96話 高月まことは、ソフィア王女と密会する
奥の部屋で待っていたソフィア王女のドレスは、鮮やかな赤色。
いつもは水色など、薄い色のドレスが多いのに、どうしたんだろう?
「お待たせしました、ソフィア王女」
俺は詫びながら、正面の席に腰かける。
「別に待っていません。今来たところです」
ソフィア王女は、今日もクール。
「今日は、どうしました?」
「あ、あなたが食事をしようと言ったのでしょう?」
「え? いえ、あれは俺が誘おうと思ってたんですが」
もしかして、以前「今度、食事でも」と言ったときの話?
いかん、女性から誘わせてしまったとは。
しかし、ソフィア王女は軽く微笑み「今度は、あなたから誘ってください」と言われた。
うーん、俺ってモテ力低いなぁ。
くっ、童貞の俺ではスマートな対応ができていない!
馬鹿なことを考えつつ、席につくとコース料理ではなく、色々な料理が一気に出てきた。
飲み物もアルコールやソフトドリンクが一通り揃っている。
「何かあれば、お申し付けください」
給仕の人は、一礼をして出て行った。
部屋の中は、俺とソフィア王女の二人きりだ。
「この店は王族のみが利用できます。よくノエル王女とお話するのに使うのですよ」
要は、密談用らしい。
テーブルの上には、昼食にしてはやや多い料理が並んでいる。
静かに食事をしながら、ソフィア王女が口を開く。
「獣人族の反乱計画の扇動者たちを逮捕しました」
「ええ、聞きました」
カストール一家も知っていた情報だ。
俺はふじやんに聞いた。
「取調べ中と聞きましたが、彼らと蛇の教団との関連は不明でした」
「こっちも調査状況は進展なしですね。マフィアたちも何も知りませんでした」
俺はグラスに入った発泡酒を少し飲んだ。
シャンパンかな、とりあえず高そう。
「ただし、シンフォニア周辺に魔物の群れが少しづつ集まっているそうです。魔物を蛇の教団が操っている可能性はあります。現在、太陽の騎士団に加えて、四天騎士団が城門の警護をしています」
「四天騎士団というのは、なんです?」
以前の、貴族の人たちの会議でも話題に上がっていた気がする。
「ローランド家の東天騎士団、ホワイトホース家の西天騎士団、ベリーズ家の南天騎士団、バランタイン家の北天騎士団のことです」
「ああ、五聖貴族様の軍隊ってことですね」
「はい、光の勇者:桜井様の団長就任式で今の王都には五聖貴族とその軍が集まっています」
普通に考えると、そんなタイミングで仕掛けるかねぇ、蛇の教団。
四天騎士団が自分の領地に帰ってからシンフォニアを攻めるのが、ベストなタイミングだよな?
「蛇の教団が騒動を起こすなら、就任式が終わってからでは?」
「はい、ノエル王女も同じ考えです。なので、今は獣人族の反乱計画を収めることに集中するべきだと」
だとすると楽だけど……そんな単純でいいのだろうか?
その後、いくつか新しい情報を教えてもらったが、大きな出来事は無かった。
レストランの窓からの景色は良く、王都全体が見渡せる。
日差しは暖かで、外から鳥のさえずりがかすかに聞こえる。
穏やかな時間だ。
俺は、白ワインをグラスに注ぎ、ソフィア王女のグラスにも注いだ。
「ところで、私は少し気になることを水の女神エイル様から伺いました」
急に話が変わった。
なんだ?
「水の国の勇者、高月まことの信仰する女神様のことです」
「え?」
予想外の言葉に、裏返った声が出てしまう。
ノア様のこと?
ソフィア王女が、なぜ?
落ち着け――『明鏡止水』スキルを全開にしろ。
「女神様のお名前はノア。……神話に出てくる古い神族の女神の名前ですね」
背中を嫌な汗が流れる。
息が止まりそうになった。
「あの……ソフィア王女……それは……」
ソフィア王女の表情は、いつも通り無表情だ。
まずいまずいまずい!
ソフィア王女は、六大女神信仰の巫女。
邪神信仰が、ばれると――最悪、死刑。
そんな考えが頭をよぎった。
「あなたの驚いた顔を、初めて見ましたね」
ふっと、ソフィア王女が笑った。
俺はまだ、硬直して動けない。
「緊張しなくとも大丈夫ですよ。水の女神エイル様から、勇者まことが水の国の勇者であることは、問題ないと聞いています」
「……え?」
「むしろあなたも知っていると聞いていますよ。水の女神エイル様と女神ノアは、旧知の仲で今回の大魔王との戦いでは、手を組もうという話になったと」
「そ、そうなんですか?」
(てなわけよ、まこと)
の、ノア様ぁーーーーーー!
心臓止まるかと思いましたよ!
いや、確かにノア様は水の女神エイル様と話をしたと言ってたけど。
(詳しく聞けば教えたわよー? 興味ないのかと思っちゃった)
確かにあまり気にしてなかったけど。
勇者になって浮かれて、色々抜けたなぁ。
「勇者まこと?」
何も言わなくなった俺を心配そうに見つめるソフィア王女。
「ええ、大丈夫です。ソフィア王女は、俺が……邪神の使徒でも気にしないのですか?」
水の国は、教会の力が強い。
その中枢の水の巫女:ソフィア王女が容認していいのか?
「水の女神エイル様が許すのであれば、私は従います。それに女神ノアは、現在信者を増やすことができないと聞いています。今は、大魔王の復活までに一人でも多くの強い戦士が必要です」
そう言ったあと、ソフィア王女は悲しげな笑みを浮かべた。
「全て女神エイル様のお言葉です。私一人では、このような判断はできません。勇者まことが邪神の使徒と聞いたときは、頭が真っ白になりましたから」
「……」
もしかして、最近元気なかったの俺のせい?
ソフィア王女が立ち上がり、細い手を俺の手に重ねた。
「勇者まこと……私があなたに水の神殿で加護を与えなかったから、あなたは邪神の使徒になってしまったのですね。愚かな私を許してください」
消えるような声で、詫びられた。
あ、あれ?
それって、まだ気にしてるの?
「あ、あの。その件は全然気にしていないですから」
さっきとは違う焦りで、言葉を返す。
俺はソフィア王女の手を握り返した。
「あの時、なぜあなたの言葉に耳を傾けなかったのか……。水の国の巫女の目は節穴……そう揶揄されるのも無理はない」
「そんなことは……」
その噂は知っている。
ふじやんから聞いた。
ソフィア王女も知ってたのか。
何て言えばいいものか……。
よく見るとソフィア王女の顔には、疲れが滲んでいる。
「顔色が悪いようですけど」
「……ここ最近は、ほとんど寝れていませんからね。ですが、太陽の国の危機に、水の国の王族がのん気にしているわけには行きません。何度も助けていただいているのですから」
その言葉は力強い。
真面目な王女様だ、本当に。
こんなに、頑張っているのに……。
ソフィア王女は、少し休んだほうがいい。
「このあとのご予定は?」
「夕方に会食が1件と、アポイントが2件」
「じゃあ、それまでお部屋で休みましょう。送りますよ」
俺が手を離そうとすると、その手を強く握りなおされた。
「……一緒に居てください」
俯いたまま、消え入りそうな声で言われた。
え、なにこのひと、可愛い。
これは拒否できない。
てか、ソフィア王女の頬が少し赤い。
酔ってる?
あのシャンパン一杯で?
いや、ワインも空けてるか。
「では、そちらに座りますか?」
用途はわからないが、部屋の端に大きなソファーがある。
ソフィア王女を座らせ、少し迷って俺も隣に腰かける。
うぉ、ふっかふかだ。
身体が半分くらい沈んだ。
「少し肩を貸していただけますか?」
そう言ってソフィア王女が、こてんと、頭を預けてくる
電車で、隣の席に座って居眠りしている女子高生がもたれかかってくるみたいな。
ふわりと、長い髪が俺の頬をくすぐって、同時に甘い香りがした。
「こんな風に、誰かにもたれかかるのは、父様と母様以外では初めてです」
「……そ、そうですか」
「落ち着きますね」
俺は全然、落ち着きません!
えっと、どうする?
こんな時、どうすれば!?
教えてくれ、ふじやん、桜井くん!
(押し倒しなさい! まこと)
黙っててください! ノア様!
くそ、うちの女神様はダメだ!
――ぎゅっ、と手を握られた。
俺の指と指の間に、ソフィア王女の指が絡まる。
これは……俗に言う、恋人つなぎ?
「ふふっ、あなたの手は暖かいですね」
ソフィア王女の口調が、少し甘えたようになる。
少し酔ってるような、寝ぼけてるような。
「……これからも……水の国に居てくれますか?」
「ええ、居ますよ」
「絶対ですか?」
「大丈夫ですよ」
「や……く……そく、ですよ」
声がだんだん小さくなった。
「くぅー」
ソフィア王女の寝息が聞こえてきた。
寝落ちしたか。
しばらく寝かしておこう。
お疲れみたいだし。
(はぁ……焦った。しかし、このソフィア王女の態度)
嫌われてはないかなぁ、とか思ってたけど。
これはもう……あれだな。
自意識過剰じゃないよな?
横目で、肩に寄りかかった美しい姫の横顔を見る。
ストレートの艶やかな髪が、白い肌にかかっている。
長いまつげに、小さな口。
綺麗な寝顔だ。
(女性の寝顔をあまり、じろじろ見るのはやめとこう)
俺は、ソフィア王女に寄りかかられてない側で水魔法の修行をして時間を潰した。
◇
しばらくして、視線に気付いて俺は右肩のほうを見た。
……じっと、俺を見つめる二つの目があった。
ソフィア王女の目が開いている。
「ソフィア王女、起きました?」
回答は無い。
にぃっと、ソフィア王女の口角大きく上がる。
ぞわり、と背筋を何かが走った。
ソフィア様の笑顔。
(……違う。これはソフィア王女じゃない)
「誰……ですか?」
ソフィア王女の顔で、ソフィア王女の声で、彼女は言った。
「初めまして、ノアの子。私は水の女神エイルです」
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