70話 高月まことは、再び王城へ出向く

「じゃあ、そろそろ太陽の国ハイランドの王都へ向かおうか」

 夕方、みんなに提案した。

 ここに長居する理由は無いし。


「ゴブリンが居なかったから?」

 ルーシーが、上目遣いに覗き込んでくる。

 ふっと、顔をそらす。


「ここは、精霊が少なくて、修行にならないんだよね」

 まあ、魔物がいないのも大きい。

 つまらん。


「いいんじゃないかな」

 髪をいじりながら、さーさんも同意してくれた。

 さーさんは騎士の人たちを全員叩きのめしちゃったから、ちょっと気まずいよね。

 見回り騎士の人たちって、街を歩いていると結構よく会う。


「では、出発前に城へ報告はしておいたほうがよいでしょうな」

 ふじやんが、忠告してくれる。

 そういうものなのか。


「では、私が王城へ挨拶に行って来ますね」

 クリスさんが、行ってくれるらしい。

「クリスさま、私もご一緒しましょうカ?」

「ニナってば。『さま』は駄目と言ったでしょ。では、一緒に行きましょうか」

「はい、クリス。準備しますネ」

 うーん、ニナさんとクリスさんの仲良しさがハンパない。

 先日までの、殺伐とした空気はなんだったのか。


 俺たちは、出発の準備をしつつ、クリスさんとニナさんの戻りを待った。



 ◇



「……太陽の国へ出発すると伝えたところ、会食を開きたいので今晩、ローゼス城へ来るように伝言を承りました」

 クリスさんが、困った表情で戻ってきた。


「引き留め……でしょうか」

 ふじやんが呟く。

「これって、行かないわけには……」

「ま・こ・と」

 ルーシーが首を横にふるふる振った。

 はい、そろそろ学びます。

 強制イベントですね。


「美味しいもの、沢山でるかな?」

 さーさんは、期待している方向性がみんなと違う。

「水の国の宮廷料理は、レベルが高いと噂ですヨ」

 あ、ニナさんもご一緒でしたか。

 食べ物好き女子たち。


 そんなこんなで俺たちは、再びローゼス城へ向かった。


 ◇


「わー、美味しいー」

「これ美味っ!」

 ローゼス王家の料理のレベルを舐めてました。

 めっちゃ、美味いんですけど。

 観光の国の王都ってだけあるな。


 箸で切れそうなヒレステーキに、巨大なかつおのような魚を丸ごと捌いた刺身盛り合わせ(醤油みたいなのもあった!)。

 蟹や海老や山菜の天麩羅に、瑞々しいサラダの数々。

 割と日本料理っぽいのが多いのが気になるけど。

 ……いや、これは多分俺たちの舌に合わせてくれたんだ。

 

「ねぇ、高月くん! あっちのスイーツコーナー凄いよ!」

「よし! 行こう!」

 立食形式なので、取り放題でさーさんがはしゃいでいる。

 俺もだ。

 いやー、来て良かった。

 

「まことさん、いかがですか? ローゼス城の料理はお口に合いましたか?」

 レオナード王子だ。

 失礼があってはいけないと、気を引き締める。

 後ろでさーさんが、ワインをガブガブ飲んでいるのが気になる。

 粗相はいけませんよ。


「こんな美味しい料理は、初めてですよ」

 お世辞なく、そう思う。

「この会食は、僕が姉さまにお願いして開いてもらったんです。もう一度、まことさんとお話がしたくて」

 キラキラした目で、覗き込まれると照れる。

 レオナード王子、男の子にしておくのは勿体ない。


「もう一度、魔法を見せていただけませんか」

「えっと……そうですね。では、こちらへ」

 王子様の頼みで、しょっぱい魔法を見せるわけにはいかない。

 城の庭園にある、噴水の近くにやってきた。


(えーと、水魔法・動物の踊りダンス・ダンス!)


 噴水の水を使って、人魚やら鳥やら馬やら、適当な動物の形にして、躍らせてみる。

 水のショー的な感じで。

 パーティー会場で演奏をしていた人たちが、それに合わせて音楽を奏でてくれた。


 精霊は少ないけど、王城の噴水の水だけあって魔力を含んだ良い水だ。

 水の神殿を思い出す。

 そういえば、ここは水の神殿の総本山か。


「す、凄いですね! 一体どれだけ練習をすればここまで水魔法が使いこなせるのでしょう!」

 レオナード王子には、ご満足いただけたようだ。

 ほっとした。


「ねぇねぇ、まことの水魔法の熟練度って、今いくつ?」

 シャンパンを片手に持った、ルーシーに頬をつつかれた。

 肩を出した、赤のドレスが似合っている。

 こういう場所でも、浮かないのはさすがだなぁ。


「150超えたところかな」

 小声で答える。

 魂書ソウルブックの改造は、違法なので大っぴらには言えない。

 公式は、水魔法の熟練度:99です。


 ルーシーが、はうっ! と小さく呻いた。

「わ、私まだ30……」

「いや、最初に会った時は10も無かったろ」

 成長してるって。


 思うに魔法の熟練度は、実は弱い魔法スキルのほうが上がりやすい傾向があるみたいだ。

 熟練度をあげるには、とにかく魔法の利用回数を増やす必要がある。

 しかし、ルーシーのように王級魔法使いは、1回魔法を使うのが大変だ。

 毎回、凄い量の魔力をコントロールしないといけないから。

 その点、俺のように初級のショボイ魔力なら、楽々……自分で言ってて悲しくなってきた。


「まことさん! 僕に魔法を教えてくれませんか!」

 澄んだ瞳で、レオナード王子がお願いしてきた。

 おっと、これは予想外。



『レオナード王子のお願いを聞き入れますか?』


 はい

 いいえ ←



 久しぶりの選択肢だ。

 どうしたものか……。


『はい』を選べば、しばらくはホルンに滞在コースか。

『いいえ』を選ぶのは……そもそも、王子の頼みを断ってもいいものなのか?

 俺はレオナード王子は、嫌いじゃない。

 人懐っこくて、慕ってくれるのがわかる。 

 ただ、ソフィアは怖い。 

 うーん、と悩んでいると。


「レオ。何をしているのですか」

 涼やかな声が、後ろから響いた。


 ◇


- ソフィア王女視点 -


 レオの頼みで、今晩の会食をセットしました。

 ただ、高月まことにそこまで魅力があるのか、私にはわかりません。


 せいぜい水魔法がちょっとばかり使える魔法使い、というだけでしょう。

 その程度であれば、この国でもたくさんいます。


「違いますよ、姉さま! まことさんの水魔法の繊細さがわかりませんか!? まるで生きてるみたいな動きをするんです!」

 レオは熱弁するが、やれやれですね。

 そんなものが、大魔王の討伐に役に立つんでしょうか。

 所詮は、子供騙しでしょう。


 とはいえ、私が目をつけた異世界の勇者候補達は、皆この国を去ってしまった。

 それに関しては、私の落ち度だ。

 異世界から来た人たちは、神様への信仰心が薄い。

 それに気付かず、この国のルールを強いてしまったのが失敗だった。


 その点、太陽の国のノエル王女はうまくやっている。

 金や地位、恋人まであてがっているとか。


「ソフィア、あなたの美貌で光の勇者を水の国ローゼスに取り戻すのです!」

 母が、おかしな噂まで立てて光の勇者の気を引こうとしているが。

 あれは、意味が無いでしょうね……。

 そもそも、相手が天照アマテラスの姫と呼ばれる、光の巫女ノエル王女だ。

 勝ち目など、あるわけがない。


 あら? レオナードが高月まことと話をしてるようですね。

 何か、おかしなことを吹き込まれていないといいですが。


「姉さま! いま、まことさんに魔法が教われないか聞いているのです!」

「こんばんは、ソフィア王女」

 満面の笑みのレオと、ぎこちない笑顔の高月まこと。

 

「レオ、彼は冒険者です。あまり、無理を言ってはいけませんよ」

 王子が冒険者に魔法の教えを請うとは。

 何より、その男は魔法使い見習いですよ。

 何を考えているのだか……。


「レオナード王子、魔法を習いたいのでしたら、自分より適任な魔法使いがたくさんいるでしょう」

 身の程をわきまえた良い答えですね、高月まこと。


「レオ、後で王宮の上級水魔法使いの教師を呼びましょう」

 超級の魔法使いすらいないのが、我が国の悲しいところだ。


「違います、姉さま! まことさんの水魔法は芸術です。他の人とは違うんです」

「いやー、それは買いかぶりですよ」

「レオ……芸術で、魔物や魔族は倒せませんよ」

 なんだろう。私と高月まことで協力してレオを説得するような構図になっている。

 さて、どうやってなだめようかと思っていたら。



「ご報告! 街に魔物の集団が現れました!」

 パーティーを中断させる、大声が広間に響いた。

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