95話 高月まことは、マフィアの首領と話す(後編)
「おじさん。その顔の傷、凄いですねー」
さーさん! 何言ってるの!?
――ピシッ、と空気が凍る。
美しい遊女たちが、黒服の幹部たちが、カストール家の息子たちの表情がはっきりと引きつった。
ふじやんとニナさんの顔が、固まっている。多分俺も。
「し、失礼しましタ! 佐々木様、謝ってくだ」
「……なぁ、嬢ちゃん」
ニナさんの言葉が遮られる。
ん? という顔で、首をかしげるさーさん。
「俺の顔の傷がなんだって?」
「カッコいい傷ですねー」
「ほう?」
「なんか、ザ・ボスって感じで!」
全員顔が固まっている中、ニッコリ笑うさーさん。
それにつられてか、ニヤっと首領が笑う。
その笑顔が怖い。
「へぇ……、なあ、勇者のにーちゃん。あんたは、どう思う?」
こっちに来たぁ!
そりゃ、無難にさーさんと同じこと言っておいたほうが……
『マフィアの首領の傷を褒める』
はい
いいえ ←
このタイミングで選択肢。
これは、リスク回避の注意喚起な気がする。
……同じ答えは、やめておこうかな。正直に言おう。
「えっと……、俺的には、少し怖いですかね」
首領さん、眼力強いし、傷でさらに迫力増すんだよね。
「ほぉ……、そうか。怖いか、あっはっはっは!」
首領は、楽しそうに笑った。
周りの人たちは、俺も含めてぽかんとしている。
「聞いたか、お前ら。俺の傷は嬢ちゃんにとってはカッコよくて、勇者のにーちゃんが怖いとよ」
楽しそうだ。
正解の選択肢を選べたのか?
よく、わからないけど。
「この傷は昔、敵対組織に抗争で負けてつけられてな。魔法を使えば治せるんだが、あの時の悔しさを忘れないためにずっと残してる。俺は顔の傷のことを馬鹿にしてくるやつを全員潰してきた。気がつくと、こんな大所帯のボスだ……」
「へ、へぇ……、す、すごーい、おじさん」
さーさんが今頃「まずかった?」みたいな顔してる。
遅いよー!
「ただなぁ、最近じゃ俺の顔の傷ことを誰も言わねぇ。部下も息子も、初対面のやつでもだ」
まあ、そりゃ怖くて言えないでしょうね。
「勇者のにーちゃんは、なんで怖いって言ったんだ? 嬢ちゃんと同じようにおだてとけばいいだろ?」
「俺、臆病なんで……」
俺が正直に言うと、なぜかニヤリと笑われた。
「勇者なのに臆病か……。いいことだ。マフィアってのも、最後まで生き残るのは臆病で慎重で卑怯なやつだ」
言葉的には、馬鹿にされてるような気もするけど、そんな感じを受けない。
褒められてる?
「あんたらとは、仲良くやっていきてぇな」
首領が、俺のグラスに酒を注いできた。
首領自らが、酒を注ぐっていうのは……断っちゃいけないよな?
「お待ちを! ジェノバ様!」
ふじやんが、慌てて割って入った。
「あんたは、異世界商人の藤原さんだな。あんたの話も聞いてるよ。やり手だとな」
首領は、急に話しに割り込まれたが特に気分を害している様子は無い。
ただ、息子や部下の皆さんは、緊張した顔でこちらを注目している。
「……光栄です。失礼ですが、ここでジェノバ様の注いだお酒を飲めば『ファミリーの一員』扱いになるのでは……?」
「ああ、それなら心配いらないよ、藤原さん。カストール家の一員になるには、『血の掟』って儀式を行う必要があるんだ。『杯を交わす』ってのは、カストール家の流儀じゃない」
長男のジャックさんが、教えてくれた。
「それは失礼を……」
「だが、杯を受け取ったということを盾に、強引に勧誘した事もあるな」
ニヤリと笑う首領。
ちょっと!
「親父ー、何言ってるんだ」
「ブラザー、大丈夫だって。これはそういう場じゃないから」
ジャックさんとピーターが、慌てて釈明した。
「冗談だ。つい嬉しくてな」
そう言いながら度数の高そうな火酒をストレートで飲み干す首領。
機嫌が、いいのか。
「くく、この傷は俺の勲章だからな。誰も話題を振ってくれなくて、寂しかったんだ。息子たちですら、話題にあげねぇ」
「へぇ、ささ。どうぞボスさん」
さーさんが、さっと首領のグラスにお酒を注ぐ。
気が利くというか、度胸があると言うか……。
「
「ああ! あの勇者がブラザーってことを知った時はびっくりしたぜ」
え? そんなに話題に上がってるの?
「ちなみに、どんな話題が?」
「一番は、王都ホルンの騒動だな。表向きは氷雪の勇者レオナード王子が倒した事になっている、忌まわしき巨人。だが、実際のところには異世界人の新任勇者の力が大きかったとか」
おいおい、情報が漏れまくってますよ、ソフィア王女。
「氷の彫刻の姫:ソフィア王女が新任勇者を高く買ってるって噂もあるぜ。下世話な貴族の間では、ソフィア王女と水の国の勇者が『デキてる』って言ってるぜ、ブラザー」
「そりゃデマだよ、ピーター」
ソフィア王女に聞かれたら、怒られるって。
「タッキー殿……」「高月様……」「高月くん……」
「……なに?」
ふじやんとニナさんとさーさんが、ジトッとした目で見てくる。
なんすか?
「だけどさぁ、ブラザー。ソフィア王女は、ハイランドの貴族や有力者に『新任勇者の高月まことは、水の国に欠かせない人物だ』って熱く語ってるってのは有名な話だぜ? 他人に冷たいと評判のソフィア王女がだ! こりゃ、噂になるに決まってるだろ?」
ピーターが教えてくれた。
ええ……。ソフィア王女、そんなこと言ってるのか。
俺は、ノア様の使徒で、言ってみれば邪神の手先なわけだけど……。
水の国って言っても、マッカレンくらいしか思い入れはないし。
もやもやする。
ノア様の使徒であることを隠している、罪悪感だろうか……。
「勇者さん、水の女神エイル様の加護を持ってるんだろう? やっぱり勇者となれば、特別なスキルなんだろうなぁ」
ジャックさんに聞かれる。
「え、えっと」
ただの『水魔法・初級』です。
しかも水の女神様は、信仰してません。
やっぱり、水の女神様の信者だと思われてるか。
面倒なので、否定はしなかった。
「あんまり、根掘り葉掘り聞くんじゃねぇぞ。勇者殿を困らせるなよ」
首領さん、いい人じゃないか。
ついでに、あの件を聞いてみようか。
「俺たち地下水路で、蛇の教団を探していたんです。何か知っていませんか?」
「ほう?」
「そうだったのか、ブラザー」
「どういうことだ?」
カストール家の面々の表情が、少し鋭くなった。
「その件については、拙者がご説明いたします」
ふじやんが、水の国の騒動からの出来事を説明をしてくれた。
「……なるほど、次の標的がシンフォニアか」
首領が、考え込むように顎髭をかいた。
「地下水路では、見てないが……最近、
「ジャック兄、9区街だけじゃなく、7区、8区も同じだ。普段の取引価格の半額くらいで出回ってる。何考えてるんだかなぁ」
ジャックさん、ピーターさんの話だと
「資金調達のためでしょうカ?」
「しかし、ニナ殿。蛇の教団が大量の武器を買ったりしている形跡が無いのです。最近の武器の買い手は、ほとんどが獣人族です」
ニナさんの疑問に、ふじやんが応える。
「……獣人族の反乱の噂か」
首領が小さく呟いた。
「知っているのですか?」
「7区、8区街を治める有力者が一斉に摘発された。何かあったかと、調べるさ」
ジャックさんが、難しい顔をする。
「ブラザー、俺たちも何かわかったら情報を伝えるよ。タダってわけにはいかないけどな」
ニカっと笑うピーター。
「その情報は、藤原商会が買い取りますぞ、ピーター殿」
「おう! じゃあ、今後もご贔屓に」
そんな感じで、あとは雑談をしてその場はお開きになった。
◇
――帰り道。
「はぁ……緊張した」
VIPルームを出て、大きく伸びをした。
「あー、料理美味しかったねー」
「「ん?」」
俺とさーさんが顔を見合わせた。
二人の感想が全然違う……。
「さーさんは、神経図太すぎだから」
「そう?」
さーさんは、きょとんとした顔して。
可愛いな! この野郎。
「そーですヨ! 佐々木様の発言は、寿命を縮めましたヨ!」
俺とニナさんで、軽く非難する。
「うーん……でも、『直感』スキルで首領さんは、全然危険な感じがしなかったから」
どうやら、さーさんは『直感』スキルで判断したらしい。
それにしても、相手はマフィアの
「大迷宮だと毎日、自分の直感を信じて生きてきたからねー」
「野生の勘……を磨くには、最高の環境ですな……」
さーさんの言葉に、ふじやんが呆れたように言った。
「ふじやんは、これからどうするの?」
「拙者は、引き続き蛇の教団の調査をします。
ニナさんも、ふじやんの手伝いをするようだ。
二人だけにお願いしている状況は、申し訳ないが情報収集については、俺やさーさんは素人なので大人しくその日は宿に帰った。
◇
――翌日。
「まことさん! 姉さまがお会いしたいそうです!」
レオナード王子がやってきた。
「わざわざ、王子自らですか?」
使いの人を出せば良いのに。
「最近は、一緒に修行ができていないじゃないですか!」
むー、唇を尖らせるレオナード王子。
OH,可愛い……。
しばらくレオナード王子と水魔法の修行をして、それから一区街へ向かった。
てっきりレオナード王子が泊まっている宿に行くのかと思っていたが、指定されたのは貴族御用達だというレストランだった。
華美な装飾の扉を開け、階段を上がり、店の一番奥の部屋を案内される。
「どうぞ、こちらは王族のみ利用できる特別なお部屋でございます」
「どうも」
案内をしてくれた、レストランの給仕さんにお礼を言う。
(最近は、VIPルームに縁があるな)
「待っていました。勇者まこと」
部屋の中で待っていたのは、赤いドレスを着たソフィア王女だった。
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