37話 桜井くんは変わらない

「ひさしぶりだね」


 こちらの了承は得ずに、空いている席に座る桜井くん。

 その服装は、先ほどと違って質素な庶民の服装になっていた。

 ただ、しわ一つない上品な服装は、薄汚れた冒険者が多いこの酒場では浮いてるよ。


「ひ、光のゆうしっ……もが」

 ルーシーが大声を上げそうだったので、慌てて口を押さえた。

「は、はじめましテ……お会いできて光栄でス」

 珍しくニナさんまで、緊張で声がうわずっている。 


「よく我々がここにいるとわかりましたな」

 ふじやんが、当然の疑問を口にする。


「フジワラ商店の店主が、僕らの騎士団に大量の差し入れをしてくれたと報告があってね」

「ふじやん、そんなことまでしてたのか」

「ただの賄賂ですよ。太陽の騎士団は、大陸最大の軍隊ですからな。仲良くして損はありませんよ」

 笑いながら言うが、賄賂って……。

 ふじやんは、本当に同い年なのだろうか。


「マッカレン産の火酒ウイスキーは、団員にもファンが多いんだ。差し入れはありがたいよ」

 桜井くんは、爽やかに笑った。


「それに高月くんまでいるなんて、時間を作って来てよかったよ」

「あ、ああ、久しぶり。元気そうだね」

 アメリカ人のように肩を叩かれて、再会を祝われる。

 その仕草が、いちいちさまになるなぁ。

 まったくもって、変わっていない。

 

「なんか忌龍ってのを討伐に来たんだって?」

「ああ、そうなんだ。新人の騎士だから、厄介ごとを押し付けられちゃって」

 少し困った顔で微笑む、光の勇者。


「桜井くんなら余裕だろ?」

「そんなことないよ。僕は今日来たばっかりだし。そうだ! 高月くんが大迷宮に詳しいなら、案内してもらえないかな?」

「えっ! 私たちが、やりまっ……もがっ!」

 ルーシーが早まりそうだったので、再び口をふさぐ。


「俺たちも今日来たばっかりなんだ。悪いけど力になれそうにないな」

「そうかぁ、残念」

 まさか、本気で案内を頼もうとしてたわけではあるまいが。


 その後、桜井くんの勇者としての苦労話を、ふじやんが商人のヒアリングテクニックで引き出していた。

 時間にして15分ほどだったか。

 最後は「じゃあ、このあと予定があるから」と去っていった。

 結局、何しに来たんだ?

 一杯も酒も飲んでないし。

 世間話をしにきたのだろうか?


 ◇


「いやぁ、震えましたネ」

 緊張でガチガチだった、ニナさんが口を開く。

「何が覚えてないかもよ! めちゃくちゃ親しいじゃない!」

 ルーシーは、大興奮している。


「いやはや、びっくりしましたなぁ」

「ふじやんは、桜井くんと仲良かったっけ?」

「いえ、全然ですぞ。彼はタッキー殿と親しいのでは?」

「んな訳ないだろ」

 クラスで、話したことないだろ。


「まこと! 迷宮の案内をどうして断ったのよ! もったいない」

「あほか。あいつらの目的は下層の龍退治だぞ。俺たちが案内できるわけないだろ。本気にするなよ」

「桜井殿は、本気っぽかったですがなぁ」

「ご主人様が言うと、説得力がありますネ」

 心を読めることを知ってるわけではなかろうに、ニナさんは。

 

「まあ、なんかよくわからなかったけど飲みなおそう」

 フライドポテトをかじった。

 もう冷たい。


「なんで、そんな冷静なのよ……」

 呆れ顔のルーシーだが、クラスメイトの時は毎日会ってたしな。

 別に騒ぐほどのことじゃないだろ。 


「あ、しまった。今日泊まるところ決めてないや」

「それなら心配ないですぞ。 お二人の宿泊場所は予約済みですぞ」

「いつも悪いね」

 

 ふじやんが予約したのは、商人たちが泊まっている宿だった。

 ふわふわの布団には、たっぷりの羽毛が入っていた。

 異世界にも羽毛布団があるとは。 


 ◇


 翌日、ふじやんは商談があるといってニナさんと一緒にどこかに消えた。


 俺たちは、もう少し奥を探索を目指そう。

 大迷宮探索、二日目だ。


「今日のルートは?」ルーシーが尋ねてくる。

「水の洞窟」

「えぇー、またぁ?」

「まあまあ、これ見てよ」

 上層マップを見せた。


「ラビュリントスの大瀑布?」

「大迷宮の中でも、一、二を争う絶景なんだって」

「へぇ……、カップルにも人気。大瀑布見学ツアーは、冒険者ギルドで受け付けていますって。……ここって本当にダンジョンなの?」

 たしかに、これだけみるとただの観光地だな。


「最近は、魔物が多いから見学客は少ないらしいけど」

「ふうん、カップルか……」

「ルーシー、どうかした?」

「え? いや、何でもないわ! まことがどうしても行きたいって言うなら、仕方ないわね!」

 同意してくれた。


 水の洞窟は昨日に続いて2回目。

 ただし、ミノタウロスがうろうろしている可能性もあるので、気は抜かない。

 

 水のダンジョンは、薄暗いがところどこに光石があり、洞窟自体を青く照らしている。

 奥へ行くほど、青みが増し、幻想的な空間になっている。

 

(いいなぁ、ダンジョンって)

 出てくる魔物が弱いこともあり、のんびりと探索できた。


 昨日、ミノタウロスが出たためなのか水の洞窟ですれ違う冒険者は少ない。

 敵探知をしながら、ゆっくりと俺たちは進んでいった。



 違和感を感じたのは、昨日より大分奥に進んでからか。

 魔物ではない、何かが俺たちにぴったり着いてくる。

 俺たちが、歩速をかえると、その通りに真似してくる。


(これは……)


「ルーシー」小声でささやく。


「俺たち、つけられてる」

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