105話 王都シンフォニアの騒乱 その5

「なんだよ、こいつら! 結構、強ぇじゃねーか!」

 そう言いながら、次々に千年前の魔物を切り裂いていくジェラルドさんがいた。

 おお! 無事だ、よかった。

 バチバチと音を立てている魔法剣(だろうか?)が振るわれるたびに魔物が切られ、黒焦げになる。

 稲妻の勇者にとっては、千年前の魔物でもたいして関係なさそうだ。


「大丈夫そうですね」

「うむ! 流石は、稲妻の勇者殿だ!」

 太陽の騎士団長さんも安心したみたいだ。

 しかし、まだ全てが解決したわけじゃない。


「ジェラルド様の助太刀をしろ!」

「兄さま!」

 北天騎士団の副団長と、妹さんの部隊が稲妻の勇者を助けに向かった。

 確かにジェラルドさん一人に負担を強い過ぎている。


「魔法使い部隊! 援護を続けろ」

 第二師団の騎士団長は、号令をかけ続けている。

「しかし! 魔力が切れた魔法使いが出始めています……」

「まずいな。騎士隊や僧侶隊も何とか踏みとどまっているが……」

 激しい近接戦闘をしている騎士隊。

 それと後衛としてサポートしている僧侶たちもバテた顔をしている。

 全体的に、疲弊の色が目立つ。

 比較すると魔物たちは、捨て身で襲ってくる。

 これが、操られている魔物の攻撃か。

 嫌らしい攻撃だな、蛇の教団!


(……どうする?)


 チラッと見ると、不安げに見つめてくるレオナード王子と目があった。

「ま、まことさん……このままでは」

 増援が到着する前に、押し込まれる。

 門が破られると、民間人が何百人と犠牲になるだろう。

 視線を感じる。

 太陽の騎士団、水の国の兵士たちがこちらを見ている。


(勇者様なら、なんとかしてくれるかも……ってか。桜井くん、いつもこんな感じなのか?)

 こういう注目されるのは、苦手だ。

 よく救世主の生まれ代わり役なんてやってるな。

 今度飲みに行こうか、桜井くん。

 その前に、目の前の問題を片付けないと。


 ――俺が今できる事は?

 

『明鏡止水』スキルを99%にして、自問する。


 自身の魔力は無い。

 精霊魔法をもう一度使うには、しばらく時間がかかる。

 レオナード王子の魔力も残り少ない。

 これ以上は借りられない。

 ソフィア王女がいれば……いや王女は、こんな戦闘の場には来ない。

 ないものは、頼るな。


 何か……

 何か……手持ちのカードは。

 


「××××××××××(精霊さん、力を貸してくれ……)」


 俺は無意識で、精霊語で話しかけ、手を伸ばしていた。

 目の前を、ふわふわと漂う小さな青い精霊。

 その手は、空を切る。

 精霊には、触れない。

 精霊と、同調シンクロできないかと思ったんだが……。

 触れないなら、無理か……

 

「ま、まことさん?」

 戸惑ったようなレオナード王子の言葉が、耳に届くが俺は続ける。


「××××××××××(何か……、俺にできる事ならなんでもするから……)」


 手を伸ばし話しかけ続ける……

 応えはない。


(駄目だよな……)


 ――ふふっ


 耳元で、笑い声が聞こえた。

 いつも聞こえる子供のような精霊の声……じゃない?

 


 振り向くと、全身が青い美しい少女が立っていた。

 一目見て、人間ではないとわかった。


「……精霊?」

 こんな人間みたいな精霊がいるのか……?

 その姿は、どことなくノア様に似てるような。


「××××××××××(手伝えばよいの?)」

「え?」

 その少女の姿をした精霊は、俺の手に彼女の手を重ねてきた。

 ひんやりとした感触が、手を包む。

 さ、触れた?

 これなら。



 ――同調シンクロできる?



 ◇稲妻の勇者:ジェラルドの視点◇



 魔物を叩き斬ったのは、何体目だったか。

 10を超えたあたりで、数えるのを止め俺はひたすら魔物を倒すことのみに集中した。


「ジェラルド様!」

「兄様!」

 北天騎士団の連中が、加勢に来るのが見える。

「お前らは、深入りするな! 援護だけにしろ!」

 戦っている俺にはよくわかる。

 こいつらは普通の魔物じゃない。

 並みの上級騎士だと、太刀打ちできない。


 戦いつつ状況を確認すると、中央を北天騎士団、両端で太陽の騎士団が戦っている。

 飛行系の魔物を、ペガサス騎士団と魔法使い部隊が攻撃しているが。

(……危ういな)

 こちらが、じりじり押されている。

(何やってんだ! あの野郎は!)

 横目に、水の国ローゼスの勇者の姿が見えた。

 てめぇ、俺を倒したあの魔法をとっとと使えよ!

 しかし、一向に魔法を使う様子が無い。


「くそっ、腰抜けが」

 魔物の群れにびびってんのか!

 俺は、目の前の魔物共に集中した。

 それから、しばらくして、


 ――背中を凍りつくような、絶望的な威圧感に襲われた。 


 幼いとき初めてドラゴンと戦った時。

 大賢者のババアに挑んで、コテンパンにされた時。

 突然、異世界から現われた光の勇者が、幼馴染みの婚約者を奪っていった時。

 それに匹敵するような、何かを感じて俺は振り向いた。


「な、なんだあれは?」「魔法……?」「見たことがない……」「に、逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

 騎士団たちが、ざわついている。 


 ――天を突くような巨大な水の巨人がいた。


「なんだ……?」

 突如として現われたその巨大な異物に、太陽の国の兵士が、魔物までもが怯えている。

 その巨人は俺たちを見下ろすと、ゆっくりと長い腕で地上をなぎ払っていった。


「うわぁぁ!」「た、助けてー」「し、死ぬー!……ってあれ?」「なんだ?」「何ともないぞ?」

 無差別に攻撃しているようで、魔物だけを器用に巻き込んでいる。

 地上にいる魔物、空を飛んでいる魔物、全て巨人の体が飲み込んでしまった。

 水の巨人の体内に取り込まれた、魔物たちは外にでようともがいているが、出られないようだ。


(もしかして水魔法:大水牢のアレンジか?)

 もはや原型を留めていないが。


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 全員がぽかんとそれを見ている。

 全ての魔物を水でできたその体の中に入れてしまった巨人は、ゆっくりと海のほうへ去っていった。

 俺は呆けている連中を見渡し、その中に見覚えのあるガキを見つけた。

 そいつのところに、駆け寄る。


「おい! あの魔法は、ローゼスの勇者の仕業か!」

「はい! そうです! まことさんの魔法です!」

 キラキラとした目で話すクソガキ。

 なに嬉しそうに言ってやがる。

「おまえは、それでいいのか? 水の国の代表勇者が、あいつになっちまうぞ」

 俺は言ってやったが、

「まことさんは、やっぱり凄い!」

 頬を染めて、乙女のような顔をしている氷雪の勇者を見て、それ以上言う気が失せてしまった。

 

「ちっ、あんな魔法があるなら、最初から使えよ……」

 急いで駆けつけた俺が、バカみてぇじゃねーか。

「なんじゃ、折角援軍に来たのにもう終わっておるな」

「うぉ!」

「大賢者様!」

 びびった。


「いきなり現われるんじゃねぇよ、ババア」

「あ?」

 ぶん殴られた。

 痛てーな、くそが。

「口の悪い生徒め。しかし、変わった魔法だな」

 大賢者のババアが感心したように、去っていく水の巨人を見ている。


「なあ、あの魔法は何だ? ローゼスの勇者は、相変わらずカスみたいな魔力しか感じないのに、なんであんなイカれた魔法が使える」

 あ?

 うそつくなよ。

 大賢者は、全てを知ってるんだろ。


「ジョニィの使っていた、精霊魔法に似てるが……我は精霊魔法が使えないからなー」

「比較対象が伝説の魔法使いジョニィ・ウォーカーかよ……」

 大賢者のババアの千年前の仲間。

 伝説の四人パーティーのうちの一人。

 それと似てるって言われてもな……。

 異世界人の勇者はどいつもこいつも。


「おい、ジェラルド。たぶん、精霊使いくんは暴走してるから、助けて行ってこい」

「あん?」

 何言ってんだ。

 さっき、魔物だけをさらっていったんだぞ。

 暴走なんてしてないだろ。


「水の巨人がふらふらしておる。無意識で魔法を使っているかもしれん。このままだと精霊使いくんが危ない。あいつは、あやつはお前たち太陽の国の人間を助けるために無茶をしたのだぞ」

「……」

 わかってるよ。

 あのままじゃ、やばかった。

 俺一人では、全ての魔物を倒すことはできなかった。


「ほれ、とっとと行ってこい」

 大賢者のババアに、背中を蹴られた。

「いてーな、クソババア!」

 俺は、飛行魔法で水の巨人を追った。

 くそっ! 

 面倒な!



 ◇高月まことの視点に戻る◇



(……うーん)


 水の巨人の魔法。

 水の中には、たくさんの魔物が閉じ込められている。

 このあと、どうすればいいのかよくわからなかったので、とりあえず海のほうに向かった。


(ああ~気持ち悪い)


 酒を飲みすぎたあとのような、変な感覚。

 俺は初めてだけど、原因は知ってる。

 ルーシーがよくなってる『魔力酔い』だ。

 そして、隣を見ると


 ――××××××××××(ふふふっ、楽しいね?)


 美しい精霊の少女がいる。

 いや、さっき名前を聞いた。

 彼女の名前は、水の大精霊『ウンディーネ』。

 どういうわけか、俺は気に入られてしまい、力を貸してくれた。


 現在、俺は水の大精霊ウンディーネと同調シンクロ中。

 魔力が湯水のように溢れてくる。

 精霊は無限の魔力……だっけ?

 なんだろう……。

 ソフィア王女やレオナード王子と違って、同調シンクロの止め時がわからない 

 うーむ、なんかこのまま海に向かってそのあとどうすれば……。


――××××××××××(ねぇねぇ、私とずっと遊びましょう?)

 ノア様に似た美少女が、ニコニコと誘ってくる。

 その提案は魅力的なんだけど……。

 

 ん? 何かが突っ込んでくる?

 誰だっけ? あの金髪の目つきの悪いやつ。

 あ、水の巨人に飛び込んできた。


「おい! てめぇ、正気に戻れ!」

 いきなりぶん殴られた。

「え?」

 その後、胸倉を掴まれ揺さぶられて、

 

 その瞬間、水の巨人の形が崩れ魔物たちが海に放り出された。

 魔物の中には、そのまま沈んでいくもの、海の沖へ逃げていくもの様々だ。

 ただ、太陽の国へ再度戻るものはいない。

 気がつくと、水の大精霊ウンディーネは消えていた。


(魔物、放っておいていいのかな……?)

 でも、みんな海の沖へ逃げていくし。

 わざわざ追って、とどめをさすのもなぁ。

 ぼーっとした頭で、そんなことを考えていると、ふと気付いた。


(ん? てか、俺は今空中に浮いてる?)


「おい」

 上からイラついたような声が聞こえる。

 見上げると俺を空中で持ち上げているジェラルドさんが目の前にいた。

「起きたか?」

「は、はい」

 おっと、どうやら稲妻の勇者様に助けられたらしい。 


「大賢者のババアの命令でここに来た。お前の魔法が暴走してたってな」

「げ」

 2回目か。

 これはいかん。

 また血を献上かなぁ。


「おい、戻るぞ。飛行魔法は使えるよな?」

「使えないけど」

「何でだよ!」

 飛行魔法が中級魔法だからです。

 見習いには、使えません。


「くそ、掴まれ」

 ジェラルドさんに運ばれることになった。

「えっと、ありがとうございます。ジェラルド様」

 大国の大侯爵の息子さんだ。

 言葉には気をつけよう。

 今さらだけど。


「様は要らん」

「えーと、ジェラルドさん」

「さんも、要らん。呼び捨てにしろ」

 えー、苦手なんですけど。

「ジェラやん」

「殺すぞ」

 ひえっ。


「ありがとう、ジェラルド」

「……」

 無言ですか!

 結局その後の会話は無く、レオナード王子たちが待ってる北門まで送ってもらった。



「まことさん!」

 レオナード王子に抱きつかれる。

「勇者殿! 凄まじい魔法ですな」

 守護騎士のおっさんも無事みたいだ。


「勇者まこと様、お見事でした」

「我々のほうが助けられてしまいましたな……」

 苦笑する太陽の騎士団長さんたち。

「ほかの人たちは、無事ですか?」

「ええ、おかげさまで。重傷者は病院へ運び治療中です」

 よかった、どこまで被害を減らせたかわからないけど。


「ご報告! 王都シンフォニアの4つの門全てで、魔物の討伐及び撃退に成功したようです!」

「聞いたか! この戦いは我々の勝利だ!」

「「「「「おおおー!」」」」」

 騎士団長さんの声に、兵士達が勝利の喝采をあげる。

 そっか、勝ったのか。

 よかった。

 

 しばらくは、わいわいと雑談していたが。

 誰かが近づいてきた。

 黄金の鎧に、金髪の鋭い目の男。

 そいつは、俺を――周りにいた水の国の兵士を見渡し、何も言わず後ろを向いた。

 え? 何か用があったのでは?


「ローゼスの勇者。北天騎士団の連中がお前の魔法に助けられた」

 ジェラルドは、振り返らずに話しかけてきた。

「勘違いするなよ! 現時点ではお前のほうが強い! しかしいずれお前とは再戦して、次は俺が勝つ!」

「は、はぁ……」

 俺は再戦したくないんですけど……。

「助かった、感謝する」

 そう言って去っていった。

 ○ジータかな?


「まことさん、姉さまのところへ戻りましょう。きっと心配しています」

「そうしましょう、レオナード王子」

 ルーシーや、さーさんにも会いたい。

 無事だよね?


「ようやく終わりましたな」

 守護騎士のおっさんの言葉に、俺はうなずいた。

「よし、戻ろう」

 あー、しんどかった。


 ――王都シンフォニアの騒乱は、終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る