22話 門番の獣(後編)
寝床を水浸しにされたキメラは不機嫌そうだ。
「ニナさん、『水魔法・水面歩行』かけますよ」
「いえ、おかまいなく。踏みこみが甘くなりそうなので、私は大丈夫ですヨ」
「そうですか」
ニナさんには、迷惑なことをしてしまったか……。
「高月様、サポートお願いしますネ」
「わかりました」
俺はできることをやろう。
これだけ水があれば、打てる手も多い。
「ルーシー、魔法の詠唱よろしく」
「うん。でも、また避けられるかも」
やや肩身の狭そうなルーシー。
「俺が足止めするから、思いっきりやっていいよ」
「わ、わかったわ!」
「危険になりましたら、無理をせずに戻りましょう」
ふじやんが、帰還用のアイテムを手に持って全員に伝える。
「じゃあ、行きますネー!」ニナさんが突っ込んだ。
この人本当に躊躇ないな!?
キメラは、ニナさんの蹴り技はダメージがあるようで防御をしている。
あとは、ルーシーの魔法を警戒している様子がある。
俺のことは3番目くらいか。
腹が立つが、おかげで油断してくれているとも言える。
「よいっ!」
ニナさんが蹴りを放つ。
狙っているのは、ヤギ頭だ。
そこまではさっきと同じだ。
「水魔法・霧」
俺はキメラの周りに濃霧を発生させる。
といってもすっぽり覆ってしまうと、キメラの位置がわからなくなるので、霧で覆うのは一部だ。
キメラは、頭が3つある。
ヤギ頭と、ライオンの頭、そして尾っぽの蛇だ。
3つの頭が油断なく周りを見渡しているため、隙が少ない。
その頭を霧で覆うと視界を邪魔できるはずだ。
どかんっと、景気のいい音が響いてキメラにクリーンヒットした。
今度は横倒しになる。
「火魔法・火の矢!」
その隙を逃さず、ルーシーが魔法を放つ。
ただ、これは……。
「コースを外れてますネ……」
ニナさんが残念そうに言う。
ルーシーの魔法は、キメラを直線上から外していた。
倒れていたキメラが危険を察知したのか、あわてて起き上がるがルーシーの魔法が外れているのを見て安堵したように見えた。
が、甘いなキメラ。
「水魔法・氷の床」「水魔法・水流」
キメラの足物の床を凍らせ、さらに水魔法でキメラを移動させる。
キメラは焦ったように、踏ん張ろうとするが、遅い!
ルーシーの放った、ノーコンの火の矢とキメラが正面衝突した。
ギィェェエエエエ!ヴぇぇぇぇ! とライオンとヤギが悲鳴を上げてキメラが炎に包まれた。
「これはチャンスですネ」
とニナさんが、キメラの上部あたりにジャンプする。
なにやら、呪文を唱えているようだ。
「土魔法・大岩」
あ、詠唱魔法も普通に使えるんですね。
ニナさんの足元に、数メートルはあるでかい岩石が現われた。
「シュート!」
それを思いっきり、キメラに蹴り落とす。
どすん、と大岩はキメラを押しつぶした。
ぐえぇっ、とキメラは苦しげな声を上げてぐったり倒れる。
「た、倒したの?」
「お待ちを。拙者が鑑定しますぞ」
ルーシーとふじやんが駆けつけてきた。
「うむ、死亡してますな。さすがですな、みなさん」
「ニナさん、土魔法の中級魔法ですよね。そんな呪文まで使えるんですね」
てっきり近接技オンリーの格闘家だと思っていたら、隠し技を持っていた。
シルバーランクは、やっぱり違うな。
「いえいえ、ルーシー様の魔法の威力と、当てるまでの高月様のサポートあってこそですよ」
にこにことニナさんは答える。
キメラ戦の前衛を一人でこなして、最後のトドメを持っていったのにこの謙虚さ。
「まあ、私の魔法にかかればチョロイもんよ」
このノーコン魔法使いに見習わせたい。
「ルーシーの魔法は、全然当たってなかったんだけど?」
「うぐ」
「2発に1回は外すよな」
「うるさいわね! 結果的に当たったからいいのよ」
無理やり当てた感が凄いが、まあ結果オーライということにしよう。
「では、行きましょうぞ!」ふじやんが張り切っている。
「1000年前の施設となると強い武器があるかな?」
正直、俺もちょっとワクワクしている。
こーいうのって、隠しダンジョン的なイメージがある。
キメラの素材はあとで、回収するとして、俺たちは奥の扉へ進んだ。
扉は分厚い鉄の扉だったが、鍵はかかっておらずニナさんが押すと重そうな音を立ててゆっくりと開いた。
◇
「研究施設みたいだね」
扉の先は、古びた棚やら良く分らない機械がぽつぽつとある。
どれも錆びていたり、風化してボロボロになっていた。
期待していた財宝の山が! みたいな展開ではなかった。
「なんだ、つまらないー」ルーシーが文句をたれる。
「まあまあ、案外掘り出し物があるかもしれませんヨ。ご主人様いかがですか?」
「うーむ、ぱっと見ではそれほど価値のあるものはありませんな」
おそらく鑑定スキルを使っているはずだ。
ふじやんがきょろきょろとあたりを見渡している。
残念。
どうやらハズレだったか。
まあ、たまたま発見したダンジョンで金銀財宝、なんてうまいことがあるわけないか。
「ねぇねぇ、さらに奥があるわよ」
研究施設に興味ないルーシーが、一人で奥を探索したようだ。
「おい、一人でいくなよ。危ないだろ」
「大丈夫よ。門番倒したんだから、こんなところに魔物は居ないでしょ」
「そういう台詞を言うやつが、真っ先にやられるんだ。映画とかだと」
「映画?」
今度ルーシーには、死亡フラグの重要性を教えてやろうと思う。
「おー、ここはダンジョンの動力室のようですね」
一人でふらふらしているルーシーを心配したのか、ニナさんもついて行ってくれたようだ。
すいませんね、うちの子が。
「ほう! 動力室ですか! 1000年の間稼動していた人工ダンジョンの動力となれば相当なエネルギーのはず」
ふじやんが興奮したように叫ぶ。
「ご主人様ー。すごいでっかい魔石がありますよ」
ニナさんは、きちんとレポートしてくれる。
ふじやんといいコンビだなぁ。
「ふじやん、何か価値がありそうなものあった?」
ちなみに、俺は危険探知をしながらしんがりを歩いている。
魔物が入って来れないよう、鉄の扉は閉めておき魔物が隠れてないかを探っているが、今のところ問題なさそうだ。
「す、すごいですぞ! こんな巨大な魔石があるとは! マッカレンの街で使われるエネルギーをすべてまかなえそうな量ですぞ!」
どうやら掘り出し物が見つかったようだ。
どれ、俺も見に行こうかな。
「すごーい、こんな大きい魔石エルフの里でも見たことないわ。あ、なんかピリッとした」
「る、ルーシー様? あまり不用意に触らないほうが……」
「ふぉぉ、これを持ち帰ればマッカレンの街が生まれ変わりますぞ。しかし、どうやったらこんな巨大な天然の魔石が…………、わぁあああああああああ」
「ご主人様!?」
「ふいじゃんさん! どうしたの?」
え? 何があった。
「ふじやん、どうした! って、これは凄いな」
奥の部屋に入るとさっきのキメラより大きな、七色に輝く魔石がゆっくりと
なんで石が動くんだ?
「は、はやく逃げますぞ! 我々はとんでもないものを起こしてしまいました!」
ふじやんが真っ青な顔をしている。
「何これどうなってるの!」
ルーシーは、いつものようにパニックになっている。
「……」
ニナさんは、ふじやんを守るように構えている。
俺も3人の近くまで駆け寄った。
「や、やばいですぞ。これは、やばいですぞ……」
「ふじやん?」
ぶつぶつとつぶやく友人に声をかける。
目の前の七色の魔石はゆっくりと上へ伸びていき、そしてぐねぐねと波打ちながら形を変えていった。
「ひ、ひと?」ルーシーの震え声が耳に届いた。
七色の魔石は、巨大な人型に形を変えてしまった。
――じろりと、大きな目がこちらを見下ろす。
前に戦ったオーガを一回り大きくしたような、光り輝く巨人がこちらをみて「にたぁ」と笑った。
あ……これ、あかんやつや。
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