86話 高月まことは、王都(七区)を探索する

「タッキー殿、こちらが七区街。亜人の街ですぞ」

「へぇ……、ハイランド城の裏手が七区なんだね」

 整備された六区街とは、かなり街並みが違う。


 最初見たの感想は、ごちゃごちゃしている街。

 地面は石畳ではなく土だ。

 人が多く、少し埃っぽい。

 しゃべる声が大きく、騒がしい。

 人……獣人、エルフ、ドワーフ、リザードマン、様々な種族がいる。

 人族は、商人が多いな。

 いたるところに木製の屋台と、山積みの商品がある。

 

「高月様~、はぐれないようにお気をつけて」

「ニナさん、子供じゃないんですから」

 今日は、ふじやんとニナさんに同行した。

 七区、八区は、商人でもない人族がうろうろしていると絡まれることもあるらしい。

 亜人の街。治安は、良くないのかな?


「これ3つ、いただけますかな?」

 ふじやんが、屋台で鳥肉と野菜を挟んだサンドイッチを買っている。

「どうぞ、ニナ殿、タッキー殿」

「ありがとうございます、旦那様」「サンキュー、ふじやん」

 パンはフランスパンに似て、固めだ。

 歩きながら、かぶりつく。

 肉汁がパンに染込んでいて、濃厚なソースと混ざって美味い。


「ふじやんは、よく来るの? ここ七区

「六区と比較して、物価が安いのですぞ。あと、掘り出しものが眠ってますからな」

「ぼったくりも多いですけどねぇー。旦那様は、心配ありませんが」

「六区で仕入れて、三区の貴族街で売るのが一番ですな」

 カラカラ笑うふじやんと、苦笑するニナさん。

 ほうー、人族の住むエリアと亜人のエリアだと物価違うのか。

 仕入れは安く、販売は高くが商売の基本か。

『鑑定・超級』スキル持ちのふじやんなら、掘り出しものを探すのはお手のものだろう。


 改めて、あたりを見渡す。

 東南アジアあたりの市場の景観に似てるかも。

 雰囲気はいいなぁ。


「ところで、本日の夜。ハイランド城にて『ローゼスの新勇者誕生の祝賀パーティー』を開催してくれると、ソフィア様から連絡がありましたぞ。主催者は、ノエル王女だそうです」

「へぇ……」

 新勇者? あ、俺か。


「でも、ここ太陽の国ハイランドだよ?」

 水の国ローゼスで祝ってくれるならわかるんだけど。

「高月様。勇者誕生という明るい話題を大々的に発表して、民衆を盛り上げる。よくあることデス」

 ニナさんに、解説された。

 なるほどねぇ。

 勇者は政治の道具ですね。


「ただし、太陽の国ハイランド水の国ローゼスと比べて、礼節にうるさい国なのでお気をつけて……」

 ニナさんに心配そうな目をされる。

「王都シンフォニアに着いて早々、五聖貴族のケンカを買ってしまいましたからなぁ」

 ふじやんに苦笑された。

 う、うーん。俺は短気な性格じゃないんだけど……。

 いかんなぁ。最近イメージが悪い?


「これからどこに向かうの?」

 話題を変えよう。

「こちらに、私の昔お世話になった人がおりまして。商談を兼ねて、結婚の報告に行くんデス」

 んふふー、と笑うニナさん。

 嬉しそうな顔を見ると、ほっこりする。


「では、向かいましょうぞ」

 ふじやんに案内され、俺たちは目的地へ向かった。



- ルーシーの視点 -



 まことは、ふじやんさん達と出かけて行った。

「新しい町に来たら、まずは探索だろ! 常識的に考えて」と言いながら。

 元気だなぁ。

 昨日、稲妻の勇者ジェラルドと戦ったばかりなのに。

 身体は大丈夫なのかしら?


「あや。まことと一緒に出かけなくてよかったの?」

「高月くんと藤原くんは、武器屋とか防具屋を巡るって言ってたからさぁ。つまんないなぁーと、思って。ルーシーさんは?」

「私は……大賢者様に修行をお願いしてるの」

「へぇ! 楽しそうだね。私も行っていい?」

「え……別にいいけど」


 あやには、大賢者様が吸血鬼であり千年前の英雄その人だと伝えている。

 まことが血を吸われたことも。

 まことのパーティー仲間だから問題ないはずだ。

 だけど、会うのは怖くないのかしら?

 まことは、しばらく大賢者様に会わないって言ってた。 


「でも、その前に少し散策もしたいなぁー。一緒にどう?」

 あやは、買い物したいらしい。

 散策好きなのは、まことと似てるわね。

「うん、いいわよ」

 私もハイランドの王都は初めてだ。

 人族のエリアで、エルフが一人でうろうろしていると目立つので、あやと一緒は助かるかも。

 私達は、二人で街へ繰り出した。



 ◇



「た、高いね……」

「うん……この服デザインは可愛いんだけど」

 あやと顔を見合わせる。

 王都シンフォニアの物価が高い。

 ローゼスの王都ホルンもマッカレンと比較すると、高かったけどここはそれ以上。


 ちなみに、帽子を被って耳は隠している。

 エルフは、耳さえ隠せば人族のふりをできる。

 

「何か食べよっか?」

 ちょっと小腹が空いたかも。

「ルーシーさん、大賢者様のところに行かなくて大丈夫?」

「まだ正午だから。大賢者様は、昼は寝てるから遅い時間のほうがいいんだって」

「へぇ……。でも、今日はハイランド城でパーティーがあるって藤原くんが言ってたよ?」

「……パーティーかぁ」


 新任勇者のまことを祝うパーティー

 ただし、礼節にうるさく、人族至上主義の太陽の国ハイランドの社交場。

 エルフの私は……。

「私は、参加するのやめておこうかなぁ」

「ええっ! ニナさんも出ないって言うし! 私だけじゃ不安だよー」

 あやが、そでを引っ張ってくる。


「クリスさんや、ソフィア王女がいるじゃない」

「いや、あの二人とはそこまで親しくないから……」

 まあ、私もそうなんだけど。

 そんな会話をしていると。



「そこのお二人。変わった運命をしていますね」

 突然、声をかけられた。

 声の主は、紫のフードとロープで顔が見えないけど、声で女性とわかる。

 小さな机に、大きな水晶玉が置いてある。

 ……占い師かしら。

 ちょっと怪しげな空気をまとった人だ。

 

「私たち?」

 あやが反応している。

「ちょっと、あや。やめておきなさいよ」

 占い術は、一部の人族の女性に人気がある。

 だけど、占い師の中には言葉巧みに高額な占い料を請求する詐欺師もいるとか。

 そもそも未来を読む『運命魔法』の使い手は、非常にレアだ。

 こんな道端で出会う魔法使いは……たぶん、ニセモノか弱い魔法使い。


「この世界にも占い師っているんだねぇー」

 あやが興味深そうに、見ている。

「おや、あなたは異世界からいらっしゃったのですね。不思議な因果をお持ちですね」

「わかるの?」

 ひょこひょこと近づいていくあや。

 ああー、釣られちゃった。

 仕方なく私も占い師の所に向かう。


「何を知りたいのですか?」

 小さく微笑む占い師。

 ローブの影で、顔全体は見えないが相当な美女なのでは?


「うーん、でもあなたの占いって本当にあたるのかな?」

 ニッコリ微笑むあや。


「あら、心外ですね。これでも王都で一番の運命の読み手を自負しているんですよ?」

 くすりと不敵に笑い返す占い師さん。

「じゃあ、何か私のことを当ててみて。そうしたら、占いをお願いしようかな~」

 おおー、うまいわね、あや。

 もし当たらなかったら、何も損しないものね。


 よくあるのが、鑑定スキルを使っていかにもあなたのことを知っています風を装う詐欺。

 実際は、鑑定スキルでは職業や名前など現在の情報など、表現上の情報しか読み取れない。

『未来』や『人の心』なんかは、当然読み取れない。

 その辺は、運命魔法や伝説の『読心』スキルの領分だ。


「ふふ、じゃあ視てみようかしら……」

 水晶玉を覗き込む占い師。


(ねぇねぇ、ルーシーさん。占いって魔法なの?)

 あやに、小声で聞かれる。

(うん、金属性の運命魔法ね。でも使い手に会うのは初めてかも)

 本物の運命魔法使いなら、貴重な存在だ。

 貴族の中には、高給でお抱えの占い師を雇っているとか。


「あらあら、面白い結果が出ましたよ?」

 占い師が、顔を上げた。

 チラリと彼女の眼が見えた時、どきり、とした。


「あなた……恋に悩んでますね」

「……まあ、一応」

 占い師の問いに、あやが答える。

 でも、そんなの年頃の女子なら、誰だってそうだ。

 その程度なら、誰でも言える。

 あやを見ると、がっかりした顔をしている。

 やっぱりその程度だと思ったわ。


「ふふ、その悩みは……。お友達と同じ人を好きになってしまったこと。当たってる?」

「!? そ、そうかも」

 それって……。

 この人、本物の運命魔法使い?


「で、そのお友達だけど」

 占い師の口が、意地悪そうにニヤリと歪む。

「お隣のエルフの女の子かしら?」

「「!?」」

 ぎょっとする。

 こ、この占い師!

 なんてこと言うのよ!

 当たってるけど。当たってるけど!

 

「へ、へぇ……凄いね。お姉さん」

 あやの……目が真剣になってる?

「当たり? じゃあ、占い料金は5000G前払いね」

「結構、取るわね」

「でも、この人凄いよ。ルーシーさん」

 あやが財布からお金を取り出し、占い師に渡す。


「じゃあ、何を占おうかしら。その好きな人と結ばれるかどうか?」


(ちょっ! 心の準備できてないから! 占わないで!)

 と私は思ったけど、あやの言葉は、全然関係ないことだった。


「……私の家族を裏切った姉の居場所を」

「……」

 そっか。

 大迷宮で、あやは家族を失った。

 カタキの一人であるハーピー女王クイーンは倒したけど。

 もう一人の敵、あやの姉は行方不明だ。


「訳ありみたいね。ちょっと、待ってもらえる?」

 再び水晶玉を覗く占い師。

 水晶玉が、ぼんやりと様々な色に薄く光を放つ。

 

「……わかったわ。あなたのお姉さんは、北の大陸魔大陸にいる。……なんでそんな所にいるのかはわからないけど」

「そう……。やっぱり、生きてるんだ」

 あやが、拳を強く握り締めている。


「大陸が別だと、これ以上の詳しい情報は難しいかも」

 申し訳なさそうに、言う占い師。

「ううん、ありがとう。生きてるのがわかっただけでもよかったわ」

「うーん、あなたから強い憎しみのマナを感じるから言うけど……復讐は呪いみたいなものよ?」

 頬杖をつき、語りかける占い師さん。


「やめろってこと?」

 あやの口調は硬い。

 家族を失った原因を作った、姉をあやは許す気がないんだろう。


、ってことよ。ところで、追加料金をもらえれば、あなたの想い人と結ばれるかどうかを、占ってあげるけど」

「え?」

 声を上げたのは私だ。

 それは、なんか困る!

 この人の占い、すごく当たりそうだし!


「それは、やめておこうかなぁ。私の好きな人、ネタバレ行為をすっごい嫌うんだよねー」

 表情を緩め、返事をするあや。

 よ、よかったぁ……。

 まことってそうなんだ。


「そちらの赤髪のおねーさんは、いかが?」

「わ、わたしも大丈夫だから!」

 気になるけど! すっごい気になるけど。


 その時、突然後ろから声をかけられた。


「おい、そこの占い師。そこで商売をする許可を得ているのか」

 やってきたのは、白い鎧を着た騎士。

 鎧に刻まれている紋章は、祈りを捧げる乙女『聖女アンナ』。

 ということは、彼は神殿騎士テンプルナイト……?

 たしか、この王都シンフォニアを守護している騎士よね。


「ああ、面倒なのが来たわね。今日は店仕舞いかしら」

 占い師は立ち上がり、水晶玉を片付けはじめる。


「貴様、無許可で営業しているな! 同行してもらうぞ」

 その騎士が、大股で占い師に近づき……。

「神殿騎士さん、大丈夫よ。だって、許可をもらったもの」

 そう言いながら、軽く騎士の鎧に触れる。


「……あ、ああ。そうだな。問題ない」

 その騎士は、口調を和らげ、ぼおっとした表情になり。

 ふらふらとやってきたほうへ、去っていった。


「今のって……」

「ねえ、ルーシーさん! さっきの占い師さんが」

 振り返ると、占い師の姿は消えていた。


「変な人だったねー」

「あや……、もっと怪しんだほうがいいわよ」

「うーん、でも姉の居場所は教えてくれたし」

 あやは、満足そうだ。

 確かに私たちのことを、あっさり当てた腕前は本物っぽいけど。

 人の気持ちは、鑑定スキルでは読めない

 ……人の気持ちは。


「ねぇ、ところでさっきのあやの好きな人の話だけど」

 気になっていたことを、確認する。

 好きな人が同じって、はっきり宣言してしまった。


「まあ、お互いバレバレだし」

「そ、そうね」

 気にしないようにってことかしら。

 最近は、修行ばっかりであんまりその件を考えないようにしてたけど。


 そこであやが、少し難しい顔をする。

「正直、パーティー内で揉めてる場合じゃないと思うんだよねー」

「それ、どういう意味?」


「最近ソフィア王女の高月くんへの態度、怪しいんだよねー」

「わかる! 一見、無表情なんだけどまことを見る目が優しいの!」

「私の『直感』スキルが、ビビビッて反応してるだけど、あれは間違いないね!」

「まことが近づくと、鼓動が速まってる気がするわ!」

「……ルーシーさん、そんなことしてるの?」


 半分エルフなんで。

 耳の良さは自信がある。

 あや、その引いた目はやめて。


 しばらくあやとまことの話題で盛り上がり。

 大賢者様のところに遅れて行って、怒られた。


「なんで、精霊使いを連れてこないんだ!」って。

 まさか、大賢者様までまことが好きだったりしないよね?

 ただの、身体血液目当てよね?



- 高月まことの視点に戻る -



 目的の店は、露店の屋台と違って、立派なお店だった。


「こんにちワー。おっちゃん、久しぶり!」

 ニナさんが、店主とハイタッチしている。

 店主は、強面の虎の獣人だ。

 大柄の体格で、身長は二メートル近くあるんじゃなかろうか。

 年齢はわかり辛いが、白髪が混じっていることからそこそこ年配な気がする。


「おう、元気そうだな、ニナ。藤原さんもご無沙汰だな」

「久しぶりですな、ご主人。今日は、良い商品はありますかな」

「ああ色々仕入れてるぜ。あんたの眼にごまかしは通じないから、今日で掘り出し商品は無くなっちまうがな」

 はっはっは、と笑いあう。

 商人流の挨拶か。


「そっちのあんたは?」

「このかたは、水の国ローゼスの勇者高月様デス!」

「……ほう」

 ニナさんの言葉に、目を見開く店主さん。


「あまり強そうには見えないが……失礼。ワシは、ここの店主のテオギルだ。昔、冒険者をやっていたんだが、その時にニナの面倒を見てな」

「高月まことです。ニナさんには、何度か一緒に冒険してお世話になりました」

「なんと! あのニナが勇者のパーティーにか! 出世したもんだな」

 感心した声をあげるテオギルさんと、慌てて訂正するニナさん。


「違うヨ、おっちゃん。私は藤原様の妻になるんデス! 今日はその報告です」

「なんだと!」

 テオギルさんの表情が変わる。


「藤原さん、あんたマッカレンの貴族と婚約者になったと聞いているぞ。ニナを妾にするというのであれば、ワシはそれを祝福する気にはなれんのだが……」

「おっちゃん、早とちりですヨ。私は第二夫人ですが、マッカレンの領主の次女クリスティアナと同じ扱いです」

「……何を言ってるんだ? そんな訳がないだろう」

 テオギルさんが疑いの目を向ける。

 どうやら太陽の国ハイランドで商売をしていると、獣人族と貴族が平等の扱いを受けるという話が信じられないらしい。

 この国の階級社会は根深そうだ……。


「信じられんな……。クリスティアナ様という貴族は、随分大胆な御方のようだ」

「今では良い友人デス」

「……そうか。それはよかった」

 にこやかな表情のニナさんと、少し複雑そうな顔のテオギルさん。

 ニナさんが貴族入りするのが、気になるんだろうか。


「ところで、おまえたちはいつまで王都に居るんだ?」

「五日後の『太陽の騎士団長、就任式』ですな。その時に、タッキー殿へも『忌竜討伐』の表彰があるようでして」

 ふじやんが、俺たちを代表して答えた。


「……そうか」

 テオギルさんは、何か言いそうになり、それを飲み込んだ様子だった。

 なんだろう?


 しばらく、三人が盛り上っているので、俺は店の中を見て回った。

 ふじやんの行きつけだけあって、品揃えは豊富だ。

 見たことがないような商品がたくさん並んでいる。


 ふと、気になる匂いがした。

 ちらりと店のカウンターの隅にある葉煙草たばこを見る。

 あれは……。


 その後、ニナさんはまた来ると約束をしてテオギルさんの店を出た。


 店を出てすぐに、ふじやんが「七区を出ましょう」と言った。


「旦那様、このあと何軒か向かう予定では?」

「急ぎの用事があるなら、俺はここでもう少し散歩するけど?」

変化へんげ』スキルを使って、獣人に化ければ問題ない気がするし。


「いえ、お二人にも伝えたい重要なお話が。ただし、ここはマズイのです」

 真剣な顔で言われ、俺とニナさんは顔を見合わせた。

 やがて、六区街に戻ってきた。

 手近な飲食店の、個室に入る。


 声をひそめ、周りを気にしながら、ふじやんは言った。


「ニナ殿、タッキー殿。落ち着いて聞いてくだされ。どうやら、七区、八区の獣人族を中心とした亜人による大規模な反乱が計画されているようです」

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