106話 高月まことは、自分の能力を知る

「ノア様?」


 魔物との戦いのあと、俺は宿屋で倒れるように眠りについた。

 そして、気がつくと夢の中で女神様の空間に呼ばれたわけだが……。

 

 いつも笑っていたり、悪巧みしてるような表情豊かなノア様がなんとも言えない神妙な表情をしている。

 頬杖をついて、こちらをじっと見つめていた。

 なんだろう、機嫌が悪い?


「……ねぇ、まこと」

「なんでしょう?」

 何かノア様を怒らせるようなことしたっけ?


「私の過去の使徒ってさ、物凄く強い剣士とか天才的な魔法使いとか、色々いたんだけど」

「ノア様の昔の男ですか」

 気になるような、聞きたくないような。


「使徒は男とは限らないから、女の子もいたし。でね、色んな人がいたんだけど、やっぱりあなたって一番変わってるわね」

「何がです?」

「精霊と同調って、絶対に無理なのよ。特に人族は」

「でも、できましたよ?」 

 突然、水の大精霊『ウンディーネ』が現われたのは驚いたけど。

 結局あれは、なんでだったんだろう?

 あの時の大精霊の姿って


「そういえば、水の大精霊ってノア様に少し似てました、何か関係あるんですか?」

「ああ、それはね。精霊って決まった姿を持ってないんだけど、精霊がティターン神族を慕っているから、私の姿を真似ただけだと思うわよ」

「へぇー」

 だから、似てたのか。

 ノア様可愛いからね、仕方ないね。


「話が脱線したわ。まこと」

「はい、なんでしょう」

 きりっとした顔でノア様が見つめてくる。


「精霊と同調するための条件。必要な魔法熟練度は1000よ」

「え?」

 せ、千? 俺の今の熟練度は、……確か200くらいのはず。

 正直、最近は普通に魔法の修行をしても、ちっとも上がらなくなった。

 ジェラルドさんと戦った暴走の時は、上がったけど。

 1000って、現実として可能なのか?


「魔法熟練度が1000なんてのは、一つの魔法属性を生涯かけて極めようとする変人の、特に長寿のエルフ族がなんとかギリギリ到達できない場所……なんだけどね」

 到達できないんかい!

 ふっ、と笑いながらノア様が見慣れた紙切れをひらひらと振って見せた。


「また、俺の魂書を勝手に……。じゃあ、俺が精霊と同調できたのはなぜです?」

 ノア様は、静かに魂書を指差した。

 そこには、



 ――『月魔法:魅了』スキル



「これって……?」

「月の守護騎士になったことで得たギフトスキルみたいね」

 あー、なるほど。

 フリアエさんの守護騎士になったご褒美か。ただ、

「……魅了スキルかぁ」

 あーあ、闇魔法は外れちゃったかぁ……残念。


「あなた、まだ理解してないのね。この魅了魔法のおかげで水の大精霊ウンディーネちゃんに助けてもらえたのよ?」

「!?」

 えっと、どういうことだ。

 精霊を魅了したから、同調できた?

 ノア様は、呆れたような顔で微笑んでいる。


「私もわ。水魔法の熟練度200で魅了魔法を使うと、水の大精霊ウンディーネと同調できる……。そんな裏技があるなんて」

「……」

 裏技?


「多分、条件はこうよ。一つ、特定の属性の魔法熟練度が200以上」

 ノア様は、指を一本立てた。

「二つ、精霊に慕われているティターン神族の信者であること」

 二本目の、指が立てられた。

「三つ、魅了魔法が使えること」

 そして、三本目の指を立て、俺の目の前に突き出した。


 こうして、言われてみると、

「少し変なことしてますかね、俺って」

「女神教会が定める魂書の上限値を超えて熟練度を鍛えて、聖神族と敵対する邪神の信者になり、この大陸で忌み嫌われている月魔法を覚える。どう思う?」

 あー、言われてみると。

 なんで、こんな逆張りみたいなことやってるんだろう?


「正直、月の巫女の守護騎士になった時は、マジ? って思ったけど。まことはこれを狙ってたわけじゃないんでしょ?」

「別に狙ってはいませんよ……あー、でも」

「でも?」

「選択肢は、きついほうを選んだほうがリターンが大きいじゃないですか?」

 俺は真面目に応えたのだが、ノア様は眉をひそめた。


「それが、まことの基本スタンスなわけね……視てるほうとしては、心配よ?」

 美しい銀髪をいじりながら、ノア様は苦笑する。

 信者が、女神様に心配かけちゃ駄目か。

 

「結果的には、強くなったのだから私としても喜ばしいんだけどね」

 はぁー、とため息をつき、ふふっと笑った。

 

「喜びなさい、まこと。水の大精霊ウンディーネちゃんとの同調した時。その瞬間のみ、あなたはよ」

「は……?」

 ノア様、今何て言いました?


「無限の魔力マナを持つ精霊。その魔力マナを扱える魔法使い。んなもん、聖級クラスに決まってるでしょ」

「えっと、……いや、でも」

 本当に?

 ノア様が、適当言ってるんじゃなく?


「あなた、本当に女神を疑うわねー」

 ぺしっと、額を軽く叩かれた。

「言っておくけど、今回の精霊魔法は全然制御できてなかったからね? わかってる?」

「たしか、暴走してたんですよね? 一応、記憶はありますけど……」

 魔力酔いでふらふらはしていた思い出が。


「危なかったわ。下手したらハイランドの王都が沈むところだった」

「いやいやいや」

 まさか、そんな大げさな。


「余裕でできちゃうのよ。精霊魔法ってそういう魔法なんだから」

「……」

「細かいコントロールは効かないけど、まとめて全てを吹き飛ばす。一人倒す魔法じゃなくて、千人殺す魔法。戦闘用じゃなくて、なの。だから、聖神族が精霊魔法を制限してるの」

「戦争用……」

 そ、そうだったのか。


「しかし、水の女神エイルのやつ、もしかしてこの未来を知ってたのかしら? 水魔法・聖級スキルをギフトに贈るなんて、随分気前がいいと思ったのよね」

 ひひひ、と悪そうに笑うノア様。

 あ、普段のノア様に戻ったな。


「じゃあ、結果的にはよかったわけですね?」

「まことは強くなったわ。でも、気をつけなさい、派手にやりすぎると聖神族に目をつけられるから。それに、精霊魔法の制御に失敗すると街一個なんて、簡単に壊せるからね」

「……気をつけます」

 王都シンフォニアで、2回暴走させたんだよな……。

 3度目は、駄目だ。

 マッカレンで、暴走しちゃったら……。


「それから、もう一つ」

 ノア様が、頬に手をあててくる。

「大事なことを話すわ」

「まだ、何か……?」

 

「すっごい大事なことよ。まことに月の巫女の魅了魔法が全く効かなかったのって、何でだと思う?」

「え? うーん、それは……」

 そういえばレオナード王子が驚いてたっけ?

 どうも、俺は状態異常耐性が異様に高い気がする。


「俺が『魅了』や『恐怖』の状態異常魔法が効かないのは、『明鏡止水』スキルのおかげ……ですよね?」

 忌まわしき魔物やハーピー女王、月の巫女さんの魔法に対応ができた。

 ノア様は首を横に振った。


「違うわ。『明鏡止水』や『冷静』みたいな精神安定スキルは、『耐える』ことはできても『無効化』は、できないの。そもそも、月の巫女の『魅了』は、王級レベルよ。耐えられるやつなんていないわ」

「……いや、でも俺は大丈夫だったんですが」

 ここで、ノア様がずいっと寄ってきた。


「ちなみに私の魅了は神級だからね。さらに神々の中でもトップなの! 万物を魅了するって言われてるのよ! 一目見たら正気じゃいられないはずなんだから!」

「は、はあ……」

 そう言われましても。

 テンションが上がったのか、ノア様がばたばたと手を動かして訴えてくる。

 確かに可愛い女神様なんだけど、神様の中でトップってのはちょっと盛ってるんじゃ……


「なのに私の唯一の信者はそんな冷静だし! しかも若干『話盛ってない?』とか内心思ってるし!」

 やべ、心読まれた。


「はぁ……はぁ……、まあいいわ。教えてあげる。まことがどうして私や月の巫女の『魅了』や忌まわしき魔物の状態異常攻撃が効かないか」

 ノア様の目が鋭い。


「RPGプレイヤースキルのせいよ」

 ……え?

「状態異常の無効化なんて効果はありませんよ?」

「そうね。でも、RPGプレイヤースキルに『視点切替』があるわよね?」

「はい、ありますね」

 自分の視点を、後ろから眺めた視点。

 要するに、PRGゲームをやっている時の視点だ。

 後ろを振り向かなくてもいい、くらいの少しだけ便利なスキル。

 戦闘能力は、皆無なスキル。


 状態異常には、関係ないだろ?

 ノア様は若干溜めてから次の言葉を発した。 


「……RPGプレイヤースキルの『視点切替』。これは視点が『世界の外』からになるの」

「どういう意味です?」

 世界の外?

「うーん、何て言えばいいのかしら……」

 前髪を触りながら、言葉を捜すノア様。


「まことが、前の世界でRPGゲームをしている時、画面の中のキャラクターが混乱してても、コントローラ持ってるまことは、別に混乱したりしないでしょ?」

「……そりゃあ、当たり前ですけど。……そういうことなんですか?」

「そ。『プレイヤー視点』って、この世界を俯瞰ふかんして見下ろしてるのよ」

 それって、凄いのだろうか?


「レアではあるわよ。なんせ、神級の魅了魔法すら防ぐんだから」

「でも、戦闘能力的な意味では……」

「まあ、無いわねー」

 ですよねー。

 知ってた。


 同じ非戦闘系でもふじやんの『読心』のほうが強そうだし。

 さーさんの『残機』なんて、反則レベルなのになぁ。

 何か俺も、強いスキル目覚めないかねぇ。

 まあ、精霊魔法が順調に強化されてるから、そっち方面を極めますか。


「まこと、ここからが大事よ。『視点切替』の欠点ってわかる?」

「欠点?」

 単に精神異常系の魔法が効きづらいだけなら、欠点なんてあるのか?


「あるのよ。『世界の外』からの視点……そのせいで、恐怖心が薄れちゃうのよ。あなたどんな危険な場面でも、わりと冷静に対処しちゃうでしょ。それだけならいいのだけど、自分から危険に突っ込んで行ったり、わざと危険な選択肢を選んだりしてるわよね?」

「……」

 さっきの話を思い出してしまう。

 精霊と同調するための条件。

 普通は、まず選ばないような道。

 もしかして、スキルの影響を受けてた?


「困った欠点ですね」

「ま、おかげでまことが邪神扱いされてる私の信者を継続してくれてるから、感謝するところもあるんだけどね」

 ふっと、笑ってノア様に髪をくしゃくしゃされた。

 

「今日はね、その注意をしておきたかったの。まことは私のお願いを守って、順調に強くなってる。スキルのおかげで、冷静に大胆に行動できている。ただ、あんまり無茶し過ぎるといつか『失敗』するわよ」

「……はい。わかりました」

「じゃあ、そろそろ戻りなさい。まことに、お客さんが来てるみたいだし」

「お客さん?」

 女神様がニヤリと笑う。


「モテてるわねー、まこと」

「……?」

「頑張ってー」

 ひらひらと手を振られ、俺は光に包まれた。 



 ◇



「高月くんー、起きてー」

「まこと、寝すぎよ」

 目を開くと、真っ赤な髪と二つくくりの茶髪の女の子の顔があった。

 ルーシーの長い髪が顔にかかってくすぐったい。

 さーさん、ベッドに乗っかってくる猫じゃないんだから。


「おはよう、ルーシー、さーさん」

 伸びをしながら返事をする。

「もう夜だけどねー」

「ハイランド城に呼ばれてるよ、行こうー」

「えー」

 凄い身体が重いんですけど。

 水の大精霊ウンディーネと同調したからかなぁ。

 ノア様の話のせいで、気分も重いし。

 ベッドから動きたくない。


「俺は寝る」

 布団にもぐりこんだ。

 はー、落ち着く。

 今回、頑張ったし。

 ゆっくり休んでもいいよね?


「ソフィア王女ー、どうしましょうか?」

「高月くんが、起きませんー」

「はぁ、困りましたね。我が国の勇者は」

 んん?

 今、ソフィア王女の声が聞こえたような。


「ひえっ!」

 凄い冷たい手で、首の後ろを触られた!

「あなたは、いつも無断で同調してきますからね。仕返しです」

 悪戯っ子のような表情のソフィア王女がいた。

 あ、あの……。

 ここ、俺用の宿の個室のはずなんですけど。

 なんでみなさん、勝手に入ってるんですか?


「まこと! これからお城で戦勝パーティーがあるんですって」

「食べ物いっぱいだってー」

 両側から、ルーシーとさーさんに引っ張られベッドから連れ出される。


「俺はいいから二人で行ってきなよ」

 一応の抵抗をしてみるが、

「ノエル様からローゼスの勇者を必ず連れてくるように言われているのですよ、勇者まこと」

 ソフィア王女が、俺の寝癖を直しながら微笑まれた。

「私は、本当はあなたにゆっくり休んでいて欲しいのですけど」

「……行きます。準備しますね」

 そんな顔されたら、わがまま言えないじゃないですか。

 ルーシーとさーさんが顔を見合わせている。


「なんでソフィア王女の言う事なら素直に聞くのかしら」

「ずるいよねー」

 何だよ、ずるいって。

 一応、国家認定勇者おれの上司ですからね? ソフィア王女は。


「はーい、じゃあ。私が上脱がすねー」

「じゃあ、私ズボン脱がしますー」

 ルーシーとさーさんが、俺の服を脱がそうとしてきた!?

「自分で着替えるから!」

 ソフィア王女の前で、裸にされそうになり慌てて3人を部屋の外に出てもらった。


 というかソフィア王女とルーシーとさーさんが、一緒に居たの?

 三人で何を話していたんだ……?

 気になるような、聞くのが怖いような……。


 着替え終わった俺は、重い身体を引きずってハイランド城へ向かった。

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