28話 佐々木あやは異世界で目覚める

 寒い。


 大雪の中、バスの暖房は止まり、割れた窓の隙間から冷気が絶え間なく入り込んでくる。

 こんなの誰だって耐えられるはずが無い。


(なんだけどなー。なんで、高月くんはそんな中でゲームできるんだか)


 中学からの同級生の変人は、まるで高校の昼休みと変わらないようにゲームをしていた。

 さっきまでは、隣の席の藤原くんとバカな話をしていたようだが、今は静かだ。

 たぶん、みんなもうしゃべる元気もないのだろう。


 風の音と、高月くんのゲームボタンをカチカチ操作する音だけが聞こえる。

 

(最後に何か言ってやろうかしら)


 おい、このゲームバカ。

 ちょっと、こっち見なさいよ。

 本当は、寒いんでしょ、少し震えてるわよ?


(なんで、ケンカ売ってる風なんだろ。これじゃ、駄目でしょ)


 そのゲーム楽しい?

 私、RPGは苦手なんだよねー。

 また、一緒にゲームやりたかったな。


(高月くん家は、両親共働きで夜遅くまで一人だからゲームし放題で羨ましかったっけ)


 高月くん。

 ねぇ。

 こっち向いてよ。

 もう一回、声聞かせて……

 

 考えたセリフはどれも言えず。 


(あ、駄目だ……)


 私の意識は闇に沈んだ。




 ◇



 目覚めたのは、暗闇の中だった。


 真っ暗。

 何も見えない。

 でも、意識がある。


(え、何これ怖い)


 手が動かない。

 足も動かない。


(私、生きてるの? 死んでるの?)


 あ、身体が動いた。

 

(でも、なんか変な感じ)


 寝返りを打ったくらい気持ちだったのだが、まるで身体が1週半ひねった様な気がした。

 自分の身体が気がした。


(気のせいだろうけど、とにかくここから出なきゃ)


 出なきゃって? どこへ?

 私はバスに乗ってて、遭難して。

 だから、ここは病院のはずで。

 いや、違う。

 ここは、そんな場所じゃない。

 とにかく、出なきゃ!


 ぐちゃりと。

 良く分らない衝動が、私は身体を動かし何かを突き破って、外に飛び出した。


(やっぱり、暗い。何も見えないなぁ)


 先ほどのような完全な暗闇ではなく、ぽつぽつ光が見えるがここがどこかは判別がつかない。

 ぼんやりとした頭で、前へ進む。



「おや、姉妹の中で一番早いのはおまえかい、わが子」



 そんな声が真上から聞こえた。

 上を見上げる。

 ハリウッド女優みたいな、金髪碧眼の巨大な美女がいた。

 美人だけど、ちょっと性格きつそうな、そんな印象の女性だ。

 そして、知らない顔だ。


「可愛いわが子。その顔を見せておくれ」


 いやいやいや。

 私のお母さんは、私に似て小柄で地味な人ですよ?

 間違っても、こんな町ですれ違ったら10人中10人が振り向きそうな派手な美人ではありませんよ。 

 身体だって、ぼん、きゅっ、ぼ……、ってあれ?

 

 この人、肌が白すぎない?

 この人、服着てない?

 この人、下半身が変じゃない?

 なんかこう、鱗みたいというか、足が無いというか……。


「おや、おまえの姉妹キョウダイたちも目覚めたみたいね」


 兄弟キョウダイ……。

 私は、長女で下には4人兄弟がいる。

 全部、弟だ。


 昔は、よく一緒に遊んだけど大きくなると男同士で固まっちゃうんだよなー。

 最近は、お姉ちゃんは疎遠になってしまって少し寂しかった。


(なにより、弟がゲームを一緒にやってくれなくなったのよね)

 昔は、何でもおねーちゃんと一緒! って感じだったのに。

 そんな愚痴を、高月くんには言ってたっけ? 


 ただ、振り向いたら弟たちが居るって意味じゃないよなー。

 そんなことを考えながら、振り向いた。



――そこには、たくさんのキョウダイが居た。



 それは、四肢が無く。


 地面を這い。


 ぬらりとした体表と、細い縦長の目を持ち。


 チロチロと舌を出す


 蛇だ。


 それが、あたり一面。


 蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。


 見渡す限り、蛇に囲まれていた。


「ひっ」


 私は、その光景を脳が受け付けず、意識が遠のくのを感じた。


 ただ、意識を失いながらも。

 うっすらと理解した。


 私は――蛇になったのだ。


 蛇の怪物に。


 ああ、神様。


 これはあんまりじゃありませんか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る