46話 私たちはボス戦の準備をする


- 佐々木あや視点 -


「どう? さーさん、隠密は使えそう?」

 高月くんが聞いてくる。

 私は、現在『隠密スキル』の練習中だ。


「うん、なんとなくわかってきたかも。でも難しい」

 ここは、大迷宮の中層の地底湖。

 巨大な滝の裏の広場。

 私のお気に入りだけど、最近は家族のことを思い出してしまう悲しい場所だった。

 でも、今はあんまり悲しい気持ちじゃない。

 

「…………」

 隣をみると、高月くんが空中に手を広げ、何か小声で話しをしている。


「何してるの?」

「この辺の精霊に話しかけてるんだ。仲良くなろうって」

「えーっと、精霊と仲良くなると精霊魔法って強力になるんだっけ?」

「そうそう、癖のある魔法でさ」

「精霊とは仲良くなれそう?」

「ああ、大迷宮の精霊はノリがいいね。話しやすい」

「ふぅん」


 私には、精霊とやらは見えないのでぴんとこないが。

 高月くんは楽しそうだ。

 いつだったか、この世界に彼がいたら喜ぶだろうなと思ったその通りの様子だった。

 そんな彼をぼんやり眺めながら、スキルの練習を続けた。 



「しっ! さーさん、ハーピーがいる」

「!」

 緊張が走る。

 少し浮かれていた、心が冷えていく。

 滝の隙間から、洞窟の吹き抜けのほうを見るとハーピーが数羽、旋回している。

 多分、獲物を探している


 ぎりっ……、と歯軋りで奥歯がきしむ。

 のん気にしやがって、全員地獄に送ってやる!

 そんな私の気持ちを察してか、高月くんが冷静に話しかけてくる。


「さーさん、あいつらはいつもあの辺からやってくるの?」

「……うん、私の知る限り光が差し込んでる、あの大穴のあたりから来るわ」

「となると、巣もあのへんにあると考えたほうがよさそうだな」

「でも、空を飛べない私たちじゃあそこには行けないし……」


 私もやつらの巣は、地中湖の天井付近にあると考えている。

 しかし、そこまで行く道はどこにもなかった。


「それはあとで、みんなで考えよう。……あいつら、どこかに飛んで行ったな」

 高月くんの言う通り、ハーピーは地中湖への奥へと消えていった。

 

「もう大丈夫だね」

「うん」

 私たちは再び、もとの作業に戻る。

 魔物に見つからないよう、基本的には静かだ。

 でも、一人きりでダンジョンで過ごしていた孤独さと比べると、なんて心が落ち着くのか。


(でもねー)

 全てが心穏やかかというと、そんなこともない。

 気になることはある。


(二人きりの機会って、実は貴重かもしれないし) 

 なるべく、さりげなく。

 自然に会話するように声をかける。


「ねぇ、高月くん。ルーシーさんとはどんな関係?」


 あ、ちょっと聞き方がストレートだったかも。

 変に思われてないかなー。

 でもね、気になる。


 赤毛のエルフの美少女。

 ちょっと、つんとした印象だったけど話すと、サッパリした性格の子だった。

 そして、なぜか露出が多い。

 女の私ですら、ドキッとしてしまうくらいだ。


「どんなって、言ったろ。半年くらい前に一緒のパーティーを組んだ仲間だよ」

「二人っきりのパーティーなんだよね?」

「ふじやんと一緒だったり、他の冒険者と組んだりその時々で面子が変わるよ。一番多いのは、ソロかな」

「一人で冒険するの?」

「気楽だからね。ゴブリン狩りとか、俺プロだから」


 なぜか、どや顔をしている。

 そういう彼は、中学の時一人休み時間にゲームをやっている時と同じ顔だった。


(変わって無いなー)


「でも、今度からはさーさんも入れて3人パーティーだね」

「え?」

「あれ? だめだった?」

「ううん! 勿論、いいよ!」

 

 びっくりした。

 そのうちこっちからパーティーに入れてもらおうとお願いしようと思ってたから。

 そっか、私はもうパーティーの仲間なんだ! 


「あ、でもまだルーシーに相談してないな」

「……」

「でも、きっと大丈夫だよ」

  

 ルーシー、呼び捨て。

 私の知る限り、高月くんが呼び捨てにするような女友達はいなかった。

 そう考えると、ルーシーさんとは随分親しげだ。


(ただ、こっちの世界だと名前呼びが普通みたいなんだよねー……)

 ルーシーさんは、私のこといきなり「あや」って呼んできたし。 


(私も「まこと」って呼んだほうがいいのかなー。でも、急に呼び方かえると変だし……うー)


 もやもやしながら、その日の修行と探索を続けた。



 ◇


- ルーシー視点 -


「じゃあ、炎をコントロールする練習をしようか」

 夕食を終えて、冒険者の町のはずれで、まことと修行を始める。

 私は今日一日、ふじやんさんとニナと一緒だった。


 冒険者ギルドや、商人たちからハーピー女王の情報を集めていたが、結果は芳しくなかった。

 みんな噂しているのは『忌竜』と『太陽の騎士団』と『光の勇者』の話ばかりだ。


「なんでも2,3日中に太陽の騎士団が、『忌竜』の討伐に出るんだってさ」

「へぇ、じゃあ討伐が終われば、大迷宮の魔物も落ち着くかな」

「そういう噂よ。冒険者も商人も、上層でドラゴンが出たせいで探索者が減って商売にならないって嘆いてたわ」

「まあ、そうだろうなー」


 そういいながら、まことは水魔法で小さな龍を作って、フワフワ飛ばしている。

 ちょっと、前までは水弾だったのに。

 どんどん芸が細かくなってる。


「ルーシーは、岩弾はいくつまで出せるようになった?」

「3つだけ……」

「おー、いいね。増えたね」

 そういうまことの周りにはミニサイズの水龍が9匹飛んでいる。

 バカにされてる気分だ。


「何をどうやったら、そんな細かいコントロールができるの?」

「水魔法の熟練度が120超えたら、できるよ」

「……もういいわ」


 聞いた私がバカだったわ。

 まったく参考にならない。

 熟練度:120ってなに?


 私の火魔法の熟練度は15で土魔法が11。

 ただし、土魔法のほうが使いやすいのは杖のおかげだ。

 正確には、巨神にかけてもらった魔法の杖のおかげか。 


 今の修行は、土魔法と火魔法を組み合わせた『隕石落とし』の数を増やす修行だ。

 今回の敵であるハーピーは数が多い。

 初手で、なるべく多く仕留めたい、というのがまことの意見だった。


(ハーピー女王クィーン……、ラミア族の、佐々木あやの家族のカタキ)


 今回の冒険は、最近知り合ったラミアの少女が原因だ。

 異世界からラミアに転生した女の子。

 そして、まことの知り合い。


(どんな知り合いなんだろ)


 なんでも「同じ学校で勉強した友達だよ」とは聞いた。

 前はもっと大人しい子だったけどね、と言って笑っていると「どーいう意味よ」ってあやが、まことの頭をはたいていた。

 

 仲がいい。

 だけじゃなく、距離が近い。 


(今日は二人きりで、大迷宮を探索してたし……。しかも、パーティーに誘うって言ってたし)


 佐々木あやをパーティーに誘う。

 それは、何の文句も無い。

 まことやふじやんさんの友人。

 異世界人でこっちに知り合いは他に居ない。

 しかも、魔物に転生しているから、事情を知らない人とはいられない。

 助けようとするのは、当然だろう。

 ただ、気になるのが。


(多分あやは、まことのことが好きなんじゃないかなぁ……)


 昔から惚れていたのか。

 こちらの世界で再会して惚れたのか。

 それはわからないが。


「ところでさ、ルーシー。明日なんだけど、さーさんと一緒に町を案内してもらっていい?」

「え? きゃぁ!」

 急にまことに話を振られて、コントロールしていた岩弾を落としてしまう。

 火魔法で熱せられた、岩石が地面を焦がした。


「大丈夫?」

「う、うん。ところで私だけ? まことはどーするの?」

「俺は引き続き大迷宮の探索と精霊とのコミュニケーション」

「一人で大丈夫なの?」

「抜け道は全部、マッピングしたから一人でも大丈夫だよ。さーさんに、買い物の仕方とかお金の使い方とか教えて欲しいんだ」

「わかったわ……」


 あやと二人きりかー。

 何話せばいいのか……。


 修行が終わって。

 もやもやしながら、その日を終えた。

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