36話 迷宮の酒場
「ねぇ、どうして行っちゃうの? 知り合いなんでしょう。会って話さないの?」
「そんなに親しくないよ。向こうは俺のことをもう忘れてるんじゃないかな」
「そうなの?」
「ああ」
俺たちは足早に、
光の勇者:桜井くんと親しくないってのは、本当だ。
だが、その近くに嫌な顔を見た。
水の巫女、ソフィア・ローゼス。
俺を一瞥して、才能なしと決め付けた女。
しかし、
どうやら、
「ねぇねぇ、見た? 豪勢な面子だったわよね。王女様までいたし!」
「……そうだな」
「なんか、反応悪いわねー。太陽の国の第一王位継承者、ノエル王女。オーラがあったわねー」
「え? そんな人いた?」
「何言ってるの! すごい目立ってたじゃない」
へぇ、水の巫女に目を取られてた。
そういえば近くに豪奢なドレスの女がいたかも。
しかし、こんな小さな町になんで王女が二人もいるんだろう?
「まあ、いいわ。私たちには関係ないし。待ち合わせの酒場に行きましょう!」
「その前にギルドに行って、ミノタウロスの換金しようよ」
「そんなのあとよ! おなかが空いたわ!」
「へいへい。わかったよ」
俺も酒でも飲みたい気分だしな。
ふじやんと、合流しようか。
◇
『英雄酒場』はすぐに見つかった。
酒場というか、巨大なビアガーデンだった。
野外にテーブルと椅子が、あっちこっちに散らばっている。
なんとも大雑把な酒場だった。
そこら中で、冒険者が飲んだくれている。
椅子が足りないのか、地面に座り込んでいる連中もいる。
祭りだ、ここは祭り会場だ。
「高月様ー! ルーシー様ー! こちらですヨー」
ぴょこぴょこと、長い耳を左右にゆらしてニナさんが手を振っていた。
「さっそく、ミノタウロスを倒したそうですな! さすがですぞ」
ふじやんの座っているテーブルには、すでに山盛りの料理が並んでいる。
「その情報の速さがさすがだよ」
「わー、美味しそう!」
ルーシーが、巨大なベーコンとパンにかぶりついている。
俺はエールをひとつ頼んで、席についた。
「ふじやんは、何をしてたの」
「飛空船の定期運行便をギルドと交渉してましてな」
「へぇ、うまくいった?」
「問題ありませんぞ。まずはマッカレン、大迷宮、水の国の王都、太陽の国の王都をつなぐ予定ですぞ」
「その中だとマッカレンが浮いてるわね」
ルーシーは、はっきり言うね。
「クリスティアナ殿の強い意向ですからな」
「スポンサーには逆らえないか」
大変だね。
「そういえば、桜井殿がこちらの町に来てるらしいですぞ」
大きな骨付き肉にかぶりつきながら、ふじやんがそんなことを言ってくる。
「さっき見たよ。なんか高価そうな鎧着てた」
「おお! 噂の『光の勇者』様ですカ! ご主人様と高月様はお知り合いなのですよネ!」
ニナさんまで、目を輝かせている。
みんな、なんでそんなに勇者が好きなのかねぇ。
「タッキー殿。勇者も確かに人気のあるスキルですが、桜井殿が有名なのは『光の勇者』だからですぞ」
「他の勇者と何がちがうの?」
少しぬるくなったエールを流し込みながら聞く。
「まこと、本気で言ってる?」
「高月様、それは世間知らず過ぎますヨ」
女性二人から、つっこみが入る。
あれ? 俺がおかしいのか。
「勇者のスキル持ちは、基本的に国に属しております。
「勇者スキル持ちは、だいたい各国に1名くらいいて、最高待遇を受けてるわ」
「ふーん、うらやましいね」
やっぱり不公平だ。
「だけどね、『光の勇者』ってのは今まで一人しかいなかった」
「うん?」
そうなのか。
有名なスキルだと思ったんだけど。
俺だって知ってるスキルだ。
「救世主アベル。彼のみが持っていたスキル。それが『光の勇者』ですぞ」
「今は2人ですネ」
「まこと。『光の勇者』スキルは、救世主アベル様以来、千年間誰も持っていなかったの」
「はぁ……なるほど」
そりゃ、注目を浴びるわけだ。
千年間、誰も持ってなかったのか。
しかも世界を救った大勇者のスキルときたもんだ。
「もともと、我々が異世界に迷い込んだ時『光の勇者』の所有権は水の国が主張したそうですぞ。最初に保護したわけですから。それを
「へぇ、そんなことが裏でおきてたんだ」
知らなかった。
「ふじやんは、よくそんなこと知ってるね」
「商人になってから、後で知ったことですぞ。
その担当者があの水の巫女か。
たしかにギラギラした目で、俺たちを見てたなぁ。
「おかげで太陽の国の『稲妻の勇者』は、立場が悪くなってるって話よ」
「今や、勇者桜井様は、ノエル王女の婚約者ですからネ」
「え? まじ?」
桜井くんそんなことになってるのか。
「しかも水の巫女ソフィア様とも、仲が噂されてるわよ」
「はあ?」
何だそれ。
2国の王女から迫られてるってか。
こんなところに王女がいる理由がわかった。
「はんっ! この世界の主人公は桜井くんだな」
2杯目のエールを、ぐいとあおった。
「そんな良いことばかりではないようですぞ」
ふじやんが苦笑いした。
「ハイランドの王子たちには、命を狙われてるとか。噂ですけド」
「まあ、いきなり現われたやつに王の座を奪われたらねー」
「ああ、そっか。そりゃ、権力争いとか多そう」
「クラスメイトの横山氏や川本氏も苦労してるみたいですなぁ」
桜井くんの取り巻きの女たちか。
ライバルが王女じゃ、大変だろうな。
「今回の忌龍討伐も、アンチ光の勇者派閥の陰謀との噂ですな」
「そんな噂どこで聞くの?」
「ふじやんは、情報が早すぎるよ」
呆れる情報網だ。
それから、水のダンジョンでミノタウロスとどう戦ったとか。
むかし、ニナさんは大迷宮の中層まで行ったとか。
実は、『英雄酒場』の酒は、フジワラ商店が大量に酒を卸しているとか。
まわりの空気に乗せられて、俺たちは大いに飲んだ。
◇
ちょっと飲みすぎたかな? と思って水をちびちびすすっていたら。
「ここの席いいかな?」
ふっと、風のようにその男は現われた。
風鈴のように、爽やかな声。
「「え?」」ルーシーとニナさんは、ぽかんとして。
「これは、驚きましたな」とふじやん。
「ちょうど、噂してたところだよ」と俺は言った。
「久しぶりだね、高月くん、藤原くん」
現われたのは、大陸中の注目の的である『光の勇者』桜井りょうすけだった。
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