73話 騒乱のあと

- ふじやん視点 -


 泣き叫ぶ子供。

 それをなだめる母親。

 不安に怯える、お年寄りたち。

 皆を水の国の騎士たちが、励ましつつ避難エリアへ人々を誘導している。


「大変なことになりましたね」

 クリス殿の顔色は、優れない。

「高月様たちは大丈夫でしょうカ? できれば私も、討伐に参加したいのですガ……」

「ここは水の国の王都ですので、優秀な騎士や魔法使いが大勢いるはず……。信じましょう」

 折角の異世界チート能力も、こういう場面では無力だ。

 拙者の戦闘能力の無さが、恨めしい。

 

「ニナ。あなたは、マッカレン家の一員になるのです。冒険者に混じって、危険な場所に行ってはいけません」

「しかし! 高月様、佐々木様、ルーシー様を危険にさらして、私だけ安全な場所でいるのハ……」

 ニナ殿を心配するクリス殿と、タッキー殿を心配するニナ殿。

 どちらの気持ちもわかるだけに、心苦しい。


 避難エリアは、不安と悲しみに満ちて……ん?


「ニナ殿、クリス殿、お話が」

 意見が割れている二人の会話を中断させる。

 突如、現われた魔物の集団に不安で怯える人々の中に――者がいる。

 ……あの男は、もしや。


「ニナ殿、あちらにいる深く帽子を被っている男を、生け捕りにしてもらえませんか?」

「え?」「旦那様? 何を言っているのですカ!」

 当然、驚いた顔をされる。


「責任は全て拙者が取ります。彼を逃がしてはいけない」

「……何か理由があるのですネ。わかりましタ」

「藤原様、あとで説明をしてくださいね」

 申し訳ない。

 ……お二人には、いつか『ギャルゲープレイヤー』スキルのことをお話しなければ。


「拙者が、彼を人気ひとけの無いところに誘い出します。ニナ殿、そのあとは頼みますぞ」

「ハイ、お任せを」

「藤原様、ニナ、気をつけて」

 タッキー殿は、もっと危険な場所で命を張っている。

 拙者も、できることをやろう。



- ソフィア王女視点 -


 私は王城に戻り、レオを医療班に任せ、騎士たちに住民の救助を命じた。

「あの、王女様。少しお休みになられては……」

「不要です。これから避難所になっている神殿を回り、民の様子を見回ります。父上と母上は、無事なのですよね?」

「はっ! 国王陛下と王妃様は、安全な場所へ避難されております」

「よろしい、私は着替えてきます」

「お手伝いします」

「要りません。そこで待っていなさい」

 護衛に命じて、私は自室の扉を閉じた。



「……ふぅ」

 一息ついて、私は『冷血』スキルを解除した。

『冷血』スキルは、私の精神を常に冷静に保ってくれる。

 表情が冷たそうに見えてしまうのが、欠点ですが。


「っ!」

 それまで冷静だった感情が、一気に湧き上がった。

 両手で頬を押さえる。

 熱い。


 つかつかと、鏡の前まで歩き、自分の顔を見る。

「なんてこと……」

 真っ赤な顔が、映っていた。

 これが氷の彫刻の姫と呼ばれる顔か。


「高月まこと……」

 その名を呼ぶだけで、身体がぶるりと震えた。

 両手で身体を抱く。

 寒いのではない、逆だ。


「あの……同調とかいう魔法……」

 王女である私に対して、無遠慮に手をつかみ、中に入り込んできた。

 心にも、


「……」

 思い出してしまった。

 あの、背中を突き抜けるような――を。

 まるで、あの男に抱かれているような……。


「なんて、はしたない!」

 女神エイラ様に仕える、巫女の私が!

 神に捧げるこの身は、一片たりとも穢れていないというのに!

 しかし、脳裏に高月まことが、こちらへ微笑む顔が脳裏から離れない。

 

 レオが追い詰められ。

 部下の騎士たちや、頼みの冒険者が怯え。

 もう、駄目かと思った。

 王都ホルンは、――たかだか巨人一匹に蹂躙されてしまうのだ。

 そう、絶望していた。


――次で決めます。全力でいきますよ

 あの絶望的な状況で、世間話をするようなクールな口調。


――ソフィア王女のおかげです

 爽やかに笑いかけてきた、あの顔が……。



「今は、そんな時ではないでしょう! ソフィア!」

 私は、再び『冷血』スキルを発動して元の表情に戻した。

 手早く着替え、部屋を出る。

 不安げな部下たちを見渡す。


「街へ向かいます。動けるものは、一緒に来なさい。ただし、怪我人に無理をさせないように」

「「「はっ!」」」


 今は、忘れよう。

 今だけは。

 私は、水の国の平和の象徴。

 冷静さを失ってはいけない。



 ◇



- 高月まこと視点 -


 街の魔物は全て討伐されたようで、帰りに魔物に出会うことはなかった。


 宿に戻って、さーさんとルーシーを部屋で休ませた。

 俺は冒険者ギルドに向かい、ピエロの人の話と不思議な声のことを報告した。


「サーカス団の関係者は、王女様の命令で探索中です。情報、ありがとうございます」

「……その不思議な声というのは、ちょっと、なんとも言えませんが……」

 ピエロの話は、ギルドの職員さんは真剣に聞いてくれた。

 だけど、不思議な声の話は、どう扱っていいものやら、という感じだった。

 まあ、俺の聞き違いな可能性もあるからな……。


 それから街を少し見て回ったが、騎士の人たちが住民の誘導をしてるのを見て。

 冒険者の仕事はなさそうだなと思い、俺は宿に戻った。


 ふじやんはというと、何やら大事な用事ができたと、ニナさんから伝言があった。

 数日は忙しいので宿で待っていて欲しいと。

 俺は了解と答え、その日は休むことにした。


 ◇


 その夜、眠りについて。

 女神様の空間に立っていた。


「ノア様?」

 キョロキョロしていると、にこやかな笑顔のノア様が現われた。


「はろー、まこと。今日はお疲れ様」

「ノア様。今日の巨人との戦いでは、助かりました」

 膝をつき、お礼を言う。

 あのヒントは、助かった。

 あれが、無ければ巨人は倒せなかった。


「まあ、自力でもまことは、閃いてたと思うけどね。その場合、あやちゃんは1回くらい死んじゃってたかな?」

「……」

 ぞっとする。

 改めて思うに今日の戦いは、綱渡りだった。

 都合よく、強力な水魔法のスキル持ちが居てくれて助かった。


「そうでもないわよ。水の国は、水関連の魔法スキル持ち多いし。レオナードくんは、水の超級魔法のスキルを持ってるから。彼と同調してもよかったんじゃない?」

「そっか、その手もありましたね」

 だけど、王子は巨人と戦っていた

 あの場面で、同調を使うのは無理があった。


「ところで忌まわしき巨人が現われる前の、あの子供みたいな声。あれは何ですか?」

 ノア様なら、何か知ってるんじゃなかろうか。


「ああ、あれ? あなたたちが大魔王とか呼んでるやつの声よ」

「え」

 衝撃の事実を、あっさりと答えるノア様。


「大魔王復活してるんですか!?」

「してないわよ。あの声はただの残留思念。過去の録音よ」

「……はぁ」

 よくわからん。

 会話をしていたみたいだけど。


「気にしなくていいわよ。とにかく、大魔王ってやつの復活はこれからよ。あと一年以上先かな?」

「……重要情報をぽんぽん出しますね」

 頭が追いつかない。


「まあ、まことは気にしなくていいわよ。必要な情報を、必要な時に渡すから」

「何か全部、ノア様の手のひらの上って感じですね」

 いいのかな?

 まあ、ノア様の使徒なんだから、いいのか。


「私たち神族は地上の民に、直接は干渉できないの。だから、使徒やら巫女やらを使って、色々やってるのよ。私だけじゃないから」

 ねっ、と可愛く言ってくるノア様。

 言ってることはあんまり、可愛くない。


「さしづめ、俺たちは神様の駒ってことですか」

 ノア様の場合は、将棋で言う『歩兵』俺一枚って感じか。

 ちょっと、無理ゲーですね。


「まことなら『桂馬』くらいはあるんじゃない?」

「駒ってところを否定してくださいよ」

 まあ、歩兵じゃなくて桂馬って言われて、ちょっと喜んでしまう俺は重症か。


「まことって駒とか自分で言ってるけど実際のところ全然、言うこときかないじゃない?」

「そうですか?」

 でも、ノア様って仲間見捨てて逃げろとかすぐ言うけど、できるわけないじゃん?

「……普通はね。神の使徒って、もっと言うこと聞くのよ? 逃げろってのも、まことの命が大事だからだし」

「まあ、仲間も含めて助かる方向で指示ください」

「なんで、神に指示のやり方まで指定するのよ……」

 呆れた顔のノア様がいた。

 変なこと言ってるかなぁ。言ってるか。


「まあ、それはそうとして。今日は本当に良くやったわ!」

「そうですか? かなり反省点の多い戦いでしたよ」

 精霊魔法が使えず、仲間のルーシーやさーさんが戦えない場面。

 しかも、逃げるわけにはいかない。

 色々と想定が甘かった。

 戦略を組みなおさないと。


「そっちじゃなくて」

「?」

「巫女と仲良くなれってやつよ」

「……仲良くないですよ?」

 勇者レオナード王子とは、仲良くなったと思うが。姉はどうだろう?

 一緒に忌まわしき巨人を倒したあと、すぐどこかに行ってしまったし。

 王女として、指揮を執らないといけないのだろうけど。


「はぁー」

 やれやれ、みたいなジェスチャーをするノア様。

「どうしました?」

「これだから鈍感系は」

「何て言いました?」

「これだから鈍感系はいやねぇ」

「……」

 2回言われた。

 大事なことだったんだろうか。

 俺は鈍感系じゃ……ないよな?

 ルーシーやさーさんからのことは、ふじやんに相談してるし。


「一応、ソフィア王女と仲良くする方向で頑張ります。あと俺はもっと修行して強くなりますね」

 今回みたいなケースにも対応できるように。

「真面目ねー。じゃあ、優しい優しい女神様がありがたいヒントをあげましょう」

 にこにこと、頭をぽんぽんと叩いてくる。

 上機嫌だ。


「まことは、精霊魔法を使う時に『明鏡止水』スキル使ってるわよね?」

「ええ、使ってますよ。魔法を使う時に限らず、常にですけど」

「精霊魔法を使うときは、『明鏡止水』スキル使うの抑えてみなさい」

「なぜです?」

『明鏡止水』のような精神安定系スキルは、魔法使用時に役立つ。

 水の神殿で教わったことだ。

 実戦でも、実感している。


「精霊ってね。感情をさらけ出したほうが喜ぶのよ」

「……そうなんですか?」

 それは本には、載って無かったですよ。

「誰だって愛想悪いやつより、愛想いいほうが、話してて楽しいでしょ?」

「……」

 コミュ障の耳に痛い。

 そっかぁ。精霊さんには、愛想悪いやつだと思われてたのか、ショック。


「まあ、やってみなさい。精霊使いとしては、まことは、まだまだ初心者よ」

「わかりました、色々試してみます」

「うんうん、頑張りなさい」

 頭を撫でられた。

 最近は慣れちゃったなぁ。

 ノア様に、むっとした顔をされた。

 おっと、心読まれたか。


「じゃあ、そろそろこのあたりで」

 お礼を言って退散しよう。


「まこと」

「はい、何でしょう?」


――音も無く、頬にキスをされた。


「今日のご褒美」

 ノア様は、ニコニコと手を振って消えていった。


「……」

 呼吸を忘れた。

 完全に不意打ちだった。


『明鏡止水』スキルを使ってなお、バクバク心臓が高鳴っている。

 やべぇ、今までの誘惑で、一番心が揺れた。


 ……頑張ったご褒美と思って、受け取っておこう。

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