23話 高月まことは巨人に挑む

 光り輝く巨人 は、嬉しそうに大きく口を歪めながら、こちらへ話しかけてきた。


「……ヒトか」


 低い。

 巨大なスピーカーから、低音がずしんと腹に落ちるような声だ。

 

 ふじやんは、まだぶつぶつ言いながら頭を抱えている

 ニナさんは、ふじやんを背に構えをとっている。

 ルーシーは、青い顔でぽかんとしている。

 俺は、ルーシーの手を引き、ふじやんとニナさんに肩を触れるくらいに近づいた。 


『明鏡止水』スキルで冷静は保てている。

 ふじやんは、ダンジョンからの帰還アイテムを持っている。

 今は混乱しているみたいだが、全員が安全にこの場を離れるにはそれ使うのが確実だ。

 なるべく一箇所に固まっていたほうがいい。


 ただ、少し様子を見よう。

『危険感知』スキルの反応が悪いんだよな。

 もしかすると、悪いやつじゃないのかも、と楽観的な考えが頭をよぎる。


「……礼をいおう。おまえたちのおかげで、封印がとけた」


 俺たちが何かしたのか?

 ついルーシーのほうを見てしまう。


「っ!?」

 ぶんぶんぶん、とルーシーが首を横に振る。

 誤解だ! みたいな顔をしているが、さっき魔石を触ってなかったっけ?

 ルーシーさんがやっちまったか? と思ったが今回は違った。


「拙者です……。魔石を『鑑定』してしまったのがまずかったのです……」

 ふじやんが震える声で答えてくれた。


「……我は戦争に敗れ石化の封印をかけられていた。……その封印は弱まっていたとはいえ、自力では解けない。……誰かに我を認識してもらう必要があったのだ」

「はぁ……、そういうのもあるのか」

 でも、それならふじやんが悪いってわけでもなさそうだ。

  

「誰だって、あんなでかい魔石なら鑑定するし、仕方ないよ」

 ふじやんは、落ち込んでいるが非はないだろう。


「……並みの眼では、我にかけられた封印は見破れぬ。……神の偽装をも見抜く『神眼』でなければ」

「神眼……」

 ふじやんってそんなスキルも持ってたのか?

 いや、『鑑定』したっていってたし『鑑定』スキルが神級だったということかな。


「拙者の鑑定は神級ではありませんぞ……」

 ふじやんが俺の予想を否定する。

「……それは知らぬ。……だが、我の封印は解けた。……それでよい」

 

 とりあえず、俺たちはこの巨人を助けたんだよな?

 言葉も通じるし、襲われるってことはなさそうだ。

 そんな風に考えていた。



「……腹が減ったな」


 

 そんなことを言われるまでは。


 巨人の目がじっと、こちらを見つめる。

 おいおい、俺たちは恩人じゃないのか?

 そんな眼で見るなよ。


 ぞわりと、氷水が背中に流された気がした。


「き、帰還!」

 

 ニナさんが、ふじやんからアイテムを奪い発動させる。

 よかった! 俺は使い方がわからなかった。

 俺たち4人は、光に包まれ、光が消えたときには入った洞窟の前に立っていた。


 助かった。

 いや、まだだ。 

「ここから離れよう」

 ここは危険だ。


「あ、あれ、放置していいの?」

 ルーシーが怯えた声で聞いてくる。

「戻ってギルドに報告しましょう!」

 ニナさんの言う通りだな。

「……」

 ふじやんは、まだ落ち込んでいる。


「みんな、街に戻ろう。さっきのあいつが追ってくるかもしれない」

 みな小さくうなずき、来た道を戻ろうとして。



――ぼこり、と。


 目の前の地面が盛り上がった。

 みるみるまに、土が人の形をかたどっていく。

 そして、鈍く輝き始めた。 


「……ドコへ行く?」


 やっべぇ。

 なんだ、こいつ。

 逃げられないんだけど。

 

「ご主人様! 逃げてください!」

 ニナさんが、巨人に向かっていった。


「い、いけませんぞ! そいつに手を出しては!」

 ふじやんが焦ったように、叫ぶがもう遅い。

 ニナさんの蹴りが、巨人の頭を捕らえるところだった。


 ごうん、と鈍い鐘を叩くような音が響く。

 巨人は、自分が蹴られるのをじっと待っているだけだった。

 もしかして、鈍いのだろうか。


「……マテ」

 巨人の右手が伸びる。

「エ?」

 ニナさんは、攻撃をしてすぐ離れるつもりだったのだろう。

 蹴りを入れて、距離を取ろうとしていた。

 動きはすばやく、巨人は反応できていないように見えた。


 巨人の動きは、ゆったりとしているように見えた。

 気がつくと、巨人の指先が少しニナさんに触れたように見えて。


――ニナさんが吹っ飛んでいった。


「っがぁ、はぅっ!」

 どしんと、遠くの木にぶつかりそのまま、倒れた。

 まじか! ニナさんはシルバーランクだぞ。

 それを一撃って……。


「ふじやん! あいつは何なんだ!」

「聖神の怒りをかって、石に封印されていた邪悪な巨神だと……。拙者の鑑定で、封印が解けてしまったと……。それしかわかりませんでした」

 邪悪な巨神……。

 確かに、やばそうな字面だ。


「ふじやんは、ニナさんをアイテムで回復させてくれ。俺とルーシーで時間を稼ぐ」

「わかりました! 無理はしないでくだされ」

 ふじやんが、どすどすと駆けていく。


 隣ではルーシーが呪文を唱えている。

 普通なら間に合わないが、巨人は基本的には動きがゆっくりだ。

 ただ、さっきのニナさんへ攻撃したときのような、なぞの動きをするから読めない。


「ふ、炎の嵐ファイアストーム

 今回は間に合った。

 グリフォンを倒した時よりもさらに大きく炎の竜巻が、巨人を中心に燃えががる。


「凄いな、ルーシー! 上級魔法じゃないか」

「10回に1回くらいは、成功するのよ!」

 10%を引き当てたのかよ。

 危ない橋を渡るな、と思ったが、並みの魔法であの巨人に攻撃が通るとは思えない。

 炎の竜巻は、空を焦がす勢いで、燃え続けている。


「よし、さすがに多少はダメージが通っただろ。 ニナさんとふじやんと一緒に逃げよう」

「ま、待って。上級魔法慣れてないから、ちょっと魔力酔いしたかも」

 俺のように魔力が少ない人間には、縁が無い話だがルーシーのように魔力が高いやつは、強力な魔法を使った直後は、身体中の魔力が活性化して酒に酔ったような感覚になることがあるらしい。


 俺はルーシーの手を引いてニナさんとふじやんのほうへ歩いた。

 ふじやんが、ニナさんへ回復アイテムを使っている。

 よし、これなら。


――ずしんと、地面が震えた。


 森中の鳥たちが、一斉に飛び立っていった。

 遠くから、獣達の怯えた声が聞こえる。

 もしかすると、魔物の声かもしれない。


 おそるおそる、振り返った先は炎の竜巻から巨人がのそりと出てくる様子が見えた。


「……無傷?」

 ルーシーの声が震えている。

 俺も『明鏡止水』スキルが無ければ、心が折れていたかもしれない。

 ルーシーの上級魔法が効かない敵。

 俺たちじゃ絶対に手に負えない。

 逃げたいが、敵は変な移動方法を使う。


「ルーシー、ふじやんたちと逃げろ」

 小声でつぶやく。

「ま、まことは?」

「時間を稼ぐ」


『xxxxxxxx(水よあれ)』「水魔法・霧」


 精霊魔法で生成した水を霧に変える。

 一瞬で、周りが霧につつまれる。


「……精霊魔法か」

 低い声が聞こえた。

 博識な巨人だ。

 通じるだろうか? 不安が増す。


「ルーシー行け」

「で、でも!」

「ふじやんは大事な友達なんだ。頼むよ」

「……死んだら許さないわよ」

「ああ」

 女神様と同じこと言うんだな。

 しかし、珍しく女神様が何も言ってこない。

 なにかアドバイスくださいよ。


――ずしん、と音が響く。


 濃霧で目の前は真っ白だが、巨人はこちらへ向かっているようだ。

 ルーシーは、ふじやんのほうへ駆けて行った。

 視界はゼロだが、ルーシーは耳がいい。

 合流できるはずだ。

 よし、やろう。


――『隠密』。


 スキルを発動する。

 

 作戦は、シンプルだ。

 霧を使って、相手の視界を奪いつつ女神様の短剣で切りつけて、再び隠密で隠れる。

 相手は、どこにいるか分らない敵に足を止めてくれるんじゃないかという雑な作戦だ。

 ニナさんの蹴りでも、ルーシーの魔法も通用しなかった巨人。

 俺の魔法が通じないのは、確定してるようなもんだが、女神様の短剣ならあるいは。


 ……ずしん、……ずしんと足音が近づいてくる。 

 息を殺し、巨人が通り過ぎるのを待つ。

 後ろから、できれば足首を狙うつもりだった。

 そうすれば、歩みが止めるはず。


「……何をシテイル?」

「!?」

 巨人の手がこちらへ伸びてきた。

 なんでだ!

 隠密が効かない?


 やばい! 捕まれる!

 そうなったら逃げられない!

 いや、喰われる?


『回避』

 絶望的に近い距離まで、巨人の手が迫っていたがスキルを発動しながら短剣をめちゃくちゃに振り回した。

 手ごたえはなかった。

 運よく巨人の手から逃れることができた。

 助かった。


「何をシタ!」


 急に巨人が怒った声を上げた。

 

「キサマ」


 温厚に思えた声に怒りが混じっている。

 地面が揺れ、突風が霧を晴らした。


「あれ?」

 巨人の手の指が……1本欠けている?

 俺が切ったのか?

 まったく、手ごたえなかったんだけど。


「……その短剣……どこで、手に入れた?」


 うーむ、女神様にもらったと正直に言ったほうがいいのだろうか。


「それはヒトには、過ぎたものだ……」

「え?」

 気が付くと目の前に、巨人が居た。

 避けるまもなく、身体を鷲づかみにされる。

 逃げられない。


 巨人の両手で身体を拘束されたまま、巨人の顔が近づいてきた。

 俺の頭と同じくらいの、巨大な瞳がこちらを見つめる。


 く、喰われる!

 ああ、俺の冒険はここで終わってしまったよ……。



「待ちなさい!」


 天から響いてきたのは、女神様の声だった。 

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