103話 王都シンフォニアの騒乱 その3

『月の巫女の守護騎士になりますか?』



 はい ←

 いいえ



「よろしく、フリアエさん」

 俺は右手を差し出した。

 月の巫女さんは、一瞬きょとんとした顔をして、おずおずと片手を差し出してきた。

 未来見えるのに、驚いてるのか?


「よ、よろしく、私の騎士。あと……一応、私を姫と呼んで。立場は明確にしておきたいから……いい?」

「フリアエ姫……って呼べば?」

「ええ、そうよ。……ありがとう」

 ふーん、何かこだわりがあるのだろうか?


(あーあ……あほ)「勇者まこと、あなたって人は……」「まこと、マジ?」「高月くんらしいよねー」

 ノア様、ソフィア王女、ルーシー、さーさんの呆れた声が聞こえてきた。

 すいませんねぇ、厄介な選択肢が好きで。

 いや、さーさんはわかってくれてるはず。


「で、守護騎士ってどうやってなれば?」

「私にひざまづいて、手の甲にキスをして」

「は、はぁ……」

 ちょっと、恥ずかしいけな。

 まあ、しゃーないかぁ。

 俺はひざまづき、フリアエさんの手を取り、彫刻のような白い手の甲に口を近づけ――


「ま、待ちなさい! 手を繋ぐだけで、守護騎士の契約はできます!」

 ソフィア王女からつっこみが入った。

「そうなの?」「そうなんですか? ソフィア王女」

 俺とフリアエさんが同時に振り向く。

「何で知らないんですか」ソフィア王女が頭をかかえている。

 

 フリアエさんが、コホンと咳をして、続けた。

「じゃあ、手を持っていて。……汝私の騎士として契りを結ぶ、汝の名は……あなた、名前は?」

 おい、名前くらい覚えてくれ。

 あんたの守護騎士だぞ。


「高月まこと」

「そうだったわ……汝の名は、高月まこと。月の巫女を守護する栄誉を与えます。私はあなたを信じます。私はあなたを祝福します。いついかなる時も、命ある限り私の盾になり、私の剣になりなさい」

 厳かに宣言をされた。

「……」

 へぇー、なんかカッコいいな。

「……ちょっと、誓いの返事は?」

 ああ、俺が返事するのか。

「前向きに、頑張ります」

「……変な返事ね」

 じとっとした目で、フリアエさんに睨まれた。 

 えー、どういうのが正解なの?


 俺の身体を、淡い白い光が包んだ。

 お、何だこれ!?

 すぐに光は収まった。


「これで私の守護騎士になったはずよ。魂書ソウルブックを見てみて」

「へぇー、どれ」

 魂書ソウルブックを見ると、確かに『月の巫女の守護騎士』の文字があった。

 スキルは、……まだ増えてないな。

 これからかな?


「じゃあ、約束は果たしたし、明日の呪い解除は任せるよ」

「ええ、私が蛇の教団どものショボイ呪いを解いてあげるわ」

 むん、と胸を張るフリアエさん。


「お待ちなさい、月の巫女。王都シンフォニアには、数万の獣人族がいます。どうやって全員の呪いを解くつもりですか?」

 確かに! それは気になります。

 ニナさんも、うんうんと頷いている。


「うーん、沢山の人々に呪い解除魔法広めるなら『声』かしら。王都中を回って、呪い解除の魔法の歌を聞かせればいいんじゃないかしら」

 頬に手をあて、小首をかしげるフリアエ姫。

 なるほど、声を聞かせればいいのか。


「でも、それでは全ての獣人族の呪いが解けるのに数時間はかかってしまいマス……」

「おそらく、数百人は命を落とす事に……」

 しょんぼりとするニナさんと、クリスさん。

 そっか、犠牲は避けられないか……いや、待てよ。


「なあ、フリアエさ……姫。『声』以外でも呪いを解く方法ってある?」

「声以外だと、『直接触れる』か『相手を見る』って方法だけど、『声』よりさらに時間がかかるわよ」

「勇者まこと、不特定多数に一斉に魔法をかけるには『声』を媒介にするのが一番効率的なのです」

 フリアエさんと、ソフィア王女につっこまれた。

 確かにそれは、神殿でも習った。

 でも――


「例えば、こんな方法はどうかな?」



 ◇



「ご、ご報告! 七区の獣人族の暴動が徐々に収まっています!」

「八区も同様です!」

 ハイランド兵から最新の状況が報告されてきた。


「なん……だと……?」

 大主教は、唖然としている。

「蛇の教団大主教イザク。獣人族の反乱は起きません。ですから、王都シンフォニアは落ちません」

 ノエル王女が、強い口調で言い切った。

 

「さすがノエル様だ」「しかし、一体どうやって?」「決まっている太陽の女神アルテナ様の奇跡だ」

「ふ、ふざけるな! 我々の10年越しの計画が、潰えるはずが無い!」

 感心したように話し出すハイランド兵や貴族の声を、大司教イザクの焦った声がさえぎる。


「答えろ、ノエル姫! 先ほどのハイランド兵の報告は偽りだろう! そうでなければ、つじつまが合わぬ。たとえ聖級の太陽魔法であっても数万の獣人族の呪いを一斉に解くなど不可能だ!」

 大きく手を広げ、何を訴えたいのか。


「あいつ、焦っているな」

 にやりと、意地の悪い笑みを浮かべる大賢者様。

「焦ってますねー」

 俺も同じような笑みを浮かべる。


「しかし、月の巫女と『同調』して呪い解除魔法を雨の水を媒介に広めさせるとは、考えたな」

「いい使い方でしょ? 大賢者様」

「普通はそんな使い方はしない」

 呆れたように笑われた。

 そして、大きく伸びをする大賢者様。


「天候を操るのは疲れるのだ。お前の頼みでも次はやらないからな」

「血を差し上げたじゃないですか」

「今回の仕事は二回分の労力だな。もう一回よこせ」

「はいはい、いいですよ」

 痛いけど、仕方ない。


「月の巫女か! 我ら以上の呪い魔法の使い手は、ヤツ以外に考えられぬ。あの売女ばいたが手を貸しているのか!」

「バカなことを言う。太陽の国が、呪いの巫女の力を借りるなど……」

「……」

 おお! イザクさん、当たりだ。

 大主教の言葉を否定したのは、女神教会の教皇様。

 ノエル王女は、無言だ。


「ご報告! 獣人族の暴動は、収束いたしました! 一部まだ暴れている者がいますが、わずかです」

「報告ありがとうございます。聞きましたか? 蛇の教団の大主教。随分時間をかけた計画のようですが、残念でしたね」

 ノエル王女が、冷たく言い放つ。


「ばかな……ばかな……、くそっ、かくなるうえは」


 ――自爆魔法:炎の暴風


 げっ! 

 やけくそになりやがった!


「つまらんな」

 大賢者様が、右手を突き出し「木魔法:捕縛の蔦」魔法を唱えると、大主教イザクの周りを一瞬で、木のツタが取り囲み縛り上げてしまった。

 腕、顔、身体全てにツタが巻きつき身動きが……あれ、息出来てるのかな?


「ノエル、こいつの処理は任せるぞ。この男も魔法で操られていただけなので、大した情報は持っていないと思うがな」

「はい、大賢者先生」

 大賢者様の言葉に、頭を下げるノエル王女。

 蛇の教団の問題は、片付いたか。


「大賢者様!」「さすがだ!」「ノエル王女もお見事です!」「やはり穢れた血の集団。大したことはありませんな」

 現金な、ハイランドの人たちだ。

 まあ、獣人の人たちとの内戦にならなかったのは、本当によかった。


「ノエル王女、先ほど気になる言葉がありました。蛇の教団の呪いを解くために月の巫女の力を借りたとか。勿論、穢れた血の戯言だとは思いますが……」

 真剣な顔をしているのは、教皇様。

「今回の暴動の被害を最小に抑えるには、いたし方ありませんでした」

「なんですと! ありませぬ! 太陽の女神様に守られし聖都シンフォニアが、穢れた血の力を借りるなど!」

 顔を真っ赤にして怒る教皇。

 前の会議の時は、獣人族の処刑に反対したり温厚な人だと思ったのに!

 ちょっと、怖い。


「うるさいのよ! 穢れた血、穢れた血って。魔人族がそんなに憎いの! 私の魔法が獣人族の反乱を鎮めたのよ!」

 げ、フリアエさんがキレた!

 案外、短気なのか。


「つ、月の巫女だ!」「いつの間に紛れていた!」「と、取り押さえないと」「でも、どうやって? 触れては駄目だぞ!」「それにしても、なんて美しさだ……」「この世のものとは思えぬ……」

 あっという間に、ハイランド兵に囲まれる。

(でも、一部魅了されてませんかね?)

 フリアエさんを取り押さえようと、じりじりと距離を詰めてくる。

 しかし、ノエル王女がそれを手を上げて制した。


「皆様に言っておくことがあります。この度の獣人族の反乱を引起こした『洗脳』魔法を解くことができたのは、ここにいる月の巫女フリアエのおかげです」

「なんと……」

「そうだったのか」

「し、しかし。それではどうすれば?」

 ハイランド兵、ハイランド貴族たちに動揺が広がる。


「この場で、王女ノエルの名において、宣言します。太陽の国は、過去の遺恨を忘れ『月の巫女』と力を合わせ、大魔王を倒します」

 そう宣言するノエル王女の表情は、冷静そうに見せかけて苦々しげだ。

 まあ、昨日この作戦を伝えた時にも色々悶着あったからなぁ……。

 一応、桜井くんの説得で納得してもらったけど、最初はノエル王女も反対派だった……。

 何で太陽の国は、月の巫女を異常に嫌うのだろう?


「バカな! 何を言っている!」

「ノエル王女! 国王陛下のいないところで決められることではありません!」

「これは明確な、ルール違反だ。ノエル王女といえ、許されることではない!」

 王子たちと、宰相の人かな? 騒いでいるのは。

 五聖貴族の人たちは、静観している。


「この件は、父上――ハイランド国王陛下にはすでに了承をいただいています。こちらに、その署名サインが」

 ノエル王女が、仰々しい紙切れを取り出した。

「おお……国王様が」「バカな! 俺は聞いていないぞ!」「何を勝手な事を!」

 まだ納得してない人もいるようだけど、国王様のOKがあるなら大丈夫だろう。

 てか、一晩でそこまで手配しているノエル王女が、ハンパないです。


 ちらりと、フリアエ姫を見ると腕組みをしてむすっとした表情をしている。

 そして、それを心配そうに見つめているのは桜井くんか。

 桜井くんと目があった。 

 お互い、政治の話だと出番が無いね。


「そのあたりでよろしいでしょうか! 皆様」

 大きな声が、紛糾を中断した。

 ユーウェイン騎士団総長か。


「現在、王都シンフォニアには魔物の大群が迫っている状況です。まずはそれを何とかしたい」

「「「「「……」」」」

 色々騒いでいた人たちが押し黙る。

 ナイスだ、総長さん。

 やっと静かになったと思ったら総長さんがこちらへ向き直った。


「魔物の中には、忌まわしき魔物がいるとか。我々にはそいつらとの戦いの経験がありません。勇者の皆様には、是非ご助力いただきたい」

 げ、そうきましたか。

 まあ、いいんだけど。


「面白そうだな、我もまぜろ」

「!? 大賢者様が自ら!? しかし、大賢者様の御力は大魔王の復活に備え、温存する必要があるのでは?」

 ユーウェイン騎士団総長が驚いた声を上げる。

 へぇ、そんな理由があったのか。

 通りで前線に立たないと思ったら。


「我はサポートだ。我の弟子が戦う。なあ、赤毛の魔法使い」

「え? わ、わたし?」

 ルーシーがびっくりした顔をしている。

 え? ルーシーさん大賢者様の弟子になったの?


「こいつは木の国の英雄ジョニィのひ孫で、紅蓮の魔女ロザリーの娘だ。能力は我が保証してやろう」

「「「「おおおお!」」」」

 ハイランド兵の皆さんが、凄いリアクションしている。

 例のルーシーの曾おじいさんの話と、有名な魔法使いらしいルーシーのお母さんの名前か。

 やっぱり、知られてるんだな。

 だけど……


「ルーシー、大丈夫か?」こそこそ話しかける。

「う、うーん。それなりに、魔法の精度は上がったと思うのだけど……」

 不安げだ。

「まあ、俺たちもサポートするから。なぁ、さーさん」

「うん! ルーシーさん頑張って!」


「教皇猊下、大公爵の皆様。神殿騎士団、四天騎士団を含めハイランドの全軍の指揮を私が一時的に預かります」

 ユーウェイン総長が、場を仕切っていく。

 軍の総大将の貫禄がある。


 北門……太陽の騎士団(第一、第二師団)+北天騎士団+水の国の勇者一向

 南門……太陽の騎士団(第三、第四師団)+南天騎士団+大賢者様と弟子(ルーシー)

 東門……太陽の騎士団(第五、第六師団)+東天騎士団+神殿騎士団

 西門……太陽の騎士団(第七師団)+西天騎士団+光の勇者


 こんな分担になった、ってあれ?


「俺は、ルーシーと別行動?」

「え? うそ」

 ルーシーと顔を見合わせる。

「精霊使いくんも、こっちにくるか?」と大賢者様が言ってくれる。

 う、うーん。


 ちらっと、ソフィア王女、レオナード王子のほうを見る。

 水の国の勇者一向で、俺だけ抜けるのものなぁ。

 なにより――


「レオ……気をつけるのですよ」不安げなソフィア王女と。

「は、はい! 姉さま!」さらに不安げなレオナード王子。

「レオナード王子のことは我々はお守りします! わかっているな、貴様ら!」

「「「「「「はっ!」」」」」」 

 水の国の様子を見ると……。


(レオナード王子が不安だなぁ……)


「やっぱり、俺は北門へ行きます。ところで、稲妻の勇者はどこに行ったんですが?」

「ジェラルドは、……謹慎中でどこにいるか不明だ……」

 仏頂面で、ジェラルドさんのお父さんが答えた。

 ええー、どこに行ったんだよ! ジェラルドさん!


「ほかにも三人の勇者が太陽の国には居ると伺いましたが……」

「残り三名は、別の任務で王都外へ出ている。現在、王都にいる勇者は三名だけだ」

「そ、そうですか……」

 いや、ここは大陸最強の軍がいる国だ。

 きっと、大丈夫! ……なはず。


「では、各自の戦場へ。武運を祈る」

 ユーウェイン総長は、ハイランド城に残り全体の指揮を執るらしい。

 俺たちは、自分の持ち場へ向かった。



 ◇王都シンフォニア:北門◇



 砂埃が迫ってくる。

 地面が揺れている気がする。

 大勢の人が行進をしても、こうはならないだろう。

 大型の魔物が、あの砂埃を引起こしているのだ……


 北門へ迫る魔物の群れ。

 報告によると、その数は約五千らしい。

 迎え撃つは、太陽の騎士団、北天騎士団、水の国の連合部隊。


 魔物の群れとの接触まで、あと10分ほどか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る