33話 高月まことは大迷宮へ挑む(初日)

「おい、返事してくれよエルフのねーちゃん」

「エロい格好してんなぁ」

「坊主、おまえに大迷宮はまだは早ぇよ。おうちに帰りな」


 絡まれてしまったな。

 この迷宮の町には1万人を超える冒険者がいる。

 当然、ガラの悪い輩もいるわけで。

 ルーカスさんからは「お前らみたいな若いパーティーは絶対絡まれるぞー」って脅されたっけ。

 思えばマッカレンの冒険者ギルドは、みんないい人だったなぁ。

 変な二つ名をつけるくらいで。


 とはいえ、こういう時の対処はとにかく卑屈にならないことだ。

 俺は、アイアンランクの冒険者。

 堂々としよう。

 何か言い返してやろうと、『明鏡止水』スキルを99%に設定して、大きく息を吸い込み。


「はぁ? 何言ってるの! 私たちはマッカレンでグリフォンも討伐した冒険者よ! あんたらみたいな雑魚に興味はないの! あっち行って、しっしっ」

「お、おい。ルーシー」

 こういう時のルーシーは頼りになる。

 とにかく態度だけは、誰よりでかい。

 だけど、ちょっと挑発し過ぎじゃないかな。


「ああん?」

 案の定、正面のいかつい男の顔が険しくなる。

 腰の剣を引き抜いた。

 おいおい、短気すぎだろう。


「誰が雑魚だって? えぇ?」

「おまえらがグリフォン? もう少しマシな嘘つけよ」

「生意気なガキだなぁ」

 ニヤニヤとした、チンピラ達に囲まれる。


 ギルド内がざわつき始める。

 多分、しばらくすればギルドの職員が止めてくれると思うけど。

 なんか、それだと今後なめられそうな気もする。


 相手もいきなり切りかかってくるほど馬鹿では無いらしい。

 たぶん、若い冒険者に生意気な口をたたかれて引けなくなっちゃったんだな。

 ルーシーを守るように、一歩前に出る。

 目の前には、抜き身の剣が光っている。

 物騒だなぁ。


「なかなかいい剣ですね」

「はっ! 当たり前だろう。 これは太陽の国ハイランド最高の武器屋で……」

 チンピラ冒険者が得意になって解説しようとしたところを


――シャラン、と短剣を引き抜き

「うりゃ」と切りつけた。


 バターみたいにさっくり切れた。

――カランコロン、と涼しげな音を立てて刃が床に落ちる。


 先日の巨神の指を切った経験から、この短剣の切れ味は折り紙つきだが「本当にイカれた切れ味だな」小さくつぶやく。


「あああああああああああっ、俺のミスリルの魔法剣がぁあああああっ!」

 チンピラ冒険者が悲鳴を上げた。

 げっ、ミスリル素材だったのか。

 さすがに悪いことしたな。


 ミスリス製の武器は、めちゃくちゃ高価だ。

 が、しかし悪いのは先に絡んできた向こうだ。

 ここは、マウントを取らせてもらおう。


「質の悪い剣を使ってるな。こんな短剣に切られる粗悪品とは呆れるね」

 なるべく嫌味な感じで告げる。

「て、てめぇ……」

「先に絡んできたのはお前らだろ? 俺たちはマッカレンのルーカス・ダルモアの弟子だ。俺たちにケンカ売るってことは、ルーカス師匠にケンカ売るってことだな」

「げ、竜狩りのルーカスかよ……」 


 ルーカスさんの弟子ってのは、うそだ。

 あの人は剣士で、俺は魔法使いだし。

 ルーカスさんは、大迷宮ではそれなりに名が売れてるらしい。

 不良な冒険者に絡まれたら、名前を使っていいと言われている。


「っち、おい、お前ら行くぞ」

「くそが」

 チンピラたちは去っていった。

 おおー、ルーカスさんの名前はさすがだな。

 はぁー、緊張した。


「まことってルーカスさんの弟子だったの?」

 のん気なことを言いやがって。

 誰のせいで、大事になりかけたと思ってる。

「あとで、説明するよ。行こう」

「え? ちょっと、ひっぱらないでよー」

 ルーシーと冒険者ギルドを離れた。


 ◇ 


「ふーん、ルーカスさんってそんなに有名人だったのね」

竜狩りドラゴンスレイヤーのルーカスって、一昔前の冒険者なら誰でも知ってるらしいよ」

「たしかに、竜討伐の依頼が多かったわね。ルーカスさん」

 マッカレンの屋台で聞いた様々な武勇伝が思い出される。


「じゃあ、ダンジョンに軽く潜ってみるか。あくまで軽くな」

「うん! わくわくするわね!」

 町の奥にある巨大なダンジョンの入り口に向かう。


 ラビュリントスの入り口では、冒険者ギルドの受付が入場者をカウントしている。

 毎日のように行方不明者が出る大迷宮では、必ずギルドが出入りをチェックをしているらしい。

 なんだか遊園地みたいだな。


 俺たちは、受付の人に日帰りの冒険だと告げた。

 これで俺たちが明日まで戻らなければ、冒険者ギルドの行方不明リストに名を連ねることになる。


「ねぇ、まこと。どっちに行く?」

「うーん、そうだな」

 ギルドで売っていたラビュリントスマップ(上層)を見ながら悩む。

 正直、上層は探索され尽くしており、未開拓エリアはほとんど無い。


 どこに行きますか?


 左:緑の洞窟 ←

 真ん中:水の洞窟

 右:炎の洞窟

 

「お、久しぶりだな」RPGプレイヤースキル。

「何か言った?」

「いや、なんでも。じゃあ、水の洞窟に行こう」

「まあ、まことならそうよね」


 巨大なダンジョン(洞窟)の入り口は三つ又に分かれている。

 そん中でも、一番自分に合っている道を選んだ。  


 水の洞窟はその名の通り、道の脇を水路や小川が流れている。

 その水源は、洞窟中の壁から水が染み出ているのだ。

 ゆえに水の洞窟。


「絶えず流れる水によって、ダンジョンの壁は侵食され脆くなっている。そのため、強い衝撃には弱いからルーシーの『隕石落とし』は使えないな」 

「ええ! そうなの」

「マリーさんの説明聞いてなかったのか……」

 ため息をつく。

 

「上層の魔物は弱いからね。問題ないと思うよ」

「でも、ミノタウロスがいるわよ。あれは上位クラスよね?」

「ミノタウロスは中層へ降りる階段を守っている。 まるで、中層へ向かう冒険者を品定めするようにってさ」

「ふーん」

 足元には、大小の水溜りが広がっている。

 ちゃぷちゃぷ踏みつけながら、その中を進んでいく。


「よお、今からか?」

「どうも、お帰りですか」

 途中、戻りのパーティーから声をかけられた。

 ほかにも、ぽつぽつと冒険者の人影が見える。


 さすが、大陸一の繁盛しているダンジョンだな。

 噂によると、ダンジョンの中で店を構えている豪気な商売人もいるとか。

 ちなみにその物価は、ダンジョン外の10倍らしい。


「最近、魔物が活発化してるからな。気を付けろよ」

「大魔王復活の予兆ですかね」

「怖いこと言うなよ。じゃあな」

「ええ、ご忠告ありがとうございます」

 ひらひらと手を振って、礼を言った。 


 ◇


「ほいっと」

 ダンジョンをふらふらしていた、コボルトの背後へ忍び寄る。

 霧を作って視界を奪い、『隠密』スキルで音を消す。

 女神様の短剣で、仕留めた。


「終わったよ、ルーシー」

「これじゃあ、ゴブリン狩りと変わらないじゃない」

 ルーシーが不満そうに唇を尖らせる。

 出てくるのは、スライムやらゴブリンやら雑魚がばらばらと出てくるだけだ。


「まあ、このくらいのやつならルーシーの魔法を出すまでもないよ」

「そうは言うけどさぁー」

 まあ、確かにちょっと期待ハズレだったな。

 ダンジョンは広いし、魔物の種類も多いけど。

 これなら魔の森のほうが、歯ごたえがあったな。


 

「ギャぁああああああっ!!」


 悲鳴が響き渡った。


「ルーシー!」

「行きましょう! まこと!」

「いや、行かないから」

 何言ってんだ、こいつは。

 

「行かなくて大丈夫だよ」

「えぇ~、助けに行かないの?」

「探知スキルで確認した。放っておいても、こっちに来てるよ。魔法、詠唱しといてくれ。 小規模の岩石弾な」

「わかったわ!」

 

 キーン、と『危険感知』スキルが頭の中で響く。

(この音は、上位クラスの魔物だな)


 大迷宮ラビュリントスの上層。

 本来は、雑魚しかいない階層。

 ただし、1種類だけ上位クラスの魔物がいる。


「来た!」

「ミノタウロス!」


 上層の門番が姿を現した。

 両手には、大斧。

 数は1体。


「ダンジョンの奥にしか、居ないんじゃなかったの!?」

「はぐれだろ。もしくは、魔物の活発化の影響かもな」


 女神様の短剣を祈るように構えた。


 大迷宮らしくなってきたな。

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