66話 高月まことは勇者と話す

――レオナード・エイル・ローゼス。


 初めて会ったが、俺でもその名は知っている。

 水の国ローゼスの第一王子の名前だ。

 姉のソフィア王女に似た、美しい少年。

 服装が違えば、少女のようにすら見える。


「本来なら、大迷宮の忌まわしき竜は、勇者の僕も戦うはずだったのですが……。代わりに倒していただき、ありがとうございます」

 小さく、頭を下げられた。


――氷雪の勇者。

 レオナード王子の、もう一つの肩書きだ。

 しかし、まだこんな幼いのに、世界を救う勇者とは大変だな。


「良いのですよ、レオ。この者たちには、十分な報酬を与えました。あなたが気に病む必要はありません」

「……」

 まあ、そうなんだけどさ。

 目の前で言わなくても良くない?


「あなたは、まだ九歳なのですから。大迷宮のことは、冒険者に任せておけばよいのです」

 九歳かぁ。小学校三年生じゃん。

 ソフィア王女の失礼な言い草すら気にならなかった。

 この子に、あの忌竜と戦えとは俺も言えない。


「姉さま! いつも、そうやって僕を子供扱いしますが、僕だってこれくらいできるんですよ」

 そう言って呪文を唱え始めた。

 あの詠唱は……。


「水魔法・水龍!」

 おお! 水の超級魔法じゃないか。

 やや荒っぽいながら、巨大な水の龍が出現する。

 どうやらレオナード王子は、水魔法の使い手のようだ。


「どうですか、姉さま! 僕も戦えます」

「……わかりました。次の忌まわしき魔物が出た時には、レオも参加することを検討します。もう、魔法を止めてください」

「は、はい」

 

 レオナード王子が、水龍を操っている……が、危なっかしいな。

「ぬぉぉぉおお!」

 水龍が、元・守護さんのスレスレを通った。

 なんか凄い頑張って避けてるけど、当たっても多分そんな痛くないですよ?

 さーさんの本気パンチのほうが、100倍くらい痛いはず。


「ね、ねえ。大丈夫かな?」

 ルーシーが、背中をつついてきた。

 いや、水魔法・水龍は見た目は派手だけど、当たってもびしょ濡れになるくらいだから。

 まあ、多少は吹き飛ばされるけど。


「く、うまくコントロールが……」

 レオナード王子が、手間取っている。

 えぇー……。さっさと、シメイ湖あたりに、水龍を放り込めばいいじゃないか、と思うのだが、魔法の操作が甘い。

 ちらりと、ソフィア王女がこちらを見てきた。

 手助けしろ、ということだろうか?


(これは……)

 もしや、ふじやんの言う『好感度アップ』イベントか?

 俺は、『ギャルゲープレイヤー』じゃないので、よくわからんが。

 とりあえず、やってみよう。


「少し失礼しますね」

と言って、レオナード王子の肩に手をかける。


同調シンクロ……)

 使うのは、ルーシーと同調して火傷して以来だが、うまくいった。

 レオナード王子の水魔法の支配権を奪った。

 先ほどまで、フラフラしていた水龍がスイスイと空中を泳ぎだす。


「す、すごい……」

 王子の声が聞こえた。

 うーん、自分の魔法をコントロール出来ないことをまずは、反省すべきと思うが……。

 まあ、小学三年生だ。しゃーない。

 王子が生成した大量の水を、どうしようか迷った結果。


「万羽の水鳥」

 水龍を1万羽の水鳥に、姿を変えさせて散らばらせた。

 美しい王城から大量の魔法の水の鳥が飛び立つ。

 うーん、なかなか、いい絵だ。満足。


「ふわぁぁぁ」

 レオナード王子が、ルーシーみたいな声をだして大口を開けていた。

 その後、こちらを目を潤ませながら見つめてきた。

「す、凄い! 先ほどの魔法はいったい!」

 いや、適当にやったので、魔法ってほどではないのですが……。


「高月まこと、レオの手助け、ありがとうございます。……いつまで、肩に手を置いているのですか」

 ソフィア王女が、静かに指摘してきた。

「あ、ああ。失礼」

 ぱっと、手を離す。

 ソフィア王女の目は、冷たいままだ。

 好感度上がってる? あまり、そんな感じしないなぁ。


「じゃ、俺たちはこのへんで……」

 もうさっさと、街に行こう。

「ま、待ってください。あの、もう少しお話させてもらえませんか! まことさん」

 レオナード王子が、俺の手を掴んできた。

 王子に子犬みたいな目で見られると、無視するわけにもいかない。

 チラリと、保護者ソフィアを見た。


「レオ、彼らにローゼス城を案内してあげればどうですか? 城の外に出ては、いけませんよ」

「はい!」

 王子の案内で、城を探索することになった。

 勿論、護衛的なひとは付いてくるのだが。

 しかし、ソフィア王女は、弟には甘いのかな?



 ◇



 レオナード王子に、ローゼス城の空中庭園や、大聖堂、王宮食堂などを案内してもらった。

 大陸一美しいと言われるだけあり、建物の装飾、庭園のバラ園、どれも見事だ。


 そして、案内の途中で声をかけられるレオナード王子。

 王宮勤めの人たちにとって、レオナード王子はアイドルのようで、皆、満面の笑顔で挨拶をしてくる。

 まあ、レオナード王子、可愛いもんな。わかるわかる。


 そして、わからなかったのがソフィア王女の評判だ。

 ソフィア王女は――人気があるのだ。抜群に。

 

 水の国での愛称は、『氷の彫刻の姫』。

 氷のようにクールで、彫刻のように美しいという意味らしい。

 愛想が悪いのは、周知の事実のようだが、ソフィア王女は、とにかく真面目だと。


 ある村で、災害が起きれば駆けつけ。

 ある町で諍いが起きれば、仲裁して。

 飢える人々には、施し。

 あぶれるものには、職を与える。

 寝る間も惜しみ、水の国の民のために働く王女。


 それが、ローゼス城で働く人からの評判だった。

 隣に王子がいるので、多分にお世辞は入ってそうだが。

 だが、人々は親愛と敬意を込めてソフィア王女のことを話していた。

 そこに嘘は感じられなかった。


「ですが、姉さまにも困ったところがあって。一目見ただけで、相手の評価を決めてしまうのですよ。あと、真面目過ぎて、部下が付いてこれないところがあり。多忙ゆえですが」

 それで、優秀な人材を逃してしまうことが多いのだとか。

 うん、俺は一目で、使えない評価されたね。


「まことさんの友人の、岡田さんと北山さんは、王宮のメイドに手を出しすぎて、姉さまに追い出されてしまいました……」

 おーい! あいつら、何やってんだよ。

 岡田くんって、彼女いなかったっけ?

 北山は……、うん、女好きだったな。


「はぁー、あいつらチャラいからねー」さーさんが、ため息をつく。

「あや、知ってるの?」

「私たちの元・クラスメイトだけど、女をとっかえひっかえしてたの」

「とっ……、不潔ね!」

 ルーシーさんは、男性関係は真面目だからな。


 岡田・北山コンビは論外として、他のクラスメイトも何人か水の国にスカウトされたはずだが、現在はまったく残っていない。


水の国ローゼスの軍事力は、大陸最弱ですから……」

 レオナード王子が、寂しげに笑った。


 水の国の軍人は少なく、魔物討伐で困った時は、冒険者や太陽の騎士団、火の国の傭兵を頼ってきた歴史がある。

 しかし、これから大魔王の復活に向けて、みな自国の軍事強化を急いでいる。

 そこで、ソフィア王女は優秀な人材の確保に、躍起になってるそうだが、どうも裏目っているようだ。


「まことさんのような優秀な魔法使いに、居ていただけると安心なのですが」

 おっと、これは勧誘入りましたね。

 子犬のような目で、美少女のような上目遣いで覗き込まれると迷ってしまう。


「俺はただの魔法使い見習いです。お力にはなれませんよ」

「見習い……ですか? 先ほど、超級魔法を操っていましたが」

「熟練度が高ければ、誰でもできます」

「そうなのですか……」

 レオナード王子が、しょぼんとする。


「誰でもは無理だって……」

 ルーシーの小声ツッコミが聞こえたが、無視だ。


「それじゃあ、案内ありがとうございました」

「はい、まことさん。ルーシーさん、あやさん。また、いつでも来てください」

と言って微笑むレオナード王子、マジ美少女にしか見えない。



 俺たちは、レオナード王子にお礼を言い、ローゼス城をあとにした。

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