84話 高月まことは、大賢者の好みである

「精霊使い、お前の血をよこせ」

 大賢者様が、鋭い牙を覗かせながら、俺に告げた。

 って、ちょっと待って!

 

「ちょっと、待って!」

 ルーシーのフリーズが解けたようだ。

 俺を大賢者様から引き剥がした。


「血を寄こせって、どういうことですか!?」

「聞いてなかったのか? 我は吸血鬼ヴァンパイアだぞ。血を飲むのは当たり前だろう?」

「そんなことしたら、まことが吸血鬼になっちゃうでしょ!」

 あ、やっぱりそうなんだ。

 血を吸われると、その人間は吸血鬼になる。

 どこの世界も同じなんだな。


「心配するな。他国の勇者を吸血鬼にしたりはせん。加減はする」

 大賢者様が面倒そうに、俺の胸倉を掴んで、ぐいっと引き寄せた。

 うぉぉ、力強えぇ!

 白い肌と大きな紅い瞳が目前に迫る。


「では、いただこう」

「い、痛くしないでくださいね……」

 俺のお願いに、返事は無かった。

 ニヤリとされる。

 あーん、と大賢者様は大きく口を開く。

 カプリと、小さな冷たい唇が首筋に触れ、ずきりとした痛みが後を追ってきた。

「くっ……」

 予想したよりは……痛くない……かも。


「ま、まこと……」

 はらはらと見守るルーシーに、心配をかけないよう笑顔を向ける。


 ――こくこくと、大賢者様の喉が鳴る音が耳に届く。


 うわぁ……、これ俺の血が飲まれてるんだよな。

 

「あ、あの……それ以上は。もしくは、私の血を飲んでください!」

 心配になったのか、ルーシーが身代わりを申し出た。

「……大丈夫……だから。ルーシー……」

 さすがに、女の子に代わってくれとは言わない。


 ぷはっと、大賢者様が口を離す。

大回復ハイヒール

 一瞬で、首筋の傷が治る。

 痛みが消えた。

 血を吸ったあとは、回復魔法使うのか。


「ふぅー、美味いな」

 若干、頬を染めた大賢者様が満足そうに舌なめずりした。

 口元から少しだけ垂れる血を、小さな舌が舐め取る。

 ……なんか、エロい。


「お口に合いましたか」

 マズイとか言われたら、さすがに怒るぞ?


「やはり『汚れてない血』はたまらんな。特に異世界人はいい物を食っているから格別だ」

「そういうものなんですか?」

 前の世界だと、ハンバーガーとかフライドポテトみたいなジャンクフードばっかり食ってたけど。

 結構、健康に悪い生活送ってたんだけどなぁー。

 俺の血は、お気に召したらしい。


「……汚れてない血」

 大賢者様の言葉に、ルーシーの表情が曇る。

「どうしたの、ルーシー?」

「やっぱり、私じゃダメね……まことの代わりになれない……」

 なんだ?

 汚れてない血ってのが、何か落ち込む要因だったのか?


「おい、赤毛の魔法使い。お前は勘違いしてるぞ」

 大賢者様は、思い当たるらしい。


「……私の魔族の血が『汚れてる』のですよね?」

「違う。確かに魔族混じり、特に魔人族を『汚れた血』と呼ぶ連中が居るが、我が言ったのは別の意味だ。そもそも我も魔族だぞ?」

 そーいう意味があったのか。

 魔人族は『汚れた血』。

 なんだろう。差別的な、表現だな……。


「じゃあ、『汚れてない血』って何ですか?」

 ルーシーの問いに、大賢者様が少し答えづらそうに目を逸らした。

 何事にも堂々としてそうな人なのに、珍しい態度だ。


「大賢者様?」「教えてください」

 うーむ、と言いながら大賢者様は口を開いた。

「あー、『汚れてない血』って言うのはな。あれだ。性体験をしたことがない人間の血、ということだ」


「え?」「は?」

「精霊使いくん、おまえ童貞だろ?」

 な!?


「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」

 反射的に叫んでしまった。

「え! 違うの?」

 ルーシーさん、マジつっこみはやめて。

 うそです。童貞です。


「うーむ、しかし我の『鑑定・超級』スキルには『ステータス:童貞』と出ておるぞ」

「スキルで見えるのかよ!」

 鑑定スキルまじ、ふざけんなよ!

 プライバシーって無いの?

 訴えるぞ!


「か、鑑定スキルってそんなことまでわかるんですか」

 ルーシーが自分の身体を抱きしめながら後ずさりしている。


「『鑑定・王級』になると経験人数までわかるらしいぞ。知りたいとも思わんがな」

「「怖っ!」」

 やべーよ。

 鑑定スキル、大人しそうなふりした、鬼畜スキルだったよ……。


 ……ふじやんの鑑定スキルって超級だったよな?

 スキルが成長して、王級になったりしないよね?

 いや、俺はゼロだからいいんだけどさ! 


「えーと、その。まことが童貞だから、血が美味しいってことですか?」

 ルーシーさん、いちいち確認しなくていいから。

「うむ、やはり生き血は、『人間』の『童貞』のが一番だな!」

 よい笑顔で答える、大賢者様。

 ルーシーが顔を背けて、肩を震わせている。

 ……おい。笑ってるだろ。


「精霊魔法の暴走のあと始末は、これでチャラだな。……ふふ、今後も血を差し出すなら、いつでも力を貸してやろう」

「ええ~、それはちょっと……」

 流石に嫌だ。


「普段のお食事はどうしているんですか?」

 ルーシーが尋ねる。

 確かに、どうしてるんだろう。


「さっきも言ったが、我が吸血鬼であることは一部の人間しか知らん国家機密だ。我の食事は、医療用の血液を運ばせておる。味気ないがな。……やはり、直に飲む生き血が一番だな」

 舌なめずりをしながら、こっちを見ないでください。


「別に俺じゃなくてもいいんじゃないですか?」

「ふん! どいつもこいつも盛っているからな。光の勇者の血の味は、最悪だったぞ。お前くらいの年で童貞の男なぞ、滅多におらん。流石に子供から血を貰うのは、控えておるからな」

「……」

 童貞は、珍しいレアらしい。

 うれしくねぇー。

 ……何これ。

 いじめ? セクハラ?


「桜井くんは……女に不自由してないからなぁ」

「まこと、元気だして。まことだって、大丈夫よ」

「おい、ルーシー。こっち見て言えよ」

 目が笑ってるぞ。


「お前も人のこと言えんだろ、処女魔法使い」

「ちょっ!?」

 あーあ、ルーシーさん。

 自分も経験ないのに、上から目線は恥ずかしさ二倍ですね。


「じゃあ、俺は帰りますね」

 なんか、貧血気味だし。

 色々疲れた。


「うむ。困った事があれば、また来い」

 来た時と比べると、機嫌が良さそうな大賢者様。


「あ、そういえば俺、バランタイン家の勇者を倒してしまったので、目をつけられているかもしれなくて」

「そんな事か。我を誰だと思っている。太陽の国ハイランド建国から大賢者やってるのだぞ。ぐだぐだ言うようなら、我が一喝してやる」

 おお、これは心強いな。

 ノエル王女と大賢者様。

 二人が味方なら、流石に大丈夫だろ。


「そのかわり……わかっているな?」

 ニヤリと笑う、大賢者様。

 身体血液で払えってことですね。

 まあ、そこは。献血だと思って割り切るかなぁ。


「ああ、そうだ。できれば、血が汚れないようにお前には童貞のままでいろ」

「無茶、言わないでください」

 その命令は、たとえ大賢者様でも従えないからな!


「なんだ、童貞を捨てる予定でもあるのか? 残念、血が不味くなるな」

「え! まこと。相手は誰!? あや? ソフィア王女?」

「ないよ、そんな予定」

 あほか。

 しかも、後者は絶対ないだろ。

 

「じゃあ、いろいろありがとうございました」

「あ、あの! 私、曾おじいちゃんの話を伺いたくて。お話聞かせてもらえませんか、大賢者様」

「む、まあ、構わんが」

 ルーシーは、ここに残りたいらしい。


「ルーシー、血を吸われるよ?」

「阿呆。誰でもいいわけではない。我は元・人間だからな。エルフや魔族の血は、身体に合わんのだ」

「そういうのもあるんですね」

 中々大変だなぁ、吸血鬼も。

 俺は、大賢者様の屋敷をあとにした。



 ◇



 血を失って疲れた俺は、宿屋の自分の部屋でしばらく仮眠を取って。

 夕食の時間に、ふらふらと食堂へ向かった。

 そこに居たふじやんが、俺を見た瞬間飛んできた。


「タッキー殿! 聞きましたぞ! 稲妻の勇者ジェラルド様を半死半生にされたとか!」

 情報、早くない?

 すげぇなぁ、商人のネットワーク。

 実は、ツイッターでもあるの?


「あれは半殺しって言うか……」

「ほぼ死んでたわよ……」

 つっこみを入れるのはさーさんとルーシー。

 二人ともハイランド城から戻ってきてたのか。

 ジェラさんのことは、二人が話しただけか。


「ま、まこと様。序列3位の稲妻の勇者様を倒すなんて……」

 わなわな震えているクリスさんと。

「やっぱり、高月様はただ者ではないと思っていましタ!」

 いつものように俺を持ち上げてくれるニナさん。


「クリスさん、序列って何ですか?」

 さーさんが、俺も気になっていた言葉を聞いてくれた。


「年に一度、六国の王族や代表貴族が集まる首脳会議があります。その時のイベントに、各国の強い戦士が集まって御前試合をするのです」

「そこでの順位が『序列』と呼ばれているのデス!」

 クリスさんの説明を、ニナさんが補足してくれた。

「なるほどー、ちなみに一位は?」

 何となく予想できるけど。


「それはもう、こちらにいらっしゃる救世主アベル様の生まれ変わり『光の勇者』桜井様ですヨ!」

 ニナさんが、笑顔で桜井くんのほうを向く。

 うん、ずっと気になってた。

 ……なんで、桜井くんが居るの?


「藤原くんに呼ばれたんだ。食事でもどうかって。僕もみんなとゆっくり話したかったからね」

 爽やかに笑う桜井くん。

 後ろには、相変わらず美人な横山さんも居る。

 目が合って、にっこり微笑まれた。

 クラスだと、目も合わせたことなかったのに。

 というか、俺が目を逸らしてたんだけど。

 一年A組率高くない?


「それでは、みなさん! 夕食にしましょうぞ。準備はできてますぞ」

 豪勢な料理が並んだ、テーブルに移動した。



 ◇



太陽の国ハイランドの料理は、派手だね」

 高級そうなチーズやオードブル盛り合わせ。

 季節の野菜を使った、サラダやテリーヌ。

 香りのよいキノコが上品に入ったスープ。

 伊勢海老っぽい大きな海老のグラタン。

 色々な肉のステーキと鮮やかなソース。

 そして、沢山のフルーツとデザート。


「フランス料理みたい」

「うん、でもカロリー高くて。おかげで太らないように気をつけないとなの」

「あー、それは困るねー」「ねー」

 さーさんと横山さんが、女子高生っぽい会話をしている。


「ふじやんは、今日は何をしてたの?」

「拙者は、お世話になっている商会に挨拶回りですな。明日は、シンフォニアの街を巡ろうと思っていますので、ご一緒にいかがですかな?」

「いいね、一緒に行くよ」

 王都探索かぁ。

 この大陸最大の都。

 ワクワクする。


「それにしてもタッキー殿。また無茶をしましたなぁ」

「本当です。あの凶狼勇者と呼ばれるジェラルド様と戦われるなんて」

 ふじやんとクリスさんが呆れ顔をして言う。

「向こうが絡んできたから仕方なくだよ」

 俺は悪くない、はず。


「でも、高月くん。桜井くんが居てよかったね」

「本当、一時はどうなるかと思ったわ」

 どうやらさーさんには、俺の魔法でジェラルド氏がマズイことになっているのが見えたらしい。

 ルーシーには、精霊の魔力マナが暴走しているのを感じていたとか。

 二人をしても、どうにも止められなかったようだが。

 そこを颯爽と桜井くんが、止めてくれたと。


「桜井くん、助かったよ」

「はは、高月くんを助けるのは当然だろ?」

 さすが、光の勇者様。

 顔も心もイケメンだ。


「りょうすけって高月くんと実は仲良かったのね」

 横山さんが、ふと気付いたように言ってきた。

 別に、仲良いわけではないけど。

 確かに、最近は昔みたいに話す機会が多いかも。


「高月くんとは小学校からの友人だよ」

 桜井くんが、さらっと言った。

 ……いや、友人ではないだろう。

 中学や高校のクラスじゃ、ほとんど話してなかったし。


「ええええ!」「なんですと!」「そうだったの!?」

 さーさん、ふじやん、横山さんとクラスメイトたちが驚きの声を上げていた。


「タッキー殿! 聞いておりませぬぞ!」

「中学の時、話してるの見たことなかったよ?」

「……別にいいだろ」

 小学校が一緒だったら、みんな友達とか無いから。


 小学生の高学年になると、俺と桜井くんには『カースト上位と下位』の高い壁があったんだよ。

 クラスの中心の桜井くんと。

 クラスの隅っこで、ゲームしたり漫画読んでた俺。


「高月くんとは、隣の家だったんだ。小さいころはよく一緒に遊んだよ」

「まこと! 光の勇者様と幼馴染みだったの!?」

 ルーシーまで、驚きの声を上げる。


「桜井くん。俺の住んでるマンションと、桜井くんのマンションが隣だっただけだろ。あれを隣の家とは言わないって」

「でも、小学校一年のころは一緒に登校してたじゃないか」

 まあ、そうなんだけどさぁ。

 よく、覚えてるな。


「ねぇねぇ、高月くんの小学生の頃ってどんなだったの?」

 さーさんが、桜井くんに絡んでいる。

 別に面白い話は何もありませんよ。


「ああ! じゃあ、昔高月くんに助けてもらった話をするよ」

 笑顔で返す、桜井くん。


 え? 何の話?

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