38話 高月まことは大迷宮へ挑む(二日目)

「つけられてる」俺はルーシーに告げた。


「え?」と振り向くルーシー。

「今頃、何言ってるの?」


「え?」あれ?

「ダンジョンに入る前から、ずっとつけられてたわよ?」

 まじかよ!


「早く言ってよ!」

「まことは、とっくに気づいてると思ってたから……ゴメン」

 しゅんとする、ルーシー。

「あー、いや。索敵は俺の役目だった。にしても、よく気付いたな」

「なんか、私たちのこと見ながらぶっ殺すとか、物騒なこと言ってたから。あいつら、冒険者ギルドでからんできたやつらね。こんなところまで追いかけてくるなんて、陰湿なやつらね」

「……」


 おいおい!

 これ、結構ヤバイ状況じゃないの?

 こんなダンジョン奥まで、団体で追ってくるくらいだ。

 ちょっと懲らしめてやろう、みたいな生易しいことは考えてないだろう。


 探知スキルで探ったところ、俺たちを追っているのは10名ほど。

 力量はわからないが、アイアンランク以下だと思いたい。

 シルバーランクがいたら、詰む。

 ニナさんクラスってことだからな。

 

「たかだか、ミスリルの剣を壊したくらいで大げさな連中ね」

「う、うーん……」

 実は昨日、ふじやんにミスリルの剣の値段を聞いてみた。


「500万Gは下らないでしょうな」とのことだった。

 500万Gは、アイアンランクの冒険者の平均年収と同じくらいだ。

 うん、自分の年収と同じ値段の持ち物を壊されたら、俺なら復讐を誓うね。


「……とりあえず逃げようか。水魔法・霧」


 洞窟全体に、霧を発生させる。

 さらに『隠密』スキル発動。

 あとは、適当にやり過ごすだけだ。

 大迷宮は、分かれ道が多い。

 視界を奪って、隠密スキルを使えば、まくことができるはず。


「くそっ、気づかれたか」

「探せ! 遠くには行ってないはずだ」

「離れるなよ。魔物もいるからな」

 どたどたと足音が遠ざかる。


「居なくなったわ」

 ルーシーの耳で確認したから、確かだろう。

 俺の探知スキルにも反応は無い。



「はぁ……、ごめんね。ルーシー」

「なんで、まことが謝るのよ」

「俺の判断ミスだったよ」

 ギルドで相手の剣なんて切るべきじゃなかった。

 なめられないように、と思ったんだが結果的にはパーティーを危険にさらしてしまった。


「何言ってるのよ、気にしてないわよ」

 まぶしい笑顔で言い切られた。

 ルーシーが仲間でよかった。


「これからどうしよっか?」

「とりあえず、当初の目的の大瀑布を目指そう。さっきのチンピラ冒険者の問題は……ちょっと、頭がいたいな」

「無視すれば、いいんじゃない?」

「そういう訳に行かないだろ」

 帰ったらふじやんに、相談してみようかな。


 ◇


――大迷宮ラビュリントス。


 大陸最大のダンジョンで、もっとも美しい場所のひとつと言われる『大瀑布』。



「ナイアガラだ……」

「わぁ……」

 思わず前の世界の、世界一有名な滝のことを呟いた。

 ルーシーも隣で、見惚れている。


 ダンジョン上層の奥に、急に崖が現われ大きな地底湖が広がっていた。

 その地底湖の周りには、巨大な滝がどこまでも続いている。


 全容が見えないほど巨大な地底湖には、上が吹き抜けになっているのか日差しが差し込み、幻想的な景色を演出していた。

 その日差しの中を、大きな鳥たちが飛びまわっている。


「ねえ、ところでナイアガラって何?」

 ルーシーにつっこまれた。

「前の世界の観光名所かな」

「ふーん、ところでこの崖の下って中層なんだっけ?」

「ああ、落ちたらマズイな」

 マップによると、この崖の高さは200メートル以上。

 下に広がる地底湖は、中層に位置するらしい。


 つまり、美しい景色だがその中には強い魔物がひしめいている。

 

 その時だった。


「!?」

 ルーシーが急に後ろを振り返った。

 俺の『敵感知』スキルも同時に反応する。


「おいおい、本当にいたよ」

「だから、言ったろ。ルーキー共は絶対ここに来るって」

「よお、マッカレンの冒険者。この前は世話になったなぁ」

 

 現われたのは、昨日絡んできた冒険者たち。

 それに加えて、仲間であろうガラの悪そうな連中だった。

 総勢10名。

 これほどの大人数に気づかないということは。


「隠密スキルか」

「ごめん、まこと。気づかなかった」

「いや、俺も同罪だ」

 いつも使っているスキルを、相手に使われるとこれほどやっかいとは。


「おい、エルフは傷つけるなよ。高く売れそうだ。赤髪とは珍しいが」

「いくらだ?」

「それは、きちんと査定しないとなぁ」

 ニヤニヤと下種な会話をしている。

 そうか、こいつらは奴隷商人か。

 

「なあ、あんた。武器を壊したのは悪かったよ。謝るから、どうすれば許してくれる?」

 多分、無駄なんだろうなー、と思いながら話しかけてみる。


「あぁ? お前はここで死ぬんだよ。ろくな装備持ってなさそうだが、その短剣はいい値段になりそうだ」

「新人狩りってやつか?」

 ルーカスさんに注意された通りだった。


「おお、わかってるじゃないか。」

男がニヤリと笑う。

「おまえら! 囲め!」

 ミスリルの剣(壊)を持っていた男の合図で、俺たちは崖を背にするように取り囲まれる。


「ま、まこと……」

 ルーシーが俺の服を掴む。

「さて」

 どうしようか、何パターンかある対策のどれにするか悩んでいると。



――ひどい『頭痛』がきた。



 頭痛はすぐにおさまったが、ノイズのような耳鳴りが続いている。


『危険察知』スキル。


 本来は下位、中位、上位クラスの魔物の接近を察知するスキル。

 頭の中で、警告音が響くスキルだ。


 しかし、上位クラスのさらに上。

 通称『災害指定』の魔物と初遭遇した場合。

「人によっては『頭痛』がするから気をつけてねー」とギルド受付のマリーさんに説明を受けたことがある。


『災害指定』の魔物とは、個人じゃ勝てない、なぜなら相手は災害なのだから、という意味らしい。


 災害指定は、村、町、国、大陸の4つのカテゴリに分けられる。

 

『災害指定:村』の魔物がでたら、その村は壊滅しますってことになる。


 災害指定の魔物が出た場合は、国軍が対応することになっている。

 太陽の騎士団のような。


 俺はルーシーを強く抱き寄せた。

「まこと……?」


「おーおー、女を守る騎士ってか? 健気だねぇ」

 チンピラが何か言ってるが、俺には聞こえない。



 どこだ?


 どこにいる?


 どこから来る?



――ォオオオオオオオオオオオッ!!

 空気を震わせるような声が響いた。

 ぼこりと、地面が盛り上がり巨大な何かが姿を現す。

 ちょうど、ガラの悪い冒険者たちと俺たちの間に。



「ド、ラ……ゴン?」ルーシーがつぶやく。

 冒険者たちは、誰も反応できていない。  


「ドラゴンは、全種類『災害指定』だからな。とりあえず見かけたら全力で逃げろ」


 ギルドの屋台で、ルーカスさんに説明された言葉を思い出した。

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