねー」

「何言ってるんだ、ルーシー。だって魔物は喋らないだろ」

「「はぁ……」」 

 なんでさーさんとルーシーは同時にため息つくんですか。


 というわけで、水の国に戻る事を太陽の国に伝えたところ。

 ハイランド城――ノエル王女から呼び出しがあった。



『ローゼスの勇者』まこと。王城へ来るように、とのことだった。

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