107話 高月まことは、戦勝パーティーに参加する

 ――ハイランド城、大広間で開かれている盛大なパーティー。


 以前にも来た場所だ。

 前回との、違いは、


「勇者まこと様! この度は素晴らしいご活躍でした!」

「どうですか! 我々太陽の騎士団の訓練に参加しませんか?」

「是非、北天騎士団にもお越しくだされ! ジェラルド様もお喜びになります」

 沢山の騎士の人たちに取り囲まれている点だろうか。

 太陽の騎士団長のオルトさんにストラさんとその部下の人たち。

 あとは、北天騎士団の人たちも話してみると案外、気さくだった。


「あの魔物の群れを一網打尽にする魔法! あの魔法はなんですか?」

「えーと、水魔法・大水牢のアレンジで……」

「別物だったような……雲をつくような水の巨人の魔法など、初めて見ました」

 確かに魔法を使った本人も、別物だと思いました。


「それにしても、五千匹もの古い魔物が、一体どこから……」

「決まっている。千年前の魔物が今でも多く生息している場所はひとつだけだ」

「北の大陸……」

 太陽の騎士たちが、難しい顔をして話している。 

 北の大陸ってのは、確か『魔大陸』とも呼ばれている魔族が支配している場所だよな?


「でしょうな。そして彼の大陸で魔物共を従えているのは、『獣の王』ザガン」

「魔大陸を統べる『三魔王』の一人……魔王ザガンか」

「北の大陸の魔物は、『獣の王』の命令無く大陸外に出ることは無い……」

「それは、『蛇の教団』と『獣の王』が組んだと?」

「少なくとも何かしらの取引があった可能性が高い」

「……やっかいだな」

「ああ、北征計画に支障が出るかもしれん」

 何か軍人さんの難しい話になってきた。

 俺は騎士団の皆さんのところを離れ、何か食べようと料理のあるテーブルへ向かった。

 相変わらずハイランドの料理は、豪勢だ。



「あ、あ、あのっ! 先ほどはありがとうございました!」

 金髪の女騎士が、ぷいっと顔をそむけながら話しかけてきた。

 えっと、この人はジェラルドの妹さんのジャネット・バランタインさんだっけ?

 先ほどって、何かしたっけ?

 話しかけようとする前に、つかつかとどこかに行ってしまった。

 何だったんだ……?

 

 それから――

「ごきげんよう、ローゼスの勇者様。わたしくローランド家のサンドラと申します」

「はじめまして、勇者様。あちらでお話しませんか?」

「勇者様? 武勇伝をお聞かせ願えませんか? パーティーの後、わたくしのお部屋でゆっくりと……」

 貴族女性のみなさまに、いっぱい話しかけられた。

 ……人見知りなんで、次々知らない人に話しかけられるのは苦手なんですが……


(……なに、あれ?)

(高月くんが、デレデレしてるー)

(イライラしますね……)


 何か知ってる声が、かすかに聞こえてきた。

 ルーシー、さーさん、ソフィア王女だろうか?

 ちなみに、フリアエさんは欠席。

「ハイランド城一緒に行く?」と聞いたら「絶対、嫌。でもりょうすけにはよろしく言っておいて」と言われた。


 というわけで、麗しき貴族女性のアプローチにおろおろしていると、

「勇者まこと様。今回の戦いの勝利への貢献、大儀でした」

 ざっと、人垣が割れた。

 豪奢なドレスに身を包んだノエル王女が登場した。

 隣には、桜井くんが居る。


「高月くん、千年前の魔物5千匹をまとめて倒したんだって?」

「そっちは、忌まわしき魔物が100匹以上だろ? 桜井くんのほうが大変だったろ」

 あとから聞いた話。

 海側からは、大量の忌まわしき魔物が襲ってきたらしい。

 ……蛇の教団、本気出してるなぁ。

 結局は、『光の勇者』桜井くんによって屠られちゃったらしいけど。


「ところで、フリアエは……?」

「欠席。桜井くんによろしくって言ってたよ」

「そうか……彼女は、今どこに?」

「ふじやんたちと一緒に宿屋にいると思うよ」

「そうか……あとで、行ってみ」

 桜井くんとそんな会話をしていると、ノエル王女が割り込んできた。


「りょうすけ様? いけませんよ? このあとも予定があるじゃないですか。お忘れですか?」

「の、ノエル? でも……」

「いけませんよ?」

 ノエル王女はニコニコした顔、穏やかな声なのに。

 その声に有無を言わせぬ迫力がある。

 ちょっと、ゾクゾクしますね。

 桜井くん、尻に敷かれそう。


 その時、

「やあ、楽しんでいるかローゼスの勇者よ。この度の働き大儀であった」

 急に、偉そうな態度で話しかけてきたのは、大柄の男がやってきた。

 ガイウス・ハイランド第一王子。

 ずかずかと会話に入り、俺の肩に手を置きニヤリとした。


「どうだ? そなたが望むものをなんでも与えよう。太陽の国に来て、我に仕えないか?」

「……え?」

 なに言ってんだ、このおっさん(王子)。


「お、お待ちください! ガイウス様。彼はローゼスの勇者です!」

 ソフィア王女が割り込んできた。

「ソフィア王女よ。彼の才能は大国で、存分に発揮するべきだと思うのだ。どうだ、勇者まこと。地位でも財でも女でも好きなだけ与えよう。水の国とは比較にならんぞ。悪い話ではないだろう」

「勇者まこと……」

「……えーと」

 めんどくさい。

 断りたいんだけど、大迷宮での前科がある。

 こういう場合の角が立たない、断り方ってどうやるんだろうか?


「いけませんよ、ガイウス兄様。まこと様はソフィア王女の婚約者になるかもしれないお人ですよ」

「「えっ?」」

 俺とソフィア王女が同時に、驚きの声を上げた。

「二人とも初耳のようだが……」

 ガイウス第一王子が呆れたように言った。


「女神の巫女と異世界から来た勇者が結ばれ世界を救う。女神様の神託をご存知でしょう?」

 ノエル王女は穏やかな表情で語る。

 なにそれ?

 初耳なんですが。


「ふん、それはお前と光の勇者のことだろう。まあ、いい。ローゼスの勇者殿。また、追って正式な使いを出そう」

 最後は不機嫌そうに、ガイウス第一王子は去っていった。

 

「ノエル王女、ソフィア王女。ところでそちらの勇者まこと様は、月の巫女の守護騎士だとか。もし月の巫女が謀反を起した時に、水の国の武力では不安がございます」

 次に現われたのは、宰相様。

「どうでしょう? ローゼスの勇者殿には、ハイランド城に住居を構えていただくというのは?」

「そ、それは……」

 ソフィア王女が、おろおろと反論している。


 何となく読めてきた。

 要するに、なんとか理由をつけて太陽の国に引き止めておこうって話か。

 太陽の国ハイランドは、使えそうな人間はとにかくかき集めているという話だけど、本当なんだなぁ。

 ソフィア王女をサポートしたいけど、国同士の交渉事のルールなんて全くわからないからなぁ……。

 しばらくは、お偉ら方の会話をぼぉーっと聞いていたのだが、

 


「おい、精霊使い。ハイランド城に来たなら我のところに寄らんか」



「大賢者様?」

 いきなり大賢者様が現われた!

 俺は大賢者様に肩を叩かれ、近くにいた人たちがざっと、後ろずさる。


(大賢者様が、このような人前に?)(人ごみがお嫌いなのに、珍しい)(これほどお近くで拝見したのは初めてだ)(何という迫力)

 どうも、こういう場に姿を現すのは珍しいらしい。


「ふむ、先の戦いの祝いか。あの程度の戦で大げさじゃな」

「大賢者先生……大勢の場にお顔を出されるのは珍しいですね」

 ノエル王女が緊張気味に話しかけている。


「精霊使いくんの気配がしたのでな」

「あとで寄ろうと思ってましたよ」

 大賢者様は不機嫌な顔のまま、腕組みをして周りを見渡した。 

 身体は宙に浮いている。


「ちょっと、活躍したくらいで調子にのりおって。おい、多分貴族の連中から誘惑があると思うが、おまえの貴重な童貞を捨て…」

「ちょっとぉ!」

 慌てて大賢者様の口を塞ぐ。

 この人、大勢の前で何言ってくれてるの!?

 

(おい、口を塞ぐな。喋れないだろうが)

(変なこと喋らないでくださいよ!)

(なんじゃ、童貞であることを誇ればよかろう)

(誇れるか! もう血をあげませんよ!)

(むっ……、それは困る)


 わかってくれた?

 あぶねぇ。

 この人、普段はほとんど人前に出てこないみたいだし、常識が失われてるのでは……。


「では、待っているからな」

「はいはい、あとで行きますから」

「絶対だぞ!」

 と言いながら、大賢者様は空間転移テレポートで消えていった。

 人騒がせな。


「「「「「「……」」」」」」

 ふと気がつくと、会場中の人たちがこちらを見ていた。

 ノエル王女、宰相様、貴族の人々、聖職者、騎士団、パーティー会場の雑用の人たち。

 上座にいた国王陛下ですら、ぽかんとした顔をしている。

 ……なんで?


「高月くん……。大賢者様と親しいんだね」

 桜井くんがおずおずと、話しかけてきた。

「いや、親しいってほどじゃ」

 時々、血を献上しているだけです。


 その後、パーティー会場で俺に話しかけてくる人が一気に減った。

 本当に、なんでだろう?

 知らない人から話しかけられなくなって、気が楽になったから良いんだけど。



 ◇



「こんにちわー」

 話しかけてくる人が減って暇になったので、大賢者様のところに向かった。

 ルーシーやさーさんは、一緒に魔物と戦った太陽の騎士団、第三、第四師団の人たちや、南天騎士団の人たちを話をしているので、一人で出てきた。


「遅いぞ!」

 屋敷に行くと、巨大なソファーに大賢者様が寝転がっていた。

 引き続き、不機嫌そうだ。


「ここに座れ」

「はぁ」

 大賢者様の隣に腰掛ける。


「よし」

「え! ちょっと、大賢者様?」

 大賢者様が、俺の膝の上にまたがってきた。

 当然、至近距離で向き合うことになるわけで。

 大賢者様の紅い目、白い肌、幼い顔が間近に迫る。

 吐息が、顔にかかった。


「おい、背中を支えんか。気が利かないの」

「はーい」

(わがまま賢者様め……)

 俺は心の中でぶつくさ言いつつ、大賢者様の背中に手を回す。

 体重は軽い。


「ふふっ、ではいただこう」

 カプリと、首元に噛み付かれた。

 この痛みにもそろそろ慣れたなぁ。

 耳元で、こくこくと大賢者様の喉が鳴る音が聞こえる。

 飲み終わるまで、暇なので大賢者様の背中をさすっていた。


(小さな身体だな……)


 しかし、伝わってくる魔力マナは、凄まじい。

 見た目は、ほんの10歳程度の姿だけど。

 千年前から存在する、伝説の魔法使いか。


(見えないなぁ……)


 なんとなく、俺は大賢者様の頭に手を載せて軽く撫でた。

「っ!」

 大賢者様が驚いた表情を見せながら顔を上げた。

 大きな紅い目が見開き、こちらを見つめてくる。

 やべっ、失礼だったか?

 この人、太陽の国ハイランドの偉い人だよな?

 怒らせた?

 が、表情を見るに怒っているわけではなさそうだった。


「……続けろ」

 小さな声で、最初聞き取れなかった。

「何をですか?」

「……頭を撫でるのを、続けろ」

「は、はい」

 しばらく、大賢者様を膝に乗せて頭を撫で続けた。

 お気に召したらしい。

 俺は引き続き、血を吸われる。

 これって、オプション料金では?



 ――この日は、いつもより少し多めに血を吸われて。

 俺はちょっとだけ貧血気味だった。

 その上、ここは大賢者様のお屋敷。

『敵』が来るはずないと、気が緩んでいた。


 だからだろう。 

 この部屋に入ってくる人たちが、近づくまで気付かなかったのは。


「た、高月くんと大賢者様!? 何をしているのですか!」

 驚きの声をあげる桜井くんと。


「ええぇぇっ! いけません、ソフィアさん! 見ては駄目です!」

「えっ、えっ? ノエル様、何かあったのですか?」

 ソフィア王女の両目を手で塞ぐノエル王女がそこにいた。


(……あれ?)

 何か、盛大な誤解を招いているような……。

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