102話 王都シンフォニアの騒乱 その2
「私の名はイザク。偉大なる指導者イヴリース様の息子であり、蛇の教団の大主教だ」
大魔王イヴリースの息子……?
つまり
「魔王?」
「違います、まことさん。蛇の教団の幹部は、皆、大魔王の息子を名乗っています」
「魔王とは、魔大陸にいる3魔王以外にはいません」
レオナード王子、ソフィア王女の姉弟につっこまれた。
失礼、無知でした。
「くだらん! 大主教か何か知らんが、貴様の仲間は全て倒された後だぞ!」
第一王子さんが、強気の姿勢だ。
まあ、襲撃は失敗しましたからね。
大主教のイザクは、それに答えず右手を上に掲げた。
その手には、何かが握られている。
林檎に絡みつく蛇の銀細工?
「気をつけろ!」「何かするつもりだ!」
騎士たちがざわめく。
しかし、見たところあの魔道具は、魔力が無い。
ただの抜け殻、
「これはね。水の国の王都でも使った、我が偉大なる父の御声が記録された保存器なんだ」
「なんだと……?」
「やつは何を言っている……?」
ハイランド兵たちが怪訝な顔をする。
あれは、もしかして……。
「忌まわしき魔物を造るアイテムか?」
ホルンで、死にかけの巨人が忌まわしき巨人になった時。
大魔王の声ってのは、あの時の声だよな……。
「勇者まこと!? 本当ですか?」
「へぇ……、よくわかったね」
ソフィア王女が驚いた声をあげ、大主教イザクが感心したように言った。
「忌まわしき巨人が覚醒する前に、子供みたいな声が聞こえた。『運命に逆らおう』『ユウカンな戦士』とか言ってた気がする」
「……それは、イヴリースの声で間違いなさそうだな」
大賢者様が言うには、『運命』って言うのが、大魔王の口癖らしい。
「現在、我々蛇の教団の仲間が
ニヤニヤとした大主教イザクの声に合わせるように
――カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン……
王都シンフォニアの城門から、鐘を叩く音が聞こえてきた。
「ご報告! 四方の城門前へ魔物が集結しつつあります!」
「四方全てだと!」
「ばかな、魔物が集まっていたのは森がある陸地側のはず」
「問題ありません。すでに昨夜のうちに、太陽の騎士団、四天騎士団が全ての城門前に待機しています。神殿騎士団についても、街の治安を守る最低限の部隊を除き城門の守備へ回しています。魔物共は攻め込ませません」
慌てる王族、貴族たちへ騎士団の総長という人が落ち着いて回答している。
ユーウェイン総長だっけ? 桜井くんの上司の人の名前。
さすがは、太陽の国軍のトップだ。
「へぇ……海側の魔物は隠していたはずだけど。なかなか準備がいいね」
大主教イザクは、余裕の態度を崩さない。
「はっ! 所詮は低脳な魔人族の集まり。太陽の国の守備を破れるはずが無い!」
「さすがですな、ユーウェイン殿。汚らわしい魔人族の教団など、恐れるに足りませんな!」
太陽の国の貴族たちは、安心したようだ。
「ふーん、群れの中には『忌まわしき魔物』が混じってるよ? これを使って、何体か覚醒させたからね」
と言いながら、蛇の銀細工を放り投げて空中キャッチするイザク。
「忌まわしき魔物……」
「なんの! ここには光の勇者殿がいる。大迷宮ですでに3体の忌まわしき竜を倒している!」
「そもそも水の国の勇者でも倒せる程度の魔物だ」
「その通りだ、返り討ちだ!」
なんか、さりげなくディスられてませんか? 俺。
「あんなこと言われてるわよ、まこと」
「失礼だよね! 高月くん」
「勇者まこと、彼らには思い知らせないといけませんね」
「……いや、スルーしましょうよ」
ルーシーやさーさんはともかく、ソフィア王女までお怒りか。
まあまあ、みなさん落ち着いて。
「大賢者様、あのイザクってやつを捕まえなくていいんですか?」
「もう少し喋らせておこう。おしゃべり好きみたいだからな」
大賢者様は、腕組みをして静観している。
大賢者様がそう言うなら、しばらく待機でよいかな。
「だけど城門の守備だけをしていていいのかな? 獣人族が反乱を計画しているって噂を聞いたよ?」
ニヤニヤと語る大主教。
白々しいなぁ、お前らが裏で糸を引いてるんだろ?
「残念だったな! 獣人族のリーダー共は全て、捕らえた後だ!」
第一王子がドヤ顔で威張っている。
でも、それってほとんどふじやんが調査したんだよね?
そして逮捕したのは、ノエル王女のはずだ。
ちらっと、ノエル王女を見るがすました顔をしたまま何も言わない。
「ははっ、そっか、そっか。それはよかった」
楽しげに笑うイザク。
「何笑ってんだよ」
不快そうな顔の第二王子が「あいつもう殺しちゃおうよ」と部下たちに指示している。
――カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン……
緊急事態を知らせる鐘は鳴り続けている。
「ご、ご報告! 第七区、第八区で大規模な暴動が発生! 獣人族を中心とした集団です!」
ハイランド兵が、飛び込んできた。
ざわめきが大きくなる。
壇上の大主教イザクの口元が、大きく歪んだ。
「あっはっはっはっはっはっは、おや? おかしいなぁ! 獣人族のリーダーたちは捕らえたはずなのに! これは一体どうしたものかな!」
「貴様! 一体何をした!」
「あの家畜どもが! やっかいな時に反乱なぞ!」
さっきまでの威勢が消えて、慌てふためく王族、貴族のみなさん。
威勢が良かったり慌てたりで、落ち着きが無い。
(……にしても)
大したもんだ。
全て、
ちらっと、彼女の方を見るがフードで顔が隠れて表情が見えない。
「予言しよう! 今日、
両手を広げ、高らかに宣言する蛇の教団の大主教さん。
ノリノリだ。
「そ、そんな……」「馬鹿なことを!」「ハイランドの王都が落ちるはずが……」「し、しかし……魔物の大群と獣人族の反乱が同時に」「に、逃げなければ」
不安のざわめきが最高潮に達する。
こちらを見下ろすイザク。
冷静なのは、俺たちを除くとユーウェイン総長くらいか。
「そのようなことにはなりません」
凛とした声。
管楽器のように響く声の主は、ノエル王女。
タイミングは、完璧。
演出家ですね。
「おや、あなたは『太陽の巫女』、いや『救世の聖女:アンナ』の生まれ変わり、ノエル姫かな?」
まるで今気付いたかのような、言い方をする大主教。
「お隣は光の勇者くんか。いずれあなた方も、始末するがそれは今度だ。それまで、せいぜい震えて待っているといいよ。ところで、そのようなことにならないとはどういう意味かな?」
「そのままの意味です。シンフォニアは落ちません」
余裕の態度を崩さない大司教イザクと、冷静なままのノエル王女。
「ノエル! いったい、どういうことだよ!」
「説明しろ、ノエル」
第二王子と第一王子が、説明を求めてくる。
「今回の獣人族の反乱。これには、王都の七区、八区で蔓延していた『
「へぇ……」
ノエル王女の言葉に、面白そうな表情を見せるイザク。
「
ソフィア王女が続けた。
「なに! そんな話は初めて聞いたぞ!」
「獣人族の不満のはけ口として、七区、八区、九区では『
「しかし、そのような使い道があったとは」
「月魔法の研究は、どこも行っていませんからな……」
ハイランドの人々の驚きの声が上がる。
まあ、俺たちも昨日知ったばかりだからね。
「10年かかった。少しづつ、王都シンフォニアに住む亜人共を洗脳して反乱を起させる計画。呪い魔法は、発動までに時間がかかるが、解除することも容易ではない。一度発動した呪いは、目的を達成するまで解けない。俺がかけた呪いは『自分を虐げた人族が憎いのなら、王都シンフォニアを滅ぼせ』。太陽の国に住む亜人で、人族に虐げられた経験が無いやつはいない。この呪いは、全ての亜人に有効だ。そして、発動の合図は『緊急を知らせる鐘の音』。ここ10年は一度も鳴ったことがない非常事態を知らせる音」
得意顔で、解説してくれるイザクさん。
確かに、おしゃべりだね。
全部教えてくれた。
――カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン……
「誰か! あの鐘の音を止めさせろ!」「今すぐに伝令を送ります!」
慌てふためくハイランドの皆さん。
「あっはっは、手遅れだよ。発動した呪いはもう止まらない!」
楽しそうだなぁ、大主教。
「でも、そんなに全部教えてくれて大丈夫? 大主教さん」
黙っているのも暇なので、つっこんでみた。
「おや、水の国の勇者くん。この計画は『完了』してるんだ。言っただろ? 王都シンフォニアは滅びる運命なんだ。これは、何人にも覆せない」
ふーむ、イザクさんは自分の計画に絶対の自信があるみたいだ。
(でも、これは昨日フリアエさんから聞いてるんだよなぁ……)
◇前日に戻る◇
「条件があるの」
フリアエさんが怪しく微笑んできた。
「でも、その前に明日どうやって王都シンフォニアが陥落するかを説明するわ」
月の巫女から語られる蛇の教団の計画。
それは、誰も想定していないものだった。
「
「忌まわしき魔物を作り出すなんて……」
「緊急の鐘の音が発動の条件ですか」
「鐘の音を事前に止めてしまえば?」
「そうすると、魔物が迫っていることを市民に伝える事ができまセン」
「それに明日は防げても、根本の解決にはならない……」
「そうですなぁ、困りましたな……」
色々意見は出るが、打ち手は出ない。
「フリアエさん。何か対策があるんだよね?」
黙っている月の巫女に話しかける。
「ええ、私なら呪い魔法を解くことができるわ。月魔法の聖級スキルを持っているから」
おお……聖級魔法。
人間が到達できる最高地点といわれるランクじゃないか。
「で、ここからが条件なのだけど」
フリアエさんが俺のほうを見つめる。
「ローゼスの勇者さん。私の守護騎士になりなさい」
「え?」
唐突だな。俺が守護騎士?
「何を言うのです!」
一番に反応したのはソフィア王女だった。
「月の巫女フリアエ殿……。理由を皆へ説明してくだされ」
ふじやんの顔は『わかっている』顔だった。
心を読んだのか。
「だって、私が手伝えば未来が変わってしまう。王都に混乱が起きなければ、私は逃げられない。だから誰か人質が必要でしょう? 守護騎士になれば巫女を守らないといけない」
「ひ、人質って……」
ルーシーが絶句したようにつぶやいた。
あー、人質か。なるほどねぇ。
って、え?
「月の巫女の守護騎士になることが、なぜ人質になるの?」
「守護騎士になった場合、巫女を見捨てると寿命が半分になります。巫女が死ねば全てのスキルを失います」
答えてくれたのは、ソフィア王女だった。
「デメリットだけを伝えないで。守護騎士になることで、月の女神の加護を得られるわ」
「闇魔法でしたっけ?」
「もしくは、呪い魔法か死霊魔法かもしれないけどね」
フリアエさんの発言に、質問してみたら、そんな回答が返ってきた。
闇魔法がいいなぁ、選べるなら。
「しかし、なぜまことさんなのですか!」
「そーだよ! 他の人でもいいでしょ!」
レオナード王子、さーさんの言葉にフリアエさんは微笑んだだけ。
何も答えない。
それにしても。
そもそも、フリアエさんが守護騎士になってほしいのは俺じゃないはず。
「フリアエさん、本当は桜井くんが守護騎士になって欲しいんじゃないの?」
「ばっ、バカ言わないで! そんなことできるわけないでしょう! りょうすけは光の勇者よ!」
俺のツッコミには、フリアエさんが過剰に反応した。
余裕があるのか、無いのかよくわからんなぁ。
(勇者まこと……月の巫女は、光の勇者の桜井様に思慕しているのですか?)
ソフィア王女が小声で耳打ちしてくる。
(ええ、それに桜井くんもフリアエさんのことが好きみたいですよ、多分)
(な、なんてこと……)
ソフィア王女がふらふらと倒れそうになるので、慌てて支える。
光の勇者と月の巫女って組み合わせは、やっぱりマズイんだろうか? まずいんだろうな。
「さぁ、どうするの?」
「まこと……」「高月くん……」
微笑んだままのフリアエさんと、周りの心配そうな目に見つめられて、しばし考える。
どうしたものか。
『月の巫女の守護騎士になりますか?』
はい
いいえ ←
う、うーん。
この選択肢は、正直予想外だったなぁ。
あと、フリアエさんが俺を見て後ずさっている。
前もそうだったような。
今回は、普通の選択肢ですよ?
(まこと。月の巫女の守護騎士は、あまりお勧めしないわよ)
ノア様は、反対ですか。
(反対ってほどじゃないけど……、
そうなんだよなぁ。
太陽の国はもちろん、ソフィア王女の反応を見ても、月の巫女に深入りはいい選択肢じゃない気がする。
フリアエさんのほうを改めて見る。
綺麗な人だ。
こうして見ると、呪いの巫女って感じではない。
少し幸が薄そうではあるけど。
(フリアエさん、震えてる?)
月の巫女の手が、小さく震えている。
余裕そうに見えて、実は痩せ我慢なんだろうか?
この世界で、味方が誰もいないって言ってたっけ? それに
(桜井くんには、頼まれちゃったからなぁ)
「さあ、どうするの?
その震えを表には出さず、声だけは冷静に語りかけてくる。
しかし、その目が怯えに潤んでいるのを正面から見つめている俺だけにはわかってしまう……。
こういうのは弱い。
「わかったよ、月の巫女さん」
俺は選択した。
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