100話 高月まことは、呪われた姫と出会う


 ――俺は、月の巫女に、


 焦る心を抑え『明鏡止水』スキルを最大値まで引き上げる。

 月の巫女を攻撃しては、いけない。

 カウンターの呪いがかかる。

 俺がやるべきは、最小の動きで『腕を振り払う』ことだ。

 が、先に月の巫女の唇が動いた。


「私に、従いなさい」


 奏でるような声が響き、黒曜石のような光の無い瞳と視線が絡まってしまう。

 月の巫女に触れられると、光の勇者ですら逆らえない、いう言葉を思い出す。

 ……あ、これは手遅れかも。

 それにしても、月の巫女は女神様に次ぐ美しさか……。

 確かに、ノア様にはが、凄い美貌……。

 

「その短剣をよこしなさい」

 月の巫女が命じてきた。

 ノア様の短剣をご希望か。

 神器じゃないか。

 目のつけ所がいいな。とはいえ

「断る」

 俺の唯一の武器だ、取られると困る。


「は?」


 月の巫女フリアエさんが、ぽかんとした顔をする。

「あ、あなた、私に従いなさい!」

 強く腕を掴まれ、再び命じられるが。


「うーん、そう言われてもね」

「な、なんで口が聞けるの!? 私の魅惑魔法は、全ての生物に有効だって月の女神ナイアは言ってたのに!」

「そう言われても。あと、女神様を呼び捨ては、良くないのでは?」

「あの女神が私を巫女に選んだせいで、私の人生は滅茶苦茶なのよ! なんで敬う必要があるのよ!」

 ずいぶんな言い草だ。

 この巫女さんは、女神様との関係が良くないのかな?


「ね、ねぇ。私の目を見て」

 泣きそうな顔で、訴えられた。

 ……この人、凄い露骨な誘い方してくるな。

「なんでしょう?」

 少し紫がかった大きな黒目をじっと見つめた。

 がしっと、後頭部を掴まれ額が当たるほどに顔を近づけられる。


「こ、この距離で私の魅惑魔法が効かないはずが……」

 月の巫女がしゃべると、その吐息が顔にかかり甘い香りがする。

 近い近い。

 でも、普段さんざんノア様にセクハラされてるから慣れてるんだよなぁ。

 まさか、ノア様はこれを予想して!? さすが女神サマ!


(違うから)

 違いましたか。

(趣味だから)

 えー、それはどうなんだろう。

(まことー、あまり女性の外見を比較するもんじゃないわよ。失礼よー)

 ノア様に注意された。

 これが神界一の美人の余裕か。


月の巫女フリアエさん、そろそろ桜井くんが来ると思うので」

 俺は彼女の手を掴み返して、逃がさないようにした。

 どうやら、俺には魅惑魔法は問題ないみたいだし。


「そ、そんな……」

 ぺたんと、月の巫女がその場にへたり込んだ。

 自信に満ち溢れていた顔から一変、泣きそうな顔になるフリアエさん。 


「なんでよ! 私には自分の魔法しか頼るものが無いの! たった一人、月魔法だけを頼りに生きてきたの! これが効かなかったら私は生きていけないの!」

 鬼の形相で髪を振り乱し、俺の腕を凄い力で掴まれる。

 い、痛っ! 力強くない!? この子。


「お、落ち着いて……」

「落ち着けるわけないでしょう! 私はね、親も兄弟も友人も、頼れる人は誰もいないの! 物心ついた時から、月の巫女として腫れ物のように扱われて、恐れられて、憎まれて……下種な男たちからは、欲望の眼で見られて、それをほかの女共からはさらに疎まれて……。それでも、月魔法を使って、危険な未来から逃げて。私を襲ってくるやつを操って逃げて。私はずっと逃げてばっかりで。私が何をしたって言うのよ! 月の巫女に選ばれたせいで、私はっ! わたしは、わたしは……静かに暮らしたいだけなのに……」

「……」

 重い。

 この人の話、重いよ!

 ど、どうしよう……

 桜井くん! 早く来て!


「ねぇ……私を殺してよ……」

 さっきまでのハイテンションから、一気に絶望した声で言ってくるフリアエさん。

 って、ちょっと、何てこと言うんですか。

 この人、闇が深すぎない?



『月の巫女フリアエを、一思いに楽にしてあげますか?』


 はい

 いいえ←



 …なんちゅう、選択肢だよ。

 こんなもん『いいえ』に決まってるだろ。

『報復の呪い』で、俺も死ぬし。

 それ以前に、こんな悲惨な子に何かできるわけが……


「ひっ!」

 それまで泣きそうだった月の巫女が、俺を見て怯えたようにあとずさった。

 あれ? もしかして『RPGプレイヤー』スキルの『選択肢』見えてる? 

 それは……怖いよな。


 俺が『いいえ』を選ぶと、「あっ」と月の巫女は、小さく驚いたような顔をした。

 ……『はい』なんて選びませんよ。

 それでも、フリアエさんはこちらを怯えた顔で見続けている。

 なんで?



「高月くん!」「まことさん!」

 あ、桜井くんたちがやっと来た。

「遅いって、桜井くん」

 やっと、フリアエさんとの二人きりから解放される。


「な、何をしてるんだ! 高月くん」

「あ、あの。まことさん……月の巫女に触れて」

 月の巫女に触れるなと言われていたのに、なぜか俺。

 うん、これは誰でもつっこみますね。


「俺には、魅惑魔法が効かないみたい」

「あ、ありえません! 伝説の『厄災の魔女』の能力ですよ!」

 珍しくレオナード王子に、真っ向から反論された。

 どうやら、相当におかしいらしい。

 今さらだけど、俺が魅惑魔法が効かないのは『明鏡止水』スキルだけのせいなんだろうか?

 桜井くんは「さすが、高月くんだ……」とかぶつぶつ言ってる。


「高月くん、フリアエを追ってくれて、ありがとう」

「どういたしまして、怪我は大丈夫?」

「ああ、なんとかね」

 そう言いながらも桜井くんの視線は、月の巫女だけを見ている。


「フリアエ、どうして逃げるんだ……」

「だって……」

 ふらふらと近づいてくる桜井くんと、彼から目を逸らすフリアエさん。

 桜井くん、近づき過ぎでは?


「やっと話せた、フリアエ」

「さっきは……悪かったわ。驚かせるだけのつもりだったの」

「わかってるよ。本気じゃなかったことくらい」

「ふん」

 少し困った顔で爽やかに微笑む桜井くんと、顔を赤らめて唇を尖らせるフリアエさん。

 あれ? 何このラブコメ空間。

 俺の居ないところで、やってもらえません?


「これから私はどうなるの?」

「ノエル王女に、君のことを頼んでみる」

「やめて! あの女に私のことを話すのは。あいつは太陽の巫女よ、私を逃すはずないでしょう!」

 桜井くんの提案を、フリアエさんが突っぱねる。


「じゃあ、僕が太陽の騎士団長になったあと、太陽の国の各主要都市を回る仕事がある。その時に、フリアエをこっそり連れて行って、そこで逃がすよ」

「それまで、私はどこにいればいいの?」

「それは……」

「無計画ね。私はどこかに隠れてるわ」

「ダメだ。君はまた、僕の前からどこかに行ってしまうだろう」

「……あなたは、救世主の生まれ変わりなのよ? 呪われた巫女なんかと一緒にいないほうがいいのよ」


「「……」」

 目の前では、桜井くんとフリアエさんが見つめ合っている。

 しかし、フリアエさんの腕を掴んでいるのは俺。

 俺って邪魔じゃない?


(レオナード王子、帰りませんか?)

(でも、まことさんがいないと月の巫女に逃げられちゃいますよ?)

(えー)

 面倒だなぁ!


「なぁ、桜井くん。2,3日なら俺が月の巫女さんをかくまおうか? ふじやんに相談すれば、隠れ場所くらいなら手配してくれると思うし」

 結局、ふじやんの力を借りてしまうわけだが。

 

「高月くん……すまない」

「まことさん、大丈夫でしょうか?」

 桜井くんの申し訳ない顔と、レオナード王子の心配そうな顔。

 月の巫女フリアエさんは……不思議な生き物を見る顔をしている。

 

 ……厄介ごとを背負い込んだかなぁ。



 ◇



 ――三区街、宿屋にて。


「「「「「「………………」」」」」」

 ルーシー、さーさん、ソフィア王女、ふじやん、ニナさん、クリスさん全員が、俺をじとっとした眼で見ている。

 みなさん、そんな目しないで!

 ちなみに、桜井くんは一旦ハイランド城へ帰ってもらった。

 彼、目立つからね。


 レオナード王子は俺の後ろに隠れている。

 夜の墓地に行ったこと報告したら、お姉さんから冷気が発せられてましたもんね。

 俺も怖いです。


 全ての原因である、月の巫女フリアエさんは不機嫌そうにそっぽを向いている。

 もうちょっと、殊勝な態度のほうが良いのでは?

 一応、逃げられないようにロープで縛ってるけど。

 美人が縛られている様子は、どうにも背徳的だなぁ。

 目の毒だ。


「勇者まこと……よりによって、月の巫女を連れてくるとは」

 ソフィア王女が頭を抱えている。

「桜井くんに、頼まれちゃいまして」

「ノエル王女に報告しませんと……」

「それは、ちょっと……困るんです」

「……しかし、水の国ローゼス太陽の国ハイランドの同盟国。月の巫女を匿うことは、裏切り行為になります」

 ソフィア王女の言葉は、冷たいが正論だ。


 しまったなぁ。

 ソフィア王女がいると思わなかった。

 ふじやんたちだけだと思ったんだけど。

 よく考えると、レオナード王子の帰りが遅いから心配して見に来る可能性はあったか……。


 ごめん、どうしようと思って月の巫女を見ると、何やら考えがあるのか口を開いた。


「もうじき、獣人族の反乱が起きるわ」

 フリアエさんの第一声は、例の反乱についてだった。

 言われたみんな、俺を含め顔を見合わせる。


「フリアエ殿、獣人族の指導者リーダーたちは捕らえております。反乱は起きないはずですぞ」

「その通りです! 獣人街を見回りましたが、反乱の噂は収まりつつありマス」

 ふじやんとニナさんが、反論した。

 

「そう? 信じないならいいわ」

 フリアエさんは、意味深な笑みを浮かべる。

 うーん、どうなんだ?


「ねぇねぇ、あなたって六区街で占い師やってた人だよね?」さーさんが、割り込んできた。

「そうだ! あやってば、よく覚えてるわね。じゃあ、運命魔法の使い手?」

「さーさんとルーシーは、フリアエさんに面識あるの?」

 聞いたところ、六区街で占い師をやってるフリアエさんと会ったらしい。

 偶然……というか、いかにもお上りさんな二人が狙われたみたいだ。

 

「あなたは……運命魔法で反乱が起きる未来が視える、ということですか?」

 ソフィア王女の言葉に、微笑みで返す月の巫女。


「はっきり答えなさい、月の巫女」

 クリスさんが強い口調で、詰問する。

「あら? あなたには、将来もう一人の奥さんと夫を奪い合って家庭が崩壊する未来が見えるわね」

「っ!?」

「何てことを言うんですカ!」

 フリアエさんの言葉に、クリスさんが驚き、ニナさんが怒りの声を上げる。

 え? ふじやん、家庭崩壊しちゃうの?

 

「フリアエ殿、うそはいけませんぞ」

 苦笑いをしながら、ふじやんが否定する。

 そっか、うそか。

 って、性格悪いな! フリアエさん。

 ちょっと、みんなの印象が悪くなるから、変な事言うのやめてくれません?


「反乱っていつ起きるの?」

 俺が聞くと、フリアエさんは笑顔を消して真顔で見てくる。

「明日よ」

 明日かよ!?

 早くない!


「うそ……では、ありませんな」

「そんな……」

「旦那サマ……」

 ふじやんの『読心』チェックが入った。

 マジなのか……。


「にわかには信じられませんが……」

「うーん、そう言われてもね、あや」

「信じられないよねー」

 ソフィア王女、ルーシー、さーさんは、ふじやんの『読心』スキルを知らないので、月の巫女の言葉を信じてないようだ。


「ソフィア王女、ルーシー、さーさん、理由はあとで説明するから、『明日、反乱が起きる』前提で話をさせてくれ」

「「「……」」」

 俺の真剣な声に、3人が一旦うなずいてくれた。


「ちなみに、明日起きるのは反乱だけじゃないわよ?」

 フリアエさんは、楽しげに語る。

「他には、何が?」

「王都シンフォニアに、魔物の群れが襲ってくるわ」

 ノエル王女が、会議で言ってたやつだな。


「それについては、太陽の騎士団と四天騎士団が城門を固めています。少々の魔物の群れでは……」

 ソフィア王女の言葉を、フリアエさんがさえぎる。

「陸地と海、両方からね。海側の守りは、手薄なはずよ」

「そうなの? ふじやん」

 俺は、友人のほうにお伺いをたてる。


「確かに……現在、魔物が集結しているのは王都シンフォニアの陸地側の森付近。海からの襲撃は想定しておらず、普段通りの守備のはずですな」

「明日、予想していなかった獣人族の反乱と、想定以上の魔物の群れの襲撃によって、王都シンフォニアは、史上最悪の混乱に陥る。その隙に、私は逃げる予定だったの。まさか、その前に私が捕まるとは思って無かったわ」

 つまらなそうな顔で、言い放つフリアエさん。


「そんな……そんなはずは」

 ソフィア王女は、まだ月の巫女の言葉を信じきれてないみたいだ。

 ちらっと、ふじやんを見ると小さくうなずかれた。

 フリアエさんは、嘘を言ってない。


「ソフィア王女、信じられないかもしれませんが……」

「いえ、確かに私は月の巫女の言葉は信じていません。ですが、勇者まことあなたは信じます。あなたは、女神の使徒。何か、確証があるのですね」

 信じられてしまった。

 ソフィア王女からの信頼が厚い。

 ちょっと、照れるな。

 俺は月の巫女に向きなおる。


「フリアエさん。俺たちは、反乱を止めて魔物の被害を最小に抑えたい。あんたは、太陽の国から逃げたい。お互いの望みは明確だ。ここは取引をしよう」

 月の巫女は、待っていたという顔をした。

 うまく誘導されたような気がする。


「取引……いいわ。でも、条件があるの」

 月の巫女フリアエは、俺を真っ直ぐ見つめて、薄く微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る