71話 燃える王都(前編)

「どういうことですか? 王都には結界が張ってあるはずでしょう」

 ざわつく会場に、ソフィア王女の冷静な声が響く。


「そ、それが。魔物の集団が突然、街に現われました! 原因は不明です。今は住民の避難を優先しています」

「至急、冒険者ギルドに協力を要請しなさい。魔物の討伐だけでなく、住民の救助にも報酬を払うことを伝えなさい。躊躇しているようなら、通常の1.5倍の報酬を出します」

「はっ! 今すぐに!」

 てきぱきと指示を出す、ソフィア王女。

 おお! 判断が早い。


「王宮の騎士は、全員魔物の討伐と住民の保護にあたりなさい」

「姉さま! 僕も行きます!」

「……、わかりました。私と一緒に行動してもらいますよ」

 レオナード王子の言葉に、少し迷っているようだった。

 あまり弟を危険にさらしたくないのかもしれない。

 ただ、勇者が自国の危機に隠れているわけにもいかないか。


「さーさん、ルーシー。俺たちも行こう」

 俺は王都の冒険者ギルド所属ではない。

 とはいえ、水の国の冒険者だ。

 何かしら手伝えることを探そう。


「わかったわ!」「行きましょう!」

 ルーシーとさーさんも力強くうなづいてくれた。


「タッキー殿!」

「ふじやんは、ニナさん、クリスさんと一緒に避難してくれ。ニナさん、お願いします!」

「任せてください! 旦那様、クリス! 行きまショウ」

 俺たちは、それぞれの目的地へ行動を開始した。



 ◇



 ――街が燃えている。


 いや、所々煙が立ち上っているから、そう見えるだけか。

 大火事というわけではない。


 暴れている魔物の姿が、ぽつぽつ見える。

 数は、それほど多くない。

 しかし、魔物を見慣れていない人々の恐怖は相当なものなのか、悲鳴がいたるところから聞こえる。


「えいっ!」

 さーさんの拳が、コボルトらしき魔物を吹っ飛ばした。

「土魔法・岩弾!」

 ルーシーの魔法が、オークの脳天にヒットして仕留めた。


「こちらへ逃げてくださいー」

 俺はお年寄りの手を引いて、避難所になっている神殿へ誘導した。


 ……水辺が無くて、精霊もいないと、こんなことしかやることない……。

 いや、これも大事な仕事だ。 


「まこと、見て!」

「高月くん! グリフォンが!」

 ルーシーとさーさんの叫び声で振り向く。

 グリフォンが、こっちに向かってる!?

 まじかよ。

 

「やっかいな魔物がいるな!」

 短剣を構える。

「下がっていろ!」

 どこからか元・守護騎士のおっさんが、飛び出してきた。


 ガツン! と大きな音と共にグリフォンと衝突した。


「ぐぐぐっ……」

 真っ赤な顔をしたおっさんが、グリフォンを止めている!

 やるな、おっさん!


「水魔法・氷刃!」

 俺は僅かな魔力を、出し惜しみせず放つ。


 ギエエエッ! と目玉を氷刃に貫かれたグリフォンが苦しげに悶える。


「土魔法・大岩弾!」ルーシーの放つ大岩と

「はあっ!」さーさんの『溜め攻撃』が、グリフォンに突き刺さった。


 グリフォンは、民家にぶち当たり動かなくなった。

 すげぇな、二人とも。

 小ぶりとはいえ、以前はあんなに苦労したグリフォンをあっさり倒した。


「隊長!」「ご無事ですか!」「ありがとう、冒険者!」

 おっさんの部下の騎士たちもやってきた。 


「ねえ、高月くん」

 さーさんが、グリフォンの死体を見て何かを言いたげな目をした。

「これ、サーカスで観たやつか」

「他の魔物も、そうみたいよ」とルーシー。

 確かに、ボロボロになっているがサーカスの衣装の切れ端が見える。

 サーカス団から逃げ出した?

 しかし、こんな一斉に暴れるもんなのか?


「高月まこと。この魔物に覚えがあるのか?」

「多分、街の真ん中にあるサーカス団の魔物だよ」

「なんだと! あいつらの管理ミスか! 魔物使いテイマーは、何をやっている!」

「行ってみよう」

 もし逃げ遅れた人がいれば、サーカス団のテントのあたりが一番危ない。


 ◇


「ひどい……」

 街の中央にある広場、その付近は最も破壊が進んでいた。

 魔物の死体と……食い千切られた人の死体も転がっている。


「あいつのしわざね……」


――オオオオオ! 


 空気を震わせる雄叫びが響く。

 巨人だ。十メートル近くある、巨人が暴れている。


「行くぞ!」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 元・守護騎士のおっさんの声に、部下の騎士たちが続く。


「ルーシー、あいつの頭部を狙おう。さーさん、俺がやつの足元を崩すから、とどめを頼む」

「わかったわ」「任せて」

 広場には大きな噴水がある。

 水があれば――戦える!


 おっさんが率いる騎士たちは、攻めあぐねている。

 巨人の動きは鈍いので、攻撃は食らってないようだが、相手に致命傷も与えられていない。


「おい、君らも冒険者か!」「アイツが一番の大物だな!」「手伝うぞ!」「褒賞は山分けだからな!」

 冒険者たちも、集まってきた。

 よし! これは、勝ったな!


(ちょっとぉ、油断は駄目よ)

 はい、女神様。

 いつも通り、命を大事に。


「火魔法・ファイアボール」「木魔法・風の刃」「混合魔法・隕石落とし!」

 冒険者の魔法使いたちと、ルーシーの魔法が巨人に炸裂する。

 ルーシーの魔法、コントロール良くなったなぁ。


 ちょっと、感慨にふけりつつ、俺は巨人に近づく。

 魔法をくらった巨人は、ふらふらしている。

 タフな巨人だな。


「水魔法・水流」噴水の水を、巨人に叩き付けた。

 巨人と近くにいる騎士たちに、水が降り注ぐ。


「おい!」おっさん騎士が、何か言いたそうだが、あとだ。


「水魔法・氷の床」巨人の足元だけを、凍らせる。


「オォ?」巨人がバランスを崩し――尻餅をついた。


「今だ!」「倒せ!」騎士たちが、かけよる。


――ひゅっ、と。小さな影が、巨人の頭部あたりに落ちた。

 さーさんか?


 さーさんは、数メートルほどジャンプしてから、、巨人の頭部へかかと落としをくらわせた!

 あれは、『空中ジャンプ』スキルか!


 ズシン! と巨人の頭部が地面を震わせ、巨人は動かなくなった。


 倒した?

 どっ! と全員が、勝利に湧く。

 

「さっきの蹴り技、すごいな、あんた、ゴールドランクか?」

「ねぇ、さっきのあなたの隕石落としって何魔法?」

「助かったよ。あんたらは、英雄だな」

 さーさんや、ルーシーが冒険者たちや騎士に囲まれて賞賛されている。

 二人とも照れつつも、嬉しそうだ。


 それを遠めに眺めながら、少し周りを『敵感知』スキルで確認した。

 もう、大丈夫そうかな?


 巨人はまだ、わずかに息があるようだが、徐々に弱っている。

 一部の冒険者たちも油断なく、警戒しているがどうやら杞憂になりそうだ。

 数分後には、息絶えるはずだ。


「助かったぞ」

 気がつくと、元・守護騎士のおっさんが隣にいた。

「自慢の仲間なんで」

 俺にはもったいないくらいの。

「いや、あの巨人を転ばせた魔法。貴様が使ったのだろう? あの機転がなければ、倒せなかった」

「そうかな?」

 ルーシーとさーさんなら、二人でも倒してた気がするけどね。


「みなさん、大丈夫ですか?」

 遅れてやってきたのは、レオナード王子と……こんなところにソフィア王女がやってきた。

 逃げないでいいのか?


「魔物討伐は、大体終わったようですね。皆、よくやってくれました」

 ソフィア王女の声に、その場にいる人々が、満足げにうなずく。

 こうして見ると、優秀なお姫様だなー。

 危険な現場にも、顔を出すし。


「ソフィア様! サーカス団の魔物使いが、全員殺害されています!」

 テントを調べていたらしい騎士が報告をしていた。

 物騒な報告だな。

 魔物にやられたのか?


「魔物使いは、刃物で切られており魔物の仕業ではありません」

「サーカス団の生き残りを探しなさい。詳しい話を聞くように」

「はっ!」

 何やら、事件のようだ。

 そーいえば、あのピエロの人は無事だろうか。


 ……いや、思い返すと彼は『明日は大きな祭り』と言ってた。

 今思うと、ちょっと怪しくないか?


 念のため騎士のおっさんに報告しておこうかと、思っていたとき。



「痛っ!」

――ズキリ、と頭を金槌で殴られたような衝撃が襲った。

 

 これは……敵感知スキルか。

 この頭痛……災害指定の魔物?


「まこと?」

「どーしたの?」

 急に頭を抑えた俺を心配して、ルーシーとさーさんが、かけよってきた。


「どーした? 高月まこと」

 おっさんも心配してくれる。


「……災害指定の魔物が……多分来る」


「え?」「なんだと!?」

 だけど、どこから?

 ここは大迷宮じゃないんだぞ?



「……ニ……クイ…………ニ……ク……イ。…………ニン……ゲン……」

 呻き声がする。

 あれは、巨人がまだ生きてる?



――――うん、憎いよね。わかる、わかるよ。


 

 不思議な声が聞こえた。

 子供のような、女の子のような、優しい小さな声が。

 


「……チカ…………ラ…………ホ……シ……ィ」

 何か、嫌な予感がする。


「誰か! その巨人にとどめを!」

 ソフィア王女が、叫んだ。

 騎士と冒険者が、その声に従う。



――――うん、チカラをあげるよ。だからボクは、キミの心を貰うね。



 不思議な声は、しゃべり続ける。 

「ルーシー、さーさん。この子供の声聞こえる?」

「え?」

「子供の声?」

 みんなには、聞こえてないのか?



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」



 瀕死だった巨人が、突如立ち上がった!

 しかし、その身体は崩れ落ちていく。

 崩れ落ちる?

 違う、皮膚がはがれ、その下から赤くドロドロとした何かが溢れてきた。

 ドロドロが地面におち、ジュウっと音がして、地面が黒く溶けた。

 

 溶ける?

 熱で溶けている?

 あれは……溶岩みたいなものか?

 巨人の身体が、溶岩に覆われた何かに変わった。

 溶岩には、大量の白いもの……あれは、骨か? が浮いている。

 何で、骨は溶けないんだろう。



――――さあ、運命に逆らおう! キミはユウカンな戦士だ!




 子供のような声は、そこで聞こえなくなった。


「―――――キァァアアアアアアアアアア!」


 巨人の声が低いものから、ガラスを引っ搔いたような耳障りなものに変わった。

 この奇声……どこかで聞いたような。



「忌まわしき……巨人……」

 誰かが呟く声が、耳に届いた。

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