83話 高月まことは、大賢者に再会する

「勇者まこと、大丈夫ですか?」

 去っていくジェラルド氏の背中を、ぼーっと眺めているとソフィア王女に声をかけられた。

 そうだ、お礼を言わないと。


「ソフィア王女、先ほどは回復魔法をありがとうございました」

 水魔法・癒しの水ヒールウォーター

 たしか、中級魔法だったかな。俺は使えない。


「き、気付いていたのですか。……礼には及びません」

 ぷいっと、横を向く王女様。

 うーん、やっぱり他国の勇者とケンカをしてしまってお怒りなんだろうか。

 失敗したかぁ。


「我が国の勇者が、失礼いたしました。水の国ローゼスの勇者まこと様」

 次に、やってきたのは、太陽の巫女ノエル王女だ。

 このかたにも助けられた。


「さきほどは、ジェラルド殿の身体を蘇生していただいて、ありがとうございます。俺の魔法が暴走したせいで、ご迷惑おかけしました」

 あら? とノエル王女は驚いた顔をする。


「ご覧になっていたんですか? 気を失われているように見えたのですが」

 おっと、そういえばノエル王女が、ジェラルドさんに蘇生魔法を使う様子は、ノア様に見せてもらったので、俺は気絶中だった。

 ごまかそう。


「えっと、そんな気がしただけです。……ところで、俺は何で気絶してたんでしょう?」

 自分の使った魔法に巻き込まれたんだろうか?

 だとしたら、間抜けな話だなぁ。


「高月くん、それは僕のせいなんだ」

 隣にいた桜井くんが、申し訳なさそうに言ってきた。

「このままだと、高月くんの魔法でジェラルドくんが危ないと感じたから。乱暴だったんだけど、力づくで止めさせてもらったんだ」

 はぁー、そうだったのか。


「そうそう! 桜井くんがね。凄い速さで高月くんのところに行って、高速の腹パンをしてたよ!」

 さーさんが、解説してくれた。

 って、え? 腹パンで止められたの?


「あ、あや。アレが見えたの?」

「凄い、僕には全く見えませんでした……」

 目がいいはずのルーシーと、勇者のレオナード王子ですら目で追えないスピードだったらしい。

 桜井くんすげーな。そして、それが見えるさーさんもすげぇ。


「助かったよ、桜井くん」

 というか、精霊魔法が暴走したら止められるの桜井くんしか居ないんじゃ……。

 危なかった。

 精霊魔法の暴走ダメ、絶対。


 そうそう、他にも気になる事が。


「稲妻の勇者の彼、五聖貴族のバランタイン家の人なんですよね? 俺がやっつけちゃって、大丈夫でした?」

 逆らっちゃダメって言われたのにいきなり約束破っちゃったよ。


「大丈夫ですよ、まこと様。私がバランタイン家に言っておきますから」

 微笑みながら、ノエル王女が答えてくれた。

 ノエル王女が、そう言ってくれるなら安心かな?


「ありがとうございます、ノエル様」

「ふふっ、水の国の勇者様ご一行は、りょうすけ様のご友人で、大切なお客様ですから。誰が何を言おうと、任せてください。これでも私、結構偉いんですよ?」

 ぴしっと、指を立ててウィンクする、次期国王のノエル王女。

 チャーミングな人だなぁ、と思っていると。 


「おい、精霊使い。起きたか。あとで、我のところに来い」

「「「!?」」」

 びっくりしたぁ!

 いきなり、大賢者様が空間転移テレポートで現われた!

 そして、言いたい事を言ってまた消えた。

 じ、自由な人だなぁ。


 あ、ノエル王女が笑顔のまま固まってる。

「す、すいません。まこと様。大賢者様は、私の魔法の先生でして……」

 どうやらノエル王女でも、大賢者様には頭が上がらないようだ。


「どのみちお礼を言いに、会いに行く予定でしたから」

 めっちゃ怒られそうだけど。


「じゃあ、今から大賢者様に会いに行こうかな」

「え? 少しくらい休んだら?」とルーシー。

「そうだよー、桜井くんに高速の腹パンされたんだよ?」

 さーさん、高速の腹パンって言いたいだけだろ?

 桜井くんの顔が、若干引きつってる。


「佐々木さん……。さっきのは、仕方なくだから。高月くん、大賢者様のところに行くなら案内するよ」

「ありがとう、助かるよ」

 何か大迷宮の時を思い出すな。

 

「ルーシー行こうぜ」

「え? 私も?」

「腕輪のお礼、言わないとだろ?」

「う、うん。そうよね……。ちょっと、怖いけど」 

 それは俺も同じだから。


「さーさんは?」

「うーん、私は、もう少しここの訓練場を見てみたいかなぁ。面白そうな運動器具もあるし」

 たしかに、訓練場に来てすぐ稲妻の勇者氏に絡まれたから、施設見学をできなかったけど。

 大陸最強の軍隊の訓練場だけあって、施設が充実している。

 最近のさーさんは、ニナさんに教わった格闘技が楽しいらしい。

 身体能力高いと、やりがいありそうだなぁ。


 レオナード王子とさーさんは、訓練場に残り。

 ソフィア王女とノエル王女は、王族同士の話があるのか別の場所へ去っていった。

 そして、俺とルーシーは、桜井くんに連れられて大賢者様の居る場所へ向かった。



 ◇



「ここだよ」

 桜井くんに連れられてきた場所は、ハイランド城の敷地の端にある小さめの運動場くらいの空間。

 

「……うわぁ」「……何、ここ」

 そこは、切り取られたような白銀の別世界だった。

 場にそぐわない、氷の屋敷が、異様な存在感で建っていた。

 ルーシーと俺は、ぽかんとそれを見上げる。


 氷の屋敷を囲っている高い塀は、おそらく魔力を含んだ水晶で、キラキラと輝いている。

 城の回りには、魔法の炎が、ちろちろと燃え、氷の城を照らしている。

 そして、地面には雪が降り積もっているにも関わらず、いたるところで満開の花が咲き誇っている。


 季節感が、無茶苦茶だ。

 いや、全てがデタラメだ。


 ――これ、大賢者様の魔法で、創ってるのか……

 不思議の国の、不思議の庭の、不思議の屋敷って感じだ。 


「じゃあ、あとはお二人で」

「「え?」」

 無情にも、桜井くんが去ろうとする。


「来てくれないの?」

「呼ばれていない人が行くと、大賢者様は怒るんだよ」

 申し訳なさそうに言う、桜井くん。

 こんな自己主張激しい家に住んでるんだから、もっと人呼ぼうよ! 大賢者様。

 でも、偏屈そうな人だったからなぁ。


「じゃ、行くか。ルーシー」

「う、うん」

 俺達は、季節違いな雪の上を踏みしめ、氷の屋敷の扉を開けた。



 ◇



 氷の屋敷の中は、真っ暗だった。

 外はあんなに、輝いてたのに!

 かろうじて、地面に等間隔に置かれたロウソクが足元を照らす。

 ダンジョンかよ!

 なんなの、この不気味な雰囲気は……。


「失礼しまーす。高月まこと、参りましたー」

「うう……、暗いよう、怖いよう」

 ルーシーが俺の袖を掴んでいる。

 おそるおそる前に進む。

 

「来たか」

「ひっ!」「きゃっ!」

 びくん、としながら俺とルーシーが振り返ると、メイドの姿をした人形が立っていた。

 怖っ!


「なに……これ?」

「さぁ……?」

「こっちだ。ついて来い」

 人形から、大賢者様の声がする。

 俺の言葉は無視され、奥へと案内される。

 偉い人のはずなんだけど……、使用人とかいないのかな?


 薄暗い部屋の奥に、白いローブの大賢者様がいた。

 巨大なソファーに寝転んでいる。

 部屋の感じは、迷宮の町にあったテントの中に似ている。

 高価そうなアンティークの家具に囲まれている。

 薄暗くてごちゃごちゃした空間が好きなんだろうか?


「お久しぶりです、大賢者様。先ほどは、精霊魔法で生成し過ぎた水を、処理いただきありがとうございます」

「あの時の腕輪、ありがとうございます」

 まずは、俺とルーシーはお礼を言った。

 が、大賢者様は、つまらなそうな表情のままだ。 


「……精霊使いくん、邪神の使徒は辞めていないようだな」

「……うっ、それは」

 さっそく、痛いところをつかれた。


「まあ、いい。まさか、この短期間で水の国ローゼスの勇者になるとは思わなかった。これでは、邪神の使徒であることは、ますます公表できなくなったな。民の士気に悪影響すぎる」

 不愉快そうに、大賢者様が言う。

 おお! どうやら引き続き、見逃してくれるようだ。よかった。


「しかも、稲妻の勇者の坊やを倒すとはな。ただ、あれはジェラルドが情けない。仮にもアベルと同じ『雷の勇者』のスキルを授かっておきながら……」

「まことが、凄いんですよ!」

 ルーシーが、強く擁護してくれた。

 でもなぁ、俺覚えてないんだよね。魔法が暴走してたから。


「何が凄いものか。あんな暴走した魔法は、使い物にならん」

「はい……そうですね。気をつけます」

 ノア様にも、その点はしっかり指摘されたので、次回の課題だ。


「暴走するなら、そっちの赤毛の魔法使いのほうかと思ったが。ところで、お前、『ウォーカー家』だったな?」

「え、は、はい。ルーシー・J・ウォーカーです」

 ルーシーに話題が移った。


「ジョニィの子孫か……。ほれ、これをやる」

 ぽいっと、杖を投げられた。

 ルーシーが、わたわたとそれを受け取る。


「こ、これは?」

「ジョニィが使っていた杖だ」

「!? 曾おじいちゃんが!?」

 ん? 大賢者様は、ルーシーの曽祖父と知り合いなのか?


「ルーシーのおじいさんって、大賢者様の知り合いなの?」

 ルーシーに尋ねたが、答えたのは大賢者様だった。


「おまえ……木の国スプリングローグの英雄ジョニィ・ウォーカーを知らんのか? アベルの仲間の一人だぞ」

「あ」

 思い出した。


 救世主アベル。

 聖女アンナ。

 白の大賢者様。

 そして、伝説の魔法弓士のジョニィ。


 世界を救った、伝説のパーティーのメンバーだ。

 たった四人。

 随分少ないな、と思ったのを覚えている。

 しかし、その一人がルーシーの曽祖父だったとは!

 そして、さすがは長寿のエルフだな。

 千年前の人物でも、4代前なのか。


「ルーシー! 凄いじゃないか! 教えてくれればよかったのに」

 それにしても、相変わらず大賢者様は、気前がいい。

 貴重な武器をくれた。

 俺の暴走魔法の後始末も、そこまで怒ってなさそうだ。

 よかったぁ。


「まあ、言いたくなかった気持ちもわかる」

 ニヤリとして、大賢者様が意地悪い声をだした。


「え? どういうことです?」

「私の曾おじいちゃん……木の国スプリングローグの英雄ジョニィ・ウォーカーって、エルフでは珍しい稀代の女好きだったの……」

「妻が五十人、孕ませた女はその倍……。手を出した女の数は、数え切れん」

「……ええ」

 伝説の勇者のパーティーの一員が? 何やってんだ。

 まあ、でもそんなもんなのかな?

 英雄、色を好むって言うし。


「おかげで、大陸中にジョニィ・ウォーカーの子孫を名乗るやつらがいるの……。本当の子孫から、そうじゃないのまで」

「ジョニィの子孫を語って、詐欺商売をしている連中もいるらしいな」

「曾おじいちゃんは、尊敬しているけど。女癖の悪いところは大っ嫌い」

 ……まあ、そりゃそーだよな。

 ルーシーが、色恋には真面目な理由の一端を垣間見た。


「あのバカは、アンナや我にも手を出そうとしてきたからな。アベルに、ぶっ飛ばされてたが」

 大賢者が、懐かしそうに語る。

「……おじいちゃんってば」

 ルーシーががっくりとうなだれている。

 おや? なんか気になる言い方だな。


「まるで、ご自身のことのように話されるんですね」

 大賢者様は、『継承』スキルによって、記憶を受け継いでいるだけのはず。


「ん? そーいえば、まだ言ってなかったな」

 じろりと、ルビーのような目がまっすく見つめてくる。


「おまえは、我のことをどのように聞いている?」と大賢者様が尋ねてくる。

「千年前の救世主アベルの仲間だった大賢者様のご子孫ですよね? 『継承』スキルによって、初代大賢者の能力を引き継いでいると……」

 そんな話を、前に聞いたはずだ。


「あれは、嘘だ」

 あっさりと、大賢者様が言ってきた

「「え?」」

 俺とルーシーが、同時に驚愕の声を上げる。


「うそ……なんですか?」

「ああ、『継承』なんてスキルは、存在しない。もしかすると、どこかにあるのかもしれんが、我はそんな便利なスキルは知らんな」

「じゃ、じゃあ! あなたは初代の大賢者様の能力を持ってないってことですか! それでは、みんなを騙していることになるんじゃ!」

 ルーシーが怒りの声を上げる。

 ルーシーは以前、大賢者様は、全魔法使いの頂点に位置する偉大なかただと言っていた。

 それを裏切られた気持ちなのかもしれない。


「でも、魔法使いとしては凄い人なんだし、いいんじゃない?」

 異世界からやってきた俺としては、引き続き味方のお助けキャラとしていて欲しい。


「違うわ! 千年前の救世主アベル様と一緒に戦った大賢者様の『チカラ』を持っていることが重要なの! だから、『光の勇者』スキルは偉大だし、聖母アンナ様の『光の巫女』スキルを持っているノエル王女は、皆の尊敬を集めているの。『雷の勇者』スキルも……一応、その一つよ」

 ジェラルドさん。一応って言われてるよ。可哀想に……。

 でも、そっか。

 千年前の救世主アベルとその仲間は、この世界で誰もが知っている英雄譚だ。

 彼らのスキルは、この世界の全住人に神聖視されている。


「興奮しているところ悪いが、我はお前が言うアベルの仲間である大賢者のチカラを持っているぞ」

「え?」

 何言ってんだ、この人。

 継承してないんだろ?


「どういう意味です?」

「我は、千年前の大賢者本人だからな」

 白髪紅眼の大賢者様は、事もなげにそう言った。




「あ、あの……そんなわけありません。千年なんて、長寿のエルフでも生きてませんよ」

 冗談だと思ったのか、ルーシーが否定する。

 そもそも大賢者様の見た目は、俺より年下にしか見えない。

 口調は……大人びているが。


「我は不死者アンデッドだ」

 空気が凍った。

「「え?」」

 なんか、凄い話を聞かされてない?


「これを知っているのは、一部の王族と貴族だけだ。貴様らは……勇者の一員だから問題ないだろう」

「はぁ……そうなんですか」

 そうか、じゃあノエル王女とかは知ってたんだな。

 桜井くん、教えてくれよ……。

 あー、でも勝手に言っちゃダメだったのかも。


「千年前にアベルに助けられてな。それ以来、人間の味方をしている」

「……」

 ルーシーがフリーズしている。

 この世界の住人には、ショックが大きかったらしい。

 伝説の英雄が魔族だったことか、それとも英雄本人が生きていたことなのか。


「だから、ルーシーが半魔族だったり、さーさんが魔物でも寛容だったんですね」

 前回、あっさり見逃してくれるから変だと思ったんだけど。


「そういうわけだ。ところで我の種族は、『吸血鬼ヴァンパイア』だ。元は人間だがな」

 大賢者様が、ニイィ、と笑うと鋭い歯が見えた。

 最初見たときは、人形のように綺麗な幼女だと思ったが、今は……少し怖いな。

 大賢者様が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「ヴァンパイアですか。さっきは、太陽の下に出て大丈夫だったんですか?」

 俺の精霊魔法の暴走のあと始末に、昼間なのに外に居たはず。

 ヴァンパイアと言えば、太陽の光は弱点のはずだ。


「ああ……最悪の気分だったよ。昼間は寝ているところだったのに」

 大賢者様は、さらに近づいてくる。

 なんだ?


「我は少しの間なら、太陽の光にも耐えられる。気分は悪くなるがな」

「そ、そうですか。それは、ご迷惑をおかけしました……」

 大賢者様は、手の届くくらいの位置にいる。

 身長の低い大賢者様を見下ろす形になっているが、ひざまづいたほうがよいのだろうか。


「おかげで、少し貧血気味なんだ」

 大賢者様の、手が頬に触れる。

 その手は、冷たい。

 以前、スキルを調べられた時、随分「ひんやりした手だな」と感じたのを思い出した。

 

「迷惑料だ、精霊使い。おまえの血をよこせ」

 

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