82話 高月まことは、やり過ぎる

-ジェラルド・バランタイン視点-


 目の前にいるのは、ボロボロのカスみたいな魔力の魔法使い。

 こんなやつが、俺と同じ勇者だと?

 イライラする。


「つまらねぇ!」

 俺は、近くの水龍をぶった斬った。

 百匹近い『水魔法・水龍』が出現した時は、少し焦った。

 だが、所詮は水魔法。

 勇者の俺様にとって、水魔法の攻撃力など無いに等しい。


 なによりここに、あのクソ野郎の『光の勇者』が居る。

 お前の仲間を、目の前でボロ雑巾にしてやるよ!

 目の前の水龍を力任せに殴り飛ばす。

 

「それで終わりかよ! くだらねぇ!」

 俺様は、やつにドドメをさそうと近づく。


 先ほどまでと違い、表情が豊かになった水の国の勇者。

 すぐに、苦痛に歪めてやる。

「じゃあ、これから魔法を使うから」

 やつが、変な事を言ってきた。


「あん?」

 何言ってやがる。

 さっきの超級魔法が、お前の切り札だろうが。

 はったり、言ってんじゃねぇぞ。


 水の国の勇者が、右手を上げる。

 次の瞬間、ヤツを中心に巨大な水の塊が現われた。

 ――ズズズズズ……

 水の塊は、うねうねと、形を変えながらどこまでも増えていく。


「!?」

 なんだ。

 水魔法の水生成か?

 訓練場を飲み込まんばかりに、水が増殖する。


「うお!」「なんだ、この水の量」「やべぇ!」「全部、水だと!」「これ水生成か!?」「ありえないだろ、この規模!」「ちょっと、まこと!?」「ルーシーさん、下がって!」「きゃぁああ!」「逃げろ!」「離れろ、巻き込まれるぞ!」「まことさん、凄い……」


 回りのゴミ共から、うぜぇ声が聞こえる。 

 大した水生成の量だ。

 ハイランド城を飲み込むほどの水量だが、だからどうしたってんだ。


 一度、巨大な水の塊から距離を取る。

 水の塊は、どんどん量を増しており、いまやハイランド城すら越える勢いだ。

 くだらねぇ、全部吹き飛ばしてやるよ。

 ゴミが……。


「太陽魔法・落雷サンダーボルト

 俺の放った超級魔法が、水の塊に叩きつけられる。しかし。

「ちっ」

 あまりの水の量ゆえか、魔法が効いている様子は無い。

 水は、なおも増え続ける。

 直接、たたき斬るしかないか。


――太陽魔法『雷の剣サンダー・ソード


 剣を構え、魔法剣スキルを発動させる。

 伝説の救世主アベルも使っていたというスキル。

 これで、くだらない戦いを終わらせてやる。


 俺の木剣が黄金に輝き、そこらの魔法剣など比較にならない武器に変わる。

 こうなれば、武器の種別など関係ない。

 ちんけな魔法ごと切り裂いてやるよ。


「りょうすけ様!? 止めなくてよいのですか?」

 ノエルが、光の勇者の野郎の肩をゆすっているのが見える。

 ……イライラする。


「大丈夫。高月くんなら」

 光の勇者のクソ野郎の声が聞こえる。

 あのカス魔法使いの何を信頼してるんだ?

 お前のお仲間が二度と、立ち上がれないようにしてやるよ。

 そこで、黙って見てろ。


「くたばれ」

 右手に握る剣に、凄まじい『稲妻のマナ』を集中させ――


 俺は、巨大な水の塊に突っ込んだ。

 やつは、水の塊の中心にいる。

 水の中は、暗く表情は見えない。

 だが、スキルで位置は把握している。


(終わりだ!)

 その剣が届く直前に



 ――水魔法・深海



 声が聞こえないはずの水の中で、何故かやつの声が耳に届いた。


(!? なんだ。身体が重く……)

 まとわりつくようにヤツの生成した水が身体にのしかかってくる。

 だが、動けなくは無い。

 悪あがきを……。


 これだけの水を生成して、この程度か。

 子供だましだ。

 俺は剣を振りかぶり、ヤツに振り下ろそうとして



 ――水魔法・水深千メートル



 聞き覚えの無い単語が聞こえたとたん。


(がっ!)


 身体にかかる圧力が、何十倍にもなる。

 身体が、鉛のように重い。

 腕と……足……なんとか動く。

 この野郎、生意気な魔法を。


(うぜぇ! このくそ水を吹き飛ばして)

 魔法を使おうと、魔力を集中して……



 ――水魔法・水深二千メートル

 


 また、声が聞こえる。

 さらに、圧力プレッシャーが高まる。

 体中の骨が、みしみしと音を立てているのがわかる。

 息ができない。

 頭がガンガンする。

 視界が暗くなる。

 身体中が、危険信号を放っている。


(ま、まて。なんだ……これは……まず)



 ――水魔法・水深三千メートル



 声が、耳元で響いた。

 ボキン、とどこかの骨が砕けた。


(ああああああああああああああああああああ!)


 激痛が走る。

 悲鳴は、上げられない。

 ただ、水中で歯軋りをする。

 くっ……そ……

 てめぇ、ぶっ殺して……

 だが、まずは、ここから離れ……ない……と



 ――水魔法・水深四千メートル



 淡々と。

 やつの声が耳に届いた。

 その意味を考えるより先に、

 グシャリ、とナニカガ潰れた。

 それは俺の腕だったのか、足だったのかわからない。


(あ……あ……、や……め……)


 理解が追いつかない。

 俺は今どうなっている?

 ヤツが言葉を発するたびに、激痛が増し続ける。

 何も考えられなくなる。

 いや、一つだけわかる。 



 ――殺される



 全身を恐怖が駆け巡り



 ――水魔法・水深五千メートル



 その声は、果たして聞こえたのか。

 ……………………。

 何が起きたか、理解するのを脳が拒否した。

 俺の身体が……


(……お……れ……は……死……)



「高月くん! それ以上は、駄目だ!」

 意識を失う直前に、うっすらと誰かが飛び込んでくる影が見えた。

 俺を助け出したのは、あの忌々しい『光の勇者』だった。



 ◇



- 高月まこと視点 -


「あれ?」

 気がつくと、何も無い空間……女神様の場所にいた。

「ノア様?」

 おかしい。

 俺は稲妻の勇者氏と、試合をしてたはずでは?

 

「まこと」

 あ、ノア様がいた。

「ご無沙汰してます」

 いつものように、ひざまづき挨拶する。


「……」

 返事が無い。

 ひょいと、見上げると。


「バカバカバカバカ! 何やってんの!」

 ぽかぽか、頭を叩かれた。

「いた、痛い。痛いです、ノア様」

 よく考えると痛くなかったが。

 

「まこと! 正座!」

「は、はい」

 正座した。

 なんで?


「何で、ここにいるかわかる?」

「えっと」

 何でだろう。

 さっきまでハイランド城の裏手の訓練場にいた。

 そして、稲妻の勇者ジェラルドと戦ってたはず……まさか。


「負けたってことですか?」

 うわー、恥ずかしい。

 ノエル王女にもカッコつけたのに。

 負けちゃったのかぁ。


 見上げると、ノア様は呆れた表情で。

「見なさい」

 ノア様がパチンと、指を鳴らすと、空中に大きな画面が現れる。


「まこと!」「高月くん!」「まことさん!」

「大丈夫です……癒しの水ヒール・ウォーター!」

 横たわり気絶している俺の周りに、ルーシー、さーさん、レオナード王子、ソフィア王女、桜井くんが居る。

 ソフィア王女が、回復魔法を唱えてくれている。


「今、ソフィアちゃんが癒してくれてるわ」

「ありがたいですね」

 見たところ、大きな怪我はなさそうだ。

 はぁー、しかし俺が気絶してるってことは。

 

「結局、負けたんですね……」

 がっくりと、肩を落とす。

 ノア様は、何も言わない。


「こっち、見なさい」

 ノア様が、パチンと指を鳴らす。

 画面が切り替わる。

 そこに映っているのは。


「…………………………え?」


 四肢が、人間では『ありえない』方向に、ネジレ、マガリ、ヒシャゲタ、稲妻の勇者ジェラルドだった。

 え? ちょっ。ちょっと、待ってくれ。

 これ……。


「……し、死んでる?」

 サーっと、血の気が引く。 

 うそだろ。

 俺は、人をころし…て。


「いつくしみ深き、我らの主よ。光魔法・蘇生」

 その時、ノエル王女の美しい声が響いた。

 神聖な光に包まれた稲妻の勇者氏の身体が、元に戻っていく。


「よかったわね。ノエルちゃんが近くに居て。聖級魔法『蘇生』の使い手なんて、大陸に数人しか居ないわよ?」

 おおー!

 よかった!

 殺人犯にならずにすんだようだ。

 ノエル王女、助かりました!


「あとで、お礼言っておきます……。ところで、あれは俺がやったんですか?」

 全然覚えてない。

 おかしい。 精霊魔法を使おうとしたところまでは、記憶があるんだけど。


「まこと。あなたの精霊魔法、してたわよ」

 腰に手を当てたノア様が、そう告げた。

「暴走……ですか?」

「そ。光の勇者のりょうすけくんが、あなたを止めてくれたのよ」


 ノア様が指を鳴らすと、画面が切り替わる。

「ほら、こっちみて」

 巨大な水の塊が、ふよふよと浮いている。

 あれ……俺が生成した水だろうか?


「マコトがバカみたいに大量に生成した水。ハイランド城を飲み込むくらいの量だったからね。あのままにしておくと、街に溢れて大勢の人が流されてしまってたでしょうね」

「……え”?」

 マジですか。

 でも、俺気絶してるはずでは。

 一体、誰がコントロールしてるんだ?


「ほら、あれ見て」

 画面には、白いローブに白い髪の魔法使いらしき人が映って……大賢者様?

 大賢者様が、俺が作った水を、操ってくれている?


「ちっ……、面倒かけおって」

 大賢者様の声が聞こえてきた。

 うわー、機嫌悪い。

 大陸最高の魔法使い様が、ブツブツ言いながら俺の後始末をしてくれていた。

 ほどなくして、水は全て捌けてしまう。


「ありがとうございます、大賢者様」

 ルーシーが代わりにお礼を言ってくれている。

「そこの精霊使いが起きたら、会いに来るよう伝えておけ」と言い残して、空間転移テレポートで消えていった。

 うわー、怒ってる。

 ああ……、会うのが怖い。

 絶対、怒られる。


「お世話になった人に、お礼言っておくのよ」

 腰に手をあてたノア様が「めっ」と言いながら、俺に注意してくる。

 ……はい、色んな人たちに迷惑かけちゃいました。


「まあ、でも私も悪かったわ。まことは、私の言う通りに感情を込めて精霊魔法を使ったわけだし。もっと注意しておくべきだったわ」

 ノア様が、困ったような顔で微笑んだ。


「俺のやり方がまずかったんでしょうか?」

「込めた感情が『怒り』だったからね。それ以外の感情なら、まことの熟練度があればコントロールできたと思うわよ。『怒り』は、人間の感情で一番激しい感情だからねー。だからこそ、稲妻の勇者に圧勝できたんだけど」

 な、なるほど。

 そっかぁ、怒りは駄目かぁ。

 

「ところで、なんで聖神族は精霊魔法が嫌いなんだと思う?」

 ノア様が問うてくる

「え、急になんですか?」

 話し変わった?


「変わってないわ。精霊魔法ってね、暴走した時の被害が大きすぎるのよ。まさに、まことがしたみたいにね」

「……被害」

 確かに、大賢者様がいなかったら、大規模な水害を起してた。


「だから、聖神族の管理する教会が発行する『魂書』は、熟練度の上限を99に制限して、それ以上成長しないように見せかけて、精霊が見えないようにしてるの。精霊魔法は人気が無い魔法だと一般に信じられているのも、聖神族の教会が広めた噂よ」

「そうだったんですか……」

 どうりで、精霊魔法に関する本が、極端に少ないわけだ。


 しかし、教会の教えもわかる。

 精霊魔法の暴走は、怖い。

 はあ、失敗したなぁ。

 あとで、(一人)反省会しよう。


「ま、悪い事ばかりじゃないわよ」と言って、ぴらりと一枚の紙を取り出す

「俺の魂書ですか」

 勝手に取られていることは、もう何も言うまい。

「ほら、ここ見て」

 はあ……、変わり映えしない……って!?

「熟練度:200!?」

 えっ! つい最近見たときは160台だったはずなんだけど。

 こんなに上がった?

 すげぇ、これ熟練度稼ぎの裏技じゃない!?


「まことは、覚えてないと思うけど強力な魔法連発してたからねー。あ、でも今後『怒り』で精霊魔法使うのはやめておきなさい。下手したら、味方まで巻き込んじゃうわよ」

「……肝に銘じます」

 さーさんやルーシーを巻き込んでたらと思うとゾッとする。

 これは、禁じ手ですね。 


「そろそろ、目覚めるわ」

「……色々ご心配をおかけしました」

 ノア様は、困った顔の笑顔のまま。


 ちょんと、この前みたいに頬にキスされた。


「あの」

「今回は失敗だったけど、気を落としちゃ駄目よ。じゃーねー」

 ひらひらと手を振り、消えていった。

 慰めて下さったのだろうか。

 ありがとうございますノア様、小さく呟いた。

 


 ◇



 目を覚ました。

 ルーシーとさーさんの顔がすぐ近くに迫っている。

「まこと!」「高月くん」「高月さん、気分は大丈夫ですか?」

 後ろには、心配そうな顔のレオナード王子と、ソフィア王女。


 ちらりと、少し離れたところにいるノエル王女を見る。


「ジェラルド、目を覚ましなさい」

「……俺は……生きてる……のか?」

 ノエル王女のそばには、稲妻の勇者がいる。

 どうやら、彼も回復したようだ。


「大変なことをしてくれましたね。まこと様に詫びなさい」

「……うるせーよ」

 相変わらずの尊大な態度。

 ある意味尊敬する。

 ただ、さすがに気になって近くにいるレオナード王子に聞いてみた。


「レオナード王子、稲妻の勇者は、なんでノエル王女にあんな口調なんです? ノエル王女のほうが偉いんですよね?」

 と聞くと、王子は気の毒そうな顔をした。


「ジェラルド殿とノエル王女は、幼い頃からのお知り合いで……実は、光の勇者様が現われる前は、婚約者同士だったのです」

「……えっ!?」

 それはつまり。


 幼馴染みの婚約者を、桜井くんに取られたってこと?

 しかも、勇者としての立場も、桜井くんの二番手に……。

 なんて悲しい話だ……。


「泣けますね……」

「ええ……」

 水の国の勇者の俺たちは、深くため息をついた。


「……くそがっ」

「ジェラルド!」

 ノエル王女の声を無視して。

 俺と目を合わすことなく。

 稲妻の勇者は、小さく悪態をつきながら去っていった。


 ――その姿は、最初に会った時のような威圧感は無く。


 去っていくジェラルドさんの背中は、哀愁が漂っていた。

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