21話 門番の獣(前半)


「キメラ……?」


 ルーシーがぽつりと、つぶやいた。


 巨大な獣が横たわっている。

 ライオンとヤギの双頭に、蛇の頭がついた尾。

 全身の毛並みは、濃い灰色。


 眠っているように見えるが、近づくと起きそうな気配がある。

 扉を守る、門番ってとこか。

 こいつも作られた魔法生物みたいだな。


「とりあえず、戦ってみましょうカ?」

 ニナさんは、躊躇が無い。


「まあまあ、お待ちを。まずは拙者が、『鑑定』で魔物のことを調べてみますぞ」

「見た目、強そうだし、ふじやん頼むよ」

「お任せを……、ふむふむ。魔物はキメラで間違いなさそうですな。弱点は、『火』のようですな」

「私の出番ね!」

 ルーシーが、俄然張り切りだした。


「あとは、生まれが『救世前10年』だそうですぞ。長生きな魔物ですな」

「「え!」」

 ふじやんの声にニナさんとルーシーが驚きの声を上げた。


「おお……1000年前の魔物でしたカ。危なかったですヨ」

「ちょっとぉ、ヤバいやつじゃない」

 焦り気味なニナさんとルーシー。


「ルーシー、何がやばいの?」

「ニナ殿。あの魔物は強いんですかな?」

 異世界コンビは、ピンと来ていない。


「ご主人様、救世主様が世界を救った1000年前までの暗黒期は、今より魔物が強かった話はご存知ですよネ?」

「話は聞いたことがありますな」

 それは俺も知ってる。


「その頃の魔物は大魔王の影響で今より凶暴で、そいつらと戦う人間やエルフも今より強い剣士や魔法使いが多かったと言われてるわ」

「つまり、あいつは1000年前から生きてるから、相当強いってことか。普通のキメラと比べて、どれくらい強いんだろう?」


「1000年前の魔物は、今の魔物よりざっと3~4倍は強いと言われてますネ」

「それって別ものじゃない?」

 やばすぎだろう、1000年前。


「ただの魔物だと思ったら、1000年前の魔物でベテラン冒険者パーティーが絶滅した、なんて話もあるくらいよ」

「どうしようか、諦めて帰る?」

 正直あまり、無理はしたくない。

「いえ、行きましょウ」と提案するのはニナさん。


「ニナ殿、勝算はありますかな?」

「あの手の魔物は、門の前から動かない場合が多いんですよ。敵わない場合は、逃げましょう」

 ふむ、とうなずくふじやん。


「拙者は、ダンジョンから脱出する『エスケープカード』というアイテムを持っております。危ないときは、ダンジョンから逃げましょうか」

「なるほどね」

 それなら安全そうだ。


「俺は、ニナさんのサポートをしますね。xxxxxxxxxxxx(水よ溢れろ)」

 精霊魔法で水を生成する。

「水魔法・水流」

 生成した水を操り、でっかい水球を作る。

 自分の魔力で魔法を発動するのと比較すると遅いのが難点だ。

 

「ルーシーも火魔法を詠唱しておいてくれよ」

「わかったわ」

 前回のグリフォンは、ルーシーの魔法が当たらなければ勝てなかった。

 今回も、ルーシーの魔法攻撃力が重要になりそうな気がする。


「あ、あと。ふじやん、例のやつもいざとなったら頼むよ」

「了解ですぞ」

 今回は裏技的なものも用意してある。

 仲間がいると、色々手が打てて良いな。


「では、まず私が先行しましょウ」

 ニナさんは、ひょいひょいと軽い足取りで、キメラに近づいていく。

 そこから少し遅れて、俺が続く。


 ふじやんとルーシーは、階段付近で待機だ。

 ルーシーは呪文を詠唱している。


――のそり、とキメラが起きる。


 やっぱり、寝てなかったな。

 門番なんだから、当たり前か。


「よっと!」

 ニナさんが、一気に距離を詰めキメラに蹴りを放った。

 ずしん、と重い音がしたがキメラは、すこしよろけただけだ。

 お返しとばかりに、ぶおんっと、キメラが前足を振るってくるのを、「わわ」と言いながらニナさんが避けた。


「水魔法・氷の矢」

 キメラの足止めのために、魔法を放った。

 バシュ、バシュ、バシュ、バシュと全弾命中する。

 しかし。


「効いてないネー」

 ニナさんが、頬をぽりぽりかく。

 キメラは俺の魔法を避けもしない。

 蚊でもいたのかな? みたいな反応だ。

 く、くそ。腹立つなぁ。


 その後、ニナさんは魔物の後ろや横に回りこんで攻撃するが、キメラは隙が少ない

 ヤギとライオンと蛇の3つの頭が、常にこちらを警戒している。


「うーん、やっぱり普通のキメラより随分強いネ」

 ニナさんが、少し距離を置いて困ったように言う。

「そうなんですか?」

「普通のキメラなら、ワタシの蹴りで倒せるけど、こいつはびくともしないねー」

「俺の魔法にいたっては、避ける気すら無さそうだし……」

 折角の精霊魔法も、まだ全然使いこなせてないからなぁ。


「ふっ! やっぱり私じゃないとだめね!」

 ルーシーの声が聞こえる。

 やっと出番が来てうれしそうだ。


「おーい、ルーシーも援護してよ」

「任せといて! 火魔法・炎の矢ファイアアロー!」

「矢ですかな……?」

 ふじやんのつぶやきが聞こえた。

 矢と言うには太すぎる炎の柱がキメラへ向かう。

 

 俺の魔法には興味を示さなかったキメラもこれは避けた。

 炎の柱はクリスタルの壁に激突して、炎が四方八方に飛び散った。

 大小の炎の欠片が、降り注ぐ。

 キメラと……俺とニナさんに。


 ぐるるっ、とキメラが忌々しげな声をあげるがこっちはそれどころではない。


「わわわわっ」と逃げ惑うニナさん。

「ひぃぃい」

 最近、火傷にはトラウマのある俺はあわててルーシーとふじやんのいる階段付近まで戻ってきた。

 気がつくと、ニナさんも近くまで来ている。


 キメラは、なぜかこっちへ追ってこない。

 もしかすると、ルーシーが放つ火魔法を警戒しているのかもしれない。

 もう一回発動するのに、3分かかるけどね。


「おい、ルーシー」

「あ、あれー?」

 先ほど火魔法を爆散させた魔法使いは、可愛く首をかしげている。

 こいつ。


「ルーシー殿の魔法は凄い威力ですな。ニナ殿大丈夫ですかな?」

「いやー、ちょっと焦ったネ」

 ニナさんは、怒る様子もなく笑っている。


「ご、ごめんなさい」さすがのルーシーも謝った。

「まあ、次は気をつけましょうか。ここのダンジョンのクリスタルの壁は魔法を弾くみたいだネ」

「数撃って当てる戦法は危険ですな」

「どうしようかな」


 とりあえず、現状だと打つ手が無さそうだし次の手に進もう。


「ふじやん、あれお願い」

「お、例のあれですな。早いですな」

「勿体ぶっても仕方ないし」

「それもそうですな、では」 


 ふじやんが、右手を前に突き出す。

 

「収納魔法・取出し」


 その瞬間、ふじやんの右手から滝のように水が溢れ出した。


 その量は、俺の精霊魔法など比較にもならない。

 みるみる間に、水でフロアがいっぱいになった。

 キメラを含めて、俺たちの足元は膝したくらいまで水で満ちている。


 以前、ふじやんに「収納魔法で水を運ぶとしたら、どれくらい運べるの?」と聞いたところ

「50メートルプールくらいなら余裕ですな」

 と言われたときに、「これだ!」と思ったのだ。


「いやー、ご主人様の魔法は凄いですネ」ニナさんが感心したように言う。 

「いくら水が無いからって、こんな力技な方法使う?」ルーシーが呆れた声で、言った。


「面白いことを思いつきますな」とふじやん。

「やれることは、何でもやらないとね」

 なんせ、最弱の魔法使い見習いなのだ。こっちは。


 ダンジョン内は、天井や壁のクリスタルの輝きが、水面に反射してさらに幻想的な風景を作り出している。

 その先で、こちらを睨んでいるのは大きなキメラだ。


 よし、やるか。

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