67話 高月まこととふじやんは、夜の街に繰り出す

「へぇ、都の外れに歓楽街があるんだな」

 真面目な王女様の治める都には、そういうエリアは無いかと思ってた。

 酒場や風俗店やらが、混在して雑多な店が続いている。


「何事にも、息抜きは必要ですからな」

 今日の夕食は、ふじやんから「話がある」と言われ二人だけだ。

 ふじやんは、このあたりの地理には慣れているのか、どんどん奥に進む。


 隠れ家的な、雰囲気の良い酒場に到着した。

 店に入ると、薄暗い店内には煙がかっている。

 煙草……いや、葉巻かな?

 葉巻の匂いは、マッカレンの屋台でも慣れているけど、この店の葉巻はやけに甘い匂いがするな。


「……タッキー殿。この店は、やめましょう」

 顔をしかめて、ふじやんが言った。

「別に、葉巻の煙くらいは気にならないよ?」

 気を使ってくれたんだろうか。

「いえ、ここはやめたほうがいいでしょう」

 ふじやんは、理由を言わず店を変えた。


 次の店も、似た雰囲気の静かな店だった。

 さっきの店でも別に良かった気がするんだけどなぁ。


「「乾杯」」と、グラスを合わせ、一息ついた。


 食事を頼み、しばらく飲みながら雑談したあと、ふじやんがぽつりと、言った。

「先ほどの店、店内に煙が充満していたでしょう」

「うん、葉巻を吸ってる人が多かったね」

「ちょっと、匂いが変わってませんでしたか?」

「うーん、なんか甘い匂いだったかな」

 ちょっと、食事には合わないかもしれないと思ったが、嫌な匂いでもなかった。 


 ふじやんが、ずいっと顔を近づけ耳元で言った。

「あの葉巻を通称『ウィード』と言いましてな……麻薬なのですぞ」

「え?」

 ふっと、酔いが醒めた。


「大魔王復活の噂による不安からか……、最近流行っているようでして」

「……そうなんだ」

 全然知らなかった。


「まあ、タッキー殿は勧められても断ってくだされ。身体への影響は、解毒魔法でなんとかなりますが、精神的な依存は治せませんからな」

「大丈夫だと思うよ」

 正直、興味が無いというか、どちらかというと怖い。

 一生、縁が無いと思う。


「ところで、今日は話があるんじゃなかったけ?」

「そ、そうでしたな……。実はニナ殿とクリス殿のことなのですが」

「あ~、あの二人は仲が悪いねぇー」

 しかも、クリスさんからは結婚を申し込まれてるんだったな。


「いっそ、二人と結婚すればいいのに」

 この世界では、重婚は認められているようだし。

 経済的にも、ふじやんなら余裕だろう。


「お二人の身分の差を考えると、そうもいかないのですよ……」

 なんでも、貴族と獣人族というのがよくないらしい。

 てか、ふじやん。ハーレム願望は隠さないんだな。


「何を言ってますか! 男の夢でしょう!」

「男らしいね」

 俺は、一人でいいや。


「何を言ってますか! タッキー殿こそ、ハーレム目前でしょう!」

「……一応聞くけど、ルーシーとさーさんのことを言ってるよね?」

 まあ、何となく好意は向けられている気がするけど。


「ふっふっふ、今日はそのあたりをじっくり話したかったのですぞ」

「えぇー、ふじやんの話じゃなかったの?」

 人の話を聞く分にはいいけど、自分のことを話すのは、ちょっと照れる。いや、相当恥ずかしい。


「酒の席だと思って、全部言いなされ!」

「まあ、言わなくてもばれるからね」

 この親友に隠し事は、諦めよう。

 仕方ないな、今日はぶっちゃけ会だ。

 まだまだ、夜は長い。


 ◇


- ニナ視点 -


「はぁ……」

 ご主人様は、高月さまと出かけていった。

 なんでも、男同士の大事な話があるんだそうだ。

 非常に楽しそうだった。


「ご主人さまは、貴族になられるのでしょうカ……」

 一人になると、夕食の時のクリスティアナの会話を思い出してしまう。

 ご主人様を、マッカレン家の一員に迎え入れる、と。


 水の国で、商売人として大成するには、ある程度の地位は必要だ。

 王城での爵位を断っていたのは、クリスティアナに筋を通すためだろう。

 そしたら、自分はどうなる?


「また、火の国グレイトキースで賭け闘士に戻るのカ……」

 気が重い。また、あの傷だらけの日々か。

 

 フジワラ商店は、獣人族の扱いが良い。

 他の店では、物覚えの悪い獣人族は、人族と比べて給与が7割くらいだ。

 酷い店だと、半分にされると聞く。

 だから、フジワラ商店は獣人族が集まり、みんな笑顔で仕事をしている。


 以前の話だが。

「ニナ殿。獣人族の子達は、獣耳がある分、一割り増しにするべきですな」

「ご主人様、意味がわかりません」

 これはさすがに止めた。

 獣人族に給与を払い過ぎて、店が潰れては困る。


 しかし、ご主人さまがマッカレン家に貴族入りすれば、今まで通りにはいくまい。

 特に、私はクリスティアナに嫌われている。

 居場所は、無いだろう……。

 思わず、ため息が出た。


――コン、コン。


 扉が、ノックされた。

「はいはい、どなたですカ?」

 佐々木さまが、格闘技の練習に来たのだろうか。

 そうだ、身体を動かせば少しは気が晴れるかもしれない。


「クリスティアナです。ニナさん、今よろしいですか?」

「……」

 居留守を使えばよかった。

 今さら、居ないふりもできず、扉を開ける。

 いつもご主人様に見せる笑顔でなく、無表情のクリスティアナが居た。


「なんでしょうカ?」

「話があります。中に入りますね」と言って、断りなく部屋のベットに腰掛けた。

 護衛は居ない。無用心ではないのか。


「座ってください」

 部屋にある椅子に腰を下ろし、領主の娘と向き合った。


 開口一番、その女は言い放った。

「あなたは私が嫌いですね?」

「……それが、何か?」

 否定したほうが、よかっただろうか?

 いや、今さらだ。


「私もあなたが、嫌いです」

「知ってますヨ。だから、出て行けということですカ?」


 目の前の女は、何も言わない。

 大きく息を吸い込み、ずいっと、寄ってきた。

 顔が近い。気に食わないが、美しい顔立ちだ。

 やっぱり、ご主人様も獣人族より人族のほうが……。


「ニナさん、あなた藤原様と結婚しなさい」

「は?」

 何を言ってるんだ、こいつは。


「ただし、私が第一夫人。あなたが第二夫人です。これは譲れません」

「私は、愛人か奴隷の間違いでハ?」

 貴族が、獣人族を夫人にするなど、聞いたことがない。


「それでは、藤原様が納得しない。私とあなたが対等な立場でないと」

「……国中の貴族から、笑いものになりますヨ?」

 世事に疎い私でもわかる。

 貴族であるクリスティアナと、獣人族の私が対等などありえない。

 しかし、そこで彼女の表情が必死なものに変わった。


「このままでは、藤原様は自力で爵位を得てしまう! 私が藤原様に差し上げられるものは、貴族の地位しかないのです!」

「そんなことは無いでショウ……」

 マッカレン領主の次女。

 財産も人脈も豊富なはずだ。

 しかし、クリスティアナは力なく、ふっと笑った。


「マッカレンで次々に新規事業を開拓し、大陸最大のフランツ商会の次期会長とも懇意にしている藤原様。私のわずかな財や人脈など役にたちませんよ……」

 驚いた。

 常に自信にあふれ、笑顔を絶やさない女だと思っていたのに。

 こんなに弱っていたとは。

 

「でも、同時に結婚というのは……」

「悪い条件ではないでしょう。あなたにとってデメリットは無いはずです」

 その通りだ。

 ご主人様は、貴族の地位を得て、私は好きな人と一緒になれる。

 何の問題もない。

 だけど。


「ご主人様の富と能力が目当てのあなたが……」

 好きでもない男と、家の繁栄のために結婚する。

 貴族では当たり前らしいが、どうも自分には受け入れ難い。


「それですよ! 私が気に入らないのはっ!」クリスが、大声を上げた。

「えっ?」

「何であなたは、私が藤原様を好きだという気持ちを、いつも否定するんですか?」

「……本気で、好きなんですカ?」

「……そうですよ」


 私は獣人族だ。

 獣人族は、強い男に惚れる。

 ご主人様は、戦う力はないがマッカレンで最も成功している人だ。


 一見、人の良さそうな青年だが、騙してやろうと近づいてきた悪徳商人たちは、全員、 無一文で逃げ出していった。

 どんなに巧妙な詐欺師や、腹黒い悪党でもご主人様は欺けない。

 見た目と裏腹に、敏腕の経営者であり、マッカレン一の成功者。

 そこに、私は心を奪われた。

 しかし、クリスティアナは、ご主人様のどこに惚れたんだろう?


「ちなみに、どんなところがですカ?」

 クリスティアナは、そこまで間近でご主人様の仕事ぶりは見てないはず。


「私の家は、いつも姉妹で争ってきました。マッカレン家は、最も街を繁栄させた子を跡継ぎにするという家訓があります」

「ですから、街の民には良く見せる必要があり、色々な人に恩を売り、味方につけないといけない」

「でも、中には私を利用しようと近づく輩も多く……」

「なによりも、気に入らなかったのが、母が用意した婚約者でした」


 話に聞いたことがある。

 お隣の火の国グレイトキースの貴族で、性格の悪い次男坊なんだとか。

 火の国の貴族は、ロクなやつがいなかった……。


「それを救ってくださったのが、藤原様です」

「私に近づく悪党を一掃して、伸び悩んでいた事業を立て直してくださり」

「婚約者に見下され、私が落ち込んでいる時にさっと、手を差し伸べてくれる」

「私の王子様です!」

 クリスティアナが熱弁している。


「お、王子サマ?」

 驚いて大口を開けてしまった。

 さすがに、私はご主人様を王子様と思ったことは無い。

 王子様とは、今日会ったレオナード王子のような人を指すのではないだろうか。

 まあ、あちらは王子そのものだけど。


「何か、文句でも?」

「……いえ」

 価値観は人それぞれだ。

 どうやら、私は勘違いをしていた。

 クリスティアナは、ご主人様の富を狙う姑息な女ではなく。

 単に、同じ男を好きになっただけの恋敵だった。

 しかも、獣人族である私と対等な立場で婚姻すると言っている。

 破格の条件だ。

 気になったことを口にしてみた。


「ただ……そもそも、二人とも振られたらどうしまス?」

「うっ……」

 クリスティアナが、後ずさる。

 正直、ご主人様の気持ちを、私はわかっていない。

 誘惑しても、ちっとも乗ってくれないし。


「二人とも振られたら……その時は、朝までヤケ酒です! 付き合ってもらいますよ、ニナさん!」

 それを聞いて、私は思わず、笑ってしまった。


「いいですよ、クリスティアナさま」

 なんだ、この貴族のお嬢様は。

 こんな貴族は初めてだ。


「クリスと呼びなさい! では、藤原様が帰ってくるまで部屋で待ちますよ! 二人同時に、プロポーズします」

「き、今日ですカ⁉︎」

「こういうのは、最速こそが、最上のタイミングです!」 

 凄いな、この人は。

 この人となら、うまくやっていけるかもしれない。

 私は、そう思った。



- 高月まこと視点 -


 隣のふじやんが、ぶるりと震えた。


「どうしたの? 風邪?」

「……なにやら、寒気が」

「もう、帰ろうか」

 そろそろ0時を過ぎる頃だし。 

 今日も、楽しかった。

 

 俺が、その後の話を知るのは、明日になってからである。

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