80話 高月まことは、ハイランド城へ向かう
「いいお湯ですなぁ」
「あー、でかい風呂はいいねー」
俺とふじやんは、宿にある大浴場に来ている。
勿論、男女別なのでルーシーやさーさんは居ない。
「太陽の国にも、共同浴場ってあるんだね」
「いえ、みんなで風呂に入る文化は、太陽の国の文化ではありませんぞ。ここは拙者の知る限り、唯一の大浴場がある宿ですな」
さすが、ふじやんだ。
いい場所を知ってる。
「素敵ですね! 異世界では、みんなで浴場に入るのですね!」
そして、第一区に行ったはずのレオナード王子が、なぜかここにいる。
なんでもソフィア王女は、着いて早々にハイランド城へ挨拶に向かったらしい。
働きものな姫様だなぁ。
その間、暇なので俺たちのところに遊びに来たと。
ちなみに、護衛の人たちも風呂に誘ったけど「王子とご一緒など、とんでもない!」と断られた。
「まことさん、藤原さん。明日は一緒にハイランド城へ行きましょう。お二人は初めてですよね」
湯の中をすすっと、近づいてくるレオナード王子。
肩から下は湯気と揺れる湯面で見れず。
整った顔と声変わりしていない美声のおかげで、美少女にしか見えない。
「まことさん?」
小首をかしげて覗きこんでくる……ち、近い近い!
はっ! 待て、レオナード王子は男だろ!
視線をそらしつつ、隣のふじやんのほうを見ると。
「……」
めっちゃ、がん見してた。
おいおい、もうすぐ嫁さん二人貰うんだろ?
「おーい、ふじやん、ふじやん」
「はっ! 拙者は何を」
何か、俺と似たような反応してる。
(まこと……私より男の子に誘惑されてない?)
ノア様。とんでもない誤解です。
「レオナード王子、明日は案内お願いしますね。ところで、ホルンと違って、太陽の国の王都は、王城と教会が分かれてるんですね」
「はい、ローゼスと違ってハイランドは、政教分離の国家ですから」
「いいところに、気付きましたな! それはこの国の成り立ちと関係しているのですぞ」
ふじやんが、語り始めた。
「タッキー殿。太陽の国を作った人物はご存知ですか?」
「おっと、バカにするなよ、ふじやん」
その話は、水の神殿で耳にたこができるくらい聞かされた。
「救世主アベルだろ?」
知ってるもんね!
「その通り! しかし、ハイランド王家は
「え?」
何それ? ミステリー?
「救世主アベル様は、太陽の国を設立したあと、いずこかへ去られたのです。そのため、ハイランド初代国王は聖母アンナ様です」
レオナード王子が、答えてくれた。
「聖母アンナ……、救世主アベルの仲間だったって言う太陽の巫女アンナ?」
「そうなのです。そして、聖母アンナ様は、太陽の女神教の初代教皇でもあります」
「へぇ……」
何やら、ややこしい話になってきたな。
「ハイランド王家は、聖母アンナ様の子孫。太陽の女神教は聖母アンナ様の役職を代々受け継いできたのです」
「それが、この国にトップが二人いるって言った理由か」
「ハイランド国王が国のトップですが、国王は女神教教皇に命令することができません。完全に独立した存在です」
「聖母アンナ聖堂の敷地内は、治外法権と言われていますからな。タッキー殿、興味があって近づく場合は気をつけてくだされ」
いやー、近づきませんよ。
古い女神(邪神)を信仰しているのに、大陸最大の宗教の聖地に行くとか、怖すぎる。
「まあ、そういうわけでハイランド王家の悲願は、救世主アベルの血筋を取り入れることなのです」
「いや……無理っしょ」
千年前の人じゃん。
「その通りです。しかし、つい最近救世主アベルの生まれ変わりと言われる人が現われました」
え?
「それって、まさか……」
「光の勇者、桜井殿ですぞ」
「えー」
異世界からやってきたのに、この世界の勇者の生まれ変わりって変じゃない?
「光の勇者が千年ぶりに現われたという噂が広がった時は凄かったですよ。国中が沸きました」
レオナード王子が、その時のことを思い出したのか遠い目をする。
桜井くん……えらいことになってんなー。
ちょっと、同情する。
昔っから、責任感強いから。
期待に応えようとしてるんだろうなぁ。
「光の勇者様が現われた瞬間、ハイランドの王位継承権の一位は、第一王子から次女のノエル王女に変更されました」
「……次女?」
「ハイランド王の長女は、すでに結婚されてましたから。それに、光の勇者の生まれ変わりと言われる桜井様と、聖母アンナ様の生まれ変わりとされる太陽の巫女ノエル様。このお二人が結ばれることを、太陽の国の民は望んでいるのですよ」
千年前の伝説になぞらえているわけね。
責任重大だなぁ、桜井くん。
「彼も大変ですな」
「だねぇ」
かつて同じクラスで、机を並べた彼がはるか高みに行ってしまった。
「そろそろ、のぼせてきたかも。上がろうか」
「今日は、このあと晩酌をしませんか?」
「いいね」
「僕もご一緒していいですか?」
「勿論。ただし、お酒は駄目ですよ」
「えー、少しくらいは」
駄目です。
ソフィア王女に殺されます。
そのあと、さーさんやルーシーやニナさん、クリスさんたちと宴会になり、夜遅くに疲れた顔のソフィア王女がやってきた。
お茶でも、と誘ったが「明日も早朝から仕事ですから」と去って行った。
王女様、マジ激務。
◇
翌日。
俺たちはレオナード王子に案内され、ハイランド城へやってきた。
ふじやんは、商人の仕事があるらしく、俺とルーシーとさーさんだけだ。
ソフィア王女もお城に来ているらしいが、別口で仕事中らしい。
遠目にも荘厳だったハイランド城は、近くに寄ると更に圧倒的な存在感だ。
無骨な石積みの建物だが、多分石だけでこの高さは維持できないだろうから、魔法の力を使って建てられてるんだろう。
城の中には、数多くの騎士が歩いている。
それぞれの鎧に彫られている紋章は様々だ。
「騎士が多いですね」
「もうすぐ光の勇者様の、太陽の騎士団長の就任式がありますから。五聖貴族様の騎士たちも集まっているんですよ」
五聖貴族。
ハイランド王家、ローランド家、ホワイトホース家、ベリーズ家、バランタイン家の太陽の国を牛耳っている大貴族か。
「桜井くんって、前から騎士団長じゃなかったの?」
水の神殿を出る時に、既に騎士団長になることが約束された口ぶりだったけど。
「伝説の救世主様と同じ『光の勇者』スキル所持者ですから。騎士団長クラスの待遇は当然という声が多かったのですが、反対派も根強くいたらしいです」
と教えてくれるレオナード王子。
「具体的には、第一王子を推していたローランド家、第二王子を推していたホワイトホース家らしいわ」
ルーシーが教えてくれた。
周知の事実ってことか。
「騎士団長代行であった勇者桜井様ですが、先日『忌まわしき竜』三匹の討伐という偉業を成し遂げ、無事正式に太陽の騎士団、第七師団の団長になったそうです」
「へぇー」
大したもんだ。
「『忌まわしき竜』の討伐は、高月くんも関係者でしょう!?」とさーさん。
他人事のように言ってたら、つっこまれた。
「うーん、その後に色々あったから昔のことみたいでさ」
邪神様のお願いを聞いたり、勇者に指名されたり。
遠い昔のことみたいだ。
「忌まわしき魔物のことを、そんなあっさりと……」
「まことさん、人類の天敵と言われている魔物ですよ……」
レオナード王子とルーシーが、呆れたように言った。
「あ、それなんですけど。レオナード王子に一つお願いが」
「はい、何でしょう?」
「水の国の騎士全員に『冷静』スキルを覚えてもらいませんか? 忌まわしき魔物は『恐怖』や『魅了』の状態異常魔法を常に使ってくるので、やっかいだと思うんですよね。それさえなければ、実は雑魚なんじゃないかって思って」
過去二回ほどの戦いしか経験していないけど、悪くない打ち手だと思う。
「後半の意見はともかく、状態異常魔法への対策は重要ですね! すぐ検討します」
レオナード王子は、素直な子でよいなぁ。
それからしばらく。
俺たちは、ハイランド城を色々と探索した。
「高月くん、勇者になっても勝手にタンスを開けちゃ駄目よ?」
「え?」
わかってますよ、さーさん。
隠し通路を探したりしませんから。
……ちっ、駄目か。
◇
城内を探索して、しばらくたった頃。
「佐々木さん!? もしかして、佐々木さんだよな? 俺、武田だよ。久しぶりだな!」
王城内の通路で、騎士風の若い男に、急に話しかけられた。
俺じゃなく、さーさんが、だけど。
「えーと、武田くん? 久しぶりね」
相手は、元クラスメイトの武田くんだった。
俺とはほとんど話したことがない。
そっか、太陽の国に居たんだな。
さーさんとは、友達だったのかな?
「水の神殿には、居なかったよね? 別の場所に転移してた? いやぁ、偶然だなー。俺今、ハイランド城の上級騎士やっててさ。自分の部屋も持ってるんだ。これからどこかで食事しない?」
「……うーん、今、高月くんと一緒にお城見学してるから」
さーさんが、やんわりと断る。
「高月? あー、いたのか。久しぶりだな」
「あ、うん。久しぶり」
俺のほうをみて、あからさまに見下してくる視線。
あー、これは水の神殿時代を思い出すなぁ。
「佐々木さん、シンフォニアには最近来たの? 俺良い店知ってるんだ。何時ならいい?」
「いや……私、今日、予定あるから」
しつこく誘う武田くんと、俺のほうを見てくるさーさん。
これは、何か言うべきか……。
俺とさーさんが目で会話しているのを、気付いたのか、武田くんが不愉快そうな顔をした。
「へぇ、高月と仲良いんだな」
「えっと……、大迷宮で高月くんと再会して助けてもらったから」
困り顔の笑顔で対応するさーさん。
次の瞬間、武田くんが意地の悪い表情になる。
「なぁ、佐々木さん。高月ってさ、ステータスが低すぎて、神殿で誰からもスカウトされなくて最後まで余ってたんだよ。知ってる?」
ニヤニヤしながら、解説してくる。
……うぜぇ。
愛想よくする気が失せた。
つか、なんで知ってるんだよ? 有名なの?
「なんだよー、本当のことだろ? 高月。んな顔するなよ。佐々木さんの前で言って悪かったよ」
微塵も悪く思ってなさそうに肩を叩かれた。
さーさんの表情が、少し固くなる。
そして、何か思いついたように声色を変えた。
「ねぇ、武田くんって騎士なんだよね? それって、桜井くんと同じってこと?」
さーさんが、急に愛想よく話しかける。
ん?
「いやいやいや。桜井とかまじチートだから。あんなん特別だって」
武田が苦笑いしながら答える。
「へぇー、ところで高月くんって今、
「……は?」
武田は、ぽかんと、口を開けて、その後、大声で笑い出した。
「ははははっ! 佐々木さん、それ騙されてるよ! 高月が勇者なわけないだろ!」
「まことさんは、我が国の勇者です! レオナード・エイル・ローゼスの名において、保障します!」
「……え? レオナード王子……?」
どうやらレオナード王子の顔は知ってたらしい。
武田の顔が青ざめた。
まあ、王城勤めなら、各国の王族の顔は把握してるよな。
「先ほどの無礼な発言、撤回してください!」
「あの、レオナード王子? 別に俺は気にしてな……」
「申し訳ありません! 先ほどの発言を撤回します!」
撤回されたよ。
こーいうのって、撤回されてどうすればいいんだろう?
「あー、ちょっと。わ、悪かったよ、高月。また今度! うん、じゃあ、な!」
武田は、挙動不審な動きをしながら、どこかに去っていった。
勝手に話しかけてきて、勝手に去っていった。
慌ただしいやつだな。
「だっさ」
さーさんの冷たい呟きが聞こえた。
「さっきの人、まことと同じ異世界人よね? 何か嫌な感じ……」
ルーシーがぼそっと言った。
「まあ、いいんじゃない? 放っておけば」
その道は俺が一年前に通った道だ。
もう乗り越えてる。
あんなやつは、どうでもいい。
どうでもいいんだが……。
「ところで、さーさん、あいつと仲よかったっけ?」
結構、親しげに話しかけてきたし。
実は以前は、仲良かったのだろうか。
「……昔、何回かカラオケとか遊びに誘われたけど。私、彼苦手だったから行ってないよ?」
「ふーん」
「え? ヤキモチ?」
さーさんの表情が、にーっと笑うような顔になる。
おっと、これはからかい体制ですね。
「違います」
「ふぅーん」
「違うよ?」
「へーえ。で、本当は?」
ちょっと、ヤキモチ焼きました。
「ちょ、近い近い」
そんな顔寄せてこなくてもさーさん。
あなた、めっちゃ目がいいよね?(魔物だから)
「ほら! 次行きましょ! 王城で、いちゃいちゃしない!」
ルーシーに腕を引っ張られた。
「ええー、もうちょっとだけー」
反対側をさーさんに引っ張られる。
こ、これが異世界ハーレムか!
違うか。違うな。
にしても、こんなところでクラスメイトに会うとはなぁ。
けど太陽の国は、大陸最大の国家で、安全面を取るなら一番良い国だ。
物価が、六国の中で最も高いことに目をつぶれば。
他のクラスメイトも、居るかも……。
なんか、からまれたら面倒だなぁ。
魔物より、親しくないクラスメイトに会う方が気が重い、ような……自分でもどうかと思うけど。
はぁ。
◇
ハイランド城は広大で、一日ではとても回れない規模だった。
「少し休んでいきましょう」
レオナード王子に案内されたのは、王城の裏手。
そこはサッカーコート4面分くらいありそうな、広い広い敷地だった。
そこでは、多くの騎士や魔法使い、僧侶、弓士の人たちが戦闘訓練をしている。
広場の脇には、食べ物屋らしき店がいくつも並んでいる。
「こちらは、太陽の騎士団の練習場ですが、軍人であれば他国の人間でも利用できます。あちらのお店で少し何か食べましょう」
「え? 俺って軍人だったんですか?」
衝撃の事実!
「国家認定勇者は、水の国の将軍職と同等の地位になります。といっても、特に軍務には縛られておりません。あくまで、組織上の所属です」
「勇者の認定式で説明あったわよ……? 聞いてなかった?」
ルーシーに呆れ気味につっこまれた。
「高月くん、浮かれてたもんねー」
さーさん、言わないで!
正直、勇者になったテンションで、聞き流してました。
俺たちは、ワイワイと練習場の脇道を通り、食べ物屋が立ち並ぶエリアを目指した。
あたりを見渡すと、沢山の人が木剣で模擬試合をしたり、攻撃魔法の練習をしている。
そして、気になったのが。
(そこそこ、水の精霊が居るな)
ローゼス城は、絶望的に精霊が少なかったが。
ハイランド城は、教会機能を持っていないのが影響しているのか。
それとも近くに海があることが、関係しているのか。
何にせよ、俺の命綱の精霊が多いことに越した事はない。
そんなことを考えていると。
「おいおいおい! 誰かと思ったら、水の国のカス勇者が、ハイランド城で何やってんだぁ!」
耳障りな声が、響いた。
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