101話 王都シンフォニアの騒乱 その1

 ――太陽の騎士団長、就任式。


 それは、大迷宮で『忌まわしき竜』を倒した『光の勇者』が、太陽の騎士の団長の一人となるための行事イベントだ。

 そして『救世主アベル』の生まれ変わりを所持しているのが太陽の国ハイランドであることを、諸外国に知らしめるためでもある。

 ……ついでに、小国ローゼスにて新しく拝命した勇者についても発表されるらしい。

 俺はついでですか、そうですか。


「その折角の祝いの日に、こんな雨とは……」

「日程変更すればいいのになぁ。鎧が濡れて嫌なんだよ」

「それより、大賢者様なら天候だって変えられるはずだぞ」

「あの御方が、そんなことをなされるはずが無い。気まぐれな御方だから」

「まあなぁ……」


 そんな話し声が、騎士団員たちから聞こえてきた。

 場所は、ハイランド城正面の大広場。

 普段は、庭園としても使われるらしいが、現在は数万の軍隊が整列している。

 天気は、曇天に小雨。

 確かに、晴れてたほうが絵になるな。

 それでも、数万の軍隊が並ぶ様は、壮観だ。

 大陸最強の軍事力というのも納得できる。


「本当に、今日反乱が起きるのかねぇ」

「ちょっと、高月くん?」「まこと、今日起きるのよね?」

 俺のつぶやきを、さーさんとルーシーにつっこまれた。

 おっと、失言。


 俺たちが居るのは、貴賓席というのだろうか。

 一応、特別ゲストということで良い席に案内された。

 王族であるソフィア王女やレオナード王子の席とは、少し離れている。

 ちょっと、心配だ。

 守護騎士のおっさんも居るし、大丈夫だとは思うけど。


 ふじやんたちは、安全なところに避難中。

 月の巫女フリアエさんは……俺たちの後ろに控えている。

 顔が見えないように、フードをすっぽり被って。

 一応、水の国ローゼスの勇者の従者ということにしている。

 大人しくしておいてくれよ……。


 最初は軍隊のパレードに始まり、現在は様々な貴族の名前と祝辞が読み上げられている。

 長い……。

 いつまで続くんだろ。

 ……俺は途中から『明鏡止水』を99%にして、いかに小さい『水魔法・水弾』が作れるかの修行をしていた。

 長々と退屈な時間が過ぎて。


 ――高らかに、ファンファーレが鳴り響いた。


 なんだ?

「光の勇者、桜井りょうすけ! 前へ」

「はっ!」

 桜井くんが呼ばれた。

 やっとメインイベントか。


 白く輝く鎧に身を包んだ桜井くんが、演壇に上る。

 演壇上には、いつかの会議で見た五聖貴族やら教皇、王子様たちがいる。

 最も高い位置にいるのは、ハイランド国王か。初めて見たな。

 

「あなたへ太陽の女神アルテナ様の御名みなのもと、太陽の騎士団長の任を授けます」

「謹んで」

 桜井くんに言い渡すのは、ノエル王女。

 ひざまずき、儀礼用の剣を受け取る桜井くん。


 ……婚約者同士のやりとり。

 なんか、身内のコントのようにも見えるが

「おお……なんと神々しい」「救世主様と聖女様の生まれ変わりのお二人が」「この素晴らしい場面に立ち会えた幸運に感謝を……」


 周りの人たちは、皆さんはご満足のようだ。

 千年前の伝説になぞらえた演出らしい。

 確かに、美しいノエル王女とカッコいい桜井くんの姿は絵になるなぁ。

「ちっ」

 後ろからフリアエさんの舌打ちが聞こえた。

 呪っちゃダメですよ?


 その時だった。


 ――ドン!


 爆発音が響いた。

 何だ!?

「襲撃だ!」「盾兵、構えろ!」「誰だ!」「逃がすな!」

 騎士団員たちが、一瞬ざわめくがすぐに冷静に対処している。


「高月くん!」

「ソフィア王女のところに行こう」

「わかったわ!」

 俺とさーさん、ルーシーは周りを警戒しつつソフィア王女たちと合流しようと、王族のエリアへ向かった。

 フリアエさんは、着いて来てるな? うん、来てる。


 ……ズシン、……ズズッ


 人が多すぎてよく見えないが、色々なところで爆発が起きているのか、爆音が響き地面が揺れる。

「こいつら蛇の教団だ!」「うかつに近づくな、自爆してくるぞ!」「盾兵、前出るぞ!」「魔法使いを呼べ! 自爆を止めさせろ」


(蛇の教団の自爆特攻かぁ……)

 獣人族の反乱では、なかったみたいだ。

 予想外だな。蛇の教団が来るとしたら最後だと思ってたんだけど。

 侵入者が現われたのは、広場の端のほうみたいで、よく見えない。

 この場には、数万のハイランド兵が居る。

 王族、貴族たちの周りには守備兵たちが取り囲み、とても侵入者に勝ち目はなさそうだが……。

 

「高月くん!」

 さーさんの声にはっとなる。

 ハイランド兵の中に、おかしな動きのやつがいる!?


「兵士の中に敵が紛れてる!」

 大声で叫びながら、俺はソフィア王女のもとに向かった。

(まずい、周りが気付いてない)

 一人持ち場を離れ、ソフィア王女のほうに向かっているハイランド兵がいる。

 すでに何か呪文を唱えている。

 あれは――


「誰か、ソフィア王女とレオナード王子を!」 

 誰でもいい! 

「うぉぉぉ!」

 守護騎士のおっさんが居た!

 二人の前に立ち、かばうように立ちふさがった。

 ハイランド兵に化けたテロリストがその魔法名を口にした。


 ――自爆魔法・火の嵐ファイアストーム


(最悪だ!)

 神殿では、禁呪魔法として使用を禁止されている自爆魔法。

 それは『魔力マナ』でなく、『寿命』と引き換えに強力な魔法を発動することができる。

 メリットは、魔法スキルが無くても使えること。

 だが、女神教会では明確に禁止されている。

 そもそも、神殿では使い方すらどこにも載っていなかった。


 それを躊躇なく、使ってきやがった。

 まずい、人が多すぎる!

「魔人族に栄光あれ!」

 くそっ、駄目だ! 間に合わない!

 守護騎士のおっさんは、自爆しようとしている兵士に迷わず覆いかぶさった。

(!?)

 次の瞬間、爆発が起き、巨大な火柱が立ち上った。

 ルーシーの上級魔法に匹敵する威力。


「そ、そんな」「おじさん……」

 ルーシーとさーさんが、悲痛な声を上げる。

 ソフィア王女と、レオナード王子は絶句している。

 くそっ!

 おっさんの身代わりのおかげで、周りの被害は少ない。

 その代わりおっさんが犠牲に……。


「なんて勇敢な騎士だ……」「彼は一体何者だ?」「水の巫女様の守護騎士らしいぞ」「天晴れな……」「敵は他には、いないか!」「油断するな! 兵士の中に、曲者が紛れ込んでいる!」

 ハイランドの騎士たちの声が聞こえる。

 俺は、爆炎が収まり煙がたちこめる、ソフィア王女のいるほうへ向かった。


 

「なんと、自爆魔法とは。恐ろしい敵でした。ソフィア王女、レオナード王子。ご無事でしたか?」

 少しだけ鎧が焦げた守護騎士のおっさんがふらふらと立ち上がった。

 手には、自爆魔法を使った兵士が捕らわれてぐったりしている。


「「「え?」」」

 間の抜けた声は、俺とさーさんとルーシーが上げたものだった。

 いや、もしくはその場に居た全員か。


「皆、油断されるな。やつらは手段を選んでおらぬ! とてつもない攻撃だぞ!」

 おっさんは、カッコよく周りを鼓舞するが。


((((((((あんた、ほぼ無傷じゃん))))))))


 ふじやんみたいな『読心』スキルは無いけど、周りの人たちの心の声が聞こえてきた、気がした。

 まあ、守護騎士のおっさんは『鉄壁』スキル持ってるからなぁ。

 マジ強いな『鉄壁』。

 あと、自爆魔法使ったやつも、生きてるみたいだ。

 寿命が減るだけなのか。

 案外使える?


(やめなさい。絶対ダメ)

 冗談ですって、ノア様。


「ソフィア王女、レオナード王子。大丈夫ですか。おっさん、流石だね」

「はっはっは、勇者殿の呼び声のおかげですぞ!」

「勇者まこと、私は平気です。大変なことになりましたね」

 ソフィア王女は、守護騎士のおっさんに回復魔法をかけつつ、気丈に振舞っている。

 

「さーさん、レオナード王子と一緒に」

「オーケー」

 任せといて、と頼もしく返された。

 水の国の騎士たちも、徐々に集まってきている。


「ノエル様!」「敵だ!」「兵士に化けているぞ!」

 別の場所でも、爆発が起きた。

 巫女が狙われてる?

 その爆発が一瞬で光にかき消される。

 あれは、桜井くんかな?

 見ると、桜井くんがノエル王女を守りつつ、敵を無力化していた。

 あっちも、大丈夫そうだ。


「ねぇ、まこと。これって蛇の教団の仕業かしら?」

 ルーシーが、周りに注意しつつ俺に聞いてきた。

「だろうね。魔人族に栄光あれ、とか言ってたし。でも随分荒っぽい方法をとるな」

 数万の兵のいる式典の場に、たった数十人でのテロ行為。

 最初の外の騒ぎが陽動。

 さっきの巫女を狙ったやつらが本命だとしても、結局は防がれた。

 随分、あっさりした攻撃だ。


「これで終わりでしょうか?」

 こちらへ尋ねるソフィア王女の表情は、緊張でややこわばっている。

「そうですね、ここまで警戒される中で、次の襲撃は……」

 現在、ハイランド兵たちは、警戒しつつ点呼を取り不審者が混ざっていないか洗い出している。

 

(ただ、「次は無いだろう」という空気にはなってるんだよな……)


「もし、もう一手打ってくるとしたら、俺なら……」

 上を見上げて『索敵』スキルを使った。

 ルーシーも、つられて上を見上げる。

 曇天と小雨で視界は悪い。

 その中を――


「飛竜がいる!」

 ルーシーが叫んだ。

 たくさんの飛竜が、人を乗せてこっちへ突っ込んで来ている。

 雲の中に隠れていたな。


「魔法使い部隊! 打ち落とせ!」

「無理です、数が多すぎます」

 ハイランドの魔法兵士が、撃ち落とそうとするが間に合っていない。

 飛竜は、蛇行しつつもこっちへ向かっている。

『千里眼』スキルで搭乗者を見るに、おそらく自爆特攻部隊だ。

 こいつら、狂信者過ぎるだろう!


「駄目だ、間に合わない!」ハイランド兵の誰かが叫んだ。

 十数秒後には、このあたり一帯が吹っ飛ばされる。


「ソフィア!」

 俺は叫び、ソフィア王女の手を取った。

 ごめん、いつも急で。

「え?」

 ソフィア王女と同調シンクロする。


 ――水魔法・氷龍の群れ


 飛竜と同数の超級魔法を放ち、ここに到達される前に、全て撃ち落す!

 全ての飛竜と搭乗者を、氷龍で凍らせる。

 それにしても、やっぱりソフィア王女とは魔力の相性がいいな。

 前より、馴染む気がする。


「なんだ……あれ?」「超級魔法を無詠唱で連発してる?」「水の国の勇者だ」「あれが、ジェラルド卿を子ども扱いしたという……」「恐ろしい……聖級魔法使い? 少なくとも王級以上は確実だ」

 違います。

 魔法使い見習いです。

 あと、ジェラルドさんと再戦したらほぼ100%負けますからね!?


 そんなことを考えているうちに、なんとか到達前に撃ち落せた。

 ソフィア王女がいて、良かった……。


「あ、あの」

 少し頬を染めたソフィア王女が、俺の二の腕のあたりをトントンと軽く叩いた。

「失礼、ソフィア王女」

 ソフィア王女の握っていた手を離そうとして……握り返された。

「いつも……急な人ですね」

 手を握ったまま、じっと見つめられる。

 えっと、どうすれば……?


「まことまこと」

 ルーシーに杖で、肩をコンコンと叩かれた。

「どうしたの、ルーシー?」

「落ちてくるわよ、まことが魔法で凍らせた連中」

 確かに『水魔法・氷龍』によって凍らされた飛竜と搭乗者たちが落ちてくる。

 あれは、地面に落ちて砕け散るだけか……。

 仕方ないか、こちらも命がけだった。



 ――重力魔法:浮遊



 小さな声と共に、巨大な魔方陣が現われた。

 地面に落ちる直前で、敵がふわりと宙に浮かぶ。

 魔方陣の中心には、白いロープに白い髪の小さな魔法使いが立っていた。


「大賢者様?」

「遅くなったな。精霊使いくんが代わりに片付けてくれたか」

 空気中の魔力マナが、ビリビリと震える。

 これが、大賢者様の臨戦態勢か。


「嫌な気配がする。イヴリースの眷属がいるな」

 苦々しい表情で大賢者様が言った。


「ひっ!」「ま、まさか……」「そ、そんな……」

 大賢者様の声に、周囲がざわめく。

 特に怯えの声が多い。


 ――大魔王:イヴリース


 千年前に世界を支配していた大魔王の名前だ。

「……うぅ」「い、イヴ……」「ばか、その名前を呼ぶな!」

 この世界の住人にとって大魔王『イヴリース』の名を聞くだけで、心が折れるらしい。

 それくらい人々に恐怖の象徴として、刷り込まれている。

 ……こんなんで、大魔王が復活したら戦えるんだろうか? 


「大賢者様、ご助力ありがとうございます」

 やって来たのは、ハイランドの宰相だった。

 国王様は居ない。

 避難したんだろうか? 


「何というザマだ! 誉れ高いハイランド城に、汚らわしい教団の手先が入り込むとは!」

 第一王子らしき人が騒いでる。

「ノエルー、これは責任問題じゃないかなぁ」

 あれは、第二王子かな?

 ノエル王女の表情は、桜井くんの後ろに居るので見えない。


 他にも貴族やら、教会の関係者たちも概ね無事みたいだ。

 ハイランド兵たちは、氷付けになった蛇の教団員と飛竜をどこかに運んでいる。

 冷たそうだ。

 すいませんね、面倒な倒し方しちゃって。


「水の国の勇者まこと様。先ほどの蛇の教団の襲撃への対処。ありがとうございます、お見事でした。大賢者様、ありがとうございます」

 ノエル王女が、ゆっくりとやってきた。

 俺は、フリアエさんを背に隠すようにルーシーに任せて、前に出る。


「大したことはしてません、ノエル王女。教団の襲撃は、これで打ち止めでしょうか?」

「そうですね。先ほどの飛竜の軍勢は、容易に準備できるものではない。彼らの本命の攻撃だったのではないかと」


 

「いやぁ、

 声が響いた。

 みんなの視線が、声の主に集まる。


 そいつは、演壇の上の最も高い位置。

 国王が座っていた椅子の上に立っていた。

 この場に似つかわしくない、道化師ピエロ

 王都ホルンにいたあの男だ。


「貴様! 何者だ!」

「そこから今すぐ降りろ!」

 太陽の国の騎士さんたちが、駆け寄ろうとする。


「待て」

 それを大賢者様が止めた。

 

「その男は『傀儡』で操られているな」

「そうなんですか? 大賢者様」

「ほう? あなたが伝説の勇者パーティーの末裔、大賢者ですか」

 ニヤニヤと余裕の笑みを崩さない、道化師の人。

 しかし、よく見ると眼が虚ろで、表情が何かおかしい。

 あれが、操られている人の顔なのか?


「あんた、水の国の王都ホルンで、魔物を暴れさせたやつだよな?」

 俺がたずねると、道化師は肩をすくめる仕草をした。

「この男には、がっかりだったよ。あれほどの時間と資金を与えたというのに、水の国の王都一つ潰せないとは」

「なんだと!」

 道化師の台詞に、守護騎士のおっさんが激昂し何か言おうとするのを止めた。

 挑発にわざわざ乗る事はない。


「あんなショボイ魔物だけじゃ、無理なんじゃない? 計画を立てた人の頭が残念だっただけかな。実行者は頑張ってたと思うよ」

 とりあえず、挑発には挑発で返そう。


「……言ってくれる。お前は、新しく勇者になったとかいう異世界人か」

 表情は変わらないが、声が少しイラついた感じになった。

 案外、素直な人なのかもしれない。


「名乗りは、先にどうぞ」

 そもそも、こいつは誰なんだ?

 蛇の教団の幹部なんだろうけど。


 その道化師の男――を操っている誰かは、名乗った。


「私の名はイザク。偉大なる指導者イヴリース様の息子であり、蛇の教団の大主教だ」

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