85話 桜井りょうすけの思い出
- 桜井りょうすけの回想 -
あれは、確か小学校三年の時だったかな。
学校が終わったあと、僕たちはよく集まってたんだ。
男子三人と女の子二人の五人グループ。
その中に僕と高月くんがいた。
家が近かった高月くんと僕は、いつも最初に集合してたよ。
「違う、桜井くんが毎回俺の家のインターホンを鳴らしてたんだ。俺は家に居たかったのに」
「そうだっけ?」
そんな気もする。
「そもそも、俺はいつも行けたら行くって言ってただろ。新作のゲームやってる時もあったのに」
「……あんまり中学と変わってないね。高月くん」
昔の話をするとやや気まずそうな高月くんと、苦笑している佐々木さん。
まあ、とにかく家が近所でよく一緒に集まるグループだったんだ。
平日の晴れた日には、外で遊んで。
雨の日には、誰かの家で遊ぶ。
そんな、毎日だったよ。
ある時にね、お菓子をくれるおじさんがやってきたんだ。
ニコニコして、僕らに話しかけてきた。
いつの間にか、僕らがよく遊ぶ小さな公園に現われたんだ。
身なりは、普通で怪しい感じじゃなかった。
なにより優しそうなおじさんだったよ。
「ほら、元気な子にはこれをあげよう」
ちょっとした駄菓子をいつも持ってるんだ。
最初は、怪しいかなって思ったんだけど。
犬の散歩に来たんだって言って、可愛いポメラニアンを見て女の子たちが警戒を解いたんだ。
子犬は可愛くて、気がつくと子犬とおじさんと一緒に遊ぶのが日課になってたよ。
あんまり、深くは考えてなかったね。
「怪しいね」
「うーむ、まだ何とも言えませんが……」
佐々木さんと藤原くんが、微妙な顔をしている。
高月くんは、頬杖をついて聞いている。
忘れてないよね?
しばらくは、僕らの遊び場に可愛い子犬の遊び相手が増えたと思って楽しかったよ。
――そして、事件が起きるんだ。
いつもニコニコしていたおじさん。
でも、その日は違った。
男は、いつも連れている子犬を連れてなかった。
でも、僕らは警戒しなかったんだ。
マンションに囲まれた、小さな公園の。
お菓子をあげるよ、と言って僕らはついて行って。
木の陰になって、周りから見えづらい場所でその男が本性を現したんだ。
「本性?」
「え……、まさか」
「うん、そいつは幼い女の子を狙った変質者だったんだ」
「なんと……」
佐々木さんと藤原くんが、顔をしかめた。
その男は、突然、僕や高月くんら男子を殴り、黙らせると。
怯えた女の子二人の服を脱がそうとしたんだ。
「そ、そんな」
マッカレン貴族のクリスさんが少し怯えたように、ウサギ耳の女性の手を握っている。
「生まれて初めて、大人の他人に殴られて痛かったし、怖かった。でも、このままじゃいけないと思ってそいつに立ち向かったんだ」
「す、凄い。勇気あるね、桜井くん」
佐々木さんが、驚きの表情を浮かべる。
「でも、光の勇者様なら問題ないのでハ?」
藤原くんの恋人のニナさんという人が、不思議そうに首をかしげている。
「前の世界では、僕は勇者でもなんでもない無力な子供だから。僕ともう一人いた男の子は、結局その変質者に叩きのめされたよ」
悔しかった。
こんな男を信用して、ノコノコついて行った僕らの馬鹿さ加減と。
友達が殴られ、女の子が泣きじゃくっている。
なのに、何もできないこんな状況を。
「大声を上げれば良かったんじゃないの?」と佐々木さん。
「助けを呼んだよ、大声でね。女の子は、泣いてたし。でもその公園は普段から子供が遊んでたし、子供が騒ぐのはいつものことだからね。誰も助けにこなかった」
「なんと、大胆な犯行ですな……」
まったく、その通りだ。
子犬を使って警戒心を解き。
都会の真ん中の死角を使った犯罪。
詳しくは聞かされてないが、常習犯だったのかもしれない。
「あれ? まことは? まことはどうしたの?」
「……」
赤髪のエルフのルーシーさんが、高月くんの肩をゆすっている。
高月くんは、そのときのことを思い出しているのか眉間にしわを寄せている。
彼のそんな表情は、珍しいな。
「それでそれで?」
佐々木さんが、先を促す。
「もうダメだと思ったよ。殴られて体中は痛いし、声も出せない。何か起きるのかは予想もつかなかったけど、恐怖で身体が震えていたよ。もう一人の男の子は気絶してたし、絶望的だった」
そんな時。
――ガシャン、と。
おかしな音が、確かに聞こえた。
変質者の男は、聞こえていない。
そいつは、怯える女の子に夢中になっている。
その魔の手が伸びようとしている時
――ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン
そのおかしな音が、連続で響いて
「1分もしないうちに、近くのマンション中から人が出てきたんだ。しかも、警察まで。何が起こったのかわからなかったよ」
「「「???」」」
藤原くんと佐々木さんとさきが、ぽかんとした顔をした。
ちょっと、説明を飛ばしすぎたかな。
「えっと、よくわからないんだけど」
ルーシーさんやニナさん、クリスさんが困った顔をしている。
「高月くんー、何やったの?」
佐々木さんが、高月くんに説明を求める。
彼は不機嫌そうに。
「……大声上げても、誰も助けに来ないから。無理やり来るような状況にしたんだよ」
自分のやったことを、ぼかして説明した。
「つまり、どういうことですかな?」
「高月くんは、俺たちが囮になっている間に、近くのマンションの一階の窓ガラスを割って、騒ぎをおこしてくれたんだよ」
僕は、結論を言った。
「「「え?」」」
さきと藤原くんと佐々木さんが、ふたたび大口を開き。
高月くんは、苦々しい顔をしている。
なんでだろう?
「……ガラスを割ると、助けが来るんですか?」
クリスさんが不思議そうな顔をしている。
異世界の人だと、そういう反応だろう。
「俺たちのいた世界は、マンションの窓ガラス一枚割れても結構な騒ぎになるんだ。魔物なんていない平和な町なんで」
高月くんが、ぼそっと言った。
「高月くん、一枚じゃないだろう。近場のマンションのガラスを全て割っていたよね?」
あとで知った事だけど。
よく躊躇なく、そんなことができたと思う。
「ええ……、でもどうやって? たまたま、手ごろな石とか落ちてたの? 高月くんの住んでたマンションのあたりって、整備されてて小石もなかったよね?」
佐々木さんは、高月くんの家に行った事があるのか。
その問いに、高月くんは嫌そうな顔をしながら言った。
「……持ち歩いてたんだよ。窓ガラス割る用の鉄球を大量に」
「「「…………は?」」」
佐々木さん、藤原くん、さきが高月くんのほうを見る。
うん、これは僕もあとで聞いて驚いた。
高月くんが、ぽつぽつと語り始める。
「……ちょうど、その頃、洋ゲーにハマッてて。主人公が町で暴れると沢山警察が集まってくるゲームがあったんだよ。そのゲームだと、拳銃を撃ったり、手榴弾を使ってたけど、日本じゃ無理だろ? 代わりにせいぜい、民家のガラスを割るくらいなら……できるかなって。そしたら警察はどれくらい集まるか試したかったんだよ」
「それで、窓ガラス割るための道具を持ち歩いてたの?」
佐々木さんが、感心したような声を上げた。
「いつか、チャンスがあれば試そうと思って……小学生の可愛いイタズラだろ」
ふてくされた様な、高月くん。
「可愛い……のでしょうか?」
藤原くんが、困惑した顔をしている。
「高月くん、ゲーム脳……」
「うるさいなぁ、さーさん。黒歴史なんだよ! あのあと先生や親に滅茶苦茶怒られたし!」
うがー、と高月くんが頭を抱えている。
ああ、そっか。
確かにそうだった。
怒られたことを、不服に言ってたっけ?
「でも、おかげで助かったんだよ、僕ら」
「そうなんだよ! 俺の機転のはずなのに、翌日ヒーローなのは桜井くんともう一人の男子で! 俺は反省文20枚だぞ! 不公平だろ」
「ああ~、そうなんだ。ちなみに何枚ガラス割ったの?」
佐々木さんが同情するように言う。
そこで、ニヤリと笑う高月くん。
「破壊数:11枚。命中率は90%。なかなかだろ? 反省文に書いてやったよ」
「反省してないじゃん!」
「さらに怒られたよ。何でだろうな」
「バカなの!?」
高月くんと佐々木さんが、漫才してる。
こんなに高月くんと話したのは久しぶりだ。楽しい。
やっぱり、彼は変わらない。
マイペースで、いつもゲームのことを話してて。
昔のままだ。
当時の記憶が、蘇ってくる。
「さっきのが、小学校三年の頃の話で、次は四年の時に……」
「桜井くん! そろそろ、昔の話は止めようか!」
慌てた顔で。
僕の前のグラスにお酒をついできた。
うーん、僕は下戸なんだけど……。
でも、高月くんの注いでくれたお酒は断りたくないなぁ。
「さっ、とりあえず飲もう飲もう」
高月くんが、あわあわとお酒を勧めてくる。
こうやって高月くんとゆっくり話せるのは久しぶりだ。
僕は、注がれたグラスを持って、その中身を
- 高月まことの視点に戻る -
「……zzz」
コップ一杯で、桜井くんが寝てしまった。
あれ? 桜井くんってお酒メッチャ弱い?
光の勇者って状態異常無効では?
「りょうすけって、下戸なの。あと、夜は太陽の女神の加護が弱まって、お酒に酔っちゃうのよ」
横山さんが説明してくれた。
「へぇー、そうなんだ。意外」
さーさんが、桜井くんの頬をつんつんしている。
確かに起きる気配がない。
「高月くんに勧められたお酒だから、無理して飲んだんだと思うよ」
「え」
マジですか。
うーむ、無理に勧めたのは、悪いことしたな。
アルハラだっただろうか?
でも、ほっとくと昔の黒歴史、全部話されそうだったし……。
「しかし、桜井殿もお疲れのようですな。以前会った時も感じましたが」
「そうなのですか? 旦那様」
「うむ、少しやつれた感じがしますな」
おお、全然気付かなかったよ。
ふじやんは、よく見てるな。
それを聞いて横山さんが、物憂げな表情を浮かべる。
「りょうすけって、光の勇者でしょ? こっちの世界じゃ、皆から『救世主の生まれ変わり』って言われて期待されて。ハイランドの第一王位継承者のノエル様の婚約者になったり。第一王子や第二王子に、毒入りの食事や呪いをかけられたりもしたの。暗殺者に狙われたことも、何度もあるわ」
「「「……」」」
絶句した。
なんという難易度:ベリーハード。
桜井くん、相当苦労してたんだな……。
「でもね」
横山さんの表情が、少し呆れたような顔になる。
「りょうすけは『太陽の女神アルテナの寵愛』の加護で、毒も呪いも無効化しちゃうし。暗殺者10人に襲われても、素手で撃退しちゃうし。そもそも、かすり傷一つ負わないし。しかも、太陽の光浴びるとどんな怪我も治っちゃうの。反則じゃない?」
「「「……えぇ~」」」
おいおいおい。
無敵チートじゃん!
この世に、桜井くんに勝てるやつなんているんだろうか……。
「まあ、夜狙われるとマズイから、私たち騎士団員がシフト勤務で護衛してるんだけどね」
なるほどねー。
昼間は無敵の勇者だけど、夜狙われると危険なのか。
「そういえば、さきちゃんは桜井くんの婚約者なんだよね?」
さーさんが、さりげなく尋ねる。
「うん、私とエリの両方ね」
「そ、そっかぁ。気にならない?」
さーさんは、少し微妙な顔をしている。
「んー、最初はね」
桜井くんを見つめる優しい眼差しは、人妻ゆえの色気だろうか。
「りょうすけの婚約者って、20人以上もいるの。しかも、全部順位がついててさ。私は18番でエリが17番。なんか、どうでもよくなっちゃった」
「す、凄」「にじゅう……」
ルーシーとさーさんが驚きの声をあげる。
20人のハーレムか。
王様かよ。
ああ、王女様の婚約者か。
「でも、全然りょうすけって楽しそうじゃないんだよねー。だって、光の勇者の子孫を残すために、一人でも多くの子供を作るんだって王様からの命令で、会って間もない女の子と毎日夜を過ごすから、落ち着ける時間が無いって。昼は千人以上の騎士団員をまとめないといけない立場だし」
「……それは、心が休まらないでしょうな」
ふじやんが、同情したように語る。
確かにそう聞くと、あんまり羨ましくないな。
ふじやんみたいに、嫁は二人くらいがベストなのかもしれない。
俺はゼロだけど。
「だから、私やエリみたいに、昔からの知り合いと一緒にいると心休まるって。昔はりょうすけを巡って、エリと仲が悪かったけど今は戦友みたいな感じ」
「そーなんだ……」
難しい顔をするさーさん。
ルーシーは、感心したように横山さんの話を聞いている。
「ねえ、高月くん」
クラスメイト一の美少女が、こちらをまっすぐ見つめてくる。
クラスが一緒な時は、そんな風に名前を呼ばれた事はなかったな。
「なに?」
俺は自然に答えた。
「りょうすけって、頼られることや助けを求められる事はあっても、自分が頼る相手がいないんだって」
「そうだっけ?」
「あー、確かに。桜井くんっていつもリーダーだもんねー」
横山さんの言葉に、さーさんが同意する。
そういえば、確かに。
いつも彼を中心にグループが出来ていた。
彼の周りに人が集まるんだ。
「だから昔、高月くんに助けてもらったことは印象的なんだって。この前の、大迷宮で高月くんに王級魔法で手伝ってもらって、忌まわしき竜を倒した時、嬉しかったって言ってたよ」
苦笑する横山さん。
「やっぱり、高月くんは予想もつかない方法でいつも助けてくれるって」
「……そ、そっか」
いや、たまたまですよ。
大迷宮の精霊がノリがよかっただけで。
「また、助けてあげてね」
「……、ああ、わかったよ」
できる範囲で。
昔馴染みを手伝おうかね。
「りょうすけ、今日は楽しそうだったなぁ」
横山さんが、桜井くんの髪を撫でながら笑う。
「本当は、高月くんに太陽の騎士団に入って貰いたかったみたいだけど。
「へ、へえ……」
本気だったのかよ! 桜井くん。
軍隊には入らないって……って、一応
「じゃあ、りょうすけは寝ちゃったから。そろそろ行くね」
そういいながら、桜井くんをお姫様だっこする横山さん。
細身の横山さんが、軽々と桜井くんを持ち上げるのを見ると「やっぱ異世界だな」と思う。
「また、りょうすけに会ってあげてね」
そう言って去っていった。
◇
「桜井くんとさきちゃん、苦労してるね……」
「光の勇者様って大変なのね……」
さーさんとルーシーが心配そうに見送った。
なんか、しんみりしちゃったな。
「タッキー殿。今度は、こちらから会いに行きませんかな?」
ああ、確かに。
前回も今回も、向こうから来てもらったし。
「何か土産でも持って、遊びに行こうか」
昔みたいに、気軽な感じで。
小学校三年の時とは、面子が全然違うけど。
そういうのも、悪くないな、と思った。
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