78話 高月まことは、魔人族と話す

 部屋の外から聞こえてくる声で、目が覚めた。


「おはようございます、あやさん」

「おはようー、ソフィア王女、レオナード王子。高月くんに用事?」

「レオが勇者まことに会うと聞かなくて」

「えー、姉さまも会いたいと言ってたじゃないですか」

「……レオ。黙りなさい」

 うーん、騒がしいなぁ。


「高月くんー、起きてる?」

 コンコン、とドアがノックされる。


「……んー、起きてるよ」

 寝ぼけまなこをこすりながら、返事をする。

 昨日は夜遅くまで修行したなぁ……。

 静かにドアが開いた。


「おはよー、高月くん。一緒に朝ごは……」

「おはようございます。今日の予定は……」

 入ってきたさーさんとソフィア王女が、目を見開いて固まった。

 ん? 


「おはようございます、みなさん。どうしました?」

 俺は伸びをしながら挨拶したが……返事が返ってこない。


「ねぇ、高月くん……」

 さーさんの冷え冷えした声がして。

 ゾワリ、と名状しがたい悪寒が背筋を走った。

『危険感知』スキルが、大音量で鳴り響く。

 え?


「高月まこと……」

 氷雨のようにぽつりと、ソフィア王女が呟くと。

 比喩でなく、部屋の温度が下がった。

『氷魔法・王級』スキルが発動してる……?


 い、一体何が起きた!?

 ――その疑問はすぐ氷解した。


「まことさんとルーシーさんは、仲良しですね。一緒のベッドで寝てるんですね。ところで、どうしてルーシーさんは?」

 ニコニコ顔の純真な心を持つ王子が、そこにいた。


 状況説明ありがとう! レオナード王子。

 そして、状況は最悪だ!

 ちらりと、隣を見ると確かにルーシーがすやすや寝ている。

 そーいや、昨日俺のベッドで寝てましたね。

 いつも着ているキャミソールの肩紐が外れ、むき出しの肩と腕が見えている。

 あー、一見すると、裸にも見える。

 OH! これはアカン!


「ふうん、そっかぁ……私と買い物したあと、二人は昨晩……」

 さーさん? なんで、昨日貰ったハンマーが巨大化してるんですか!

 クラスメイトにそんなものを向けてはいけませんよ!


「……神聖な勇者の部屋で……これだから、異世界の男は……」

 過去最高に冷たい目をしているソフィア王女の周りには、氷の精霊がビュンビュン飛び回っている。

 ぉぉー、精霊さんが元気いっぱいだ。

 そっかぁ、これが精霊と感情を共有するってやつか。

 って、感心してる場合じゃない! 


(さっさと、言い訳しなさい。バッドエンドコースよ)

 ノア様につっこまれた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 なんとか、二人に説明をして理解してもらえた。



 ◇



「ご、ごめん、まことの部屋で寝ちゃった……」

 ルーシーに申し訳なさそうに、謝られた。

「いや、別にいいんだけど」

 誤解は、無事解けました。


「あーあ、いいなぁ。私も今日は高月くんの部屋で寝ようーっと」

「楽しそうですね! 僕も遊びに行っていいですか?」

「いいけど、俺は修行してるからね?」

 どうやらさーさんとレオナード王子は、今日俺の部屋に遊びに来るらしい。

 それは別に、かまわない。

 ふと、視線に気付いてそちらを振り向く。


「ソフィア王女も遊びに来ます?」

「!? な、何を言うのですか!」

 怒られた。

 ふーむ、仲良くなるにはいいと思ったんだけど。


「……勇者まこと。少し話しがありますので、夕方に私のところへ来てください」

 ぷいっと、向こうを向いて。

 ソフィア王女は行ってしまった。


「ねぇー、今日はどこに買い物行く?」

「ええー、次は私の順番でしょう」

「まことさん! 一緒に魔法の練習をしましょう」

 君たち元気だなぁ。

 結局、レオナード王子の魔法の練習に付き合い、ルーシーと買い物に行って、さーさんとお茶をした。

 まあまあ、充実した一日だった。



 ◇



 ――その日の夕刻。


 俺は、ローゼス城の地下牢獄にいる。

 ここは、凶悪な罪を犯した罪人が、聖なる結界で逃げられないよう閉じ込められている場所……らしい。

 ソフィア王女に連れられ、とある牢屋の中にいる男の前にやってきた。

 足には分厚い鉄錠がはめられ、太い鎖で繋がれている。

 あれ? この男見覚えが……。


「彼が、先日の魔物災害を引起こした集団のリーダーです」

「へぇ……」

 まじまじと、顔を見る。 

 ほんの少し話した程度だけど、たぶん彼だ。


「誰だよ……おまえ」

 牢屋の中の男は、暗く濁った瞳で、俺たちを見上げてくる。

「彼は、水の国の勇者です。あなたの仕向けた魔物を倒したのですよ」

 ソフィア王女が代わりに答えた。


「……こんなガキが? くそっ、覚醒は失敗したのか……」

「覚醒?」

 聞きなれない単語が飛び出した。


「巨人は忌まわしき魔物になりましたよ。彼は、忌まわしき巨人を倒したのです」

「……」

 男は何も言わず、憎々しげに睨み付けてくる。

 ああ、忌まわしき魔物になることを覚醒というのかな?

 それと俺は気になっていたことを口にした。

 

「あんた、あのサーカス団のピエロの人の仲間だよな」

 その男は魔物が暴れた日の前日、ピエロに変化した俺に話しかけてきた男だった。


「……なんのことだ。知らんな」

 男は無表情に答えた。

 まあ、正直には話さないか。

「勇者まこと。この魔人族の――『蛇の教団』の男と面識があるのですか?」

「サーカス団のテント近くにいる時に、一度見かけました。怪しいピエロ姿の男と一緒に。……蛇の教団というのは何ですか?」

変化へんげ』スキルを使って、深夜をうろついていた話はぼかして回答した。

 魔人族……か。

 ふじやんが今回の魔物事件は魔人族のしわざだと言ってたな。

 だけど、蛇の教団というのは初めて聞く単語だ。


「……」

 男は何もしゃべらない。


「今回の魔物災害の裏に、彼ら魔人族が信仰する『蛇の教団』が糸を引いていることが判明しました。彼は王都ホルンに潜伏して、この機会を伺っていたのです。そのピエロの男とは、おそらく教団の幹部でしょう。我々はその男のことを追っています。これはあなたの友人の商人の藤原殿が調べてくれました」

「さすが、ふじやん」

 八面六臂の活躍だなぁ。

 ふじやんの名前が出て、男が表情を歪めた。


「くそっ! なんなんだ、あの男は! 俺たちが十年以上かけて築いた隠れ家の場所まで、あっさり見つけやがって!」 

 ガシャン、と男が牢の鉄柵を殴りつけた。

 十年かけてか……。

 計画的なものだったんだな。

 やってることはテロ行為だけど。

 ふじやんのおかげで、テロリストグループを検挙できたようだ。


「蛇の教団が信仰するのは、悪魔神王テュフォン。そして蛇の教団の始祖は、千年前の大魔王だと言われています」

 ソフィア王女が説明してくれた。

「大魔王だと! そのようなふざけた呼び名で偉大なるあの御方を呼ぶな! あの御方は我ら魔人族を導いてくださる預言者様だ! 偉大なるあの御方は、奇跡の復活をされ貴様ら人間を根絶やしにしてくれる!」

 男は、血走った目で叫ぶ。

 憎しみと狂気の混じった声で、俺たちを罵った。

 ちょっと、怖い。


「えーと、ソフィア王女。ところで、なぜ俺をここに?」

「勇者となったあなたの敵は、魔物だけとは限りません」

 ソフィア王女は、憂いを帯びた目で俺を見つめてくる。


「魔人族の多くは、滅びの国ラフィロイグにいると言われていますが、人の国に混じって生活しているものもいます。普通に生活しているだけならよいのですが、彼らのように我々の平和を脅かす者たちがいる。覚えておいてください」

「はあ、なるほど……」

 単純に魔王を倒せば良いってわけじゃないのか。

 難易度上がっていくなぁ。


「普通に過ごしているものは良いだと!? 貴様らは静かに暮らしている俺たち魔人族を、炙り出して、排斥して、虐殺してきただろうが!」

 男が鉄格子に掴みかかろうとして、足の鎖にひっかかるのも構わず怒鳴りつけてきた。


「それは昔の話です。現在の水の国ローゼスでは、何もしていない魔人族を無理に見つけ出して差別するようなことはしておりません……。一般的にはですが」

 相変わらず無表情ではあるが、その声が小さくなる。

 昔はしてたのか……。もしくは、別の国では今も差別が続いているのか。

 まあ、国が差別は駄目だよ、と言ってもそれが民の行動まで浸透しているかは、別だよな。


「見ていろ……。俺を拘束したところで無駄だ。我ら教団の仲間は無数にいる。貴様らに安寧の時間は無いと思え」

 呪いの言葉を吐いてくる男に、ソフィア王女が冷静に告げた。

「あなたたちの次の狙いが太陽の国の王都であることは、わかっています。太陽の国には、連絡済みです」

 一瞬、男があっけにとられた顔をした。


「一体、その情報をどこから……」

「それをあなたが知る必要は無いでしょう。勇者まこと、行きましょう」

 俺とソフィア王女は、地下牢獄を去った。



 ◇



「ごめんなさい、勇者まこと。愉快な出会いでは無かったと思いますが、あなたの立場を考えて実際に会っておいた方が良いと思ったので」

 ソフィア王女が、申し訳なさそうに言ってきた。

「いえ、知らなかったので勉強になりました」

 本当に、まったく知らなかったよ。

 この世界も色々あるなぁ。

 気が重くなる話だ。

 水の神殿の教本には、そういう暗い歴史の話は無かった。


「魔人族も憐れな民族なのです……。大魔王亡き後、西の大陸からは迫害され、北の過酷な大陸でも生きていけず……。結果、国を持たない流浪の民族として千年間、差別されてきました」

「なんで、北の魔大陸でも国を持てなかったんですか?」

「魔人族は、純粋な魔族から見下されてるのですよ。半魔族と呼ばれて」

「はぁ……なるほど」

 人族、魔族、両方から嫌われてるってことか。

 世知辛いなぁ。


「国を持たない彼らの心のより所になったのが、『蛇神じゃしん信仰』なのです」

「え? 邪神?」

 びくっとなった。


(文字が違うわよ。蛇の神と書いて蛇神よ)

 ああ、そっちですか。

 ノア様、ありがとうございます。

 焦ったわー。


「どうしました?」

「い、いえ。なんでも。魔人族は、蛇の神を信仰してるんですね」

「蛇の神とは、悪魔神王テュフォンの別名です。伝説では、大魔王が魔神王テュフォンの使徒だったと言われています。その結果、広まった信仰ですね」

「はぁ、そういう歴史があるんですね」

 ちょっと、情報を整理しよう……。

 一気には、覚えられないかも。


「ところで、太陽の国の王都が狙われてるって本当ですか?」

「教団の拠点になっていた場所に、計画書があったそうです。具体的な内容まではわかりませんでしたが、太陽の国の王都を調査している痕跡があったそうで……」

「……なるほど」

 これから向かう身としては、物騒な情報だ。


「あなたには、水の国からできる限りの護衛をつけます」

「い、いえ。レオナード王子もいますから。程ほどで良いですよ」

 むしろソフィア王女のほうが危険じゃなかろうか。

 テロリストに標的にされる姫ってのは、いかにもなシチュエーションだし。


 それにしても、人種や宗教の問題は、どこの世界でも根深いなぁ。

 俺も、人には言えない神様を信仰しているので、他人事ではない。

 そういえば、一個だけ念のため確認しておこう。


「水の国では、水の女神様以外の信仰は禁止ですよね?」

 ノア様から、そう聞いている。

「いえ、信仰は自由ですよ」

「え?」

 ちょっと! ノア様、情報間違ってますよ!


「水の国は、冒険者や旅人が多いので、信仰を制限しては人が来なくなります。ただ、水の女神エイル様以外の信仰を『広める』ことは禁止行為です。見つかると国外追放、悪質な場合は……厳罰があります」

「……なるほど」

 個人の信仰は自由だが、勧誘活動は駄目ってことか。

 ノア様の信者を増やすのは、違法ってことだな。

 確認してよかった。


「あなたも、たしか六大女神様以外の神を信仰していましたね?」

「ええ、マイナーな女神様でして……」

 勇者任命の時に、改宗を勧められたが俺は別の神様を信仰していると言って断った。


「水の女神エイル様へ改宗していただければ、私から最大限の加護をいただけるようお願いするのですが……。それは、あなたの信仰への侮辱ですね。忘れてください」

 真面目な人だな。

 改宗を迫られると困るので、助かる。


「ところで」

 ソフィア王女が、話題を変えてきた。

「今日の夜、レオがあなたの部屋に行くそうです。ご迷惑おかけします」

「別にいいですよ。一緒に、魔法の練習をするだけですから」

「本当に、勤勉な人ですね。以前水の国に居たあなたの友人たちは、遊んでばかりでしたが」

 ソフィア王女が、微笑みながら言った。


「ははっ…あいつらは、修行しなくても強いですからね」

 クラスメイトの岡田くんや、北山のことを思い出して懐かしく……別に懐かしくないか。

 どこで、何をやってるのかねぇ。

 別の国で女の尻を追いかけてるんだろうか。


「どうでしょう。彼らに忌まわしき魔物を倒せたとは思えません」

「手厳しいですね。まあ、俺は弱いですから毎日修行ですよ」と笑いながら答える。


「……あの、レオがあまり長くお邪魔するといけないので、迎えに行きますね」

 おずおずと、ソフィア王女が言ってきた。

 別にずっと居てもいいけど。気を使ってくれるなぁ。


「気にしなくて大丈夫ですよ。何なら、ソフィア王女も来てください。さっきの『蛇の教団』の話とか、『北征計画』の話を詳しく聞きたいですし」

「!? わ、わかりました。 じゃあ、行きますね!」

 強い口調で言われた。

 機嫌悪くしたかな?

 よく考えると、そんな話をわざわざ王女様から聞くってのも不敬な気もしてきた。


「では、後ほど」

 優雅に一礼すると、ソフィア王女は軽い足取りで去っていった。

 まあ、いっか。

 沢山話したほうが仲良くなるだろうし、多分。



 ◇



 それから、数日間。

 昼はルーシーやさーさんの装備品を揃えたり、レオナード王子や守護騎士のおっさんと修行して。

 夜も修行してるけど、ふらっと現われるソフィア王女からこの世界のことを教えてもらった。

 そして、ある日。


「いやー、お待たせしましたぞ」

 ふじやんが、王都ホルンに戻ってきた。


「お待たせしましター」

「すいません、遅くなって」

 ニナさん、クリスさんも一緒だ。


「いえいえ、こっちも有意義だったので」

 みんなの装備品やアイテムを十二分に揃えることができた。

 俺の装備? 筋力が足りなくて、強力な魔法防具はことごとく重量オーバーでした……。

 いいさ! 俺には精霊魔法ある!


「ふじやん、仕事のほうは落ち着いた?」

「ええ、ぼちぼちですな。残りは店の者に任せてきました」

 じゃあ、スケジュールは大幅にずれたけど、当初の予定に戻ろう。


「タッキー殿、太陽の国の王都『シンフォニア』へ向かいますかな?」

「そうだね、行こう」

 

 大陸最大である、ハイランド王国の首都。

 この世界の中心都市と呼ばれる場所へ。

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