72話 燃える王都(後編)

 身体はドロドロとした溶岩に覆われ。

 その表面に大量の骨、髑髏が浮いている。

 見るものをひるませる、その冒涜的な姿は……。


「忌まわしき巨人……」


 そうだ、この奇声と気味の悪い外見は、忌まわしき竜に似てる。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 こいつを倒さないと。

 街が滅茶苦茶になる。


「ルーシー! さーさん!……え?」

 周りを見渡して、絶句した。


――キァァァアアアアアアアアアアアア!


 巨人の不快な奇声が響きわたる。

 騎士たちが、冒険者たちが、ルーシーが真っ青な顔をして座りこんでいた。


「ルーシー!?」

 がたがと震えているルーシーにかけよる。

「だ、大丈夫……だから……」

「大丈夫じゃないだろ!」 

 震えている肩を抱き寄せる。

 何だ? 何をされた?


「忌まわしき魔物の声は、恐怖心を植えつける呪いがかかっています……」

 振り向くと、青ざめたソフィア王女が立っていた。

 状態異常の耐性を持ってるのか、他の面々のように座り込んではいない。

 しかし、それでも辛そうに見える。


「さーさんは、大丈夫?」

「うん、私は平気っぽい」

 魔物でありラミア族のさーさんには、効果が薄いのかもしれない。

 

「まことさんは、平気なんですか?」

 レオナード王子も大丈夫なようだ。

 まあ、桜井くんも女神様の加護で平気だったからな。

 勇者ってのは、チートで安心できる。


「俺は、明鏡止水ってスキル持ってるんで」

「……それにしても、まったく平気なんですか?」

 ソフィア王女は、驚いたように聞いてきた。

 俺は忌まわしき魔物は、二度目だしね。


「ヤツは、僕が倒します!」

 レオナード王子が、青白く輝く剣を構えた。

 あれは魔法剣だろうか。

 きっと王家に伝わる伝説の武器なんだろうなぁ。


「レオ……」

 クールなソフィア王女が、心配そうに表情を浮かべる。


氷の剣アイスソード!」

 レオナード王子が、剣を振るうと巨大な魔法の刃が巨人を襲った。

 おお! 凄い!

 ジャンの魔法剣の十倍以上の大きさの刃だ。

 ザクリと、巨人に大きな傷を与える。

 だけど……。


「再生してるね」

 さーさんの言う通り、切ったそばから巨人の傷が癒えている。

 ダメージを与えているのか、見た目からはわからない。


 ぶおん、と巨人が腕を振ると王子が、慌てて距離を取る。

 少し危なっかしい。

「レオッ!」

「くっ!」

 再び、巨人に剣を振るうが、結果は同じだ。

 レオナード王子は、桜井くんのような大技は持ってないんだろうか。

 ちらっと見ると、ソフィア王女が、はらはらした表情だ。

 うーん、何か切り札を隠している、とかではないのか……。

 

 あれ?

 正直、俺はさっきまで心に余裕があった。

 桜井くんが、忌竜を一撃で倒す様子を近くで見ていたから。


 勇者は、この世界では圧倒的な強者で。

 レオナード王子も、きっとそうだと思い込んでいた。


(まこと、光の勇者は特別よ? ただ、レオナードくんは、勇者の中でも最弱だけど……)

 ノア様からのコメントが入る。

 なんと……。そうなのか。


 ルーシーを抱き寄せながら、あらためて、周りを見渡す。

 騎士たちや、冒険者たちは忌まわしき巨人の声に、怯えて動けない。

 さーさんは、動けるがあの全身が溶岩の巨人では、素手で攻撃できない。

 多分、さーさんの腕が消し炭になってしまう。

 切り札である『氷雪の勇者』レオナード王子の攻撃は、あまり効果がなさそうだ。


 ……これ、ピンチじゃないか?


 ブオンと、巨人の拳が王子に迫った。

 まずい、あれは避け切れない!


「王子!」

 騎士のおっさんが、レオナード王子を突き飛ばし身代わりになった。

 座り込んでたのに気合で、動いたのか!?

 おっさんは、巨人の拳を正面から受け止めトラックにはねられた様に、回転しながら壁に激突して、壁を突き抜けて消えていった。


「おっさん!」

 あれは、死んだ……。

 絶対に、助からない。くそっ!

 ギリッと歯軋りをするが、今はいったん頭から切り離す。


 落ち着け。

 明鏡止水スキルは99%。

 冷静さを、失うな。


「わああああああああ」

 味方が殺されて、冷静さを失ったのかレオナード王子の動きが雑になる。

 精神安定系のスキルは、持っていないのか。


「ねえ……私、4回までなら死んでも大丈夫みたいだし。イチかバチか、攻撃してみよっか?」

 さーさんが、提案してくれるが。


「……駄目だよ。溶岩で覆われた巨人に、素手の攻撃が効くとは思えない」

 何より、死ぬことを前提に特攻なんて、させられるか。


 巨人は、だんだんレオナード王子の攻撃に慣れてきたのか、反撃に転じている。

 巨人が動くたびに、身体の溶岩が巻き散らかせれてあたりを炎の足場に変えていく。

 徐々に、レオナード王子の逃げ場が少なくなる。

 あれじゃ、いつか捕まるな。


「さーさん、レオナード王子のフォローを! 岩でも、瓦礫でもいいから投げつけて、注意を逸らしてくれ! ただし、近づき過ぎないで。絶対に捕まるなよ!」

「わ、わかった。やってみるね」

 ごめん! 危険なことをお願いして。


 ふと視線を感じて振り返るとソフィア王女が、こちらを見ていた。


「高月まこと……何とかできませんか……」

「ソフィア王女……」

 悲痛な顔のソフィア王女が、祈るようにこちらへ語りかけてきた。


『ソフィア王女の願いを聞き届けますか?』


 はい←

 いいえ 



 心情的には、イエスなんだけど……

 でも、どうやって?


 考えろ。

 手はある……はず。

 何か、ヒントは。

 起死回生のアイテムは?

 お助けキャラは現われないのか?

 ここがマッカレンか、大迷宮なら精霊魔法が使えるんだけど。



(まこと……ソフィア王女を使いなさい)

 え?

 女神さま?

 使う?

 何言ってるんですか?


 使うって………………もしかして。



「ソフィア王女! 魔法スキルを何か持ってますか?」

「私は、魔法使いの修行をしたことはありませんが……。氷魔法・王級スキルなら。でも身を守る防御魔法くらいしか使えません……」


 十分だ。

 俺は、迷わずソフィア王女の手を掴んだ。

「何を!?」

「失礼、魔力マナを借ります」


――同調シンクロ

 その瞬間、大瀑布の中に身を置いているような、錯覚に包まれた。


 ひんやりとした、心地よい魔力が、大量に流れ込んでくる。


「んっ!」

 ソフィア王女が、小さく喘ぐ声が聞こえる。


「さーさん! レオナード王子! 離れてくれ!」

「わかった!」

 レオナード王子には、こちらの声が届いてなかったが、さーさんが王子を抱きかかえて、離れてくれた。


「水魔法・水龍!」

 俺の手から放たれた、が忌まわしき巨人に向かっていく。

 あれ? 水龍が氷龍になったぞ?

 ソフィア王女の『氷魔法・王級』の影響かな?


――キァァァアアア……ア……ア


 まったく攻撃が通らなかった、巨人の肌が所々凍りついている。

 巨人の動きが少し鈍くなった。

 お、これは効果がありそうだな。

 いや、駄目か。

 氷の龍が、巨人に引き裂かれた。


「た、高月まこと……、あれは一体?」

「俺がソフィア王女に同調シンクロして、魔法を使いました。……苦しくないですか?」

「は、はい……ただ、すこし休」

「じゃあ、次行きますね」

「え?」


 王女の許可が得られたので、同調シンクロ率をより高める。

 さっきよりも多くの魔力が、流れ込んできた。


「はうっ!」

 ソフィア王女は、ビクン、と背をのけぞらせている。

 ちょっと、一気に魔力を使いすぎたかな?


「水魔法・踊れ、二匹の氷龍」

 今度は二匹の氷龍を創って、巨人を攻撃する。

 巨人の身体を、喰らい尽くそうと牙を突きたてている。

 多少のダメージにはなっているようだが……。

 やはり、最後は巨人に潰されてしまう。


「うーん、超級魔法だと決め手に欠けてるな」

「……はぁ……はぁ……はぁ」

 ソフィア王女は、息絶え絶えだ。

 あまり、長く同調を続けるのは身体に悪いかも。


「あ、あの……身体が熱い……です……」

 ソフィア王女が訴えてくる。


「苦しいですか? どこか痛いところは?」

「い、いえ……痛くはないんですが……」

「次で決めます。全力でいきますよ」

「え? さっきのが全力では……」


――完全同調。

 相手と一体になる感覚で。深く、深く、ソフィア王女の中に入り込む……


「っ! ぁぁぁん!」

 毎回、苦しそうな声を出すんだけど……。

 本当に苦しくないんだろうか?


 しかし、おかげで強大な魔力が流れ込んできた。

 しかも、精霊たちの自由な魔力と違って扱い易い。

 これなら、いけそうだ。


「水魔法・ヤマタノ……」


 うーん、待てよ。こんな街中で水の王級魔法を使ってもいいものか?

 周りの冒険者や騎士たちを巻き込んでしまう。

 よし、アレンジしよう!


「水魔法・氷の不死鳥」

 本来は、火の王級魔法である不死鳥。

 それを水魔法に置き換える。


(無茶苦茶するわねー)

 女神様のつっこみが入った。

 ちょっと、集中してるんで黙っててください。

 でも、さっきのヒントありがとうございました!

(どういたしましてー)


 王級魔法が完成する。

 目の前に巨大な、氷の不死鳥が現われた。

 おお! かっこいいな!


「行け! 忌まわしき巨人を倒せ」

 甲高い鳴き声を響かせ、巨人に襲いかかった。


「あ、あの……あれは王級魔法?」

「ソフィア王女のおかげですよ」

 ニカっと笑いかける。

 いやはや、さすがだね。王級魔法スキル持ち。


「は、はい……そうですか」

「もうすぐ倒せそうですよ。ほら」


 俺が指差した先では、忌まわしき巨人の身体がどんどん凍らされている。

 よし、そろそろ決めよう。


「水魔法・大氷牢!」

 最後には、巨大な氷の彫刻ができあがった。

 巨人は、少し間抜けなポーズで固まっている。

 氷の不死鳥がその上に、降り立った。

 なかなか、絵になるな。


「……倒したのですか?」

 ソフィア王女が聞いてくる。

「7日間くらいは凍ったままだと思いますよ。その間に、適当に処理しちゃってください」

 精霊が多いマッカレンなら一年くらい、凍らせたままにできるんだけど。

 ホルンじゃ無理だ。


「……わかりました」

「はぁ、助かった」

 あー、しんどかった。


「あ、あの……」

「ソフィア王女、ありがとうございました」

「は、はい……あの、手を」

「ん?」

 やべ! 手をつなぎっぱなしだった。


「失礼しました」

 ぱっと、手を離す。

 ソフィア王女は一瞬、なんとも言えない顔をして、そのあとすぐ、きりっとした顔に戻った。


「皆、聞きなさい! 忌まわしき巨人は倒されました。動けるものは、残った魔物がいないかを改めて探索、及び住民を避難させます。冒険者たち、可能であればご助力を。報酬は十分なものを用意します」

「巫女様!」

 一番に返事をしたのは、元・守護騎士のおっさんだった。

 って、え!


「おっさん、生きてたのか!?」

 あの巨人の一撃をくらって?

 原型すら留めてないと思ったんだけど。


「はっはっは。我の『鉄壁・超級』スキルにかかれば、あの程度、蚊にさされたようなもの……っぐ」

 無理してたのか、へたりこんでしまった。

「大丈夫か?」

 かけよって、肩をかそうとするが。


「問題ない。それより、動ける騎士は住民の救助に向かうぞ。何名か、巫女様と王子を王城までお送りしろ!」

「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」

 部下の騎士たちも復活したようだ。


 こいつら、凄いな。

 さっきまで、死にそうな顔だったのにもう現場復帰するのか。

 ちょっと、ブラックな職場かもしれない。


「高月まこと」

 ソフィア王女が、俺に背を向けて声をかけてきた。

 隣では、騎士に背負われたレオナード王子がいる。

 こうしてみると、本当にただの子供だな。

 勇者の重責に、同情してしまう。


「先ほどは、ありがとうございました。御礼はのちほど」

「いえ。別に大したことは……」

 魔力は、王女に貰ったものだし。


「行きますよ」

 王女と騎士たちは、城の方角へ歩いていった。

 はぁー、なんとかなってよかった。


 残された俺は、仲間たちのほうを見た。

 ルーシーの顔色は、大分良くなっている。大丈夫そうだ。

 さーさんは……え?


「うう……」

 さーさんが、自分の青白い顔で、震えている!

 まさか、忌まわしき巨人の呪いか?


「寒いよ~……寒いよ~……高月くん……」

「あ」

 しまった!

 ラミア族のさーさんは、寒さが弱点だった!


 巨大な氷の彫刻に、巨大な氷の鳥。

 しかも、王級魔法の影響か雪まで降っている。

 体感温度は、3度以下くらい?


「さーさん! これ羽織って」

「あ、ありがとう」

 俺のジャケットを、慌てて肩にかけたけどあまり効果がなさそうだ。


「あや、大丈夫?」

 ふらふらしながらルーシーが、やってきた。

 そうだっ!


「さーさん、こっち来て。ルーシーも」

 二人を近づけて、


「ひゃぁ!」

「わー、ルーシーさん。あったかーい」

 びくん、となるルーシーと、ふにゃっとするさーさん。


「な、何?」

「悪いルーシー、さーさんは身体を冷やすと駄目なんだ。しばらく、そうしておいて」

「わー、ルーシーさんカイロだー」

 さーさんの青白かった顔色が、元に戻ってきた。よかった。

 ルーシーの高い体温のおかげで、助かった。


「ううー、冷たい。わかったわ……あや、大丈夫?」

「んー、いい感じ」

「ちょっと、どこ触ってるの!」

「もっと、暖かいところないかなー」

 さーさんが、ルーシーの身体をまさぐっている。

 うんうん、可愛い女の子同士の絡みは見てて美しいね。


「じゃあ、逃げ遅れた人がいないか探しつつ、宿に一度戻ろう」

「「はーい」」


 俺たちは、慎重に街を歩き、宿に戻った。


 はぁー、今回は疲れましたよ、女神様。

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