29話 高月まことは旅立ちを引き止められる

「ねぇ、まこと。こんなところで寝ると風邪引くわよ」


 まぶたを開くと、目の前にルーシーの顔があった。

 あたりはもう暗い。


「ああ悪い。あれ? 結構長く寝てたんだな」

「何やってるのよ。夕食の時間になっても全然来ないし……。心配したんだから」

 ルーシーが怒ったような悲しいような表情を浮かべている。


「ちょっと、女神様に会ってたんだ」

「えっ!? そうなんだ。なんて言われたの」


 なんて言おうか。

 ちょっと迷う。

 魂書のことは、あとでこっそり話そう。


「大迷宮へ行けってさ」

「大迷宮ラビュリントス? いいわね! 腕が鳴るわ」

「ルーシーも来てくれるの?」

「え? だ、だめなの」

 そんな泣きそうな顔されると、困るんだけど。


「ルーシーは女神様の信者じゃないから、従う必要は無いよ?」

「いいのよ! 最近はこの辺の魔物じゃ物足りなかったからね!」

 まあ、全部吹き飛ばしてたからな。

 魔物が哀れなくらいだった。


「じゃあ、ギルドに出張届けを出しにいくか」

「うん! なんかまことちょっと元気になったよね」

「え? そうかな?」

「最近、落ち込んでたみたいだから」

 心配かけてたか。

 ぽりぽりと、ほおをかいた。

 前と立場が逆転しちゃったな。

 


 ◇



「ええ! なんでいきなり大迷宮なの!」

 マリーさん声が大きいですよ。


「ダンジョンなら他にもあるじゃない。火の国のサラマンダーの谷とか、木の国のドリアードのいる迷いの森とか、水の国なら氷虎の洞窟とかでもいいでしょ?」

「まあ、普通はそのあたりの中級ダンジョンが丁度よいですよね」

「そうよ!」

「でも、もう決めたんで」

 マリーさんが、困った顔をする。


「ねぇ、ルーシーちゃん。まことくんに何か言ってあげて」

「うちのパーティーのリーダーはまことだから。私は従うわよ」

 俺がリーダーだったのか。

 知らなかったな。

 とりあえず、ルーシーは賛成してくれるようだ。


「マリーさん、手配をお願いしますね」

「うう……、まことくんとルーシーちゃんはアイアンランクだから、ルール上は問題ないけど……はぁ」

 ぶつぶつ、言われたが手続きをしてくれた。

 何だろう、大迷宮はお勧めしたくないのだろうか。


 ◇


「おう、まこと。大迷宮に行くんだって?」

「寂しくなるな」

 ギルドの屋台で飲んでいるルーカスさんとジャンに声をかけられた。

 情報回るの早いなー。


「ジャン、エミリーはどうしたんだ?」

 いつも一緒なのに。

「さっき、ルーシーと一緒に外でご飯食べてくるって言ってたぞ」

「そーいえば、ルーシーも見当たらないな」

 やっぱり仲いいじゃないか、あの二人。


「で、いつ出発するんだ?」とルーカスさん。

「まだ全然決まってませんよ。おっちゃん、エールひとつ」

 ついでに一緒にご飯を食べよう。

 ここの店は、油を豪快に使って焼いたり、揚げたりしている。

 中華料理みたいな感じだ。

 よく冷やしたエールが料理に合う。


「ルーカスさんは、大迷宮は行った事ありますよね?」

「当たり前だろ。ゴールドランクの冒険者で、大迷宮に挑戦したことないやつなんていねぇよ」

「どこまで行けました?」とジャン。

 俺も気になる。


「うーむ、大迷宮は普通のダンジョンじゃない。10階層、20階層なんてもんはないんだ。上層、中層、下層、深層、最深層の5つだけだ。俺が行けたのは深層までだが……まことは、まだ行くなよ?」

「わかってますよ、下層から深層は『竜の巣』なんですよね?」

 有名な話だ。

 神殿で教えてもらった。


「ああ、地竜や水竜、火竜が居る」

「……ヤバイですね」

「だが、上層の魔物は雑魚ばかりだ。注意すべきは、ミノタウロスぐらいだな」

「ラビュリントス上層の番人ですね」

「まあ、今のまこととルーシーなら、複数に囲まれなければなんとかなるだろ」

 ルーカスさんは、揚げた鶏肉をかじりながら、エールを飲み干した。


「中層は?」

「中層は、種類が多過ぎて言い切れないな。ゴブリン、オーク、人食い巨人、ゾンビ、スケルトン、ヴァンパイアらの不死族、ラミア、アラクネ、ハーピー……なんでもだ」

「でも、そこまで強い魔物はいませんね」

 これなら俺でも、とジャンは考えてそうだ。

 一緒に行くかい?


「甘めぇな。中層の魔物は全て『群れ』だ」

「む、群れ?」

「群れの中にボスが居て、そいつが一斉攻撃と撤退の指示を出す。並みの冒険者じゃ、一瞬で取り囲まれて食われるぞ」

「「……」」

 怖えぇぇ!

 さすが、大陸最大のダンジョンか。

 難易度が高いな。

 そういう集団で連携攻撃を仕掛けてくる魔物には、会ったことが無い。


「注意するのはそれだけじゃない」

「まだあるんですか……」

「大事なことだぞ。大迷宮だと、新人冒険者狩りがある」

「えーと、生意気なルーキーを、怖い先輩冒険者がシメルってことですかね」

 それくらいなら、どこの街でもありそうだ。


「全然違う。大迷宮ってのは冒険者の憧れだ。地方のダンジョンで、自信をつけたやつが頑張って、少し奮発した装備で挑もうとするだろ? それを狩るんだよ」

「「……」」

「狙われやすいのは、貴族の息子が冒険者になって名を上げようってパターンだな。見るからに高価な鎧をつけた新人冒険者はカモだ。身ぐるみ剥がされて、ダンジョンで魔物のエサになる」

「まこと! 大迷宮に行くのはやめよう!」

 完全にびびったのか、ジャンが俺を止めてくる。

 いや、俺も正直テンションだだ下がりなのだが。


「あっはっはっ、びびったならやめとけ。俺は大迷宮に挑むって冒険者には全員同じ話をしてるからな」

「まあ、行くのは止めませんけどね」

 女神様が珍しく、具体的に指示をくれたのだ。

 このイベントは逃せん。

 しかし、出会いってなんだろうなぁ。


「なら止めないが、準備はしっかりしろよ」

 真剣な目でルーカスさんが、言ってきた。

「わかりました」

 このおっちゃんには、頭が下がるね。

 マッカレン冒険者ギルドみんなの親父だ。


 そのあとも、色々ルーカスさんの武勇伝やら大迷宮の怖い話を聞かされた。

 ルーカスさんとジャンは、2軒目行くぞー、と行ってしまったが、俺は少し修行でもしようかと外にでようとしたところを、マリーさんに捕まった。


「ちょっと、付き合って」


 ◇


 マリーさんに連れられて来たのは、町外れの地下にある『ASAKUSA』というバーだった。

 この名前……、まあいいか。


「「乾杯」」

 

 静かな店だ。

 ギルドの屋台や『猫耳亭』と違う、大人な店だった。

 こういう店のマナーはわからなかったので、勧められたカクテルを頼んだ。

 ちょっと、アルコールがきつい。

 色は綺麗なブルーのカクテルなんだが。


「ねぇ、さっき大迷宮の話をルーカスさんに聞いてたよね」

「はい、いろいろ危険が多いみたいですね」

「どうしても、行くの?」

「反対なんですか?」

 その質問にマリーさんは、答えなかった。

 アルコール度数の強そうなカクテルを飲み干して、ぽつりと言った。


「私ね、弟がいるの」

 初めて聞く話だ。

「そうなんですか。もしかして、冒険者ですか?」

「そうよ。3年前に大迷宮に行ったわ」

「……」

 これは、もしや。


「アイアンランクになってすぐにね。早く名を上げたいって、張り切ってた」

「今は何してるんですか?」

 何となく、予想が着くが聞いてしまう。


「知らないわ。ずっと連絡が無いもの」

「……」

 マリーさんは、2杯目のカクテルを半分ほど空ける。

 連絡が無い……か。


「1年に1回は、マッカレンに帰って顔を出すって約束だったの。 パーティーのリーダーは、シルバーランクで、当時期待のルーキー達って言われたわ」

「へぇ……」

「アイアンランク4人で、グリフォンを倒したり。凄くない?」

「は、はぁ」

「ふふ、最近ブロンズランク4人で、グリフォン倒しちゃったパーティーがいるけどね。弟の記録、抜かれちゃった……」

 うう、何て言えばいいんだ。

 コミュ障には、ツライです。


「どうしても、行くの?」

 同じ質問をされた。

 ごまかしてもいいけど。


「行きます。けど、無茶はしませんよ」

「でも、名声を手に入れたいんでしょう?」

「そーいうのは、別に」

 特に興味無い。


「うそよ! 大迷宮に行くのに、名声が要らないとか。どうせ、無茶して帰ってこないのよ!」

「ま、マリーさん?」

「もう、嫌なのよ! 帰ってこないやつを待つのは! どこにも行かないでよ!」

 マリーさんの大声に、店の客がいぶかしげに見ている。


「なんだ、痴話喧嘩か?」「美人の相手は、ずいぶんガキだな」「他所でやれよ」


「ま、マスター」

 とりあえず、支払いをして店を出た。


「ううっ……」

 マリーさんは泣いている。

 誰かの名前をつぶやいているのは、弟さんの名前だろうか。

 落ち着かせるために、川辺のベンチに腰掛けた。

 少したって、話しかける。


「マリーさん、俺は臆病なんで大迷宮の上層をさっと冒険してすぐ帰ってきますよ」

「……」

「大迷宮に行くのは、実は知り合いがいるからでして」

 正確には、これから知り合うのだが。

 女神様の話だと。


「知り合い……おんな?」

「え? いやいやいや、違いますよ」

 違うよな?

 どうなんです? 女神様。


(……)

 無視された。


「ふーん、だったら最初からそう言ってよ」

 機嫌を直してくれたっぽい。

 

「あー、なんかゴメンね。急に騒いじゃって」

「いえ、弟さんの話を聞いたら、心配なのは仕方ないですよ」

「うーん、店出ちゃったね。これからどうしよっかな」

「もう、遅いんで帰りましょうよ」

「えー、折角二人きりなのにー」

 いつものマリーさんだ。

 よかった。


「ねぇ! じゃあ、騒いじゃったお詫びに私の家で飲みなおそうよ! 料理作ってあげるから」

「え!?」

 この時間に女性の部屋ですか。

 というか、人生で女性の部屋に行くこと自体が初だ。

 

「え、えーと」

「決まりね! さ! 行こ行こ」

 ひっぱられる。

 強引だ。


 酔ってるのもあり、そして先ほどの話を聞いたので強くは拒否できない。

 行くのを断れば、マリーさんは帰らぬ弟を思って一人で飲んでいるのだろうか。

 それはちょっと寂しいよなぁ。

 少しだけ付き合おうかな。

 朝までとかは、無理だけど。


「はーい、到着ー」

 先ほどのバーから、少し歩いたところにマリーさんの家があった。

 レンガ造りの、集合住宅だ。

 少し古めかしいがお洒落な建物だな。

 

「ささっ、入った入った」

「そんなに押さなくても、歩けますよ……」

 流されるがままに、入ろうとして。



「ちょっと、待ちなさい!」

 

 呼び止められた。


「ルーシー?」

 こんなところで、何してるんだ。

「げ、ルーシーちゃん」

「ちょっと! うちのまことをどこに、連れ込もうとしてるの!」


「まあまあ、ルーシー。マリーさんは、弟さんが帰ってこなくて寂しいんだ。大目にみてよ」

「マリーの弟? 大迷宮で名を売って、今は王都で派手に遊んでるって話のカイルさんのこと?」

 んん?

 なんか聞いてる話と違うぞ?


「マリーさん、弟さんって亡くなったんじゃ?」

「何言ってるのよ、まこと。マリーの弟のカイルさんって言ったら、『黄金の爪』って有名パーティーの一員で、王都の夜の帝王として有名よ」


「うう……私の可愛かった弟は、もうどこにもいないわ」

「ちょっと! 弟さん元気なんじゃないですか!」

 結構心配したのに!


「まことったら、あっさり騙されてるわね」

「別に騙してないわよ! 言わなかっただけで!」

 女神様みたいなこと言いますね。


「てか、ルーシーは何してるの? こんなところで」

「わ、わたしは泊まっている宿がこの辺りなのよ! そしたら、まこととマリーの声が聞こえてきたから……」

「ルーシーちゃん、ストーカー……」

「ちっがうわよ! 変なこと言わないで!」

「えーと、じゃあ俺はもう眠いんで帰ります」

「「待ちなさい」」

 二人に両側から、腕を掴まれた。

 もう帰りたいんだけど。


 結局その日は、マリーさんの家でルーシーと三人で、朝まで飲み明かした。


 正確には、俺は1時間ほどで酔いつぶれてしまったわけだが。

 頭痛ぇ。

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