32話 高月まことは迷宮の町に到着する

 飛空船では豪華な夕食が振舞われ、ルーシーと俺には個別のスイートルームがあてがわれた。

 いつもは、ギルドの休憩室の床に雑魚寝。

 違い過ぎて落ち着かない!


「寝れん」

 酔いが醒めて寝付けなくなったので、夜風に当たろうと外に出た。


 夜の船の甲板は、灯りが無く真っ暗だ。

 光をつけると、魔物に襲われるからだと聞いた。

 甲板には、数人見張りらしき人が立っている。

 鳥の獣人のようだけど、夜目は効くのだろうか?

 夜勤ご苦労様です!


 船の手すりにもたれかかって、船の下を見ると真っ暗闇で、空を飛んでいるのか不安になる。

 街が無いと、光って無いんだな。 


「日本とは違うでしょう」

「ふじやんか」

 後ろから現われたのは、この船のオーナーだった。

 手には、高そうなワインを持っている。


「どうですかな? 寝酒に」

「じゃあ、少しだけ」

 ふじやんは、すっかり酒飲みだな。


 俺たちは、甲板に直接腰を下ろし、月明かりを頼りに酒を注いだ。

「この世界は、夜になると月と星が綺麗ですな」

「東京だと、星なんて見えないもんね」

 だけどこっちの世界でも、のんびり星を眺める機会なんてほとんど無かったが。

 そう思うと、こういう時間は貴重かも。


「しかし、あの美しい月がこの世界では不吉の象徴と言われておりますから、不思議なものですなぁ」

「月の魔法は、不人気だよね」

 7つの属性のうち『月』は、死と闇を司る。

 神殿では、月魔法の授業は誰も受けてなかった。


「それだけではありませんぞ、この大陸の月の国ラフィロイグは滅んでますからな。呪われた国として」

「たしか、1000年前に人族を裏切って魔族側についたからだっけ? 神話だと」

「当時の月の巫女、別名:災厄の魔女と呼ばれるものが裏で糸を引いていたとか」

「おかげで月魔法は、誰も使ってないね」


 水魔法は、最弱の魔法。

 精霊魔法は、忘れられた魔法。

 月魔法は、忌み嫌われている魔法。

 ちなみに、最強なのは太陽魔法だ。


「俺のスキルが月魔法じゃなくてよかったよ」

 闇属性ってのは、ちょっと憧れがあったけど。

「最近だと、月の巫女が太陽の騎士団に討伐された、という話も聞きましたからな」

「え? そんなことまでするの?」

 いくら昔の月の巫女が悪党だったからと、現在の巫女に罪はなかろうに。


「最近は、魔物が増えてきたり、大魔王復活の神託があったりと、不穏な噂が多いですからな。民衆の不安を取り除きたかったのでしょう」

「取り除かれるほうはたまったもんじゃないね」

 そんな会話をしながら、ちびちびとワインを空けた。

 このワイン、めちゃくちゃ飲みやすいな。

 屋台の安ワインと全然違う。


「大迷宮も、強い魔物が出現したりして、盛り上がっているそうですぞ。タッキー殿は気をつけてくだされ」

「大変なのは、中層以下だよ。俺は上層でのんびり冒険するから大丈夫」

「タッキー殿は、安全志向に見せかけて無茶をしますからなぁ。心配ですぞ」

「そうだっけ?」

「あの巨神族にたった一人で挑むのは、正気とは思えませんぞ」

「まあ、結果的には大丈夫だったし」

「大迷宮では、あまり無茶は控えてくだされ」

「わかってるよ」

 と言いながら、ワインを飲み干した。


 あー、ちょっと酔ったな。

 ワインって、エールよりアルコール度数高かったよな。


「ところでさ」

 2杯目のワインを注ぎながら、気になっていたことを聞いてみた。

「ニナさんとクリスさんとはどうなの?」

「ぶほっ!」

 ふじやんが、ワインを噴出した。


「あの飄々としたニナさんが、クリスさんがいる時は随分熱くなってたね。クリスさんは、初対面だから詳しくはないけど、ふじやんにご執心な感じだったし」

「まあ……お二人に好意は寄せられてますな」

 おお! 男らしいな。

 あっさり認めるのか。


「スキルのおかげで、気付かないふりもできませんからなぁ」

 遠い目をしてワイン一気に飲み干した。


「そっか。強すぎるスキルも困りもんだね」

 心が読めるスキルだと、鈍感系キャラにはなれないな。


「で、どっちが好きなの?」

「ひ、引っ張りますな……。どちらも大事な友人ですぞ。タッキー殿こそ、ルーシー殿とはどうなってますかな?」

「どうって?」

「うーむ、スキルのせいでタッキー殿の気持ちがわかってしまうから、つまりませんな」

「難儀だね」

 

 ちょっと、ワインがぬるくなったな。

(水魔法・冷化)


「便利ですな、それ」

「冷やそうか?」

「いえ、拙者は常温で」

「そっか」


 無言になり、静寂が訪れる。

 でも、ワイングラスに映る月を眺めながら、空の旅ってのは乙だな。


「タッキー殿は、佐々木あや殿と良い仲だと思ってましたぞ」

「え?」

 突然だな。

 佐々木あや。

 数少ないクラスで仲が良かった友人。 

 今は亡き友人だ。


「いや……、何でもありませんぞ。申し訳ない」

「うーん、確かにさーさんとも、こんな風に飲めたら楽しかっただろうね」

 さーさんとは、ゲームをしながらよくどっか遠くに行きたいね、って話をしてた。

 まさか異世界に来るとは思わなかったけど。


「……随分、遠くに来ましたな」

「……そうだね」

 結局、2本目のボトルを空けるまで飲み明かしてしまった。


 ◇


「着きましたヨー」

 ニナさんが、起こしに来てくれた。

 頭が痛い。

 昨日は、夜更かしし過ぎた。

 しかし、久しぶりに楽しい時間だった。


 二日酔いで、ふらつきながら外に出た。

 うう、日差しが眩しい。


「まことー、見て見て!」

「うーん、森と山しか見えないけど」

 飛空船から見た景色は、綺麗だったがひたすらに緑が広がっている。


「ほら、あっちよ」

 指差すほうを、『千里眼』スキルで睨む

 ああ、確かに小さな町っぽいものが見える。


「おお、迷宮の町ですな。お二人は初めてですかな?」

「初だね。住人が全員冒険者の町だっけ?」

「違うわよ。 冒険者の関係者の町ね。大迷宮に挑む冒険者が増えてきて、彼らにアイテムや寝床を提供する商人が集まって、怪我を癒す神殿関係者が来て、とりまとめのために冒険者ギルドの支店が建てられた」

「今や水の国ローゼス最大の冒険者ギルドですネ」

 この大陸の冒険者たちにとっては、登竜門ともいえるダンジョン。

 そのダンジョンの入り口に自然発生した、冒険者の町。


「この辺で停まりましょう。いきなり町の真上に船を止めると魔物と勘違いされるかもしれませんからな」

「了解、じゃあ。降りようか」


 ◇


 飛空船から下りた先は、ちょうど町の入り口が見えるくらいの位置だった。

 入り口に、簡易な門がある。

 マッカレンと違って、城壁は無い。 


「俺たちはギルドに顔を出そうか」

「そうね、色々情報を仕入れたいし」

「そうですか。拙者は、取引がありますから別行動ですな」

「私はご主人様の護衛ですネー」

 ふじやんたちは、商人の仕事か。


「タッキー殿、それでは夕刻に英雄酒場という店で落ち合いましょう。町で一番大きな酒場なので、すぐにわかると思いますぞ」

「わかった。じゃあ、あとで」

 手を振って別れる。

 じゃ、行くか!



「わぁー、あの服可愛い」

 ルーシーは、キョロキョロと露店に近寄っては商品をひやかしている。

「おーい、先にギルドを探そうよ」

「ええー、ちょっとは観光しましょうよ」

 お前は冒険者だろ! とつっこみを入れたいが、それはモテない男子のすることだろう。

 ここはルーシーの機嫌を害さないよう、振舞おう。

 最近、モテモテなふじやんを意識したわけではない。


 幸い、ギルド本部は町の中心にあってすぐに見つかった。

 

 簡素な建物が多いこの町で、冒険者ギルドは異彩を放っていた。

 なんか、砦みたいだな。


「凄い人」

 中は、人で溢れていた。

 盛況なのは、討伐した魔物の査定みたいだ。

 ダンジョン間近のギルドだから、持ち込まれる魔物が多いんだろうな。


「えーと、高月まことさん、ルーシー・J・ウォーカーさんの二人のパーティーですね。両方アイアンランクと」

 受付のお姉さんは、綺麗なのだけどやや愛想が無い。

 あと、若干疲れている感じがする。

 忙しいのだろうか。

 忙しいんだろうな。


「はい、では迷宮の町ギルドの登録が終わりました。冒険の事前申請は要りません。ラビュリントスを自由に探索していただいて結構です。討伐した魔物の買取はこちらのギルドで行います。何か質問は、ありますか?」

「大丈夫です。ルーシーはどう?」

「問題ないわ! さあ、行きましょう、まこと!」

 ルーシー張り切っている。

 実は、俺もだ。

 

 この町は、いたるところに冒険者がいて。

 お店は、冒険者向けの武器屋や防具屋、アイテム屋に食べ物も、冒険者が好みそうな豪快な料理が多い。

 もちろん、酒もたくさん売ってあった。

 それを、食べながら、飲みながらワイワイと冒険者たちが語り合っている。


 マッカレンの冒険者ギルドも賑わっていたが、それとは少し違う。

 こちらは祭りだ。

 祭りの空気が漂っている。

 とはいえ。


「先に泊まる場所を探そう」

「えぇー、そんなのあとでいいわよ。先にダンジョンを見てみましょう!」

「おいおい、そんな無計画じゃ……」


 

「よぉ、ねーちゃん。刺激的な格好だな」

「ダンジョンに行きたいなら、そんなガキじゃなくて俺たちが連れてってやるよ」

「一晩いくらだぁ?」


 後ろから、下種な声をかけられる。

 振り向くと、ニヤニヤとした粗暴そうな冒険者が立っていた。

 

 あー、身近にいると忘れてたけどルーシーさんは露出が多いから、目立つんだよなぁ。

 からまれちゃったかー。

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