56話 高月まことは大賢者と話す

 どうしよう……?

 女神様の助言に従うなら、入らないほうがいいのか。

 でも、ここまで来て?


「大賢者様? いらっしゃいますか?」

 桜井くんの呼びかけに、返事は無い。


「留守かしら?」

 よし! なら帰ろう。


「え? 大賢者様。彼らだけで入ってもらうんですか? ……はい、はい、わかりました」

「……桜井くん、突然どうしたの?」

 急に独り言を言い出した、桜井くんにびびる。


「大賢者様から『念話』が来たんだ。君たちだけで来いってさ」

「えぇ……」

 ますます不安が増す。

 まごまごしていると、桜井くんに中へ押しやられた。 


 ◇


「失礼しまーす……」

 テントの中は薄暗く、ぽつんぽつんと魔法のランタンが宙に浮いている。

 中は物で溢れかえっていて、奥に続く通路ができていた。

 通路の先に、白いローブの小さな魔法使いが、巨大なソファーに座っていた。

 そっちに行けばいいのだろうか?


「もっと、近くへ来い。話し辛いであろう」

 イメージと違って、幼い女性の声だった。

 言われたとおり数メートルの距離まで近づくと、白いフードに隠れた真っ白の髪が見えた。

 確かに白い大賢者だ。

 

「魔法使い見習いの高月まことです。こちらが仲間のルーシー・J・ウォーカーと佐々木あやです」

「はじめまして」

「こんにちは」


「ふむ」

 大賢者様はつかつかとこちらへ歩いてくると、俺たちをじろりと見渡した。

 紅い目は、射抜くように眼力が強い。

 美しい幼女のような顔だが、ぞくりとする凄みがある。

 何歳だろう? 見た目通りでは、なさそうだが。


「おまえ、エルフと魔族のハーフか」ルーシーを見ながら言われた。

 ぎょっとする。

 ルーシーを見ると、固まっていた。


「そっちは、ラミア族か。しかも、災害指定されるレベルだな。面白い」

 大賢者が、ニヤリと笑う。


 やべぇ!

 この人、鑑定スキル持ちだ!

 さーさんを見ると、状況がわかってないのか、きょとんとしている。

 くっ、まずい。

 魔族や魔物は狩られてしまう!

 女神様の忠告を聞いておけば!


「そんなに身構えるな。光の勇者の坊やを手伝ってくれたんだろう? 今時、精霊使いは珍しいからな。ちょっと会ってみたかったんだ。しかし、仲間も個性豊かだな」

 大賢者はニヤニヤしている。

 ……魔族や魔物であることは、気にしないってことなんだろうか?


「驚かせたな。こっちへ座れ。茶くらいだそう」

 年季の入った大きな丸いテーブルに、これまた年季の入った椅子が取り囲んでいる

 アンティークだろうか。


「おまえはここだ」

 なぜか大賢者の隣の席を指定された。

 き、緊張する。


 誰か召使でもいるのかと思ったら、ふわふわと紅茶のポットが飛んできて、これまたふわふわとティーカップが、目の前に置かれる。

 カップに紅茶が注がれると、ふわりと柑橘系の良い匂いがした。

 魔法で生活をしているのか?

 魔力が余っている人はいいな。

 

「茶菓子は……、まあ、これでいいか」

 様々な洋菓子が盛り付けられている大きな皿が、どすんと急に目の前に現われる。

 いま、このお菓子どうやって出した……?


空間転移テレポートですか?」

「ほう、よくわかったな」

 む、無詠唱の空間転移テレポート魔法。

 このひと、規格外だ……。

 逆らっては駄目だ。

 というか、逃げることすらできなさそう……。


「それで、私たちに何か用なんですか?」

 さーさんが、さっそくお菓子をパクパク食べてる。

 ちょっとは、遠慮して!


「さっき、言っただろう。興味があっただけだ。あの忌竜を王級魔法で引っ張りだした精霊使いと聞いてな。私の見立てだと、光の勇者の坊やは、1ヶ月はかかると踏んでたんだが」

「あなたが手伝えば、すぐ終わったと聞いてますよ?」

 横山さんが言ってた台詞を思い出す。


「それじゃあ、修行にならんだろう。これから大魔王が復活するのに、光の勇者が邪竜2匹くらいで、手こずって貰っては困る」

 なるほど。

 わざと手伝わなかったってことか。


「ところで……そっちの赤毛の魔法使い」

「は、はい!」

 ルーシーは緊張しているのか、口数が少ない。


「お前、自分の魔力で身体が焼かれているのは、気付いてるのか?」

「え?」

 ルーシーは驚いた顔をして、俺もびっくりした。


「体質だと思っているのか? その体温は、魔力が暴走している結果だぞ」

「ど、どうすれば……?」

「これをやる。着けろ」

 大賢者が、そのへんに転がっていた腕輪をルーシーに渡した。


「魔力の流れを穏やかにするアイテムだ。一応、家が買える位の値段のアイテムだからな。大事に使え」

「い、いいんですか?」

 小心者な俺は、びびって聞いてしまう。

 なんか、優しすぎないか? このひと。

 あとで凄い金額の請求書とか来ない?


「今は、強い人材を探しているからな。優秀な魔法使いを眠らせておくわけにはいかん。おい、そっちの食べてばかりのラミア」

 今度はさーさんのほうを向いた。


「ふぁい」

 さーさん! せめて飲み込んでから返事して。


「お前の持っている『変化』スキルは、優秀だ。そんな肌の色が青い中途半端な人間ではなく、完璧な人間にも化けれる。それどころか、何にでも変化できるスキルだ。ドラゴンや魔族でもな」

「あれ? 私は姉様たちに『人化の魔法』として教わったのだけど」

「それはラミア族が持っているスキルだな。お前のスキルは、それより上だ」

「へぇ、そうなんだ……。ありがとうございます」


 凄いな。

 この人、役立つアイテムやアドバイスくれる。

 お助けキャラじゃないか。


「で、問題は君だな。精霊使いくん」

「……俺はただの人間ですよ」

「ほう」

 楽しそうに大賢者の目が笑い、俺の頭に手が置かれる。

 なんか、この人もさーさんみたいに、指が冷たいな。


「ステータスを見させてもらおう。手に触れていたほうが、鑑定しやすくてな。……随分、偏ったステータスだ。軒並み低いのに、水の熟練度だけが飛びぬけている」

 なんか、くすぐったい。


「む……、これはいかんな」

 急に頭を、がしっと掴まれた。


「おまえ、邪神の使徒か」

 時間が凍った。



 ◇


「「……」」

 ルーシーと俺は無言。

 さーさんがお菓子を開ける音だけが響く。


「いえ、チガイマスヨ」

 とりあえず、笑顔でごまかそう。

 邪神信仰は、問答無用で重罪。

 ふじやんとニナさんとルーシーの共通見解だった。


「邪神ノアの使徒か……。会うのは二人目だな」

 大賢者は難しい顔をしている。

 頭を小さな手で、掴まれたままだ。


「いえ……ですから、何かの間違いではないかと……」

「やつは確か、千年前……。大魔王が従える9人の魔将の一人、『禁忌の黒騎士』だったか」

「え? あの伝説の勇者殺しですか?」

 ルーシーが口を挟む。

 なにそれ?


「ルーシー、禁忌の黒騎士って?」

「救世主様の物語に出てくる人類の天敵よ。大魔王の片腕と言われて、千年前の光の勇者以外の勇者を皆殺しにした伝説の戦士よ。最後は救世主アベルに滅ぼされた……それが、邪神ノアの使徒なんですか……?」


 言ってて、ルーシーも不安になったらしい。

 え、ノア様何してんの?

 そんな話聞いてないデスヨ?


「だが……我の知っている邪神の使徒はもっと狂っていたな。少なくとも会話もまともにできなかった」

 どんなんだったんだろう、使徒のセンパイ。


「まるで見てきたみたいに、おっしゃるんですね」

「あぁ……我には千年前の記憶があるからな」

 例の『継承』スキルってやつか。


「おまえ、邪神の使徒を続けるのか?」

 大賢者様が聞いてくる。

 こ、これはなんと答えれば。


「いえ、ですから……私は邪神の信者ではありませので……」

 苦しいが、同じ言い訳を続ける。


「ふむ……、まあそういうことにしておこう」

 手を離された。

 最後に、髪をくしゃくしゃされる。


「おまえら、太陽の国ハイランドに来た時には私のところに来い。修行をつけてやる」

 あれ? 終わり?


「あ、あの……。良いんですか?」

 魔族に魔物に邪神の使徒。

 トリプル役満で重罪な気がするパーティーなんですが。

 見逃してくれるのだろうか?


「さっきも言ったが、大魔王復活に向けて少しでも強い人材は確保したいからな。もし、敵に回れば責任を持って我が始末してやろう」

 ニヤリとされる。怖い。


「僕らは大魔王と戦う気はないですよ?」

「え? そうなの。高月くん」

 さーさん、そんな意外そうな顔されても。

 俺は勇者じゃないし、強くもないんだ。


「大魔王が復活すれば、地上の民と魔族の戦争になる。戦争に負ければ、我々は全員、魔族の家畜だ」

「……」

 逃げられないってことか。


「精霊使いくん。次までに邪神の使徒をやめておくことをお勧めするぞ。あの邪神に従っても不幸になるだけだ」


 そう言うと、大賢者様はソファーに横になってしまった。

 結局、助言やアイテムをくれる良い人だった。


 最後の会話さえなければ、最高だったんだけど……。



 ◇



 もやもやとした気持ちを抱えて席に戻ると、宴席がそろそろ終盤だった。 


 酔いが醒めた。

 食欲も失せてしまった。 


 ふわふわした頭で、ぼんやりとしていると。


「高月様。お客様が来てマス」ニナさんに、肩をつつかれた。

 

 現われたのは、水の巫女、水の国ローゼスの王女、ソフィア・ローゼスだった。

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