94話 高月まことは、マフィアの首領と話す(前編)

 席の中央でどっしりと腰をおろしている存在感のある男。

 顔には、大きな傷。


顔の傷スカーフェイス……? あれってカストール一家の首領ドンって人だよな)

 居ないって言ったじゃないか、ふじやん。

 ちらりと親友を見ると、顔が強張っている。

 ふじやんも予想外だったのか。


兄弟ブラザー! これが俺の自慢の家族ファミリーだ!」

 ピーターが笑顔で、俺とさーさんを席に案内する。

 どうやらピーター曰く、ファミリーというのは、血の繋がった家族でなくマフィア全体を指すらしい。

 マフィアは、身内の結束が固く、仲間を侮辱されるヤツを許さないという話を聞いた。

 言葉には、気をつけないと……。 


「ブラザー、そっちのお二人さんは?」

「友達のふじやんとニナさんだよ」

「藤原と申します。よろしくお願いしますぞ」

「は、初めまして、ニナでス」

「へぇ、よろしくな。俺はピーターだ。ささ、こっちに座ってくれ」


 王城の椅子と変わらない座り心地の、椅子に腰かける。

 厳ついマフィアにずらりと囲まれる中、「まあ、飲んでくれ」と金髪の爽やかな男に勧められた。

 彼が、カストール家の長男だろうか?

 見た目は、好青年という感じだけど。

 

「……ジェノバ・カストールだ。うちの馬鹿息子が世話になった、勇者殿」

 首領の声は低く、だがよく通る。渋いな。

「い、いえ。大したことは」

 やっぱり、勇者ってばれてるかぁ。

 にしても、ピーターの親父さんの迫力が凄い。


「親父ぃー、反省してるからさぁ」

 ピーターが、頭をかいてる。

 あんまり似てない親子だな。


「今日はハイランド一の食材を、ハイランド一のシェフに料理させた。女も最上級のを用意してある。楽しんでいってくれ。ああ、そうだ。自己紹介が遅れた。俺はジャック・カストールだ」

 先ほどの爽やかな金髪男だ。

 やっぱり彼が、一家の長男らしい。


 彼に続いてマフィアの皆さんが、自由な感じで自己紹介を始めた。

「俺はファミリーNo.1のナイフ使いだ」「腕っ節なら、ファミリー一だぜ」「イカサマを見抜くワザなら、俺に任せろ」「抱いた女の数は百人から数えてねぇなあ」

 ちょいちょい、自慢が入ってくる。

 まあ、それくらいならいいんだけど。

「……この前の抗争じゃ、10人はったな」

「俺は素手で、人間の頭なら潰せる……」


 なにそれ怖い。

 ……あかん、ムリだ! 

 やっぱりガチのマフィアさんだよ!

 クラスメイトのヤンキーですら苦手なのに、俺には無理な人たちですよ!

 見るとふじやんやニナさんも、食事の手が止まっている。


(ゴメン、さーさん。こんなところに連れてきて……)


『視点切替』スキルで隣のさーさんを見ると。

「わぁー、これ何だろうー。おお! これ美味しいー!」

 めっちゃ、料理を楽しんでますね。

 さーさんは肝が据わってるなぁ。


「おまえらぁ! お客さんがびびってるだろうが! 変な事言うんじゃねぇ!」

 食事が進んでない俺たち(さーさん除く)を見て、長男のジャックさんが部下たちを怒鳴りつけた。

「「「「「「スイマセンでした!」」」」」」

 部下たちが一斉に頭を下げる。

 ジャックさんも、見た目通り爽やかなだけじゃないようだ……、

 一見普通に見えて、マフィアの顔に切り替えるところはピーターに似てるかも。


「すいませんねぇ、こいつら噂の勇者様に会えるってことではしゃいじまって」

 一瞬で爽やかな顔に切り替えて、こちらに詫びてくるジャックさん。

 なんて早い変わり身。

「は、はい……」

 大人しくうなずいておこう。


 ようやく食事にも目を向けると、確かに豪華だ。

「高月くんー、見て見て! これフォアグラだよ!」

「さーさん、食べながら話さない」

 キャビアらしき珍味とか、普段行く酒場では絶対にないような高級なお酒が大量に並んでいる。


 そして、俺がグラスを空けると綺麗な女のひとが、さっとお酒を注いでくれる。

 ちらっと見ると、ニッコリ微笑まれた。

 ルーシーよりも際どい格好。

 落ち着かないなぁ。


「高月くん、そわそわしてるよ?」

「さーさんが、落ち着き過ぎなんだよ」

 小声で雑談する。


「いやー、しかし兄弟が勇者とはなぁ。冒険者なんて言うから騙されたぜ!」

「隠してて悪かったよ、ピーター」

 やや気まずい思いで返事をしたが、ピーターは気にしてなさそうだ。


「アレが勇者か」「見えないなぁ」「しかし稲妻の勇者に勝ったって噂だぞ」「あの狂狼ジェラルドにか……」「異世界人だからな」


 ひそひそ声が聞こえる。

 マフィアの人でも、勇者は珍しいのか。

 

「あのジェラルドの小僧に勝ったそうだな」

 おっと、首領からの質問。

 これは、気をつけないと。

 確か、ジェラルドさんの実家バランタイン家とカストール家は、仲がいいんだよな。


「あれは、ラッキーだっただけです」

「おいおい、ブラザー。ジェラ兄に、マグレじゃ勝てねーよ。なあ、ジャック兄」

「ああ、ジェラルドは光の勇者が来るまではハイランド最強の戦士だったからな」

 あれは精霊魔法が暴走してただけだから!

 くっ、説明したいが嫌味に取られるか!?

 にしてもピーターやジャックさんは、ジェラルドと親しそうだ。

 家族ぐるみの付き合いってことだろうか。

 貴族とマフィアがずぶずぶじゃないか……。


「バランタイン家に逆らう輩がいる時には、俺らに『相談』が来ることが多いんだが……」

 首領ジェノバさんが、ぼそっと呟く。

「「「「……」」」」

 俺たち四人に、緊張が走る。

 こ、これは。

 やっぱり来ちゃダメだったか!


「珍しく何も言ってこなかったな。バルトロメオ殿が」

「そ、そうなんですか」

 バルトロメオ・バランタイン大公爵。

 稲妻の勇者ジェラルドの父親であり、五聖貴族の一人。

 昨日の会議では、めっちゃ睨まれてた。

 多分、俺を恨んでいるはず……。


「親父、バランタイン家は誇り高い騎士の一族。水の国の勇者殿とは、一対一の試合だったと聞いてます。それを裏で仕返しなどしませんよ」

 長男のジャックさんが、やんわりと反論した。

「そうだな」

 心なし、つまらなそうな首領ジェノバさん。

 ああ、心が休まらない。

 首領さん、顔の傷が厳つくて、怖いんだよなぁ。

 あれって、魔法で治せないのかな?

 と思っていると。


 とんとん、と肩を叩かれた。


(タッキー殿。ジェノバ殿の顔の傷は、若い頃のマフィアの抗争で敗北した時の事です。そのため、傷の話題は禁句タブーですぞ)

(う、うん。気をつけるよ。ありがとう、ふじやん)


 ふじやんに、小声で耳打ちされた。

 知らなかった。

 うっかり口を滑らせてたかも。

 危ない危ない。


「あ、おじさん。その顔の傷、凄いですねー」

 ちょっ!?

 さーさん! 何言ってるの!?

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