79話 高月まことは、太陽の国に到着する
「みなさん、よろしくお願いします」
レオナード王子が礼儀正しく、挨拶をする。
「こちらこそですぞ、レオナード王子」
ふじやんがにこやかに答える。
ここは、ふじやんの飛空船『聖カノン号』。
もう乗船は、何度目かになるので、俺にとっては慣れた旅だ。
が、今回の船旅は少し空気が違う。
「わざわざこのような場所へお越しいただき、恐れ入ります……」
「足元にお気をつけテ……」
船のオーナーの婚約者であるクリスさんとニナさんが、へりくだっている。
その相手は。
「私に気を使う必要はありません」
麗しきその声の主は、この国の第一王女にして水の女神様の巫女、ソフィア様だ。
なぜ、彼女がここにいるのかと言うと――
昨日の夜。
「ソフィア王女、俺たちはふじやんの飛空船で太陽の国に向かいますが、一緒に乗って来ます?」
でも、確か王族のみなさんは、飛空船を持ってたはず。
多分、別々で行くんだろうなー、と思ってた。
誘ったのは、念のためというやつだ。
「一緒に行きます」
「え?」
「用意をしてきます。置いて行ったら許しませんよ」
そう言うと、ソフィア王女は自分の部屋に戻ってしまった。
あ、あれ? 断らないの?
はい、俺のせいです。
すいません、クリスさん、ニナさん。
いつもは広々した船のデッキには、大勢の水の騎士の皆さんが整列している。
それを指揮しているのは、復帰した守護騎士のおっさんだ。
彼らの任務は勿論、ソフィア王女とレオナード王子の護衛。
彼らはずっと直立不動なんだろうか? 大変だなぁ。
俺は、飛空船の手すりにもたれかかりながら、小さくなっていく王都ホルンを眺めた。
太陽の光を浴びるローゼス城は、美しい。
最初来た時はすぐに出て行く予定だったけど、今となっては名残惜しいな。
「まことさん、この飛空船は速いですね。王族のものよりずっと!」
話しかけてきたのは、レオナード王子だった。
いつもの王族衣装ではなく、少しラフな旅装束。
それでも隠せない気品が漂っている。
絵になるねー。
ふと、俺は気になったことを聞いてみた。
「レオナード王子。今回、お二人が一緒に行くのは俺が勇者になったからでしたっけ?」
「はい。新しい勇者の誕生を諸外国に発表するのも目的の一つです。あとは魔人族と蛇の教団の脅威を、伝える事。これは伝達魔法ですでに情報を送っていますが、詳しい話は直接のほうが何かと交渉がし易いですから」
「はぁ、なるほどー」
政治だなぁ。
ここでレオナード王子が、声を小さくする。
「ただ、僕の読みでは姉さまは、例の噂を払拭するのが目的ではないかと思っています」
「例の噂?」
「光の勇者様と姉さまが、ただならぬ仲だという噂です」
「あー、あれですか」
確かにそんな話をふじやんに、聞いたっけ。
二ヶ国の王女に迫られるなんて、とんでもない野郎だな! って憤ったのを思い出した。
「実際のところは?」
「まったく関係はありません。あれは、母様が太陽の国へのあてつけに流した噂です。光の勇者を獲られて、悔しかったらしいのですが……。姉さまにはいい迷惑でした」
「大変だね」
国同士のイザコザは。
ここでレオナード王子がにっこりと笑う。
「水の国には、まことさんが勇者になってくれたので、姉さまも安心です」
「俺は新人勇者ですよ。ご期待に添えるかどうか」
忌竜を一撃で粉砕した、桜井くんと同じことを求められると困るなー。
「レオ。何を話しているのですか?」
おっと、噂の姫様だ。
「いえ、何でも」「風が気持ちいですねー」
二人してごまかした。
「……そうですか。ところで、勇者まこと。昨日話した太陽の国のことは覚えていますか?」
ソフィア王女には、この世界のことを色々教えてもらっている。
昨日は、これから向かう太陽の国について解説してもらっていた。
「えっと、確か逆らっちゃいけない『四大貴族』がいるんでしたっけ?」
ソフィア王女から、教わった記憶を辿る。確か
・東のローランド家
・西のホワイトホース家
・南のベリーズ家
・北のバランタイン家
その4つとハイランド王家を合わせて「五聖」と言うらしい。
太陽の国は、五聖貴族を中心に回っているんだとか。
「ハイランド王家は言うまでもないですが、残る四つの貴族についても、ローゼス王家よりも財力、軍事力を持った貴族たちです」
「……マジですか」
すげぇな、太陽の国。
単純計算で、水の国より5倍の国力があるってことか。
「……水の国は実質、太陽の国の属国みたいなものですから」
力なくうなだれるレオナード王子。
「レオ。あなたが、そのような意識でどうしますか。いずれ彼らを見返してやればいいのです」
毅然とした態度を崩さない、ソフィア王女。
なんだろう。
何か苦労してる弱小国の外交官のような悲哀を感じるんだけど……。
水の国の勇者って、もしや結構大変?
(まこと、いま気付いた?)
ノア様。知ってたんですか?
(どうせ、まことは難易度が高いほう選ぶんだから一緒でしょ?)
まあ、そーなんですけど。
(しかも、ネタバレすると凄い怒るくせに)
……ばれてる。
確かにゲームで、先に攻略本やWikiを見るのは一番嫌いだ。
じゃあ、いいのか。
「勇者まこと? どうしました?」
「いえ、何でも……」
「心配せずとも大丈夫ですから」
ソフィア王女は、自分に言い聞かせるように俺に言った。
詳しい話を聞きたいけど、王女には聞きづらいなぁ。
あとで、誰かに聞いてみるか。
◇
ホルンを出て約半日後――
「おっさん、お疲れ」
俺は、船の食堂から持ってきた飲み物を渡した。
「おお、勇者殿。ありがたいですが、今は職務中ですので」
真面目なおっさんは、断ってくる。
「はーい、みなさん。お疲れ様ですー」
「よく、冷えてますよー」
ルーシーとさーさんにも手伝ってもらって、騎士の人たちに飲み物と軽食を配っている。
ずっと護衛で気を張っているだろうからという、ふじやんからの差し入れだ。
流石、気が利くなぁ。
「ほら、ソフィア王女も少し楽にしていいって言ってたから」
「むぅ……では、かたじけない」
おっさんが、飲み物を受け取る。
「こ、これは酒ではないか!?」
「ほい、かんぱーい」
「お、おい! 我は職務中……」
「いいから、いいから」
俺は壁にもたれながら、薄い果実酒をちびちび飲んだ。
「ところで、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「……何でしょうか?」
おっさんもあきらめて酒宴に参加する気になったらしい。
「昼にレオナード王子が、水の国は太陽の国の属国みたいなもんだ、って言ってたんだけど本当?」
「……それは」
おっさんの表情が暗くなる。
「水の国の軍事力は弱い。先日の大迷宮の忌竜討伐しかり、過去の魔人族が起した反乱の鎮圧でも太陽の国の力無しでは、できなかった……。我が国は、軍事面で太陽の国に頼っているのです」
「なるほどねー」
「我が国の軍隊は精々、3万。勇者はレオナード王子のみでした……。今は、まこと殿がおりますが。比べて太陽の国の軍は、30万以上に5名の勇者を擁しております」
ひでー、格差だ。
なんか、俺とクラスメイトたちみたいな……、あ、そっちはもっと格差ひどかったわ。
「ねぇー、何話してるのー?」
「まこと、配り終わったよー」
さーさんとルーシーもやってきた。
「この世界には、上には上がいるって話」
「「?」」
さーさんとルーシーが首をかしげる。
桜井くんやノエル王女は、その超大国のトップはってるのか。
とんでもないなー。
それからしばらくは、おっさんの愚痴に付き合った。
なんでも、子供の頃のソフィア王女はもっと天使だったとか。
レオナード王子は、幼子なのに勇者の重責は大変過ぎるとか。
おっさんも、ストレス溜まってそうだなぁ。
俺は、甘ったるいカクテルを飲み干した。
◇
――2日後。
「あれが、太陽の国の王都シンフォニアかー」
「凄い……初めて来たわ」
さーさんとルーシーのテンションが高い。
勿論、俺も。
「海の近くにあるんだね」
太陽の国の王都は、大陸の海岸へ流れ着く大きな川の河口付近にあった。
アメリカのマンハッタンってこんな感じだっけ?
「ふじやん、あれはなに?」
「あれは救世主アベルの石像ですぞ」
「へぇー、でかいなー」
白亜の巨大な石像が見える。
高い台座の上で、右手に剣を掲げるその姿は
「自由の女神像みたいだね」
「拙者も、初めて見たときは同じ感想でしたぞ」
隣にふじやんやさーさんがいるし、なんか修学旅行に来たみたいな気がする。
ワクワクしてきた。
「どういうことだ! ここにおわすのは、水の国の王女ソフィア様だぞ!」
おっさんが、門番の人と揉めている。
「しかし……現在、凶悪な犯罪者が脱走したため王国への出入りが厳しいのです。王族のかたと言えど、検問をしないわけけには……」
なんか物騒な声が聞こえてきたぞ。
「ふじやん、脱走した犯罪者って魔人族かな?」
ソフィア王女から聞いた、彼らの次のテロの標的が、太陽の国の王都だという話を思い出す。
「うーむ……どれどれ」
ふじやんが、じっと門番たちを見ている。
『読心』スキル利用中みたいだ。
「いえ……どうやら、脱走したのは『月の巫女』のようですぞ」
「……え?」
巫女が犯罪者なの?
「以前に言いませんでしたかな? 滅びの国ラフィロイグの巫女は、呪われた巫女なのですぞ。千年前に人類を裏切った厄災の魔女、その生まれ変わりといわれております。今代の月の巫女は、大魔王復活の前に討伐されたと伺っておりましたが……。どうやら、逃げ出したようですな」
「先祖が悪い事したからって、討伐されるの?」
「なんでも、現在の月の巫女もまた、ラフィロイグの犯罪者や魔人族を率いて悪事を働いていたとか。それを、太陽の騎士団が取り締まったようですな」
「はぁ……物騒だね」
マフィアのボスみたいな感じなんだろうか?
俺には関係ないか。
なんやかんや、検問も終わり俺たちは大きな正門を通った。
「凄い人ね!」「なんか渋谷みたい」
さーさん、その台詞の意味がわかるのは、俺とふじやんだけだよ。
俺たちは、大勢の人で溢れる大通りに出た。
その後ろに見えるのは、異世界に似つかわしくない巨大な2つの建造物。
「右手に見えるのが、大陸最大の建物である『ハイランド城』です」
ソフィア王女が、説明してくれる。
普通の家々が精々2階建て。
大きなものでも、3階建てくらいなのに対して、ハイランド城は一体何階まであるのか。
俺たちのいた世界の建造物に匹敵するのではないかと思ってしまう。
その姿は雄大だ。
はるか遠くに在るはずなのに、その城は翼を広げた白鳥のようにも見え、見たものを圧倒する。
ローゼス城は美しかったが、ハイランド城は威厳に溢れている。
「左手にあるのが『聖母アンナ大聖堂』ですね」
クリスさんが、続けてくれる。
ハイランド城とはまた異なる、荘厳な存在感の建物がある。
イメージとしては、昔テレビで見た『サグラダファミリア』だろうか。
天を突くような塔が、何本も立ち並ぶ巨大な教会らしき建物があった。
「王城に居るハイランド王。大聖堂に居る教皇。このお二人が、王都のトップとして君臨しております」
ふじやんがまとめた。
あれ? トップが二人いるの?
「詳しい話は、またおいおいしましょう。まずは、本日泊まる宿に向かいましょうか」
ふじやんが、先頭に立ってみんなを案内する。
「みなさん……私たちは」
ソフィア王女が、声をかけてきた。
「ああ、すみませぬ。ソフィア様、レオナード様は、第一区街ですな」
「ええ。あなた方は、第三区ですね」
ソフィア王女とレオナード王子は、護衛を引きつれ別の方向へ向かった。
どうやら泊まる場所は別らしい。
一緒に来たんだから、同じ宿にすればいいのに。
「タッキー殿。王都シンフォニアでは、身分によって泊まれる街が決まっているのですよ」
第一区……王族
第二区……聖職者
第三区……貴族
第四~六区……人族の平民
第七、八区……獣人、エルフ、ドワーフなどの亜人
第九区……最も身分の低い者(元犯罪者やマフィアなど)
このような区分けになっているそうだ。
「ふじやんは貴族になったから、第三区なのか」
「まあ……そういうことですな」
街は大きいけど、堅苦しいな。
これじゃ、水の国のほうがいいね。
「ねぇ、見て見て」「わー、お店がいっぱい」
ルーシーとさーさんが、きょろきょろとウィンドウショッピングしている。
「ふじやん、正門から入ってすぐのここは何区?」
「六区ですな。王城に近づくほど、住人の身分が上がっていきます」
「ふーん」
じゃあ、七区以下はもっと王城から離れた場所にあるってことか。
どこだろう?
正門から入ったところから、王城までの大通りが広がっている。
その造りは、ローゼスに似ている。
ただし、王城までまっすぐ続くのではなく、途中に巨大な門が見える。
たぶん、あれが各区を区切っているのかな?
大通りをみんなと歩く。
マッカレン、ホルン、シンフォニアと見て来て。
「っと、失礼」
人にぶつかりそうな人ごみは、異世界で初めてだ。
人口は何人くらいいるんだろう?
ただ、少し感じる違和感が……
「エルフや獣人がすくないね」
さーさんがつぶやく。
そうなのだ、マッカレンやホルンと違って、すれ違うのは人族ばかりであり他の種族がほとんど見えない。
「ここは六区、平民街だからでしょ」
ルーシーがつまらなそうに言う。
「太陽の国は、身分制度が厳しい国ですかラ……」
ニナさんも少し肩身が狭そうに言う。
「ニナ、気にする事はありませんよ。胸を張りなさい」
クリスさんが、ニナさんの背中をたたく。
「タッキー殿、まずは宿へ行きましょう」
ふじやんのなんとも言えない顔を見て。
「ああ、長旅だったし。宿で休もう」
なんか、色々ありそうな国だなぁ。
そんな事を思いながら。
俺たちは、最初の街門をくぐり、次の区へ進んだ。
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